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美術館訪問記-316 クリーヴランド美術館-1

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:クリーヴランド美術館正面

添付2:クリーヴランド美術館中世の部屋

添付3:フィリッピーノ・リッピ作
「聖家族」

添付4:ルーカス・クラナッハ作
「ハーテンフェルス城周辺での狩猟」

添付5:マビューズ作
「風景の中の聖母子」

添付6:アンドレア・デル・サルト作
「イサクの犠牲」

添付7:カラヴァッジョ作
「聖アンデレの磔刑」

添付8:ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作
「聖ペテロの悔悟」

添付9:ニコラ・プッサン作
「階段の聖家族」

添付10:雪村周継作
「龍虎図六曲一双屏風の内、虎図」

オバーリンに近いクリーヴランドにある、全米屈指の大美術館 「クリーヴランド美術館」にも触れておきましょう。

オハイオ州のクリーヴランドは、五大湖の一つ、エリー湖の南に面した 人口40万足らずの都市です。

この地にあるクリーヴランド美術館は土地の実業家有志の寄付金で1916年に開館。 7.5億ドル(約850億円)の基金を持つ世界有数の裕福な美術館です。

2013年には大規模な改修工事を行って、日本美術ギャラリーを新設しました。 世界的にもトップレベルの東洋美術、中世ヨーロッパの美術や、 印象派を含む近現代美術など、約4万5千点の大コレクションを誇ります。

これまで、どんな観光ガイドや美術本にも載っているような巨大総合美術館は それらを読んでもらったほうが、説明量や参照作品数の観点からも、 理解し易いと思い、屋上屋を重ねる事もないかと避けて来ましたが、 クリーヴランド美術館は主要観光地からは離れており、行かれた方も少ないと 思うので、今回初めてオールド・マスターと近代美術の2回に分けて書きましょう。

2012年に2回目に訪れた時は、「アメリカのレンブラント」という特別展を開催中。 オーディオガイドを無料で貸しくれます。相当に混み合っていました。

レンブラントがアメリカでどう受け容れられたのか、 本物と偽物を、真作、本人と工房作、工房作、弟子作、追随者作、偽作と 段階別に別けて陳列してあるのですが、 自分の所有している2作も本物ではなく位置付けているので、 精力的に身振り手振りで説明していた壮年の学芸員の渾身の企画に違いありません。

真作ではないと断って陳列する事を認めて貸し出しているアメリカの他の美術館も 鷹揚なものだと感心しました。

個人蔵の出品作は流石に皆真作と位置付けられていました。 個人でレンブラントを所有している人物が何人もいるのもアメリカらしいと 彼等の蓄積された富が少し羨ましくなりました。

常設展ではフラ・アンジェリコやクリヴェッリ、メムリンク、ピントゥリッキオ等 大家が並んでいますが、フィリッピーノ・リッピのトンド「聖家族」が一際鮮やか。

フィリッピーノ・リッピ(1457-1504)は第65回で詳述したフィリッポ・リッピと ルクレツィア・ブーティの間にできた息子で、12歳になった時その父も亡くなり、 父の弟子だった12歳年上のボッティチェッリに弟子入りしました。

弟子たちの中でもフィリッピーノの才能は抜きん出ていて、 彼は後には弟子というよりも友人として心許す仲であったようです。

フィリッピーノ・リッピの初期の作品は、ボッティチェッリの作品のコピーの ようですが線は繊細で透明感があります。 その師のもとからフィリッピーノ・リッピが独立するのは1480年ごろ。

師のボッティチェッリが可愛がられていたメディチ家からの庇護を受け、 マザッチョとマゾリーノが未完のままだったブランカッチョ家の礼拝堂を 完成させたり、ヴェッキオ宮殿8人委員会の部屋を飾るフレスコ画を 手掛けたりして名声を得て行きます。

1488年にはカラッファ枢機卿の依頼でローマに出、 それまで見たことがなかった古代ローマの遺物に触れ、 しだいに幻想的かつ自然な甘美性や多様な曲線を用いて描く独自の様式を確立。

今日ではマニエリスムの先駆的作例として広く認められています。

芸術家として一流であったばかりでなく、その篤実な性格もフィレンツェ市民に 慕われたようで、47歳という働き盛りの死に際し、その葬列が街を周る日、 フィレンツェの工房はすべて作業を中止しフィリッピーノの棺を送ったとか。

ここにある「聖家族」はカラッファ枢機卿の為にローマで描いたリッピの円熟期の 傑作で、ルネサンスのフィレンツェ絵画の技法上の特質全てが含まれています。

それらは聖母達の形作る安定した三角形の構図、遠近法、風景表現、空気遠近法、 比例、描かれた人物同士のコミュニケーション、 精巧に描き込まれた装飾的な細部描写などに表現されています。

さらにフィリッピーノ独自のかすかに顔に憂いを浮かべて、頭部を傾けた独特の 姿勢、柔らかで優しげな魅惑的な表情、実際に物に触れ、感じ、掴んでいるかに 見える手の指の見事な描写などが付け加わっている名画です。

ルーカス・クラナッハの「ハーテンフェルス城周辺での狩猟」も魅力的な絵です。

ザクセン選帝侯の宮廷画家になったクラナッハは、活動の場を広げ、 各地に旅して多様な主題を描くようになり、宮廷で好まれた狩猟図は 数多く描いていますが、これはその中でも秀逸です。

こうして気に入った作品を一つずつ採り上げて行くと切りがありませんが、 世界的にも限られた場所にしかない、マビューズやアンドレア・デル・サルト、 カラヴァッジョ、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、ニコラ・プッサンの作品を 添付しておきましょう。

アメリカ一という琳派作品を含む日本美術も魅力的でした。