美術館訪問記-287 コペンハーゲン国立美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:コペンハーゲン国立美術館正面

添付2:コペンハーゲン国立美術館内部、右が新館、左が本館

添付3:コペンハーゲン国立美術館内部

添付4:アンドレア・マンテーニャ作
「墓場のイエス」

添付5:フィリッピーノ・リッピ作
「ヨアキムとアンナ、金門での再会」

添付6:ティエポロ作
「結婚で娘のラウィーニアをアイネイアースに手渡すラティヌス」

添付7:コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツ作
「キャンバスの裏」

添付8:マティス作
「マティス夫人(緑の筋のある肖像)」

添付9:マルケ作
「レスタークのテラス」

添付10:ヴィルヘルム・ハンマースホイ作
「床に光の射す居間」

聖母教会から北に1kmほどにある広々としたエスター・アンレッグ公園の片隅に 「コペンハーゲン国立美術館」があります。

1896年に完成したイタリア・ルネサンス様式の赤煉瓦造りの本館が美しい。 その後ろに1998年に開館した白亜の新館が続いています。

18世紀中頃からデンマーク王室が買い集めたイタリア、オランダ、ドイツ絵画に 19世紀のデンマーク黄金時代のコレクションが加わって開館後、 フランス絵画の大量寄贈等もあり、国立美術館らしい豪華な布陣です。

中でも素晴しいのがマンテーニャの「墓場のイエス」。 修復されたのでしょう、絵肌は滑らかで光輝いています。細密に描かれた背景、 2人の天使とイエスの表情は近代的でとても500年を経たものとは思えません。

隣に大きく(112.5 x 124cm) 美しいフィリッピーノ・リッピの 「ヨアキムとアンナ、金門での再会」。2人と従者の衣の色の美しさと リッピ独特の優雅さ。これらの2作品を見ていると、つい顔がほころんできます。

「金門での再会」は長い間子供を授かることがなかったエルサレムの老夫婦、 ヨアキムとアンナの切なる願いを受け入れた父なる神の命により大天使ガブリエル が自宅で祈る妻アンナの下を訪れて子供(後の聖母マリア)を懐胎することを告げ、 また羊飼いと居たヨアキムもその夢を見て急ぎエルサレムへと帰還し、 同地の市門の一つ「金門」で両者が抱擁・接吻し合う場面を描いています。

聖母マリアもイエスと同じく情交なしに生まれたとする「無原罪の御宿り」を表し、 アンナはこの接吻と同時に妊娠したとされます。絵画の題材となる事が多い。 金門は聖母マリアの処女性のシンボルである「閉じられた門」の例えで、 夫婦は必ず門の外で抱擁しているように描き出されます。

ティエポロの「結婚で娘のラウィーニアをアイネイアースに手渡すラティヌス」も 長円形のキャンバスにすっくりと立つラウィーニアの気品ある姿が優美で、 嘆賞したものでした。

アントワープ出身ながらコペンハーゲン宮廷に4年間仕えた コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツ(1630-75)に一部屋が割かれ、 彼のトロンプ・ルイユ(騙し絵)が13点展示されていました。

本物そっくりの静物画から、メモを留めたボードの描写、 最後はキャンバスの裏を描くに至る彼の変遷が一望できる優れたコレクション。

この他にもクラナッハが18点に、メムリンク、マビューズ、ティツイアーノ、 パルミジャニーノ、ティントレット、ピーテル・ブリューゲル父、ルーベンス、 フランス・ハルス、ヨルダーンス、レンブラント、ヴァン・ダイク、プッサン、 グイド・レーニ、ドルチ、グアルディ、フラゴナールと続くのですから 凄いでしょう。

近代画家も粒揃い。ムンク、モディリアーニ、アンドレ・ドラン、ピカソ、 ブラックときて、マティスが18点。 中でも「マティス夫人(緑の筋のある肖像)」「ピンクの玉葱」が特に素晴しい。

デュフィの「静物」は軽やかにステップを踏みたくなるようなリズム感があり、 マルケの「レスタークのテラス」は燦燦と陽の降り注ぐテラスと画面半分を占める 澄んだ海と青空が爽やかな初夏の風を感じさせてくれます。

デンマークの国立美術館ですから、当然ながらデンマーク出身の画家の作品も 数多く展示されています。

しかし日本に紹介されて来た画家は数少なく、私もほとんど知りません。 その中で一際精彩を放っていたのは、ヴィルヘルム・ハンマースホイ。 何とも言えない詩情が漂う絵は見ていて飽きず、一度で好きな画家になりました。

私達が最初にこの美術館を訪れたのは1999年だったのですが、 2008年に上野の国立西洋美術館で「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展」が開催され 18万人足らずの観客を動員したので、行かれた方も多いでしょう。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864-1916)はコペンハーゲンで成功した商人の家に 生まれ、8歳からデッサンと絵画を3人の個人教師の下で学び、 王立デンマーク美術学校に進学。

21歳で初めて展覧会に出品した絵を後に見たルノワールが賞賛したといわれます。

27歳で生涯の親友になる画家、ピーダ・イルステズの妹イーダと結婚し、 専ら二人の住んだアパートの室内と周辺の風景を題材に選んで描いています。

人物の登場しない風景画や室内画が多く、室内画にはイーダが登場するケースも 多いのですが、ほとんどが後ろ向き。いずれも画面には動きが見られず、 白と黒色主体のモノトーンが多い。

どれも一目でハンマースホイ作品と判る個性を発揮しています。

静謐な絵画空間が構成されていて、静かな詩情が漂う絵です。

ハンマースホイは17世紀オランダ絵画、特にフェルメールが好きだったようですが、 フェルメール同様、生存中は評価が高かったものの、死後急速に忘れられ、 再評価されるようになったのは、20世紀末になってからの事でした。

2012年、ロンドンのサザビーズでのオークションで彼の絵が172万ポンド、 約3億2千万円という、デンマーク出身画家としての最高価格で落札されています。

この美術館は地上3階、地下1階に新館、本館とあり、かなり広いのですが、 気をつけて見ないと、ピーテル・ブリューゲル父やメムリンク、ハンマースホイ 等の大家の絵が近代画家の作品の間にポツンと1つ展示してあったりするので 注意が必要です。