前回触れた「サン・ロレンツォ聖堂」はイタリア、フィレンツェにあります。
この聖堂はフィレンツェで最も古く、393年に献堂され、 11世紀にロマネスク様式に変更されたものをメディチ家が、 誰もなしえなかったフィレンツェ大聖堂のクーポラを見事完成させた、 フィリッポ・ブルネッレスキに依頼して建て直したものです。
そのためか、大きさは小型ながら、 クーポラの色も形もフィレンツェ大聖堂にそっくり。
ファサード(建築物の正面)は後にミケランジェロに依頼され、 彼は前回のカーサ・ブオナローティに展示されている木製模型は造ったものの、 実際の作業は行われず、粗い石の地肌がむき出しのまま。
内部は外見とはまるで異なり、天井は白色で、柱や壁は明るいグレー。 近代建築の趣すらある優雅な空間。
この教会も有料で、入口で入場料を払って入りますが、 それに見合う美術品が揃っています。
キリストの受難と復活を側面に浮き彫りしたドナテッロの説教壇、 ブロンズィーノの大作「聖ラウレンティウスの殉教」、 ミケーレ・ディ・リドルフォ・デル・ギルランダイオの「聖母被昇天」。
ミケーレはこれまで何度かお話ししたドメニコ・ギルランダイオの息子 リドルフォ・ギルランダイオの弟子で、本名はミケーレ・トシーニというのですが、 師からギルランダイオを名乗ることを許された画家で、 ギルランダイオ家と血縁関係はありません。
現代フレスコ画の巨匠ピエトロ・アンニゴーニの「労働者聖ヨセフ」 「母なる女王聖マリア」等もあります。
ピエトロ・アンニゴーニ(1910-88)はイタリア、ミラノの生まれでフィレンツェの 美術学校を卒業後肖像画の名手として、世界の有名人の肖像画を手掛けています。
特に1956年に描いたエリザベス女王の肖像画で世界的に有名になりました。
ローマ法王やジョン・F・ケネディ、後任のリンドン・ジョンソン、銀幕のスター、 ジュリー・アンドリュース等世界の著名人の肖像画を描いた後、 晩年はフレスコ画に集中し、「最後のフレスコ画家」と呼ばれました。
ロッソ・フィオレンティーノの「聖母の婚約」は、 マリアの処女懐胎説を間接的にサポートするために老人の姿で描かれることの多い、 マリアの夫になるヨセフが、実に若々しく描かれており興味深い。
中でも最もよかったのはブルネッレスキ設計の旧聖具室にある フィリッポ・リッピの板絵、「受胎告知」。
リッピの作品様式が確立された1440年代の代表作。 3次元的にしっかりとした空間構成で前景の柱はだまし絵。
優雅なマリアの姿態と天使達の鮮やかな赤の衣が印象的ですが、 マリアの衣の地味な色合いが少し不自然に感じます。
聖母の衣は普通青色ですし、赤の補色を使ってもよいように思えますが、 570年の時を経て変色したのでしょうか。
大天使ガブリエルに従う2天使がリッピらしく庶民的に描かれているのも面白い。
右手前に置いてあるガラスの水差しは、マリアの純潔を象徴するそうですが、 実に精密に描かれており、フランドルの影響が顕著に窺えます。
この旧聖具室の小クーポラの天井には澄んだ青色で天空図が描かれています。
1442年7月4日のフィレンツェの星座の位置を示しているのだそうですが、 そんな事とは関係なく絵画として見ても素晴らしい。
サン・ロレンツォ教会のファサードに向かって左手にある小さな入口をくぐり、 別料金を払って、教会の中庭に出て、 ミケランジェロがデザインした階段で2階に上ると、 メディチ家の図書館、ラウレンツィアーナ図書館があります。
建物の設計は勿論、床面や天井の装飾をはじめ、 書見机のデザインまで全てミケランジェロの指示によるという。 流麗な鱗状の階段が珍しい。