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美術館訪問記-315 アレン・メモリアル美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:アレン・メモリアル美術館外観

添付2:アレン・メモリアル美術館内部

添付3:アンドレア・デル・ヴェロッキオ作
「聖母子」

添付4:ソフォニスバ・アングィッソーラ作
「アッタヴァンティ家の姉弟」

添付5:ターナー作
「ヴェネツィア風景」

添付6:モネ作
「王女の庭園(シャルダン・ド・ランファント)」

添付7:モディリアーニ作
「珊瑚のネックレスをした裸婦」

添付8:アーネスト・ローソン作
「ハーレム川」

アメリカ合衆国には大学付属美術館はまだまだ沢山ありますが、 これまで挙げて来たトップレベルに伍する美術館となると、西海岸側にはなく、 一挙にオハイオ州まで東進してオバーリンという町まで行かねばなりません。

オバーリンはクリーヴランドの西40km程の場所にある人口8千人余りの 美しい町ですが、その内3千人程はオバーリン大学の学生で、 1000人余りの大学職員とその家族を考えると、全員が町内に 居住しているわけではないとはいえ、大学町と言ってよいでしょう。

それもその筈、1833年大学の設立と同時に町が創立されたのです。

ここに大学付属美術館とは思えぬ程質量共に素晴らしい 「アレン・メモリアル美術館」があります。

ハーヴァードやイェール、プリンストン大学付属美術館等と比べても 全く遜色がない程なのですが、これほど知られていない美術館も珍しい。

1917年開館で、イタリア・ルネサンス様式の建物も内容に相応しく豪華です。 その後ろには1977年に新館が追加建設されています。

中に入ると、中央に広い吹き抜けスペースのある2階建て。 1階は普通の2階分ぐらい天井が高い。

最初に目に入ったのがヴェロッキオの聖母子の浮き彫り。

ヴェロッキオは第110回で触れたようにレオナルド・ダ・ヴィンチや ペルジーノ、ギルランダイオ、ボッティチェッリ等の後の大家を弟子に持った 一流の彫刻家兼画家でした。

私の知る限りヴェロッキオの彫刻のある大学付属美術館は世界中でここだけです。

次いでネーリ・ディ・ビッチの5聖人の祭壇画。 これはクレス・ファウンデーションからのギフト。 サミュエル・クレスについては第206回を参照して下さい。

ソフォニスバ・アングィッソーラやベッカフーミの油彩画も同じギフトで続きます。

他にもルーベンス、リベーラ、ヨルダーンス、ホイエン、ダイク、ステーン、 ホッベマ、シャルダン、ブーシェ、バトーニ、ウエスト、ローレンス、ドラクロワ、 ブーダン、ピサロ、シスレー、セザンヌ、ロダン、ルノワール、マティス、 ヴラマンク、デュフィ、キルヒナー、ココシュカ、シャガール、キリコ等 錚々たる顔触れが揃っています。

中でもターナーの心に響くヴェネツィアの風景画、 モネの若い頃のパリの風景画、モディリアーニの裸婦、ローソンの風景画は 印象深いものでした。

アーネスト・ローソン(1873-1939)はカナダ生まれで、15歳でアメリカに移り カンサスシティの美術学校で学びます。17歳でニューヨークに出、 アート・ステューデンツ・リーグに入り、印象派のスタイルに感銘し、 20歳でフランスへ渡ります。

パリのアカデミー・ジュリアンに学び、パリで活躍中のイギリス人で印象派の重鎮 シスレーに会い影響を受けています。

23歳で帰国後、ニューヨーク、マンハッタンの北にあるワシントンハイツに住み、 印象派風の筆致と厚塗の技法でニューヨークの光景を描き好評を得ます。

この美術館には彼がよく題材にした「ハーレム川」がありました。

この美術館には世界広しと雖も、ここだけでしかあり得ないと思われる アート・レンタル方式があります。

1940年代に一人の美術教授の発案で始まったそうなのですが、オバーリン大学の 学生は学期の初めに申し込めば、一学期間5ドルの費用で、ルノワールやダリ、 ピカソ、ウォーホル等の本物の絵画や、版画を大学寮の自室に飾っておけるのです。