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美術館訪問記-29 タベーラ病院

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

添付1:タベーラ病院正面

添付2:タベーラ病院内部

添付3:ルカ・ジョルダーノ作
「自画像」1692年頃
ナポリ、ピオ・モンテ・デッラ・ミゼルコリア蔵

添添付4:エル・グレコ作
「キリストの洗礼」

添付5:ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ作
「スペイン君主制の神格化」
マドリード、スペイン王宮天井画

添付6:ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ作
「ヘラクレスの神格化」
マドリード、ティッセン・ボルネミッサ美術館蔵

添付7:リベーラ作「髭の生えた女性」

スペイン、トレドの旧市街を囲む城壁から北に200m程の場所に 「タベーラ病院」があります。 枢機卿タベーラの命により1541年から1603年にかけてルネサンス様式で造られた 堂々たる大建築です。現在は美術館になっています。

10時の開門でしたが、ガイド付でないと院内を廻れず、 そのガイドは10時15分からという。 門内の、円柱に囲まれた美しい中庭で、 内部に建てられた立派な教会を眺めていると、 年輩の夫婦が1組、相客としてやってきました。

英語の達者な奥さんによると、 ベルギー国境に近いフランス、リールから来たという。 「リールの美術館も素晴しいのですが、 近くのルーベには珍しいプールつきの美術館がありますね。」と言うと、 奥さんは偶然にもそのルーベ出身で、 まだ美術館になる前のプールでよく泳いだということで、話が弾み、 話している内にガイド登場。

前回来た時はスペイン人の相客が多く、スペイン語のみのガイドで 人名ぐらいしか聞き取れませんでしたが、今回は英語のガイド。 但しスペイン語の訛りがひどく、1/4は何を言っているのか判りません。 ただ絵画に詳しく、カラヴァッジョ作とあるのは門人の作で、ティツィアーノや ティントレットと表示されている絵も実はルカ・ジョルダーノが描いたのだという。 ルカは人まねが上手く、何でも器用に描いたのだそうです。

ルカ・ジョルダーノ(1634-1705)はイタリア、ナポリの画家の息子として生まれ、 スペイン人ながら当時ナポリにいたリベーラに師事。 吝嗇の父に大量の仕事を押し付けられ、それらを捌くために、異常に筆が速く、 「速描きのルカ」と呼ばれました。 ガイドの話のように他人の目を欺けるほど、他の画家そっくりに描ける 多才さも持っていました。

スペイン王カルロス2世に重用され、スペインでも10年間を過ごしています。 彫刻、版画、装飾も手懸け、速描きもあって、大量の作品を残しています。 画家として十分な財を成し、貧しい人々へ気前よく施しをする慈善家としても 知られています。

教会内部正面右にエル・グレコが最後に描いたという 「キリストの洗礼」がありました。 縦長の大きな絵で、ガイドによると、グレコ自身は描いている途中に死んでしまい、 残りは彼の息子が完成させたとの事。

その時は同時に複数の絵を手懸けていて、 どれが本当に最後の絵かはハッキリしないという。 いずれにしろ、どれも完了させたのは息子だということでした。

グレコの息子が描いた絵というのは、マドリードにある 王立サン・フェルナンド美術アカデミーにある「エル・グレコの家族達」 1点しか見たことがないので、ブリューゲルやクラナッハ、ホルバイン、リッピ、 ギルランダイオ、ティントレット、スルバラン、ティエポロ、ピサロ、ワイエス 等の息子ほどの才能はなかったのでしょう。

彼等の絵は親子共々世界各地の美術館に散在しています。 私も最初の内は親子で描いているとは知らず、 完全に混同していた時期がありました。

その頃は美術館記録用紙の画家名はラストネームでしか記載していませんでした。 ジョヴァンニ・ティエポロなどは、当初一人の画家と思いこんでいて、 そう記録していたのですが、ある美術館で、 父親のジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロと 彼の息子ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロの作品が並んで展示されているのを 観て、初めて親子で別々に描いていたのに気付き、茫然としたものでした。 昔は同じ工房で一緒に働いていましたから、親子でよく似た絵も描いているのです。

パリ近郊のポントワーズにあるピサロ美術館は、てっきりポントワーズに17年間 住んだカミーユ・ピサロの美術館と思って、パリから足を伸ばしたのですが、 油彩画で展示されていたのはリュシアン・ピサロや ジョルジュ・ピサロ、ルドヴィク・ピサロ等のカミーユの息子達の作品ばかりで 肝心のカミーユ本人のものは素描と版画が数点ずつしかなかったのでした。

ところで、教会内や病院内には、エル・グレコの他にはルカ・ジョルダーノ7作や、 スルバラン、カナレット等がありました。 前回来た時には図書室にリベーラの1631年作の「髭の生えた女性」が 置いてありましたが、今回はないのでガイドに聞くと、 マドリードのプラド美術館に移されたとの事。

この絵は不思議な絵で、年輩の髭面の男性の顔をした人物が中央に立ち、 両腕で乳児を抱いています。 右後ろには老年の髭面の男性が立っています。 ただ中央の人物の胸元からは大きな乳房が露出しているのです。

絵の右下に長々と文章が書かれており、それによると、 この女性はイタリア、ナポリに実在し、32歳頃から男性の顔に変わったが、 首から下は変わらず、53歳で7番目の子供を産んだという。 その時のナポリはスペインが統治していましたが、ナポリ公が宮廷画家だった リベーラに命じて夫婦を宮廷に呼び、証拠として描かせたのだそうです。

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