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facebookとGoogleが囲碁ソフトを開発

2016/01/26

AIが「最難関」の囲碁で人を超える日

フェイスブックも参戦する「知性の象徴」への最後の挑戦

米フェイスブックが開発する囲碁AI「ダークフォレスト」

米フェイスブックが3月、日本で開催される囲碁の人工知能(AI)の強さを競う大会「UEC杯コンピュータ囲碁大会」に参加することが明らかになった。ソフト名は「ダークフォレスト(darkforest)」。フェイスブックが囲碁AI開発への参入を発表したのは、昨年11月。ディープラーニング(深層学習)と呼ばれる技術を組み込んで急速に棋力を伸ばしており、既にアマチュア6段程度のレベルに達していると見られる。

UEC杯は3月19日と20日に、電気通信大学で開催される。上位2ソフトはその後、同23日に開催される「電聖戦」でプロ棋士の小林光一・九段(名誉棋聖・名誉名人・名誉碁聖)にハンデ戦で挑戦することになる。

チェスでは、1997年に米IBMのスーパーコンピューター「ディープブルー」が、世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ氏を破った。将棋ではここ数年、将棋AIが「電王戦」という場でトップ棋士に勝ち越せるまでに強くなっており、情報処理学会は昨年10月に「コンピュータ将棋プロジェクトの終了宣言」を出した。

いずれも欧米と日本において「知性の象徴」とされてきたゲームで、AIが人間を凌駕したのである。さらに難易度の高い囲碁の攻略は、人工知能研究者にとって、ゲーム分野における最後の「グランドチャレンジ(大いなる挑戦)」だ。フェイスブックの研究者は囲碁AIに関する論文の中で、「古代から続く囲碁というゲームで人間のトッププレーヤーと戦うことは、人工知能において長期的なゴールだった」と述べている。グーグルの研究者も昨年11月、「囲碁に関してかなり大きな驚きとなる発表を行うだろう」と語っている。

囲碁は世界中ほぼ同一ルールで普及しており、AI開発においてもチェスや将棋と同じぐらいの歴史がある。ところが、囲碁AIのみがアマ6段レベルにとどまってきた。盤面が他のゲームに比べて広く、コンピュータでも計算しきれないためだ。

「人間超え」は時間の問題

では、「囲碁AIはいずれ人間を凌駕するのか」?

答えは明らかだ。記者はチェスも将棋も囲碁もかじったことがありトッププレーヤーの才能と努力には大きな尊敬の念を抱いている。だが、客観的に見て、AIが人間を超えるのは「時間の問題に過ぎない」というほかない。

囲碁や将棋、チェスのようなゲームは「2人完全情報確定ゼロ和ゲーム」と呼ばれる。「2人でプレー」「相手の手が見えている(完全情報)」「(サイコロのように)不確定な要素がない」「勝敗がつく(ゼロ和)」という意味だ。20世紀最大の数学者とも呼ばれる、ジョン・フォン・ノイマン氏はこの種のゲームには必勝法があることを証明している。

必勝法の見つけ方は、シンプルだ。盤上に現れる局面を、すべて探索し尽くせば良い。チェッカーと呼ばれるチェス盤を使うゲームがある。10の30乗、日本の数字の単位で表せば「100穣」という聞き慣れない規模の探索が必要だったが、2007年に完全解析された。結論は「引き分け」だった。

いつか必勝法が見つけられるから、その時点で人間は勝てなくなる、という話をしたいわけではない。究極的にはその説明も成り立つが、チェスで必要な探索量は10の120乗で、取ったコマを再利用できる将棋は10の220乗、囲碁は10の360乗に達するとされる。比較的探索空間が狭いチェスですら現在のコンピューティング技術で完全解析することはできておらず、将棋、囲碁となるとはるか先の話だ。

ただ、そこに至らずともアルゴリズムの革新と処理能力の向上があれば、AIが人間を超えられることを、チェスと将棋の例は示している。1996年に将棋で同様の問いが発せられた時、多くの棋士が「そんな日はこない」と答える中、羽生善治四冠は「2015年」と答えていたのは有名な話。公立はこだて未来大学の松原仁教授(人工知能学会会長)は「囲碁は早ければあと10年で、将棋と同じような状況になる可能性がある」と見る。

「競争」から「協調」へ

AIが人間を超えた後、何が起きるのか。チェスで今起きていることが参考になるかもしれない。カスパロフ氏はディープブルーとの対戦を経て、人間とAIが協調して戦う「アドバンスド・チェス」という競技を提唱。1998年に最初の大会が開かれ、今もネット上などで開催されている。一方で昨年、チェスの大会において勝負どころでチェスAIをこっそり使うという「カンニング」事件も発生した。

AIは急速に進化し、人間が占有していた知の領域に入り込んできた。だからこそ、そこに人は様々な感情を抱く。だが今、クルマの速さに対抗心を燃やす人がいないのと同様に、競争の段階を通過して協調の段階に入れることで、冷静に「道具」として使いこなすことができるようになるだろう。だから、人間とAIの競争はできるだけスムーズに進めた方が良いというのが、記者の考えだ。

その意味で、将棋は少し残念な経過を辿った。羽生善治四冠と渡辺明二冠というトップ棋士との対決が実現しないままなのに、研究者の間では「AIが既に人間を超えた(勝ち越す)」と認識される状態になってしまったからだ。

