戻る

美術館訪問記-333 コルトーナ司教区美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:コルトーナ大聖堂前広場からのトスカーナの眺め

添付2:コルトーナ司教区美術館

添付3:フラ・アンジェリコ作
「受胎告知」

添付4:フラ・アンジェリコ作
「聖母の誕生」

添付5:フラ・アンジェリコ作
「聖母の結婚」

添付6:フラ・アンジェリコ作
「聖母のエリザベツ訪問」

添付7:フラ・アンジェリコ作
「東方三博士の来訪」

添付8:フラ・アンジェリコ作
「イエスの神殿奉献」

添付9:フラ・アンジェリコ作
「聖母の死」

添付10:ルカ・シニョレッリ作「死せるイエスへの哀悼」

フラ・アンジェリコの「受胎告知」と言えば、忘れられない記憶があります。

フラ・アンジェリコは一辺150㎝以上の「受胎告知」を4点残していますが その一つはイタリア、コルトーナにあります。

コルトーナはフィレンツェの南東70㎞程の所にある エトルリア人の築いた古都です。

エトルリア人はイタリア半島中部の先住民族で、古代ローマ人は 高度なエトルリア文化を模倣しながら徐々に吸収同化して行ったのでした。

エトルリア人の町は皆小高い丘の上にあり、コルトーナの町も例外ではありません。 その町の一番高い処に大聖堂があり、その前に「司教区美術館」があります。

2014年6月、2度目の訪館時の事です。10時の開館時間には少し早く、 眼下に広がるトスカーナの平原を眺めつつ待っていると、 60歳前後の日本人10人程のグループがやって来ました。

開館を待つ間に話してみると中部イタリアの美術館巡りのツアーだという事です。 私も美術館巡りが好きで一人で回っていますと言うと、 お名前はと聞かれ、長野ですと言うと、 美術館訪問記を書かれている長野さんですかと返され、驚きました。

この訪問記は、受信者の一人、赤川さんが好意でブログにしてくれているため、 誰でも見られるのですが、こんな所でその読者に出くわすとは。

今回行かれる場所に該当する記事を幾つかコピーして持参されているとの事。 あまりの奇遇にビックリしました。

この時のイタリア周遊の旅は39日間でしたが、主要観光地は外していたので 旅行中日本語を話したのはこの時だけ。こんな事もあるのですね。

美術館は時間通り開館。目当てのフラ・アンジェリコの「受胎告知」は、 彼の大型版受胎告知の中では1430年頃と最初のもので、 そのためかフラ・アンジェリコが最初に習い覚えた 国際ゴシック様式の色合いが濃く、金地をふんだんに使っています。

元々この美術館の場所にあったジェズ教会の祭壇画としての注文制作で、 豪華な祭壇枠に納まり、下段には7場面からなるプレデッラも付いています。

この絵が4つの中では最初に描かれたのを示すかのように、他の3つはマリアも 大天使ガブリエルも謙譲の姿勢で両手を胸の前で組み合わせているのに比べ、 この絵ではガブリエルは右手はマリアを指し、左手は祝福のポーズをしています。

背後に楽園を追放されるアダムとイヴの姿が描き込まれています。 これは人類の祖である二人の原罪を思い出させ、画中で対比させることによって、 人類の救済者キリストの誕生を告げる受胎告知の意義を強調したのでしょう。

プレデッラ(裾絵)は最下段の横長の部分で、本体とは別の画家や弟子が 描く事が多かった。細密描写を得意とするプレデッラ専門の画家もいました。

真摯なフラ・アンジェリコは手を抜くことなく全て自分で描いています。 ここでは「聖母マリアの物語」6場面と「聖ドミニクス」1場面を描いています。

この機会にプレデッラがどんなものか「聖母マリア伝」6場面を見てみましょう。

左から順に「聖母の誕生」、「聖母の結婚」、「聖母のエリザベツ訪問」、 「東方三博士の来訪」、「イエスの神殿奉献」、「聖母の死」です。

どんな画面にも精魂込めて、誠実に、敬虔に、祈りの反映として絵画を描いた 宗教家兼画家の思いが伝わってくる心和む清澄明朗な絵です。

当時は文字を読める人は少なかったので、 祭壇画で聖書の内容を解りやすく伝えたのでした。

この美術館には、この街で生まれこの街で死んだルカ・シニョレッリや彼の甥、 フランチェスコ・シニョレッリ、バルトロメオ・デッラ・ガッタ等の傑作も ありました。