佐藤哲男博士のメディカルトーク

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121.諦めについて考える

私の様な超高齢者になると特に大きな夢もなく生きていますが、70代までの方々は毎日の生活の中で悲喜こもごもの問題に遭遇すると思います。そんな時にどの様に対処するか、そんなことについて私の経験を含めて私見をまとめました。

諦めない心
 諦めない心とは、困難な問題や課題にぶつかった時、決して逃げようとせずに立ち向かい、何とか成し遂げようとする気持ちのことです。 もちろん、結果として成功しなくても、粘り強い気持ちを持ち続けることが重要になります。

すぐに諦めてしまうことによるデメリットとは?
 諦めない心を持てば、多くのことを達成出来る確率が上がります。では、逆に簡単に諦めてしまう癖があると、どういう問題が起こるのでしょうか。まず第一に周囲からの信頼が得にくくなります。例えば、出来ないことをすぐに放り出す傾向があると、仲間からは頼りにされません。仕事や頼み事を任せても、何も達成できない人だと思われて信用を失うからです。信頼が得られないだけでなく、社会人の場合は昇進にも影響を及ぼしかねません。周りから信頼されないことは、自分にとって最大のデメリットであり、自分の将来も暗くします。

諦めない心を持つ人の特徴
 何に対しても忍耐力があって諦めない心を持っている人は、どんなことも成功しやすくなります。世の中には逆境で簡単に諦めてしまう人と、なかなか諦めない人がいます。どちらかというと、簡単に諦めてしまう人の割合が多いです。世の中で成功した人の多くはあきらめない人と言われています。物事に諦めない人には次の5つの特徴があります。

1. 一つの事をやり遂げた成功体験を持っている
 難題に取り組んで、見事に結果を出した経験は、大きな自信へと繋がります。成功によって得られた自信は、どんな難しい事態に直面しても、「必ず出来る」という確信を伴うので、諦めない心につながります。更に、成功して達成感の喜びもあきらめない精神の原動力になります。

2. 叶えたい夢や目標をしっかり持っている
 将来成功した時のイメージを持っていると、途中で困難なことがあっても負けない気持ちを作り出してくれます。目の前の苦労にとらわれずにその先の夢や目標を見据えることで、難しい場面を乗り切る粘り強さを発揮出来ます。

3. 負けず嫌いで何事も最後まできっちりとやり遂げる
 世の中の成功者の中には負けず嫌いな人が多くいます。彼らは困難な状況から逃げ出すことは恥だという気持ちから強く取り組む姿勢を引き出します。ただし、単純な負けず嫌いは途中で燃え尽きてしまうこともあるので、具体的な目標もしっかり持つことが必要です。本心から諦めない心を持つ人は、途中で放り出すことをせずに、目標を達成する心構えを持っている人です。

4. 集中力に優れており、一つの物事に対して没頭できる
 諦めない人は、難題に取り組む際雑念が無く、一途に頑張れる精神力を持っています。目の前の目標にまず集中することで、成功確率が自然と上がるので、諦めない状況になります。更に、失敗のイメージを最初から排除すると諦めること自体を考えずに済みます。

5. 弱音や不満など、ネガティブな言葉を口にしない
「出来ない」「無理だ」「面倒だ」などの後ろ向きの発言は、気持ちまで負けてしまうことになります。マイナスの言葉やイメージは、モチベーションを下げ、成功から遠ざかることになります。普段からネガティブな言葉を口にしないことは、成功者に多く見られる習慣です。

おわりに
 毎日の生活の中にはどうしても打ち勝つことができない場合と、努力次第では達成する場合があります。これらの考え方は年代により大きな差があります。高齢になると頑固になり簡単に自分の主張を取り下げない人が多くなります。これは長年生きてきた中で蓄積した経験に基づくものです。逆に好々爺(こうこう‐や)という老人もいます。やさしくて気のいいおじいさんです。皆さんはどちらになりたいでしょうか。

2023年9月1日



122. 人生の節目

私ごとで恐縮ですが、これまでの長い人生を振り返ってみるといろいろな意味での節目が無数にありました。主なものだけでも修学、就職、結婚、学術活動、退職、高齢者としての過ごし方、などで、最後には終活があります。

一般に、「人生の節目を迎える」という場合は、年齢の一区切りや、人生において誰でも経験する出来事(出生、入学、卒業、就職、結婚、出産、子育て、退職等)によって区分される生活環境を言います。従って、各人の節目は人それぞれにより異なります。

また、昔から知られている人生の節目には、年代により次の用語で定義されています。


平均寿命の短かった室町時代には高齢者を初老、中老、高齢などに分けられていました。この分類によると、初老は40歳です。当時の40歳は既に老齢に入る時期で、還暦・古稀・喜寿・傘寿・米寿と同じく「賀の祝い」にあたり、長寿の祝いのひとつでした。当時50代は中老、それ以上の人は「高齢」と言われていました。

現在、世界保健機関(WHO)では65歳以上を高齢者としています。わが国では65歳以上を高齢者、そのうち65~74歳を前期高齢者、75歳以上は後期高齢者と定義しています。私が子どもの頃にイメージしていた65歳とは悠々自適に隠居生活をしていた老人でしたが、今の65歳は働き盛りです。

最近は定年の引き上げ、定年後の再雇用が進んでおり、そのようなところでは60代はまだまだ現役世代です。70歳が古希と言われるのも現実に沿わなくなっておりました。

長寿祝いの代表である還暦について

● 還暦の起源や由来

還暦が日本において現在のような長寿祝いになった歴史には諸説ありますが、古代中国の儒教からきているという説が有力です。儒教には、長寿を尊ぶ思想がありました。その概念が日本にも伝わり、奈良時代から年齢の10年刻みを祝う行事が始まりました。平安時代にはそれが長寿祝いとなり、貴族の間で普及しました。

そして、鎌倉時代頃に「還暦」という概念が生まれ、室町時代・江戸時代にかけて民間でも広まりました。当時の人々の平均寿命は50歳程度であったため、60歳の還暦は大変な長生きとされ、とてもおめでたいこととしてお祝いされました。

● 還暦はなぜ数え年で61歳か?