関係者に取材すると、囲碁では、そうした心配は比較的少なさそうだ。そもそも、囲碁は日本と中国、韓国がそれぞれしのぎを削っている。仮に日本の囲碁の総本山である日本棋院がAIとの対局に難色を示しても、他国が認めればそれまでだ。

囲碁というゲームは、中国から朝鮮半島を通じて日本に渡ったといわれる。その後、江戸幕府の庇護を受ける中で、棋力の面で中韓を追い抜いた。

「やられるくらいでなくちゃ」

呉清源という不世出の囲碁棋士が、一昨年に没した。桐山桂一氏の著書、『呉清源とその兄弟』には、こんなエピソードがある。

1928年、日本が中韓を実力で圧倒していた時代に、師匠の瀬越憲作が中国から少年だった呉を呼び寄せた。瀬越は犬養毅から「そんな素晴らしい少年を呼んだら君らは皆、やられるぜ」と言われ「やられるくらいでなくちゃ、日本に呼ぶ甲斐がありません」と啖呵を切った。犬養は「名人位を中国の少年に取られたらどうする」ともたずねたが、瀬越は「本望です。日中親善のためにも本望です」と答えたという。そして、呉は昭和最強の棋士となり、囲碁の世界を大いに盛り上げた。

今、囲碁の国際棋戦で、中国や韓国に対して日本は遅れをとっている。だが、狭い考えにとらわれなかった瀬越らの見識は、中韓に加え台湾の囲碁ブームにつながり、世界に囲碁の愛好家を増やした。今、世界で囲碁というゲームを指す言葉は、日本語の「GO」だ。

全体で勝利をおさめるため、部分的に損に見える手を敢えて選択するのは、囲碁の戦略の1つ。泉下の瀬越らは、きっと「大局的勝利」に満足しているのではないだろうか。もちろんファンは、井山裕太六冠をはじめとする日本のトッププロ棋士にもっと活躍してもらう姿も望んでいるだろうが…。

囲碁AI「人間超え」は日本の好機

日本棋院は昨年、100周年に向けた「ビジョン」を策定した。ビジョン達成のための10の行動には、「囲碁の研究を深め、データの蓄積~人工知能・科学との融合」という項目が入っている。ビジョン策定を主導したグロービス経営大学院の堀義人学長は「囲碁は海外経営者にも愛好家が多い。複雑系の中で適切な判断を下すという点でビジネスにおける経営に非常に近い」と、囲碁AIに注目が集まりつつある要因を分析する。

フェイスブックが今回参戦するUEC杯は、将棋や囲碁のAI研究に積極的な電気通信大学が2007年から開催してきたもので、今年で9回目になる。今回は5つの国・地域から43チームが参加する。電通大の伊藤毅志助教は「AIを磨くのにゲームという優劣がハッキリする舞台はうってつけ。ゲーム用AIで新技術が出るとすぐさま、金融や医薬品メーカーなど応用を目論む様々な企業から問い合わせが来る」と証言する。

今、シリコンバレーからも熱い注目を集める、囲碁AI。複数の関係者が、「韓国や米国で新たな囲碁AIによる棋戦が立ち上がりつつある」と明かす。2016年は、囲碁という最難関ゲームで人間超えを目指す動きが、更に盛り上がりそうだ。

UEC杯の上位AIとプロ棋士が対局する電聖戦は、2013年に電通大と日本棋院が提携して実現した。日本のトップ囲碁棋士には引き続き、率先してAIと積極的に真剣勝負を繰り返してもらいたい。囲碁に対する世間の注目を集められるだけでなく、「AI研究なら日本」という環境作りにも寄与するからだ。そして、いつか真っ先に「やられる」姿を見せて欲しいと思う。呉清源に日本の棋士達が「やられた」時と同様、囲碁とAIの両分野で日本の存在感を高める「大局的勝利」につながるはずだ。

(2016/01/25・日経ビジネス)

Googleのディープラーニング「AlphaGo」がプロ棋士に完勝

米Googleは1月27日(現地時間)、同社が開発したディープラーニングシステム「AlphaGo」が、囲碁戦で人間のプロ棋士に5戦5勝で圧勝したと発表した。

コンピュータがプロ棋士に勝つのはこれが初という。

Fan Hui氏敗北の瞬間

チェスでは米IBMのDeep Blueが1997年に人間のプロに勝利しているが、囲碁はチェスよりも(ルールは単純だが)選択肢が桁違いに多く、その数はチェスの1グーゴル(10の100乗)倍以上になるため、従来の“力任せの”計算方法ではコンピュータは人間に追いつけなかった。

専門家は、コンピュータがプロ棋士に勝つには10年かかると予測していた。

AlphaGoでは、機械学習の一種であるディープラーニングの手法を用いてシステムを構築し、ニューラルネットワーク同士で対戦を繰り返すことでスキルアップしてきた。この過程では同社の「Google Cloud Platform」や「TensorFlow」を活用した。

AlphaGoと対戦したのは中国出身でフランス在住のプロ棋士で欧州大会で3回優勝した樊麾(Fan Hui)氏。対戦はGoogleのロンドンオフィスで昨年10月5~9日に行われた。

AlphaGo vs Fan Hui

Lee Sedol氏

Googleは3月に、世界囲碁選手権富士通杯などの国際棋戦で10勝以上している韓国のプロ棋士、李世ドル(Lee Sedol)氏とAlphaGoの対戦を計画している。李氏は「AlphaGoとの対戦相手に選ばれて光栄だが、勝つ自信がある」と語った。

(2016/01/28・ITmedia ニュース)
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