前回のミケランジェロの「聖アントニウスの誘惑」は、 私が最初にキンベル美術館を訪館した折にはまだ購入されてなかったので、 昨春、アメリカ中西部を巡った時に再訪して観てきました。
幼いミケランジェロの才能に舌を巻いたのですが、 どこかで見た絵だという印象が拭えませんでした。
ホテルに戻り、キンベル美術館のホームページでマルティン・ショーンガウアーの 版画が基になっているという記述を見て思い出しました。 ハンガリー、ブタペスト国立美術館で観た、添付2の版画です。
ほぼ完全なコピーですね。足元の岩山と背景の風景は付け足されていますが。 これも、当時お手本になるものがあったのかもしれません。 いずれにしても12,3歳の子供のした事ですから、絵の価値には関係ありません。 どんな画家も修業時代は先達の模写をして腕を磨いたことでしょう。
マルティン・ショーンガウアーは1448年コルマールの生まれです。 コルマールはジョルジュ・ド・ラ・トゥールの生まれた ヴィック・シュル・セイユの東南にあり、 現在はフランス領ですが、当時はドイツ領。
ドイツが芸術で世界をリードしたのが版画の分野でした。 ショーンガウアーはその草分けであり、 フランドル絵画の影響を強く受けた画家ながら、銅版画を芸術として認知させ、 第一人者として活躍。版画教室を設け、多くの後進を育てました。 デューラーは彼の後に続いたのです。
版画は量産でき、絵画に比べればはるかに安い値段で、広く流布しました。 フィレンツェにいた少年ミケランジェロの手元にも届いたのです。
それにしても聖アントニウスを誘惑しようとする悪魔達のグロテスクな事。 何やらユーモラスでもあります。 同時代のボッシュや、少し後のブリューゲルにも通じるフランドル画家達の 独創的な伝統でしょうか。
ショーンガウアーというと真っ先に思い浮かぶのは、 コルマールにある「ドミニカン教会」の「薔薇園の聖母」。
200cm x 115cmの大作で教会中央祭壇の正面に飾られています。 金地に聖母の衣の赤と薔薇の赤、葉の緑と天使の衣の青緑が補色となって よく映え、神々しいまでの美しさ。
明らかにフランドル絵画の影響を見せ、薔薇の花、枝、葉、小鳥、 聖母子の髪、衣服、天使の捧げる王冠の細部までリアリズムが貫かれて見事。 保存状態も極めて良い。
息を呑んで見つめたものでした。
この絵はもともと同じコルマールの聖マルティン教会にあったもので、 1972年盗難に遭い、1年後に取り戻された時に 警備上の理由から当教会に移されました。 そのためか厳重な警護の下にあり、狭い入口から、入場料を払って入ります。
この絵の原作の模写と思われる絵を、第12回で採り上げたボストンの イザベラ・ステュアート・ガードナー美術館で見つけました。 44cm x 30cmとサイズはずっと小さいのですが、絵の内容は上下左右とも 拡大されていて、ドミニカン教会にある絵は何らかの理由で、 後に上下左右が切断されたものと思われます。
ドミニカン教会は赤茶色のレンガを使用したものが多く、 フランシスコ教会同様、欧米諸国で頻繁にみかけます。 どちらも13世紀初頭にカトリック教皇によって承認された修道会、 聖ドミニコが起こしたドミニコ会と 聖フランシスコが起こしたフランシスコ会の教会です。