還暦はなぜ数え年で61歳なのか。それには、古代中国から伝わった「十干十二支(じっかんじゅうにし)」が関連しています。

十二支とは、よく知られている子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥のひとめぐりです。人は生まれてから60年目で、この十干十二支の組み合わせが一巡します。

還暦を数え年で祝うことが多い理由としては、明治時代頃までは日本人の間に「誕生日」という概念がなく、年が明けると皆一律に一つ年齢を重ねる「数え年」が一般的だったということが大きいからです。また、生まれた年は現在のような「0歳」ではなく「1歳」とされていました。そのため還暦祝いも、数え年で61歳の方を対象に正月などに行われました。満年齢が一般的となった現在においても、重要な節目のお祝いであった還暦に関しては数え年で祝うという風習が引き継がれているのです。

現在では、還暦は敬老の日や誕生日でお祝いすることが主流ですが、「満年齢」「数え年」どちらでお祝いしてもよいとされています。

● 赤い「ちゃんちゃんこ」をご本人に着てもらう

還暦を迎えた方は、赤い「ちゃんちゃんこ」を着てお祝いしてもらう、という古くからの慣習があります。昔から、生まれたばかりの赤ん坊の産着に赤い色が多く用いられていたことから、赤いちゃんちゃんこには「赤ん坊のようにもう一度生まれて、再び新しい人生をスタートさせられますように」という願いが込められています。また、赤い色には魔除け・厄除けの力があるとされていることも理由のひとつです。

おわりに

長い人生においては毎日が人生の節目かもしれません。あるいは一年一年が節目かもしれません。それは人それぞれにより異なります。人生を春夏秋冬に例えると、春は人生の準備期間です。そこで十分な準備ができないと、夏を楽しむことができなくなります。夏に元気で過ごすことができなければ秋の実りも期待できないことになり、続く冬の生活も期待できなくなります。他人と良い関係を作ることも、たった一度限りの人生を幸せに生きるために必要なものと思います。

2023年10月1日



123. 戦争と宗教の国イスラエルへ

はじめに

現在イスラエルと隣国パレスチナのガザ地区で戦争が続いています。私は1998年にイスラエルを訪れました。その詳細は私の旅行記「旅のこぼれ話」の第8話に掲載しました。イスラエルなど中東は昔から小さな戦争が絶えない地域です。私がイスラエルを訪れた時も周辺国との争いが続いておりましたが、市内は一見平穏な状態で、民家が連なった細い通りでは若者たちが楽しそうに語り合っていました。今回はパレスチナとの激しい戦争になる前の平和なイスラエル、エルサレムなどを知って頂きたいので、旅行記の一部を掲載致しました。

エイラット

1998年1月にイスラエルのエイラットで国際会議があり、初めてイスラエルへ旅をしました。イスラエルは昔から戦争が絶えない国であること、三つの宗教が同居している珍しい土地であることもあって、物好きな私にとっては大変興味をもって成田を出ました。

ドイツのフランクフルトで一泊後、翌日イスラエルのテルアビブの空港で、今回の会議に出席する欧米の仲間と久しぶりに再会しました。そこから会議が開催されるエイラット行きに乗り換えるため搭乗口へ行って驚きました。搭乗のための検問が異常な程厳しい。そこでは十数項目にわたる質問を一人15ー20分かけて行っていました。

(1)どこから来たか、(2)どこへ何の目的で行くか、(3)その会議の内容は何か、(4)出席者は何名か、(5)会議での主な議題は何か、(6)その会議でどんな効果が期待されるか、(7)その会議は誰が主催するのか、(8)今回の旅行は一人かグループか、(9)ツアーの責任者はだれか、(10)何かお土産を持っているか、その価格は(11)ホテルの名前は、(12)職業は何か、(13)イスラエルには何日間滞在するか、などなどである。

この質問攻めも無事通過してようやく搭乗し、1時間後エイラット空港に着きました。ここはイスラエル国の最南端で唯一紅海に面した港町です。街の中は世界中からの旅行客で賑わっていました。 エイラットでの2日間の会議は予定通り終了し、翌日は朝8時半にホテルを出発してエルサレムへ3時間かけて車で移動しました。ガイドの話では途中広い砂漠を通るので強風に注意する様にとのこと。その場所に行ってみると正に荒野と岩山が続き、この砂漠でキリストが受難したと伝えられている乾燥荒涼な砂土の荒地でした。

死海

マサダ要塞

途中、よく知られている観光地の死海では1時間の休憩を取り、湖で身体が浮く経験をしました。その後、マサダ要塞を見学しました。

マサダ要塞はイスラエルの国の中ではエルサレムに次ぐ人気の観光地です。2001年にはユネスコの世界遺産になりました。ここでは2時間ほどローマ時代の遺跡を堪能し、エルサレムのホテルに着いたのは午後6時頃でした。

エルサレム旧市街

エルサレムの市内は旧市街と新市街に分かれており、旧市街はイスラム教地区、キリスト教地区、ユダヤ教地区に画然と分かれており、その境界は極めて明確に区切られています。住民もそれぞれの宗教の地域内で生活しており、お互いに反目することなく平穏に暮らしていました。しかし、今回のパレスチナとの戦争により宗教間の対立で、あの荘厳な宗教の町が戦火の中にあり誠に残念なことです。日本の様な単一宗教の国では中々理解できないことですが、西洋の歴史の中では宗教の争いが命をかけた戦争にまで発展した例は珍しくありません。

ここでイスラエルの三つの宗教について簡単に解説します。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はすべて一神教で、それぞれの信者は唯一の神を祈ります。それに対して日本では、クリスマスイブの夜はどんちゃん騒ぎをし、新年は初詣で神社へ、仏事のときはお寺へ行くなど、神社仏閣おまけに教会まで含めて八百万の神の国です。

