美術館訪問記-176 ウーディネ大司教館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ウーディネ大司教館正面

添付2:階段の天井画、ティエポロ作
「追い出される反逆的天使」

添付3:ティエポロ作
「マムレのオーク林で天使を迎えるアブラハム」

添付4:ティエポロ作
「サラと天使」

添付5:客間のギャラリー天井画、ティエポロ作
「イサクの犠牲」 

添付6:赤の間天井画、ティエポロ作
「ソロモンの審判」 

前回、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロについて書きながら、 彼の壁画を観るために行ったイタリア、ウーディネの事を想い出していました。

ウーディネなど聞いたこともないと言われる方も多いかもしれません。

私もティエポロに関する本を読んでいて初めて知った地名で、イタリアの東端、 スロヴェニアとの国境に近い、人口10万足らずのちょっとした町です。

この町の「大司教館」にティエポロが手掛けた、現在残る最初期のフレスコ画が 階段や通路の壁や天井にあり、入場料を払って見学する事ができます。

ヴェネツィア生まれのティエポロの父親は船乗りでしたが、1歳の時に死亡。 残された家族は生活には困らなかったようですが、 ティエポロは地元の画家の下に幼い時から入り、ヴェネツィアの町に溢れる ヴェロネーゼやティントレットの絵を手本に修業したようです。

当時ヴェネツィアで活躍中のセバスティアーノ・リッチやピアッツェッタにも 強い影響を受けたようで、小さ目の油彩画ではリッチとティエポロを 見間違う事があるくらい、両者の絵はよく似ています。

1719年には、ヴェネツィアの風景を詩情豊かに描いた、 フランチェスコ・グアルディの姉と結婚し、9人の子供を授かっています。

その内二人、ドメニコとロレンツォは画家になりました。 子供達、特にドメニコはよく展示されているので、 姓だけで判断すると3人を混同しかねず、注意が必要です。

30歳の時にウーディネの大司教だったディオニジオ・デルフィーノが、 頭角を現しつつあったティエポロに、司教館を装飾するよう依頼します。

この初の大仕事で、ティポロはフレスコ画の名手たる事を証明し、 以後、外国からも注文の来る、イタリアを代表する画家になっていくのです。

大司教館の入口を入って左手に4階まで続く階段があり、その天井にティエポロの 「追い出される反逆天使」が天井画らしい劇的な短縮法で描かれています。

それを見上げながら階段を上り、首が痛くなった頃、3階の玉座の間に辿り着き、 その右奥の細い入口を入ると「客間のギャラリー」があります。

細長い通路の両面の壁と天井をティエポロのフレスコ画が埋め尽くしています。

客間というには狭い通路で、片面は外壁でガラス窓が幾つか設けられています。 しかし狭いだけにまさに目の前でティポロ渾身の作を眺める事が出来るのです。

特に修復はしておらず、公開に当たって洗浄しただけといいますが、 300年近く経っているとは思えぬ美しく鮮やかな画面に、 ティエポロの若い情熱がほとばしっている初々しい絵です。

描かれているのは旧約聖書の物語で、天使が別々にアブラハムとサラの 老夫妻の前に現れ、「来年あなた達の子供が生まれる」と告げます。

当時アブラハムは99歳(彼は180歳まで生きた事になっている)、サラは90歳。

サラが「まさか」と笑うと、天使は「神に不可能はない。笑うなら、 その子にイサク(笑いの意)と名付けよ。」と命じます。 翌年、イサク誕生。

夫婦はイサクを慈しんで育てますが、神はアブラハムの信心を試すべく、 「我を信じるならイサクを殺せ。」と命じます。

信心深いアブラハムは躊躇なくイサクに剣を振り上げ、 あわやという場面で天使が止めに入るのです。

神はアブラハムを祝福し、イサクがユダヤ人の祖となるであろうと告げます。

これが「イサクの犠牲」で、この物語は古来多くの絵画や彫刻の主題になっています。

別の「赤の間」と名付けられた部屋には「ソロモンの審判」が天井を飾っています。

これは2人の女性が、1人の子を互いに自分の子だと争う裁判で、 ソロモン王は「ならばその子を2つに切り分けよ。」と命じます。

1人は従いますが、もう1人は、「私は引くから、その子を殺さないで。」

かくして真の母が判明するというお話で、 日本の「大岡裁き」はこの話が基になっています。

これらのよく知られた主題を、ティエポロは彼独特の透明感溢れる明瞭な色彩と 甘美なまでの形態描写、優美な筆致で、鮮やかに表現しきっています。

華麗な構図は、ヴェロネーゼから多くを吸収した事を示しています。

この大司教館には、2階を含めて他にも幾部屋もあり、ティエポロや複数の画家の 油彩画や、キリスト教関連の彫像等が多数陳列してありました。

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