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美術館訪問記 No.16 長島美術館

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

長島美術館

長島美術館庭園

長島美術館から見た桜島

藤島武二作
「婦人像」

黒田清輝作
「夏草」

黒田清輝の代表作
「湖畔」
東京国立博物館蔵

九州で一番の美術館というと、鹿児島市にある「長島美術館」でしょうか。

終戦後、実業で財を成した長島公佑が1989年に開館。 桜島を対岸に見、錦江湾、鹿児島市街を見おろす高台に建つ瀟洒な美術館です。

庭園にはロダン、ブールデル、ムーア、マイヨール、ルノワール、佐藤忠良、 新妻實等の彫刻が多数置かれています。

館内にはミレー、セザンヌ、ドガ、ルノワール、ボナール、ルオー、クレー、 ピカソ、ブラック、ユトリロ、モディリアーニ、シャガール、キスリング、 ヴラマンク、マルケ、ミロ、ビュフェ等に共に、 黒田清輝、藤島武二、和田英作、海老原喜之助、吉井淳二、東郷青児等の 鹿児島出身者に加え、藤田嗣治、山口長男、瑛九等の絵画も並びます。

特に藤島武二の「婦人像」は、46年前に若くして亡くなった私の母の面影を宿し、 個人的に忘れられない作品です。

前回も名前の出た藤島は、明治維新の前年、薩摩藩士の家に生まれ 日本画を学びますが、24歳になって洋画へ転身。
1896年、東京美術学校西洋画科の設立時に黒田清輝の推薦で助教授に就任。 その後、文部省留学生として渡欧。4年間の遊学後帰国して教授となり、 75歳で死ぬまでその職にありました。
「天平の面影」のようなロマン主義的な作品を得意としました。 1937年に創設された文化勲章の第1回受賞者となっています。

黒田清輝の「夏草」、和田英作の「バラ」も印象に残りました。

黒田と和田はパリで、古典をベースに印象派の影響を受けた、外光派と言われる、 ラファエル・コランの指導を受け、油彩画を学びました。

黒田は明治維新の2年前に生まれ、法律を学ぶべく18歳で渡仏。 パリで画家や美術商達に接しているうちに、12歳の頃から稽古事でやっていた 絵画の道に進む事を決意。20歳でコランの門を叩いたのでした。 その後27歳で帰国するまで画業に励んだのですが、 9年間のフランス暮らしとは、当時の鹿児島にも余裕のある人がいたのでしょう。

帰国後は東京美術学校西洋画科の初代教授となり、幾多の弟子を育て 以後の日本洋画壇の指導者として活躍。 養父の後を継ぎ子爵を拝領、貴族院議員にも選ばれ、門下生で貧窮の内に夭折した 青木繁とは正反対ともいえる恵まれた生涯を送りました。

和田英作はその黒田に師事し、東京美術学校西洋画科卒業後、文部省留学生として パリへ行き、4年間学んだ後帰国。東京美術学校の教授となり、30年後には 校長に就任。文化勲章も受章し、多数の後輩を育て、功なり名遂げた一生でした。

こうして見ると日本の洋画の黎明期には鹿児島出身者が 指導的立場に多くいたのが判ります。

他に薩摩焼500点余もあります。

近くの鹿児島市立美術館も、 ピサロ、シスレー、セザンヌ、ルドン、モネ、ルノワール、ボナール、マティス、 ルオー、ピカソ、ユトリロ、パスキン、キスリングや 狩野芳崖、黒田清輝、藤島武二、和田英作、海老原喜之助、吉井淳二、藤田嗣治、 東郷青児等が並び、見応えがあります。

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