イスラム教の信者は一日5回、聖地メッカの方角に向かって礼拝することが義務付けられています。彼等は世界の何処にいてもひざまずき、メッカに向かって礼拝します。土は世界何処までも続いているので、同じく膝をつくことによってイスラム教信者同士が兄弟としての連帯意識を持つというのが彼らの信条です。ちなみに、私が大学に在職中に留学生としてイスラエルから来た学生は、研究室の前の廊下のすみに布切れを敷き、一日5回の礼拝を絶やしませんでした。1年1回の断食(ラマダン)の月には、日の出から日没までは絶食、絶水します。日没後に1日1回の食事をとりそれが1ケ月続きます。ラマダンが終わった日には盛大なお祭りが行われます。

嘆きの壁

ユダヤ教の信者が多く集まるのはイスラエル市内の「嘆きの壁」です。ここは一年中世界各国からの観光客でごったがえしています。ユダヤ教の信者は独特の帽子をかぶっています。私も「嘆きの壁」に触れようとしたら、そこにいた案内人らしい人に紙製の帽子を渡されました。これをかぶらないとユダヤ教以外の観光客は壁にふれることは許されません。壁に続いた洞窟の中では多くの信者が敬虔な祈りを捧げていました。

聖降誕教会

今回の旅の中で私の最大の関心事はエルサレムから10km離れたべツレへムを訪れる事でした。イスラエル滞在の最後の日は雪も止み晴れた朝を迎えたので、隣国パレスチナにあるベツレヘムへホテルからタクシーで40分ほどかけて行きました。

ここはキリスト生誕の地で、世界中からキリスト教信者が集まっています。日本でも大晦日の夜にこの場所からの中継を見る事があります。ここでの圧巻は、2000年前にキリストが誕生したと伝えられている洞窟のある聖降誕教会です。また、この一角にはギリシャ正教とキリスト教の聖カテリナ教会の建物が隣り合っています。違う宗教の教会が隣り合って、しかも何の不自然も感じないのは、宗教に対する共通の考え方があるからでしょう。感慨にふけている間に2時間が過ぎ、あわててタクシーでホテルに戻りました。

翌朝、イスラエルから出国するためにテルアビブの国際空港へ行って驚きました。空港のロビーには多くの兵隊が警察犬を連れて隅々までチェックしています。正に厳戒体制でした。私が食事のためにテーブルから離れたところにトランクを置いたら、「これは誰の持ち物か」と兵隊がその近くの人々に聞いて回っているのには往生しました。以前からイスラエルへ行く機会を狙っていた私にとっては、今回の旅行は正に生涯忘れられない経験となりました。

おわりに

毎日の新聞、テレビ報道によると、イスラエルとパレスチナの戦争により平和な街が破壊され、罪のない一般市民が戦禍に遭っていることに、深い悲しみを感じています。今回の戦争には中東の諸国、中でもイラン、イラク、アラブなどが直接的、間接的に関わっています。1日も早い停戦を祈っております。

2023年11月1日



124. 病気になった時あなたはどうしますか

私は2−3日体調が悪い日が続くと、街の薬局の薬を使うことは少なく、専門のクリニックへ行くことにしています。喉が痛い時は近くの耳鼻咽喉科へ、胸が痛いと循環器内科へ、目尻が痛んだ時は眼科へ、などなど早めに専門医に診察してもらうことにしています。専門医の診断の結果を聞くと安心します。診断の結果、さらに治療を要するときには他の大病院を紹介してもらう。私は病気の時は自分で判断したり悩まないで医者に相談することにしています。医者は病気の診断、治療の専門家です。たとえ「ヤブ」であってもそれなりに専門の教育、経験を持っています。

ちなみに、「藪医者」の語源は、草木が生い茂った「藪」とは直接関係なく、もともとは「野巫(やぶ)」と書いたとされています。 「野巫」とは、まじないを使ったあやしげな治療しかできない田舎の医者のこと。 昔はまじないもれっきとした治療法だったが、医学の進歩に伴い、まじないに頼る治療法はバカにされるようになったことに由来します。

医者の選び方、見極め方

最近の医師は患者の診断の時に目の前の電子カルテが書いてあるパソコンから目を離しません。従って、パソコンと向かい合っている時間が長くなり、昔のように患者と対面で話しながら診察することが少なくなりました。

「何でも気軽に話せる」ことが、かかりつけ医としての重要な条件の一つです。さらに、患者との相性が何よりも大切です。それには実際に医師と会って自分や家族が確かめるのが一番です。「医師」も人間ですし、いくら高い医療技術を持ち合わせていても、患者との相性が合わなければ 「何でも気軽に話せる」雰囲気にはなれません。それには、これまでにかかった人々の意見を参考にすることがかかりつけ医を決める大切な条件と言えます。

かかりつけ医との付き合い方

かかりつけ医を決めたら、診療を通して医師と信頼関係を築く事が大切です。検査・入院といった専門的な治療が必要になり、大規模の病院を紹介してもらったときにも、その後の経過(診断結果、処方された薬など)についても報告する事が重要です。このような心がけは、その後の健康管理に役立つばかりでなく、お互いの信頼関係を深める事ができます。

怒る医者は良医とは言えない

医者と言えども一人の人間です。医者を選び基本は「人間的に尊敬できる良い医者を選ぶことです。 患者を怒る医者はよくありません。
 患者:「風邪をひいたようですが?」
 医者:「風邪をひいたかどうかは、医者が判断するものだ。風邪をひいたとわかっているなら、 医者にはかからなくていいよ。」
肝臓が悪くてお酒を控えるように言われている患者が、お酒を大量に飲んでしまったとき、
 医者:「いくら注意しても少しも医者の言う事を聞かないね。悪くなっても僕は知らないよ。」
このような医者は、腕が良くとも頭が良くとも、医師としては失格です。

患者を“叱る”のは時にありうることですが、患者を“怒る”のはあってはならない事です。また、難しい医学用語や言い回しをたくさん使って説明する医者は良医ではありません。患者にわかるような言葉で丁寧に説明してくれる医者が良い医者です。

