ムリーリョは1682年にカディスの修道院で制作中、 足場から転落したことが原因で死去したといいます。
カディスはセビーリャから100km程南にある港町で、紀元前10世紀頃に フェニキア人が築いたという古くから栄えた町です。人口12万人余り。
ここにある「カディス博物館」にはスルバラン作品が19点もあり、 世界一の所蔵数を誇ります。 あのプラド美術館でも9点、ルーヴルには3作品しかないのです。
入口で国籍を聞かれたので、日本と言うと無料で入れてくれました。 日本語の館内案内があったのには驚きました。 スペインのほぼ南端に位置するこの町を訪れる日本人も少なくないのでしょう。
入って直が考古学的発掘品のコーナー。紀元前5世紀に作られたという フェニキア人の石棺もありました。
彫刻にはあまり目がいかない私も、前回来た時に強く印象に残った小さな像が 再び目を惹きました。古代ローマ時代のヘラクレスの青銅像で、 完全なものではないのですが、2000年の時の隔たりを感じさせない 精神性を湛えているのです。
左手に持っているのはヘスペリデスの庭から採ってきたリンゴです。
2階に上がると、3階まで吹き抜けの広い部屋があり正面にスルバランの大作、 その下に半円形に縦長の10作品が並んでいます。
何れも聖人や天使の肖像ですが、特にランタンを右手にさげた天使像の 色彩の美しさ、バランスのとれた構図、安らかな顔の表情等が素晴らしい。
他の作品も見劣りするものがなく、質量共スルバランの世界一のコレクションです。
ムリーリョの作品も9点ありましたが、これらは全てムリーリョの最期となった 修道院で制作された物で、未完成だった部分は彼の追随者だった メネセス・オゾリオが完成させたのだとか。
リベーラやルカ・ジョルダーノ、アロンソ・カーノ、ルイス・デ・モラレス等の スペイン画家達の展示もありましたが、オルレイの2作品が フランドルの画家らしい精密な筆遣いと鮮やかな色彩で目に付きました。
ベルナールト・ファン・オルレイ(1488-1541)はブリュッセル生まれで、 貴族の血を引く画家の家系に生まれ、父から手ほどきを受けたと考えられます。
一説ではローマに行き、ラファエロの下で修業したというのですが、 確たる証拠はないようです。少なくともブリュッセルにあったラファエロ作の タペストリーの下絵を手本にして学んだ事は事実のようですが。
ヤン・ファン・エイクに端を発するフランドル絵画の伝統に イタリア・ルネサンスの作風を採り入れた彼は 北方ルネサンスの雄と目されるようになっていきます。
王侯貴族の肖像画を多く引き受けるようになり、1518年には当時の ネーデルラント総督の宮廷画家に抜擢され、大規模な工房を経営するのです。
オルレイは当時、絵画よりも高く評価されていたタペストリーの下絵や ステンドグラスのデザインも手掛け第一人者となっています。