美術館訪問記-233 ユニオン・チャーチ

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ユニオン・チャーチ外観

添付2:ユニオン・チャーチ入口

添付3:マティス作のバラ窓

添付4:バラ窓を背にして見たユニオン・チャーチ内部

マティスに話を戻して、彼の生涯最後の作品が何処にあるかご存知ですか?

アメリカ、ニューヨーク、マンハッタンから北に車で1時間足らずの町 ポカンティコ・ヒルズにある教会、「ユニオン・チャーチ」がその場所です。

マティスは病状が悪化し、一度は諦めかけた程身体の具合が悪かったのですが、 最後の気力を振り絞って病床で仕上げたデザインに依るステンドグラスで、 彼は完成の2日後に他界しており、出来上がった作品を見ることはなかったのです。

このステンドグラスはユニオン・チャーチのバラ窓のためのものです。

ユニオン・チャーチはロックフェラー財閥の御曹司 ジョン・ロックフェラー・ジュニアが、彼の住んでいた ポカンティコ・ヒルズの発展を目して1921年建設した教会です。

奇しくもマティスの最後の作品となったステンドグラスはジョンの息子ネルソンが 敬愛する母で現代美術愛好家、アビー・ロックフェラーを偲んで 現代美術の先駆者マティスに発注したものです。

ネルソンはジェラルド・フォードの下でアメリカ合衆国の副大統領になりました。

アビー・ロックフェラーはモダンアートをこよなく愛し、 ニューヨーク近代美術館(MOMA)の創建にも絶大な貢献をしています。

ユニオン・チャーチは鄙びた村にある教会らしく、質実剛健な造りで、 入口は古い民家のような佇まい。 扉の右の十字架のマークでそれと判るくらいで、華やかさとは無縁のファサード。

世界に名だたる大富豪が建てたとは思えないような小さな教会です。

入る時に入場料5ドルを徴収されます。 まるで美術館のような、芸術作品に溢れた大教会で入場料を取られる事は 稀にありますが、観るべき物がステンドグラスだけという小さな教会で 入場料を払うというのは私の知る限り世界でもここだけでしょう。

入ると、ボランティアらしい老人が一人、祭壇の前に立ち、 20人ほど着席している人々に、教会の説明をしています。

ここでは聞く気があろうとなかろうと、座って拝聴しなければならない雰囲気の、 座席数も少ない小さな教会です。

マティスのバラ窓は青と緑、黄色だけを使ったシンプルなデザイン。 使用している色は第230回のロザリオ礼拝堂と同じです。 同じく空、植物、光を象徴しているのでしょう。

6年後の1960年、ジョン・ロックフェラー・ジュニアが死亡すると、 子供達、特に母と同じくモダンアートを愛したディビッド・ロックフェラーが 彼の作品に惚れ込んで、「善きサマリア人」を主題にした大きなステンドグラスを シャガールに発注しました。

このステンドグラスは1964年に完成。 マティスのバラ窓のある壁とは反対側の壁に取り付けられました。

1961年にネルソンの三男で民俗学者、マイケル・ロックフェラーが 調査中のニューギニアで不慮の死を遂げ、 彼を悼むと共に他のロックフェラー家の人々のために 8点のステンドグラスが追加でシャガールに注文されました。

これらややこぶりのステンドグラスは1966年に完成、 4点ずつ両側の壁に取り付けられています。

シャガールはマティスのバラ窓を尊重して、バラ窓に近い場所のステンドグラスは バラ窓に使われた色を主体にしており、遠ざかるに連れ新たな色彩を増やし、 善きサマリア人のステンドグラスは自分自身の配色にしています。

マティスが基本的に単色の組み合わせを用いているのに対し、 シャガールは、自ら酸を使ってガラスの色を少しずつ変化させ、 グラデーションをつけるというテクニックを駆使して います。

更にこうして出来上がったステンドグラスに直接絵を描いたり、 ガラスに彫刻をほどこしたりして、 最終的には絵画のような作品に仕上げることに成功しています。

ここにあるのが、シャガールが米国の教会の為に唯一仕上げた作品なのです。

(添付5:シャガール作「善きサマリア人」、添付6:シャガール作「十字架のキリスト」マイケル・ロックフェラーを偲んで、添付7:シャガール作「預言者ヨエル」(旧約聖書の一つヨエル書を書いた預言者)および添付8:シャガール作「預言者エリヤ」(モーゼ以降最大の預言者)は著作権上の理由により割愛しました。
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