医者が診断をいやがるとき

医者は自分の専門的経験に基づいて患者のいうことを聞きながら最良の治療法を考えます。問題は患者の症状が自分の専門外のときです。内科でも心臓と胃、腸では専門が違います。しかし、内科と看板を出している街のクリニックの医師は、自分の経験に基づいて診断し、薬を処方します。色々会話している中で、医師は最初は丁寧に話していますが、その後患者が「結局、私の病気の原因はなんでしょうか」と質問すると、「それは私の専門ではないので、専門の先生を紹介します」と言ったりします。患者がしつこく質問すると、医者はイライラしてだんだん言葉が慇懃無礼になります。そんな状態になったときには「これ以上聞くなよ」というのが医者の本音ですのでそれ以上の質問をしないほうが無難です。

診断は経験に基づいてる

医者の診断は経験に負うところが大きいです。「この治療で絶対に治る」、「必ず効果がある」、「間違いなく」など、良医は口に出しません。特に内科の場合は、患者のいうことが曖昧な場合は、医師は自分なりに判断します。医者の誤解を防ぐために、いつから、どの部位が、どの程度の痛みか、など具体的に伝える必要があります。 内科の医師は患者の訴えを聞いて自分のそれまでの経験に基づいて病名を推測しなければなりません。例えば風邪だと思っても初期の段階では「風邪です」と断定はできず、風邪の可能性が高いとしか言えないのです。従って、一般的に使われる解熱剤、咳止めなどを処方して一週間後に再度様子を見るのが通常の診療です。その判断が的中した時には、症状がだんだん回復し治療の効き目が出始めます。そんな時、その医師は頼りになる医師として評価されます。

頼れる「かかりつけ医」を探すポイント
自分に合った病院、医師の選び方

病院の選び方のポイントは、病院や医師を信頼できるかどうかが重要です。特に手術を必要とする大きな病気や、長期にわたり治療が必要な病気の場合、病院や医師との信頼関係が成り立たないと、治療にも影響が出るので、しっかりと自分にあった病院を選ぶ必要があります。 下記はある団体が533人を対象に希望する病院の選択についてとったアンケートの結果です。優先順に列記します。


 1位 通院しやすさ(時間・場所)(420人、84%)
 2位 家族や知人の口コミ(261人、52.2%)
 3位 診療実績(210人、42.0%)
 4位 施設や設備のきれいさ(119人、23.8%)
 5位 医師の経歴(104人、20.8%)
 6位 口コミサイトの評判(95人、19.0%)
 7位 提携先病院の数(69人、13.8%)
 8位 施設の規模(45人、9.0%)
 9位 その他(21人、4.2%)
 10位 設立からの年数(18人、3.6%)
 11位 医師の出身大学(学部)の偏差値(16人、3.2%)
 12位 医師の知名度(メディア露出が多いなど)(12人、2.4%)
 13位 雑誌の病院ランキング(6人、1.2%)

訪問診療

最近は高齢者の増加に伴って、自宅で介護医療を受ける老人が増えました。これらの患者は、地方自治体により要支援、要介護の認定を受けています。医師が1週間ないし2週間に1回の割合で定期的、且つ、計画的に訪問し、診療、治療、薬の処方、療養上の相談、指導等を行っていきます。訪問医師の他に、ケアマネージャーとの契約内容に応じて、看護師、ヘルパーなどが随時訪問します。

医師は患者やご家族の方からご相談を受けた時点で、これまでの病歴、現在の病気、病状などを詳しく伺うとともに、関係医療機関などから情報収集を図ります。その上で、どのような治療を受けられたいか、ご家族の介護力や経済的な事情なども伺いながら、診療計画、訪問スケジュールをたてていきます。 なお、急変時には緊急訪問に伺ったり、入院の手配を行ったりするなど、24時間体制で在宅療養をサポートするのが、訪問診療の特色です。 訪問診療は医師と家族の診療に対するコミュニケーションが何よりも大切で、コミュニケーションが取れず診療が一方的になったり、相性が合わないと判断した場合や、信頼できないと感じ不安や負担に思うような事があれば、介護医療を統括するケアマネージャーに伝えて医師を変えることも必要です。

おわりに

毎日の生活の中で突然体調が悪くなったときに、近くのかかりつけのクリニックへ駆け込むことは、病気の原因を明らかにすることができて患者本人にとっては心身共に安まることです。夜間やかかりつけ医が休診の時は、地元の夜間救急診療や救急電話相談などに連絡して緊急の事態を解決することが必要です。


今年も間もなく終わります。2023年も拙文をご笑覧頂きまして有り難うございました。

よい年末年始をお過ごしください。また来年もどうぞよろしくお願い致します。

追記
本文に関連した内容として、本シリーズ「97話 医者の見分け方」もご参照下さい。

2023年12月1日



125. 母と子の絆

昔から「十月十日(とつきとおか)」と言われているように、妊娠期間は約10カ月間です。この間、母親と胎児は文字通り一心同体で生活しています。というよりは、胎児は母親の体の一部です。

母と子供の絆は強い。それは医学的に妊娠した時から始まります。胎児は子宮内で自分の力で積極的に成長する機能を持っていません。そのため、妊娠すると子宮内に胎盤が形成されて、そこには母体からの血液を貯めるための血管が満たされています。その血管は母体と胎児の間の連絡通路である臍帯(へその緒)を通して母体の血液内の栄養分や酸素が胎児に供給されることにより成長します。胎児はもっぱら母体からの栄養素、酸素の供給に依存して成長するのです。つまり、母と子の相互の働きかけは、すでに胎児期に臍帯を通じてストレス・ホルモンを介して始まり、出産の前後に最高潮に達します。出産後は五感によるメッセージが加わって、母子間の相互の交流は深まります。

なぜ子供は親に似るのか

生物の細胞の遺伝子が両親の生殖細胞である卵子や精子を通じて子に伝わることにより子は親に似ることになります。父親と息子、母親と娘の相関は相関係数0.5と明らかな相関があるようで、父と娘、母と息子は0.3の相関があるとのことです。

