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美術館訪問記-319 ボナール美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ピエール・ボナール作
「自画像」1889年 個人蔵

添付2:ポール・セリュジエ作
「タリスマン」1888年
オルセー美術館蔵

添付3:ピエール・ボナール作
「逆光の裸婦」
ベルギー王立美術館蔵

添付4:ボナール美術館

添付5:ボナール美術館内部

添付6:ピエール・ボナール作
「アルカディア風景」

添付7:ピエール・ボナール作
「アーモンドの木」

添付8:ピエール・ボナール作
「ル・カネ風景」

アメリカ合衆国には訪れる価値のある大学付属美術館はまだまだありますが、 アメリカの美術館ばかり続くのもどうかと思うので、元に戻しましょう。

画家の個人美術館を採り上げて来ていた筈の内容が、 アンドリュー・ワイエスを最後に20回も寄り道してしまいました。

最近、新しく造られた個人美術館に、「ボナール美術館」があります。 フランス、カンヌの直ぐ北の町、ル・カネにあり、2011年6月25日の開館。

美術館はカンヌの入り江が一望できるル・カネの高台にありました。 ピエール・ボナールは1926年、ここル・カネに居を構え、 最後の22年間を過ごしています。

彼は1867年、パリ郊外で陸軍省の役人の家庭に生れます。 学業優秀なボナールは法律を学ぶためにパリの大学に進みますが、 絵画への道を志して画塾アカデミー・ジュリアンにも通います。 1889年には画家になる決心をし、パリの国立美術学校へ入学します。

そこでポール・セリュジエやモーリス・ドニ、フェリックス・ヴァロットン、 生涯の親友となるエドゥアール・ヴュイヤールと出会い、1889年にはセリュジエを 中心に、後にナビ派と呼ばれることになる画家グループを結成します。

セリュジエはポン=タヴァンでゴーギャンの教えを受け、写実にこだわらない、 自分の好きな色で調和をとりながら画面構成を図る装飾的な画風を目指したのです。

この時セリュジエがゴーギャンに教わりながら描いたのが「タリスマン(護符)」。

ポン=タヴァンを流れるアヴァン川沿いの、ポン=タヴァンの愛の森と呼ばれた 風景を描いた作品で、色面のみによって画面が構成されており、 それまでの絵画には無い、全く新しい単純性と平面性、抽象性を備えた 革新的な絵画でした。

ナビ派の理論的指導者となったドニは「絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である 以前に、本質的にある秩序で集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを、 思い起こすべきである」という有名な言葉を残しています。

ナビとは預言者の事で、ナビ派の若いメンバー達は、旧来の絵画の壁を打ち破り、 新しい時代の絵画を自分たちが創造するという気概を名前に託したのです。

ボナールは1890年、国立美術学校で開催された日本美術展を見て深く感銘、 画家仲間からは「ナビ・ジャポナール(日本かぶれのナビ)」と呼ばれる程 ジャポニスム(日本趣味)に傾倒します。

1893年、後に妻となる、マリア・ブールサン(通称マルト)と出会います。 これ以降のボナールの作品に描かれる女性はほとんどマルトがモデル。

マルトという女性は、病弱な上に神経症の気味があり、異常なまでの入浴好きで、 一日のかなりの時間を浴室で過ごしていたと言われます。 実際、ボナールがマルトを描いた絵は、浴室の情景が多い。

ボナールは、病弱なマルトの転地療養のためもあり、 セーヌ河沿いの田園地帯や南仏に住んで風景画や室内画を制作。 都会にはない陽光と住んだ空気の下、彼の絵はそれまでの茶系を主調とした 地味なものから、暖色を主調にした華やかな色彩に変化していきます。

独自の画風を確立し、ナビ派を代表する画家となったボナールは、 次のように述べています。 「絵画とは小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである」。

ボナール美術館は2段構えの珍しい建物で、前面には1階建の横長で薄茶に 塗られて、石造りのような模様がある鉄筋コンクリート造り。 ここには売店とティケット売り場があり、その奥に5階建の白壁の ベル・エポック時代の建物があります。

ティケット購入時に撮影禁止と言われました。フランスでは珍しい。 従って今回添付写真は外観を除いて全てWebからの借用です。

最初にエレベーターで5階に上がり、順に降りて行くようになっています。 展示室は3階までで、2階はプロジェクト・ルームになっており、 ボナール関連のビデオを上映していました。

展示室はそれ程広くありません。窓にはブラインドが掛けられており、 室内にはLED照明が施され、ボナールの穏やかで暖かい色使いの作品群を 浮かび上がらせていました。

展示されていたのは、油彩21点、水彩2点、パステル2点、鉛筆画33点、 墨絵3点、リトグラフ10点、彫刻4点。ボナールが撮った写真5点、 被写体となったもの3点も展示されていました。

他には盟友ヴュィヤールの油彩画2点と ツールーズ=ロートレックのポスターが1点。