コペンハーゲン国立美術館に来たら、裏手直ぐ近くにある 「ヒアシュプロング美術館」に行かない手はありません。
ヴィルヘルム・ハンマースホイ作品を11点も所有しているのですから。
ここは煙草産業で富を築いたヘインリッヒ・ヒアシュプロングと現代美術に 造詣が深かった妻パウリーンが収集したコレクションを公開する美術館。
ヒアシュプロング夫妻は結婚後の新居を飾るために購入した絵画を手始めに、 デンマークの現代絵画を集めるようになり、その後時代を遡りながら 収集を拡大して行きます。
ヘインリッヒが66歳になった1902年にコレクションの国家への寄贈を決意。
彼の条件は、場所はコペンハーゲン市が提供し、建物は国と市が共同で造り、 かつその建物は美術館風ではなく、夫妻が自宅で客を招いて楽しんでいたように 観客は個人の家庭を訪れるような気分を味わって欲しいという事でした。
国と市は1907年に最終的この申し出に合意し、エスター・アンレッグ公園内の 国立美術館の裏手に、ネオ・クラシック様式の邸宅風美術館を建設。 1911年、開館しました。
平屋のこぢんまりした美術館ですかが、展示室は個人宅の部屋のように小さ目に 造られているため、多く、21あります。
各部屋の普通の家庭の高さほどの壁には3、4段隙間なく絵が架けられています。 あくまで家庭風にこだわり、展示品には何の説明もついてなく、 入口で渡された、出る時に返却する小さなガイドブックに記載されている作者名や タイトルと見比べながら観て行きます。
展示品は年代順に並べられています。 1800年から50年間ほどの、いわゆるデンマーク黄金時代の作品から始まります。
当時のコペンハーゲンは前々回で述べた戦禍や財政破綻に苦しんでいたものの、 芸術の分野では隣国のドイツロマン主義に触発され新たな時代を迎えていました。
絵画ではクリストファー・ウィルヘルム・エッカースベルグやその門下生の ウィルヘルム・ベンズ、クリスチャン・ケプケ及びウィルヘルム・マルストランら が、彫刻ではトーヴァルセンが一世を風靡しました。
エッカースベルグはジャック=ルイ・ダヴィッドと共にパリで学び、 後に彫刻家トーヴァルセンにより新古典主義の影響を受けます。 ここにある22点中「鏡の前の女」などはアングルを彷彿とさせます。
彼は1818年から1853年まで王立デンマーク美術学校で教鞭を執り、 同時代における新進気鋭の芸術家の殆どを門下に置いたのでした。
ここにある彼の門下生の中ではクリスチャン・ケプケの風景画が詩情を湛えている ように感じました。デンマーク人画家の作品はデンマーク以外では滅多に 見ないのですが、ケプケの作品は欧米の美術館でたまに見かけます。
その後にスケーエン派の作品が並びます。 その中心はP.S.クロイヤーで、42点もありました。 それも道理、彼はヘインリッヒ・ヒアシュプロングに気に入られ、 生涯家族の一員のように遇せられ、パリを含むヨーロッパへの4年間の遊学費用も ヘインリッヒが出しています。
スケーエン派とはデンマークの北端の村、スケーエンに1870年頃から 20世紀初頭まで集まった画家達を指します。
彼等は印象派同様、光に満ちた明るく健康的な雰囲気を表現する一方で、 その表現が抽象的すぎず、現実を素直にありのまま描いていています。
クロイヤーも含め彼らの多くは1870年代、パリに滞在してモネ、ドガ、ルノワール、 シスレー、ピサロらの大きな影響を受けています。
北欧デンマークの自然とその地に住む人々の生活を愛する彼らは、 帰国後スケーエンにおいて母国の自然と人々の生活を絵画に表現したのでした。
スケーエン派といわれる画家はクロイヤー以外にミハエル・アンカー、 アンナ・アンカー、ヴィゴ・ヨハンセン、カール・ロッハー、 ラウリッツ・トゥクセン、クリスチャン・クローグ等がいます。
ここにあるクロイヤーの「夏の夕暮れのスケーエン海岸-画家とその妻」は スケーエン派を代表する絵画と言えるでしょう。 明るく軽やかで詩情を感じさせる清々しい絵です。
ヴィルヘルム・ハンマースホイが生まれて初めて展覧会に出品した作品で、 妹のアナを描いた「若い女性の肖像」もここにありました。