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美術館訪問記 No.8 サンパウロ美術館

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

サンパウロ美術館外観

サンパウロ美術館内部

ラファエロ作
「小椅子の聖母」
パラティーナ美術館蔵

ボッティチェッリ作
「聖母子と幼子洗礼者ヨハネ」

ボッティチェッリ作
「ヴィーナスの誕生」
ウフィッツィ美術館蔵

コロー作
「マンドリンを持ったジプシー」

いままで訪れた中で最も辺鄙な所にある美術館というと、一番は日本から見て地球の反対側にある国、ブラジルの大都市、サンパウロにある「サンパウロ美術館」でしょう。日本からニューヨーク乗換えで片道30時間程かかりました。

  この美術館は凄い。

 メムリンク、ボッティチェッリ、ボッシュ、マンテーニャ、クラナッハ、ラファエロ、ティツィアーノ、グレコ、ヴェラスケス、ルーベンス、スルバラン、レンブラント、ゴヤ、コロー、セザンヌ、マネ、ドガ、モネ、ルノワール、ゴーギャン、ゴッホ、ロートレック、ボナール、マティス、等等。

何でも揃っている。しかも名画揃い。

北半球でもこれだけのコレクションに対抗できる美術館はそうはありません。まして南半球ではダントツのトップでしょう。
どうして貧乏国だったブラジルにこれだけの名画が集まったのか。
ここで登場するのが新聞社、放送会社を経営していたアシス・シャトーブリアン。

彼は「歴史の浅いブラジルには文化の核になるものがいる。それには美術館がよい。」という信念の基、第二次大戦直後、千点にのぼるコレクションのほとんどを、戦後の混乱に乗じて、ヨーロッパ中から僅か2年間で買い集め、ブラジルへ運んでしまった。
 シャトーブリアンは大金を持っていたわけではない。大半が借金。 しかし、それはブラジルの桁外れのインフレでただのようになってしまった。収集した作品を収める美術館建設の方法もふるっている。
元駐英大使として面識のあったエリザベス女王を、出来てもいない美術館の開館式に招待しておいて、ブラジルの政財界にはっぱをかけた。
「女王がこられた時に美術館が出来上がってなくてよいのか。」と。
かくして美術館は無事完成。
 美術館の正式名称は、アシス・シャトーブリアン・サンパウロ美術館となっています。

この美術館の外観は極めてユニークな4本足の高床式。内部の展示もこれまたユニークで、壁に掛けているのもありますが、主要作品は強化ガラスに入れて床に置いてあります。

ところでイタリア、フィレンツェのパラティーナ美術館にあるラファエロの「小椅子の聖母」は有名で、目にされた方も多いでしょう。こういう円形の絵をトンドといい、ルネサンス期に流行りました。
この言葉はイタリア語のtondo(丸い、円、皿)からきています。
トンドの起源はデスコ・ダ・パルトという出産記念のお盆で、その円形板に絵を添えて贈答用に制作されるようになりました。

そのため、トンドの絵画主題には、イエスの誕生を祝う「マギの礼拝」、情愛豊かな母子の理想像としての「聖母子」、さらにはそこに洗礼者ヨハネを加えたものや、聖母マリアの夫、聖ヨセフを加えた「聖家族」が好んで描かれました。

この美術館にもサンドロ・ボッティチェッリ(1445-1510)のトンド、「聖母子と幼子洗礼者ヨハネ」がありました。 ボッティチェッリは本名をアレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピといいます。
彼の兄が太っていてボッテ(樽)と呼ばれていたので、イタリア語で小さいという意味のチェッリをつけてこう呼ばれました。
フィリッポ・リッピの下で学び、リッピのパトロンだったメディチ家の保護を受け、ルネサンス期を代表する画家と見做されています。

ウフィッツィ美術館にある彼の「春」や「ヴィーナスの誕生」を知らない人はいないでしょう。
リッピの死後ヴェロッキオの工房で共に働いていたボッティチェッリを、レオナルド・ダ・ヴィンチは風景の描けない画家と揶揄しています。

メディチ家のお声がかからなかったダ・ヴィンチが、メディチのお気に入り、ボッティチェッリを嫉んでのこともあったでしょうが、空気遠近法を生み出し、迫真的な風景を描いたダ・ヴィンチに比べると、ボッティチェッリ以前のイタリアの画家達が主題の背景となる風景にあまり関心を払っていなかったのは事実です。
逆に言えば、神話や宗教画の雰囲気を詩情豊かに表現したボッティチェッリの人物描写には、ケチのつけようがなかったとも言えます。

豪華王ロレンツォ・デ・メディチが招集した当代一流の詩人や芸術家、学者達のサロンの一員として文学や詩を理解し、それまで類例の乏しいギリシャ神話やローマ文学に主題をとった、ボッティチェッリの登場人物達の、夢見るような抒情的な表情やたおやかな姿態は実に魅力的です。

注:

マギの礼拝:新約聖書に登場する話。東方三博士の礼拝ともいう。
 マギはペルシアの占星術師のことで、賢者を指す事もあります。東方から三人のマギが星に導かれてキリストの誕生を祝うためにやって来て黄金、乳香、没薬を捧げたという。絵画の主題としてよく描かれました。

洗礼者ヨハネ:新約聖書に登場する宗教家、預言者。歴史上の人物。BC6-AD30/36
 キリストに(がではない)洗礼を授けた人物とされ、この名がついた。ヨハネの母エリザベツとイエスの母、聖母マリアは親戚で、その関係もあり、聖母子像に幼子ヨハネが描かれることは多々ある。通常十字架を持っています。 ラファエロの「小椅子の聖母」の右端にいるのもヨハネ。 二人の母親同士の出会いを主題とした絵画も多い。 またヨハネは運命の女サロメに斬首させられたことでも知られ、これにまつわる絵画も多い。

空気遠近法:大気が持つ性質を利用した空間表現法で、遠景に向かうほど対象物を青く、輪郭線を不明瞭に霞むように描く手法。色彩は近いものほど濃く、遠いものほど薄くなります。