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美術館訪問記-33 サン・ヴィターレ教会

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

添付1:クリムト作
「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」
ニューヨーク、ノイエ・ギャラリー蔵

添付2:サン・ヴィターレ教会

添付3:後陣モザイク「キリストと聖ヴィターレ、司教エクレシウス」

添付4:後陣モザイク「ユスティニアヌス帝」

添付5:後陣モザイク「テオドラ皇妃」

添付6:後陣モザイク「アブラハムの饗応」と「イサクの犠牲」

2006年、グスタフ・クリムトの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」が 1億3千5百万ドル、当時の為替では156億円で落札され、 史上最高値として話題になったのを覚えている方もおられるでしょう。

この絵はアデーレの頭部と露出した肩、両腕の一部が写実的に描かれているのみで、画面の9割は様々な形態をした黄金色で覆われています。

クリムト(1862-1918)はオーストリア、ウィーンでハプスブルク帝国の 終末の時代を生きた画家で、奇しくも彼の死んだ年に帝国は消滅します。 象徴主義を代表するウィーン分離派のリーダーでした。

クリムトが一時期黄金を多用したのは、父親が彫金細工師だったこととか、 日本の金地屏風の影響とかが指摘されていますが、 最も決定的なものはイタリア、ラヴェンナで見た黄金のモザイクだったようです。

ラヴェンナへの旅に同行した画家のレンツは 「ラヴェンナ。旅の最終目的地に到着だ。グスタフ・クリムトの運命の時である。 というのは、ここの諸教会の金色に輝くモザイクが、彼に深刻で、 決定的な印象を与えたからだ。この印象から、彼の繊細な芸術の中へ、 豪華なもの、不動の壮麗さが加わるのだ。」と述べています。

私もラヴェンナの教会巡りをするまでは、 モザイク画の真の美しさを理解していませんでした。 絵画に比べると、どこかぎこちなく、未完成で物足りない感が否めなかったのです。

しかしそれは最高の物を知らなかったに過ぎなかったからのようです

ラヴェンナの「サン・ヴィターレ教会」には ビザンチン美術の最高傑作といわれるモザイクがあります。

教会は547年献堂という初期キリスト教時代の教会建築を今に残す貴重なものです。 八角形プランのレンガ造り。角の一つに接して拝廊が手前に造られています。 丸屋根や中庭、階段状の塔等には伝統的ローマ建築の様式が見られますが、 柱頭や多角形の後陣にはビザンチン様式の原型が残っています。

創建当時は全面モザイクで覆われていたという内部は、今では大部分が消滅し、 18世紀に描かれたフレスコ画になっていますが、 奥行のある内陣には完璧な形で残っています。

壁面には四福音史家、預言者、旧約聖書の場面。 後陣のドームにはキリストを中心に右に聖ヴィターレ、 左に司教エクレシウスが描かれ、その下には左側にユスティニアヌス帝、 右側にはテオドラ皇妃が配されています。

皇帝夫妻には聖人と同じ、金色の光輪がついています。 背景は透明ガラスに金箔を閉じ込めたテッセラと呼ばれる 1cm四方の黄金の地のモザイクで埋め尽くされています。

描かれた聖人、天使、人々、動物、植物、建物に到るまで皆穏やかで温かく、 後の中世宗教画の硬直感や冷たさはありません。 色彩も多彩で豪華絢爛。

19世紀末の退廃ムードの中で、アトリエに何人ものヌードのモデルを置き、 乱れた生活を送ったクリムトが、唯一、生涯大切にしたエミーリエ・フレーゲに ラヴェンナから書き送ったように、 「モザイクは息を呑むほど美しい。」

テオドラ皇妃は細面でどこかアデーレ・ブロッホバウアーと似通っています。

注:

聖ヴィターレ:ローマ軍の兵士だったがキリスト教に帰依したため 皇帝ネロの命で殉死したとされる聖人。聖ヴィタリスとも。ラヴェンナの守護神

司教エクレシウス:521年から532年にかけてラヴェンナの司教だった人物で、  サン・ヴィターレ教会の建設を開始させたとされる。

ユスティニアヌス帝:527年から565年にかけて東ローマ帝国の皇帝

テオドラ皇妃:ユスティニアヌス帝の妻。ローマ帝国史上最高の女傑とされる。サーカスの踊り子をしていたので、当時元老院議員だった皇帝になる前のユスティニアヌスとの結婚は禁止されていたが、ユスティニアヌスは叔父の皇帝を動かして法律を変えさせ、20歳年下のテオドラと結婚した。
 皇帝になったユスティニアヌスが532年市民の反乱でうろたえ逃亡を図った。テオドラはその決議の場で演説し、「逃げ惑って生き延びるよりも皇帝として死ぬ方が遥かによい人生ではないでしょうか。「帝衣は最高の死装束」と言うではありませんか。」これに奮発したユスティニアヌスは反乱を鎮圧。テオドラは48歳で癌で死亡。皇帝は亡きがらに取りすがって泣いたという。

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