知能は遺伝子の影響が大きいと考えられてきました。 しかし近年の研究により、頭の良さは先天的よりはむしろ後天的なものの影響の方が大きいことがわかっています。慶応義塾大学(行動遺伝学専攻)の安藤寿康名誉教授によれば、IQはおよそ5割が遺伝の影響を受け、残りの5割のうち3割は家庭環境が影響するそうです。

親子で遺伝する特性

遺伝とは親の特徴が子へ受け継がれる現象で、ヒトの遺伝子は25,000種類以上あります。親から子へ遺伝するのは以下の2種類が知られています。

 • 容姿などの外見的遺伝
 • 性格などの内面的遺伝 


1.容姿などの外見的遺伝
 身長
 子の身長の8割が親からの遺伝の影響を受けます。しかし、完全に親と同じ身長になるとは限りません。遺伝要因の他に、環境要因も身長を決める要素の1つだからです。
 顔つき
 これも遺伝します。一般論として、男性は母親、女性は父親に顔が似るといわれていますが、今のところ科学的に証明されてはいません。


2.性格などの内面的遺伝 
 性格の50%が遺伝で、残りの50%が環境によるといわれています。性格は両親から受け継ぐことが多いです。

例の1つとしてセロトニン分泌に関わる遺伝子があります。セロトニンとは精神を安定させる働きをもつ神経伝達物質です。セロトニンが少なければ、イライラや不安が拭えないなどの精神の不安定がみられます。近年、セロトニンは「幸せホルモン」と呼ばれて、やる気や幸福感につながる脳内神経伝達物質の9割であることが明らかになっています。また性格は、育つ環境によって大きく変化します。仮に同じ遺伝子をもっていたとしても、親の育て方次第で大きく性格が異なります。


寿命は遺伝するか

4億人以上を対象とした大規模な「家系と寿命」に関する研究結果によると、夫婦で長生きする程度が似ることから、環境が遺伝子よりも重要であることがわかりました。遺伝子が寿命に及ぼす影響は7%以下であるとのことです。

夫婦間の類似性は、異性の兄弟間よりも高くなっていました。考えられる理由は、夫婦は同じ屋根の下で暮らすため、食事や生活環境を共有するということです。


母親が子を思う心。子が母親を慕う心。
1.野口英世の母親の手紙

母親が子を思う手紙のなかに野口英世へ宛てた母親の手紙がよく知られています。福島県の猪苗代の野口英世生家には母シカが英世に宛てた手紙が展示されています。シカは幼いころ、文字を覚えはしましたが、その後ほとんど文字を書く機会がありませんでした。後に英世は母が字が書けるとは知らなかったと語っています。

「はやくきてくたされ はやくきてくたされ いしよのたのみてありまする」(早く帰って来てください。早く帰って来てください。一生のお願いです。)と、長い年月会うことができない英世に、一目会いたいという気持ちを切々と綴っています。手紙を受け取った英世は、1915(大正4)年に15年ぶりに帰国し、母との再会を果たしました。約2か月間滞在し母シカは英世とともに過ごす時間を「まるでおとぎの国にいるようだ」と語っています。

11月4日に英世は、横浜からニューヨークへ戻りました。そして、その後二度と日本の地を踏むことはできませんでした。

2.特攻隊隊員が母親に宛てた手紙

私の年代の人間にとって母親と息子との絆を綴った手紙としては特別攻撃隊員(特攻隊)の遺書を忘れることはできません。

特攻隊は、太平洋戦争中に編成された特殊部隊で、片道分だけの燃料を積んで敵の艦船を爆撃する攻撃隊です。 隊員は自分で志願した20歳そこそこの若者です。それらの隊員は国や家族を想い、尊い命を犠牲にして戦地へ向かいました。

彼らの本音や母親に宛てた想いがつまった手紙が数多く残されています。その中でいくつかの例を挙げます(紙面の都合で文章は一部省略しました)。

・相花信夫(享年18歳)
母上様御元気ですか。永い間本当に有難うございました。我六歳の時より育て下されし母。継母とは言え世の此の種の母にある如き。不祥事は一度たりとてなく 慈しみ育て下されし母。有難い母 尊い母。俺は幸福であった。ついに最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺。幾度か思い切って呼ばんとしたが 何と意志薄弱な俺だったろう。母上お許し下さい。さぞ淋しかったでしょう。今こそ大声で呼ばして頂きます。お母さん お母さん お母さんと。

・茂木三郎(亨年19歳)
僕はもう、お母さんの顔を見られなくなるかも知れない。お母さん、良く顔を見せてください。しかし、僕は何んにも『カタミ』を残したくないんです。十年も二十年も過ぎてから『カタミ』を見てお母さんを泣かせるからです。お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。それが僕の別れのあいさつです。

・広田幸宣(亨年21歳)
母上様 たびたびのお便りうれしく拝見致しました。この前の便箋7枚の手紙を見ては涙がとめどなく頬を伝わりました。金送りましたが、こんなに喜んでいただけるとは思いませんでした。神様などへ備えなくともよろしいですから、すぐ用立ててください。少し金持ちらしくやってください。財布が底抜けにならぬよう一ケ月に一回は必ず補給します。(中略) 私は貯金はこちらでたくさんやっていますから、送った金はぢゃんぢゃん使ってください。(中略) みかん着いたそうで何よりです。できたらもっと送りませう。玉ちゃんにも小遣いできるだけ送りますからお嫁に行く日の貯金に、お母さんの書いて寄越されたことも近い中にあるかも知れません。今度、金が自由になったらゆっくりと面会に来られないですか。やがては泊りもありますし、来ますし、共に寝ることもできるわけです。汽車は酔わなければ良いのだがなぁ。トランク要るなら送っても良いです。ではお体大切に。 ベッドの中で   懐かしい母上様、かぁちゃんよ!!

