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美術館訪問記-332 サンマルコ国立美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:サンマルコ国立美術館

添付2:サンマルコ国立美術館内回廊

添付3:フラ・アンジェリコ作
「受胎告知」

添付4:フラ・アンジェリコ作
「ドメニコ修道会を守護する聖母」写本装飾画

添付5:フラ・アンジェリコ作
「嘲弄されるキリストと聖母と聖ドメニコ」

添付6:フラ・アンジェリコ作
「サンマルコの祭壇画」

添付7:フラ・バルトロメオ作
「サヴォナローナの肖像」

添付8:ドメニコ・ギルランダイオ作
「最後の晩餐」

前回フラ・アンジェリコと書きながら、 まだ彼について詳しく触れていなかった事に気付きました。

彼は本名グイード・ディ・ピエトロ。1395年頃イタリア、フィレンツェ近郊の 生まれで、1417年信心会に入会した時には既に画家として生計を立てていたとの 記録があるのみで、それ以前の事は何もわかっていないようです。

1423年に修道士になり、それからイタリア語で修道僧を意味する「フラ」に 彼の敬虔な信仰心を秘めた深い精神性を感じさせる画風から「天使のような」 という意味の「アンジェリコ」をつけてフラ・アンジェリコと呼ばれました。

1982年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世から福者(イタリア語でベアート)、 聖人は殉教者以外は奇跡を起こした人でないとなれないがそれに次ぐ位、 を授けられ、その後はベアート・アンジェリコとも呼ばれます。

彼は生涯、宗教画しか描きませんでした。

「キリストの絵画を描く者は、常にキリストと共にあらねばなければならない」 というのが彼の口癖だったそうですが、実際彼の絵ほど邪念の一切ない 清純で神聖な美しさに溢れている絵画は見たことがありません。

これまで何度か引き合いに出した「画家・彫刻家・建築家列伝」の中で ヴァザーリは「この修道士をいくら褒め称えても褒めすぎるということはない。 あらゆる言動において謙虚で温和な人物であり、描く絵画は才能に溢れており 信心深い敬虔な作品ばかりだった」とフラ・アンジェリコを評しています。

フラ・アンジェリコの最高傑作が観られるのはフィレンツェにある 「サンマルコ国立美術館」。

1436年から1446年にかけてメディチ家の経費で建築家ミケロッツォによって 既にあった修道院を増改築された建物が大部分美術館として使用されています。 向かって左側の教会部分は現在でも教会として使用されています。

フラ・アンジェリコはそれまでいたフィエーゾレの修道院から1436年に このサンマルコ修道院に多くの仲間と共に移って来て、 1445年に教皇の招きでローマに移住するまで滞在していました。

この美術館の1階から、昔は修道士達の個室があった2階への階段を上がると、 突き当りの壁にあるフラ・アンジェリコの「受胎告知」が目に飛び込んで来ます。

壁にそのままフレスコ画で描かれています。 飾りも何もない、唯の灰色の壁にその絵だけが静かに浮かび上がっています。

フラ・アンジェリコらしい素朴で鄙びた、穏やかな光に満ちた作品です。

柔らかな暖かい光に包まれた庭先の中世的な特徴をとどめるアーケードの一画。 聖母マリアは神の子の懐妊を告げる大天使ガブリエルと向き合っています。

フィレンツェにあるマザッチョの壁画から学んだルネサンスの透視図法を 十分マスターした技法で作り出された立体的空間の中に全てが配置されています。

装飾的な要素が極力排除された簡素な構成です。マリアの座る木製の椅子や マリアの着る衣装も簡素で、日々修業に明け暮れる修道士たちが毎日目にする度に 敬虔に神と共にある自分たちの生活と重なって感じられたことでしょう。

画面の下にはラテン語で「穢れなき聖処女の御前を通り、それを崇める時、 アヴェ・マリアと唱えることを忘れぬよう」と記されています。

生で観ると天使の羽の5色のカラフルな表現が、他の部分の抑えた地味な色調と リアリスティックな表現に比べて少し不調和に感じましたが、 これはフラ・アンジェリコが聖書の写本装飾画を多く手掛け、 鮮やかな色彩を多用していた事も関係しているでしょう。

2階の僧房は当時のまま残されており、43ある各部屋の壁に加え、廊下の壁に3つ フラ・アンジェリコが描いた壁画があります。

十字架のキリストを描いたものが多い中で、一つだけ異質な絵がありました。 白い目隠しをされたキリストを嘲弄する人と手が緑色の背景に浮遊し、 その足元にに悲しみの聖母と瞑想する聖ドメニコが配されています。

他の中世的なイメージを残すフラ・アンジェリコの絵とは異なる、近代的で 超現実的な絵。その部分だけは現代的な不思議な感覚を覚えたのです。

1階の展示室にもフラ・アンジェリコの作品が22点あり、 ロレンツォ・モナコやフラ・バルトロメオ、ドメニコ・ギルランダイオ、 フラ・アンジェリコの弟子のベノッツォ・ゴッツォリ等の作品も鑑賞できます。