前回のバスコット・パークのバーン=ジョーンズについて書きながら、 彼の「いばら姫の伝説」と対になるような もう1つのバーン=ジョーンズの大作シリーズが頭に浮かんでいました。
今回はそのシリーズのある美術館を取り上げましょう。 それは、あのタイタニックが出港したことでも有名なイギリス最古の貿易港、 サウサンプトンにある、「サウサンプトン市立美術館」。
この美術館の2階には監視員の常駐する特別な1室があります。 壁と扉はマフォガニー材、床と天井の一部はオーク材、 1つの壁の中央には大理石製の暖炉まで設えられています。
とても美術館の1室とは思えません。実はこの部屋は英国首相となった アーサー・バルフォア伯爵のロンドン私邸の1室と同じ造りなのです。
バーン=ジョーンズの名作「運命の車輪」を購入し、 彼の専属パトロンになっていた、バルフォア伯爵は、 ロンドンにあった私邸の音楽室を装飾する絵を注文します。 それが「ペルセウス」シリーズ、全10点です。
バーン=ジョーンズはその部屋が絵画鑑賞には適さないと指摘して、 自分で、照明から部屋の造まで全ての改造プランを作り、提出します。 そのプランに沿って造られたのがこの特別室なのです。
この部屋に飾られているのが、その「ペルセウス」シリーズ、
全10点のボディーカラーで原寸大に描かれた下絵なのです。 バーン=ジョーンズはこの下絵に1876年から1885年まで10年もかけましたが、 作品そのものは彼の死までには完成しませんでした。
もしも完成していたら、バルフォア卿の部屋が 世界で一番美しい部屋になっていたかもしれません。
しかし何も油彩に拘らずとも、 ボディーカラーで十分にバーン=ジョーンズの生み出した美を堪能できます。
黄金の雨となったゼウスに犯されたダナエの子ペルセウスが、メドゥーサの首を 取ってくるよう命じられる第1場面から、切り取ったメドゥーサの首を使って、 海獣ティアマトの生贄となった王女アンドロメダを救い出す第10場面まで、 練りに練った構成と、ため息の出る美しさ。
「いばら姫の伝説」と並ぶバーン=ジョーンズの最高傑作であることは 間違いありません。
この美術館には他にも、ヨルダーンス、ゲインズバラ、ターナー、ティソ、ピサロ、 シスレー、ルノワール、モネ、ボナール、ユトリロ、ピカソ等もあります。
バスコット・パークとの距離は120km。 車で1時間半もあれば行けますから、バーン=ジョーンズの創り出した 美の世界を楽しむ1日というのも素晴しいことでしょう。
注:
ボディーカラー:透明性がある水彩絵の具に膠などの増粘剤を混入すると
不透明性が得られ,これをグアッシュと呼びます。
またより重厚なマティエール(絵の肌合い)を出すため,これに不透明な
白色顔料(ボディ)を加えた不透明水彩をボディーカラーと呼んでいます。