前回「ロンドンで一番美しい部屋」と書きながら、では 「公開されている世界で一番美しい個人の家の一部屋」はどこかと考えました。
私が思うにそれは「バスコット・パーク」の一部屋でしょう。
バスコット・パークはイギリス、オックスフォードから西へ車で 30分程走った小さな町、ファリンドンの近くにある豪邸です。
100エーカー(12万坪)を超える土地に、1780年から83年にかけて建てられた ものを大富豪の金融業者、アレックス・ヘンダーソンが1889年買取り改造。 庭園を造成させ、収集した美術品で飾った館です。
ヘンダーソンは1916年、ファリンドン男爵として授爵しました。
この邸宅に現在も第3代ファリンドン男爵夫妻が住み、収集を続けています。 4月から9月までの午後だけ、有料で庭園と館を一般に公開しています。
ここに一部屋、バーン=ジョーンズの絵で満たされた部屋があります。
この部屋はガラス窓のある1辺を除く3方の壁全ての上中下に分けた中央部分が、 マフォガニー材の扉のある所を除き、バーン=ジョーンズの最高傑作とも言える 4枚の絵とそれらを繋ぐ絵で覆われています。
バーン=ジョーンズはこのシリーズの完成までに実に20年をかけたといいます。
絵のタイトルは「いばら姫の伝説」。
各々の絵のサイズは123cm x 246cm。
部屋の左壁にある1枚目の絵には、いばらの生い茂る中に眠る兵士達と、 一人左端に立つ凛々しい騎士姿の王子。
続く中央壁の2枚目には、眠る王と家臣達。
3枚目は、中庭で眠る下働きの娘達。
部屋の右壁にかかっている4枚目が、
寝台に横たわって眠るいばら姫とその周囲に眠る3人の侍女達。
絵と絵の間の壁も、いばらのつるが這う8点のパネル画で埋められ、 コの字型の壁全体が、あたかもいばらで覆われた部屋のよう。
この埋め草のパネル画はバーン=ジョーンズ自身が1890年、この館に滞在して、 ヘンダーソンが購入した4枚の絵を部屋のサイズに合わせて配置する為に 描いたものなのです。
バーン=ジョーンズ特有の甘美でたおやかな女性達としなやかな男性達、 鮮やかな色彩。
何と言う華麗な部屋か。
ニューヨークのフリック・コレクションや11回目に触れたバーンズの館のように、 一部屋を何人もの著名画家の絵で取り巻いた部屋も豪華で素晴しいのですが、 美しい部屋というと、私はこの眠れる森の美女の部屋を挙げたいと思います。
エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ(1833-1898)はイギリス、 バーミンガムの鍍金業の家に生まれ、直後に母は亡くなり家政婦に育てられました。
高校に通う傍ら、デザイン学校に通ったのが唯一の美術教育で、 オックスフォード大学で神学を学びます。
ここで生涯の親友ウィリアム・モリスと出会い、 二人でフランスの大聖堂を歩いて廻り、ルーヴルにも行き、 それらの美に打たれ、二人とも牧師になる道を捨て、画家になる決心をします。
ラファエル前派のロセッティから絵画の手ほどきを受け、初期には彼の画風を そのまま受け継ぎますが,しだいにマンテーニャ,ボッティチェッリ等を手本とし, また中世的なロマン主義に根ざした神話や伝説をテーマとして, 夢幻的な独自の世界を築いていくのです。
裕福だった父の遺産を基にモリス商会を設立したモリスの依頼で、 書籍の挿絵やステンドグラス、タペストリー、家具装飾、ジュエリー、 タイルのデザイン等も手懸け、幅広い業績を残しています。
息子のフィリップも画家になっています。
このファリンドン・コレクションは他にも、ボッティチェッリ、ソドマ、 ルーベンス、レンブラント、ゲインズバラ、ロセッティ、ミレイ、レイトン、 ティソ等が揃い、見応え十分。
広大な敷地に展開する庭園も素晴しく、日本では全く知られていませんが、 思い出に残る場所です。