おわりに

人づくりの原点は母と子の絆にあるとされています。子供は毎日の生活の中で、両親を見ながらその生き方を学び取り、少しずつ人間的に成長していきます。ところが、核家族化が進み、共働きが一般化する中で、こうした「人づくり」の基盤が見失われてきました。

さらに憂慮すべきことは、職業を持つ女性が子育てよりも仕事に重点をおいたため、母と子の絆が薄められつつあるという現状です。

2024年1月1日



126. 高齢者との付き合い方

高齢者の身だしなみ

高齢になると身なりに関心がなくなります。恐らく高齢者の身だしなみには誰も関心がないだろうと思い込みがちですが、意外に多くの人々が注目している様です。自省を込めて言うならば、男性の中には、身なりに無頓着な人が少なくありません。清潔感がないと相手に不快感を与えてしまいます。例えば、髪、ひげはだらしない印象を与えないようにしたいものです。私事で恐縮ですが、普段は無口だった私の母は生前に、無精髭は不潔に見えるので、「年をとっても髭だけはよく剃る様にしなさい」と注意されました。基本的に「身だしなみ」とは、相手に不快感を与えないように気を遣うことだと思います。

高齢になると怒りやすくなる

最近、高齢者の方が駅や病院などで暴力を振るう、暴言を吐くなどの犯罪がマスコミに報道されることが増えています。そのため高齢者に対して、若い世代の反感の声も強まりつつありますが、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。 高齢者が怒りやすいとされる要因の一つに加齢による性格の変化があります。急に怒ったり、些細なことで暴言を吐いたりする高齢者が少なくありません。ここでは「怒りやすくなる原因」と「怒りやすい高齢者への対応」について考えました。

怒りやすくなる原因

人間の「怒り」の感情は脳の「大脳辺縁系」という部位で起こります。その「怒り」を抑制する機能は頭の前部にある「前頭葉」が担っています。ところが前頭葉は、加齢とともに働きが低下し、さらに高齢になると前頭葉が収縮して、判断力や感情の抑制力が低下します。抑制する力が弱まり、怒りを抑えられないことが、外から見ると老人はキレやすいと捉えられてしまいます。

高齢者がキレやすくなる病気

高齢者がキレやすくなる病気の一つに「認知症の初期症状」があります。感情のコントロールが難しくなることで、キレやすくなります。さらに周りの状況を理解して把握することが困難となり、イライラしたり怒りっぽくなったりする症状がみられます。突発的に大声を出して叫ぶ患者もいます。また、認知症の症状が進行すると今まで出来ていたことができなくなります。そのことを周囲から指摘されることでプライドが傷つき、感情が高まってしまうケースも少なくありません。

1.認知症による不安や猜疑心によるもの
認知症の方は、今までできたことができなくなるときや、物忘れがひどいときにはイライラして家族や周りに当たってしまうことがあります。相手を疑う気持ちが強くなり、人を信頼できなくなる傾向も見られます。被害妄想や強迫観念が強くなって、常に「どうしたらよいだろう」「怖い」などを口にします。 また、高齢者の認知症患者の中には、「ある状況に対して、衝動や感情を抑えることができなくなることがあります。これを「脱抑制」と言います。脱抑制の可能性がある人は、感情のまま行動してしまいます。常識的に人前ではマナーを守って、社会的に外れないようにコントロールしようとする抑制ができなくなります。具体的には後先を考えない行動や、突然泣き出したり怒ったりして感情を出す症状が現れます。

2.感情失禁で怒りが表に出やすくなる
高齢者の場合、感情のコントロールができないと、ちょっとした刺激で喜怒哀楽を急激に変化させて表現する状態になることがあります。これを「感情失禁」または「情動失禁」と言います。脳卒中や脳梗塞などで脳の神経細胞が破壊され、高次機能障害になってしまった方に多く現れる症状です。

怒りやすい高齢者への対応

怒りやすくなっている高齢者を鎮めるためには、次の3点が役立ちます。

1.人間関係を広げるきっかけをつくる
定年を迎えると、仕事を通して人間関係がなくなる男性が多いことから、社会的孤立に陥る傾向が強くなります。そこで、常に新しい人と出会い、新しい行動を取り入れていくことが、脳を刺激し心を穏やかにするために必要です。仕事以外でも、趣味や地域の友人を作ることができれば、定年後の日常生活で人とのコミュニケーションをもつことができます。夫婦や家族で地域のボランティアに参加したり、習いごとの教室に通うのも有効です。

2.家族が主体的に関わりをつくる
現役で会社勤務をしていた時に友人や知人を作らずに仕事に没頭した人は、老後を一人で過ごす可能性が高くなります。このような場合は、家族でコミュニケーションを取れるかどうかが重要です。昔の同僚など誰かと話をする機会を持つことで気持ちが落ち着くことも多くなります。

3.話を受け入れる態度
社会人として他人とのコミュニケーションを円滑にするには、高齢者の方の意見を尊重するといった、人生の先輩として敬う姿勢を心がけることが必要です。高齢者は、いままで多種多様な経験をしています。長年生きてきた中で培ってきた人生経験とプライドがあります。同じ話を何度も繰り返す、言葉を間違えることがあっても、否定したり怒ったりしないで、そのままを受け入れることが必要です。高齢者の方は昔頑張った仕事について質問すると、喜んで教えてくれます。これも高齢者と良好なコミュニケーションをとる手段の一つです。

おわりに

高齢者が怒りやすい背景には、孤独感や不安が存在していることが少なくありません。周囲の人々が関係を持つことを拒否してしまうと、うつ病や認知症になる可能性もあります。高齢者の孤独感は加齢とともに増加します。その原因は友人が他界したり、交流が徐々に薄れたりすることによります。高齢者の場合、まずは少しずつでも友人や知り合いとのコミュニケーションをとることです。それにより気持ちを和らげることができます。私の場合、特に急用がなくともできるだけ毎日友人、知人の一人と電話で話し合うことにしています。こちらから一方的に電話しますので先方は迷惑かもしれませんが、彼らはすでに現役を離れて70−80歳、90歳ですので有難いことに雑談に付き合ってくれます。今後ともよろしくお付き合いのほどお願い致します。

2024年2月1日



127. 強いストレスは認知症の原因になる

総務省統計局 によると、2023年9月現在の高齢者人口は3,623万人、高齢者人口率は29.1%となりました。超高齢社会が進むと深刻なのが認知症です。

認知症の高齢者人数の推移

平成29年度厚労省の高齢者白書によると、2012年は認知症患者数が約460万人、高齢者人口の15%だったのが、2025年には5人に1人、20%が認知症になるという推計もあります。認知症の主な要因の一つは加齢にあることから、超高齢社会では誰も認知症になりうる環境です。

認知症とは?

