イギリス、ロンドンに「レイトン・ハウス美術館」があります。
フレデリック・レイトンは画家で彫刻家。 イギリスのアカデミー・オブ・アーツの会長職に死ぬまであった、 生粋のアカデミアンです。
描いた絵は歴史画、物語画、神話、宗教画が殆ど。甘美な画風です。
ドイツ、イタリア、フランスで美術を学んだ彼は、英独伊仏西の5カ国語に堪能で、 交際も幅広く、イギリスで画家としては初めて貴族に列せられ、 1896年男爵になりましたが、受爵の翌日に狭心症で死亡。
彼は生涯独身だったのでレイトン男爵家は1日で消滅。 英国貴族家の最短記録を残すことになりました。
従ってレイトンは、一時的な栄誉称号である「サー」とは異なり、 貴族称号である「ロード」をつけ、ロード・レイトンと呼ばれます。
「サー」称号は個人に与えられるため、ファーストネイムにつけて呼び、 「ロード」は家に与えられるためラストネイムにつけて呼びます。蛇足ながら。
レイトン・ハウスは独特です。
他の画家の家と異なり、住んだことのあるのはレイトン唯一人。 客用の寝室はありません。
既存の家を手直ししたのではなく、彼自身が理想の芸術家の家を目指して、 30年かけて造り上げたものなのです。
ホーランド公園の直ぐ傍にあり、ハウスの庭も彫刻が配され、 小公園の趣があります。
家は2階建て。1階と2階に5部屋ずつ。
特にヴィクトリア女王をはじめとする上流階級の人々や、 当時一流の芸術家達を頻繁に招待した、1階のダイニング・ルームや、 レイトンが中近東の旅で買い求めた陶器、テキストタイルを使って作り上げた、 中央に噴水のあるモザイク床のアラブ・ホール等は、 貴族趣味などかけらもない私でも、思わずため息のでる素晴しさ。
特にアラブ・ホールはロンドンで一番美しい部屋と言えるでしょう。
2階にはアトリエとして使った、高い天井の大広間や寝室があります。 アトリエは置かれたグランド・ピアノが小さく見える程の広さと高さの空間です。
このハウスは美術館としても申し分なく、2004年に訪れた時は 各部屋にレイトンの油彩67点、素描11点、水彩3点とレイトンの収集した、 バーン=ジョーンズ8点、ワッツ、ミレイ、アルマ=タデマ、ウォーターハウス、 ティントレット等の絵画が飾られていました。
真に理想の、画家の家美術館です。
2010年に再訪した時は、160万ポンドをかけた大修復の後でしたが、 なるべくレイトン死亡時の装飾状態に戻すということで、 バーン=ジョーンズはなく、 その場所にコローの縦長の大作4点がかけられていました。
しかしコローにしては色彩が明るすぎるのでスタッフに確認すると、 本物はレイトンの死後売却され、今はロンドンのナショナル・ギャラリーにあり、 修復に際して現代画家に依頼した模作ということでした。