美術館訪問記-274 ヘミングウェイの家博物館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付2:新聞社特派員時代のヘミングウェイ 1923年

添付3:キーウエストへ伸びるアメリカ国道1号線

添付4:ヘミングウェイの家博物館正面

添付5:ヘミングウェイの家博物館内部

添付6:ヘミングウェイの家博物館付属プール

添付7:ヘミングウェイの家博物館で飼われている6本指の猫

ミロと言えば、彼の原点とも呼べる絵「農園」がやるせないような 青春への郷愁と共に想い起されます。

この絵は真っ青な空の下、中央の枝を広げ空へ伸びるユーカリの木の両側に 一つずつ建物があります。

右手の家畜小屋はよく中が見えるように、手前の金網が除かれて描かれ、 鶏、ウサギ、山羊、鳩がいます。

左手の農家の壁はひび割れや汚れが何か不思議な文様のように描かれています。

ユーカリの木のとげ1つまでも印象深く、全てが丁寧に描かれ 何気ないものもしっかりとその存在を主張しているかのようです。

左右の建物の形は呼応し、空の太陽と地上のユーカリの根元の黒い円形、 家畜小屋の中の梯子と犬の上のスツールのA字形、ユーカリの木と 手前のとうもろこしのゆるやかにうねる線等も対応しています。

現実の風景でありながら、どこか不思議な印象を受けるのは、ミロがこれらを 計算し尽くして配置しているからで、そこに造形詩人としてのミロの独自性が 顕著に萌芽していると感じます。

前回述べたように18歳のミロはモンロッチの別荘で療養していたのですが、 傷心の彼の心に将来への希望の明かりを灯したのが別荘の周りにあった ユーカリの木々や地に這うトカゲやカタツムリ等でした。

ミロは大地で生きる小さな動植物に命の輝きを見て、そこから生きる希望と 芸術のインスピレーションをもらったのです。

26歳でパリに出、斬新だと思っていた自分の芸術的試みが 既にやり尽くされているのを覚ったミロは、焦燥感からか手が麻痺してしまい、 モンロッチの別荘に戻って原点に立ち返り、「農園」に取り掛かるのです。

しかし思うように筆は進まず、パリに戻り、推敲する内に画面の世界は 現実から離れ、簡素化され、象徴的なフォルムと色だけが残って行き、 現実と幻想の融合から、彼独自の世界を切り開いて行ったのです。

制作に9カ月を要したこの大作「農園」(132 x 147cm)を抱えて、ミロは パリの画廊から画廊へと周りますが、画商達の反応は冷たかった。

しかしその絵に惚れ込んだ一人のアメリカ人がいました。 米国の新聞社特派員としてパリに滞在していたアーネスト・ヘミングウェイ。 ミロの6歳年下のヘミングウェイはミロと親しいボクシングジム仲間でした。

後にノーベル文学賞を受賞し世界的文豪になる彼も、当時は金がなく、馴染みの バーやレストラン、友人達から金を借り集め、人生初の絵画購入に踏み切るのです。

市民戦争支援でスペインに暫くいた事のあるヘミングウェイは 「この絵にはスペインへ行って感じる全てと、スペインから遠く離れて感じる 全てがある」と随筆に書いています。

ミロの「農園」が掛けられていたことのある ヘミングウェイのアメリカ、フロリダ州キーウエストにある家は 現在、州の管理下で博物館として公開されています。

キーウエストはフロリダ半島の先端に延びる50余りの島々、フロリダ・キーズの 最果てにある島にある都市です。ここからキューバまでは151km。

フロリダ・キーズは国道1号線の32の橋で結ばれており、マイアミからは260km。 飛行機便もありますが、美しい海の景色を満喫しながら車で行くこともできます。

勿論我々は車で行ったのですが、海上を一直線に伸びる道路をドライブするのは 快適で、印象深く、各地を共に旅した子供達も一生忘れられないと言います。

ヘミングウェイがキーウエストの家を手にした1931年には 「日はまた昇る」や「武器よさらば」等の著作を発表済みで懐も豊かになっており、 キーウエストで最初の真水のプールを作って島民の度肝を抜いたそうです。

邸内にはヘミングウェイの写真や遺稿はもちろん、アフリカで仕留めた動物の剥製、 美術品、書斎、特注のバスルーム、自慢のプールなどが多数展示されています。

名作「誰がために鐘は鳴る」「キリマンジャロの雪」等はここで書かれたのです。

「農園」はヘミングウェイの未亡人が1987年、 ワシントン・ナショナル・ギャラリーに寄贈してしまっていますが。

ヘミングウェイは猫好きで、ここで知己の船長から2匹の猫を貰い受けます。 この猫は近親交配の結果か足の指が6本ある多指症で、 ヘミングウェイは幸運を呼ぶ猫だと信じて可愛がったそうです。

博物館ではこの猫の直系子孫が50匹ほど今も飼われており、 6本指の遺伝子を受け継いでいる猫も多数います。

(添付1:ジョアン・ミロ作「農園」1922年 は著作権上の理由により割愛しました。
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