「認知症」とは、「正常に発達した知能(脳)に何らかの原因で記憶・判断力などの障害が起き、日常生活がうまく行えなくなる病的状態」を言います。単なるもの忘れとは違って、明確な脳の病気です。その結果、社会生活あるいは職業上に明らかに支障をきたし、それまでの能力が明らかに低下した状態です。現在では日常的に“認知症”という言葉を使っていますが、医学的には “認知症”は病名ではなく、患者に見られる共通の症状を表す名称(症候群)です。

認知症の原因

脳の萎縮

認知症は原因によって(1)アルツハイマー型認知症、(2)脳血管性認知症、(3)レビー小体型認知症の3種類に分類されます。

1.アルツハイマー型認知症

脳は加齢とともに徐々に萎縮します。萎縮の速度には個人差があり、その速度が速いとアルツハイマー型認知症の原因になります。また、アミロイドβ(ベータ)という化学物質が脳内に貯留するとさらに進行します。また、脳の記憶をつかさどる「海馬」(かいば)が萎縮することで、もの忘れなどの記憶障害が起きます。

2.脳血管性認知症

脳梗塞、脳出血などで脳の血管が一時的に詰まったり、怪我で脳の機能が低下すると脳血管性認知症になります。この種の認知症は、原因の脳梗塞、脳出血が治ると認知症症状もある程度改善されます。脳は、各部分により担う機能が異なるため、脳梗塞、脳出血を受けた部分の機能は低下しますが、ダメージを受けなかった部分の機能は比較的健在ですので、障害を受けた箇所が改善されると記憶能力も改善されます。

3.レビー小体型認知症

この種の認知症は正常な意識や血圧の調整を司る自律神経が失調しやすいという特徴があり、夕方や食後に一時的に症状が悪化することがあります。例えば、食後にぼんやりして反応が鈍くなったり、時には幻覚をみたり、意識混濁、混乱状態になることもあります。

ストレスによって認知症が発症する理由

認知症の原因は色々ありますが、その一つがストレスです。生活環境が突然変わると、高齢者はそれが強いストレスとなり順応性が破壊して精神状態が異常になり、その結果、認知症やうつ病の状態になることがあります。認知症になると回復する事は極めて困難で、多くの場合徐々に症状が悪化します。 ストレスが長期間続くと、ストレスホルモンの分泌が続きます。ストレスホルモンは全身の血流を悪くするので、脳の神経細胞もその影響を受けて必要な栄養や酸素の供給が減少します。その結果、脳の中の記憶を司る海馬が萎縮し認知症を招くと言われています。

神経細胞の減少

加齢とともに脳の神経細胞は減少しますが、ストレスは脳神経細胞の死滅速度を加速させます。脳の神経細胞は肝臓や腎臓など体の他の臓器と違って、一度死滅すると新たに生成されることはありません。ストレスが溜まると意欲が低下し、周囲の何事に関しても無関心になります。そのため、他人との関わりを避けて自宅に閉じこもり、うつ状態になる結果、外界からの脳への刺激が少なくなります。その一つが「リロケーションダメージ」です。

リロケーションダメージ

高齢者の場合、環境の変化に順応することが難しくなるため、それまで経験したことがない強いストレスが長期間続くと、それが引き金になって認知症を発症することがあります。認知症になると前述の症状が顕著になり、日常生活や社会生活が困難になります。認知症は不治の病です。年単位に多くの症状が出始めて、最後は家族の顔を認識することができなくなります。

認知症の進行度と対応

認知症の初期は最近起こった事、今朝のことを忘れやすいのが目立つ様になったと感じるくらいで、日常の生活でそれほど深刻な病的症状は見られません。しかし、症状が進行すると、それが極端になり、最終段階では家族の顔も名前も覚えられなくなります。

認知症の最初の薬である“アリセプト”は日本のエーザイ(株)で開発されました。その開発グループで中心的な役割を果たしたのが杉本八郎博士です。杉本博士はエーザイを定年退職後、京都大学薬学部教授となり、さらに同志社大学薬学部教授となり現在でも精力的にご活躍です。杉本博士が認知症の母を訪ねたときの有名な逸話があります。

実話

私の母は認知症を患いました。私が訪問するたびに母は尋ねました。「あんたさん、どなたですか?」。私は、母が自分の子どもすら認識できないことに衝撃を受けました。「お母さん、私はあなたの子どもの八郎ですよ」。すると母はこう答えました。「ああ、そうですか。私にも八郎という息子がいるんですよ。あなたと同じ名前ですね」。これは、私にとって笑うことのできない悲しい体験でした。私は、母との対話を胸に秘め、この難病中の難病といわれているアルツハイマー型認知症に有効な新薬を開発することに、研究者としての使命感をますます鼓舞されました。

(詳細は「メディカルトーク」【8. ど忘れと認知症は別もの】を参照)

認知症の患者との接し方

認知症の患者が物忘れになると周囲の人々はその誤りを指摘しそれを注意します。しかし、それは本人にとってかえってストレスの症状を助長します。認知症に患者に命令的口調で話しかけると、多くの場合それに反対し拒否します。認知症の患者と接する上で重要なことは、本人が言うことを叱ったり、否定しないで言うことを認めることです。これを実行するためにはかなりの辛抱強さが求められます。認知症の患者はその行動に波があり、1日の中で朝や午前中は比較的正常な会話ができますが、夕方から夜間になると、病的症状が顕著になることが多いです。一般に認知症の患者は頑固になり一度言ったことを執拗に主張するので、それを叱るのを我慢して柔らかな表現でなだめることは容易ではありません。

