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美術館訪問記 No.3 ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館

ドメニコ・ベッカフーミ作
「聖母子と洗礼者ヨハネ」
ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館蔵

ドメニコ・ベッカフーミ作
「聖母子と洗礼者ヨハネ」
バルベリーニ宮・国立古典絵画館蔵

シエナ、カンポ広場

よく知らない画家について知識を得るのは、日本でも頻繁に開催される個展や特別展に出向くのが、一番です。一度にその画家の絵を大量にかつ時系列的に観られ、日本語の懇切丁寧な解説文付きの展覧会画集が買えます。

1993年に東京ステーション・ギャラリーで特別展が開かれたバルテュスや、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムのワイエス展で知ったアンドリュー・ワイエスなどはこうして親しみを覚えるようになりました。

日本のように百貨店が美術館を併設し、特別展を催し、それが混み合うような国は世界中にありません。 専門の美術館も当然、定期的に特別展を開催しています。日本に居ながらにして世界中の美を堪能できる。 これを利用しない手はありません。

あるいは、一つの国や地方の美術館を集中的に幾つか巡っていると、その国や地方で尊重されている画家の絵に何度もお目にかかることになり、自然と興味を持つことになります。スペインを廻った時は、スルバランやリベーラが好きになり、ヴェネツィアを訪れた時はジョヴァンニ・ベッリーニやアルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ、コペンハーゲンに滞在した時はヴィルヘルム・ハンマースホイが好きな画家に加わりました。

もう一つ、ある絵を見た時に、同じ絵を以前にも別の所で見たようなデジャ・ヴュを感じて、その画家に興味を持つことがありました。

オーストラリアのシドニーにある「ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館」に行った時に、ローマのバルベリーニ宮・国立古典絵画館で見たのとそっくり同じ絵を見て驚きました。
聖母子の右手から幼い洗礼者ヨハネがマリアを見上げている構図。暗い背景にマリア、幼子キリストとヨハネの顔と体が白く浮かび上がる強い明暗画法。他の画家の絵とは判然と異なる、全体に霞がかかったような幻想的な画風。全てが同じではないか。

画家の名はドメニコ・ベッカフーミ。

美術館本を買って帰って比べてみると、ローマの方はマリアが左乳首を露出して、柔和な表情でキリストを見ている。洗礼者ヨハネはマリアの右肩の上から顔を出している。
これに対し、シドニーの方はマリアは衣服を着けて、憂いを湛えた顔でキリストとは逆の方向を見ている。ヨハネはマリアの右肩と顔を並べている。

かなり異なる絵柄なのですが、シドニーで最初に見た時は、ローマ滞在から時間が経っていたこともあってか、全く同じに感じて強い衝撃を受けました。

この頃は絵の細部の記憶が曖昧で、絵から受ける感覚として捉えていたのでしょう。これだけ異なる絵を同じように感じていたのですから。 あるいは最初にローマで見た時はまだベッカフーミを認識していなかったので、記憶にハッキリ残っていなかったのか。

囲碁も1局の碁を対局後に並び直せればアマ3段、1週間経っても覚えていれば高段者、1年経っても覚えていればプロといいます。
絵画についてもそれと似たようなことが言えるのでしょうか。

おかげで、ベッカフーミは忘れられない画家となったのです。

彼は1486年イタリア、シエナ近郊の生まれ。シエナ派を代表する最後の一人です。

シエナはフィレンツェから75km程南にある町ですが、長年ライバル関係にあり、二つの都市の間で戦争も起こっている。絵画でもフィレンツェ派の自然主義的で安定したスタイルと異なり、シエナ派は神秘主義的で不安定。彩色も非現実的で、健康的なフィレンツェ派に比べると、どこか感情の破綻を感じさせるところがある。それだけにフィレンツェやヴェネツィアの画家とは違った面白さがあります。

カンポ広場を中心として中世の佇まいを色濃く残すシエナを訪れ、ベッカフーミより一足先に生きたシモーネ・マルティーニやソゾマらシエナ派の画家達にも興味を惹かれるようになりました。


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