美術館訪問記-183 ポロック・ハウス

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ポロック・ハウス正面

添付2:ポロック・ハウス裏面と庭

添付3:ポロック・ハウス内部

添付4:グレコ作
「毛皮の襟巻をまとう婦人」

添付5:グレコ作
「婦人の肖像」
フィラデルフィア美術館蔵 

添付6:ムリーリョ作
「聖母子と洗礼者ヨハネ」 

添付7:ウィリアム・ブレイク作
「獣に名前をつけるアダム」  

前回触れた「ポロック・ハウス」がもう一つの美術館です。

こちらは公園の周りを取り巻く道路に近い所にあり、 バレル・コレクションから、1kmほど車を走らせます。 広い公園の一角にある邸宅前に駐車。

ここはナショナル・トラストの管理下にあります。

正式名称は、「歴史的名所や自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」といい、 1894年に、歴史的建築物の保護を目的として英国で設立された、 非営利組織団体ですが、今ではスタッフ約5000人、 ボランティア約61000人という、大組織になっています。

これは英国の貴族や富裕層が昔から所持してきた城や邸宅、別荘などが 近代になって経済的負担から維持できなくなり、売却されたり、廃棄されたり、 分割されたりするのを防ぐ事が主目的ですが、庭園や公園、海岸線等も管理の対象 になっており、今では国土の1.5%、海岸線の約20%を管理下に置いています。

メンバーは370万人に達し、世界でも最もメンバーの多い組織の一つです。

なぜこれだけメンバーが多いかというと、その趣旨に賛同して古くからある遺跡を 保持したいというのは勿論ですが、メンバーになれば、イギリス中に散在する 管理下の施設を全て無料で使用できるからなのです。メンバー以外は有料です。

年会費は53ポンド、約1万円ですが、1年間のリクリエーション料としては 安いもので、おまけに美しい国土を維持するのに寄与できるのですから。

私もイギリスを旅する時はメンバーになりました。 そういう観光目的のメンバーも多い事でしょう。

前回書いたように、このポロック・ハウスは、広大な土地と共にグラスゴー市に 寄贈されたのですが、公園は市の管理。このハウスとハウス付属の庭だけは、 管理がナショナル・トラストに移管されたようです。

入ると最初の部屋で老年の婦人スタッフが各部屋の見方を説明してくれました。

各部屋にガラスの紙立てが置いてあり、前面に部屋の簡単な説明、 裏にその部屋に飾ってある絵画、彫刻の作者名と作品名がプリントされています。

「絵に興味があるのでありがたい。」と言うと、 「それなら、最初に2階で12分のDVDを見たほうが良いですよ。」と言います。

示唆に従い、2階に上がってDVDを見ると、熟年の女優らしき人物が標準英語で ポロック・ハウスの歴史とスペインの関係を説明してくれます。

旅行中、スコットランド人の英語が聞き取り難く、仕事を離れて5年のブランクで、 ヒアリング能力も落ちたかと少し落胆していたのですが、 彼女の英語は実によく聞き取れます。

何のことはない、スコットランド人の訛りが強すぎて、 聞き取れなかったのだと判り、安堵しました。

それによるとマックスウエル家は1269年からポロックに住み、1630年男爵を授爵。

代々受け継いできて、1752年現在のポロック・ハウスを建設。その後8代で 直系が途絶え、9代目を継いだのが姉の息子ウィリアム・スターリング。

この時47歳で、スペイン美術やスペイン関連書籍の収集家であり、 スペインに関する著作の多い、学者兼政治家でした。 彼が集めたスペイン絵画がポロック家にもたらされたのです。

DVDには絵の説明は殆どありませんでした。

2階には観るべき絵はありません。 1階に降り、右手に進むと突き当りが図書室で、中に入り瞠目しました。

中央にグレコの「毛皮の襟巻をまとう婦人」が1点だけかかっています。

とても430年以上経っているとは思えない近代的な美女の絵です。

3/4右向きの姿勢で黒い瞳をじっと見る者の方に注いでいます。 面長で色白。唇と頬の赤みが艶やか。

他にグレコの女性肖像画を観たのは、第13回で触れたフィラデルフィア美術館 だけですが、顔の向きといい、まとったベールといい、雰囲気は似ていますね。

ポロック・ハウスの方が、はるかに生き生きとして、生命力がありますが。

モデルはグレコの妹、愛人、あるいはフィリップ2世の次女の カタリーナ・ミカエラの3説があるようです。

絵画に描かれた美女の中で、3本の指に入る美しさであることは間違いありません。

この1点だけでも、グラスゴーから足を伸ばす価値は十分にあります。

この作品が一昨年東京都美術館開催のグレコ展に出展されていたのには驚きました。 この絵抜きではポロック・ハウスは女主人を欠いた寂しい屋敷になった事でしょう。

隣の部屋に、これはまともな、グレコの「ある男の肖像」がありました。

他にはアロンソ・カーノとルイス・デ・モラレスが1点ずつ。 ゴヤの小品2点とムリーリョ1点。いずれもスペインの画家達です。

イギリスではスペイン絵画を多く所有する方でしょう。

レーリーやホガース、レイバーンというイギリス人画家の作品に加えて、 小さな部屋にウィリアム・ブレイクが5点もありました。

入口に戻って数段階段を降りると、昔使用人達が使用していたと思われる小部屋や 大部屋が狭い通路の両側にズラリと並んでいます。その数42。

今では一部がブックショップや土産物、紅茶等を売る店と レストランになっていました。