おわりに

認知症は本人が自覚しない間に症状が進行します。数種類の治療薬が開発されていますが、症状の進行を止めるか和らげる程度で完治することはできません。本人にとって強いストレスが続くと、患者はそれに順応することができなくなり精神的に破壊します。その結果、そのことだけを考え込む、食欲がなくなる、他人が自分の悪口を言っている、など被害妄想の兆候が顕著になります。本人の行動が明らかに誤って周囲の人がそれを訂正しようとしても受け入れようとしません。順応力が破壊されて環境に合わせることができなくなります。認知症の患者は自分の言うことを受け入れる優しい人と、常に叱りつける人を明確に区別して行動します。認知症患者の理不尽な言い分に対して優しく接するにはかなり辛抱がいります。一般に、高齢者になると頑固になりますが、それが異常に強くなったら認知症の入口かもしれません。認知症の患者とうまく接することは辛抱の連続ですが、それが高齢化社会の宿命です。

参考資料

「メディカルトーク」114. 認知症治療薬の最前線

2024年3月1日

<付記>: 挿絵は画像生成AIで作ったものです。(赤川)



128.長寿の秘訣

人は誰しも老いていきます。そしてその老い方は人それぞれです。私は今年93歳になりました。皆さんからどんな生活をしているのか聞かれますが、特別な秘訣はありません。私の大学の同級生は半数が亡くなりました。連絡をとっていない人を含めるともっと多いかもしれません。高齢の友人の暮らし方などを見聞すると本稿で述べる様なことに集約されます。

長生きする人の生活習慣

長生きする人の生活習慣は、1。無理のない適度な運動(有酸素運動)をする。2。バランスのとれた食事をとる。3。ストレスのないポジティブな思考、生活をおくる。
1.運動の促進
 高齢になり運動量が低下すると、心臓病、脳卒中、がん、足腰の痛みなど多くの病気のリスクが高くなります。運動習慣のある人は、病気の発症率、及び死亡率が低く、運動をすることで、精神状態や、生活の質の改善にも効果があると言われています。しかし、高齢になると積極的に運動をする機会が少なくなります。私は特別な運動はしておりませんが、出来るだけ散歩するように心がけています。
2.食事のバランス
 食事は、栄養のバランスをとることが大事です。栄養のバランスの具体的な種類としては、10大栄養素が知られています。①肉、②魚介類、③卵、④大豆製品、⑤緑黄色野菜、⑥乳製品、⑦海藻類、⑧いも類、⑨果物、⑩油です。しかし、家庭の中で毎食栄養を考えて用意するのは容易ではありません。適当にバランスが取れた食事で十分なのではないでしょうか。


3.ストレスをためないこと
 高齢になると、ちょっとした環境の変化が心身に大きく影響します。家族の中で誰かが病気になり長く続くと、家族は大変なストレスになります。中でも認知症の患者を持つ家族はこの様なストレスが生涯続くことになり、健康を損なうことが少なくありません。高齢になると短気でちょっとしたことでもいらいらすることが多いですが、出来るだけ頑張らないでストレスを貯めないようにリラックスして暮らすことが肝要です。そのためには、友人との交流、趣味を持つことは効果的です。

病気との付き合い方

高齢になると多くの病気があります。出来るだけ毎日自分で血圧、体温、体重のチェックをすることが大事です。発熱や咳などの症状が2−3日続いたら、ためらわずに病院で受診をお勧めします。診察を受けて原因はわかったらそれに対応する処置をすることにより安心できます。「どうしてもっと早く来なかったですか」と医師に言われる前に、少しでも症状がある時は早めに診察してもらうことが必要です。

友人とのつながりを大切にする

高齢になると若い頃と比較して外出を控えるようになり、友人、知人と会う機会が減り、体力が落ちるなど悪循環になる傾向があります。家族や友人との繋がりは極めて重要で、人と会って会話をすると、相手の話に合わせて話をするために脳が活動し、相手の様子を見て雰囲気をつかんだりするなど頭も使います。家族や友人と交流を持つことは、認知機能の低下を抑えることもわかっています。日常生活に支障のない健康な高齢者であっても、積極的に友人との交わりをしない人は、社会的に孤立と閉じこもり傾向になり、加齢による心身状態の悪化が一段と進むことになります。

自分の話を傾聴してくれる人がいる

傾聴とは、悩んでいる人の話を、相手の立場に立って、相手の気持ちに共感しながら理解しようとすることです。高齢になるとなかなか自分の本心、意向を話さなくなりますが、身体状態、精神状態を受け止めてくれる人がいれば、安心して話すことができます。高齢者にとって本当の幸せは、自分の事をしっかりと受け止めて理解し、支援してくれる人がいる事です。それは、家族であり、親しい友人です。

人生の達人96歳の幸せ

最近迷惑電話や詐欺の電話が家電に頻繁に入ります。それを防止する為に、私は留守電にメッセージが残していない場合は無視することにしています。先日、一日6回同じ電話番号から電話が入りました。知らない電話番号です。最初は無視していましたが、午後10時に電話のベルがなったときには、相手と対決するつもりで受話器をとりました。相手の最初の言葉を聞いて迷惑でも詐欺でもないのでとりあえずホッとしました。最初の5分ほどの話の中に私の友人Yさんの名前が度々出たので、彼のお父上であることがわかりました。お父上は96歳とのことです。私は93歳ですが、この歳になると年上の人と話をする機会が少ないので、私にとっては興味を持って話を進めました。以前にYさんから聞いたところでは、お父上は耳が遠いとのことでした。確かに電話では私の質問は無視してご自分のことを休みなしに話し続けました。高齢者は長話であることは有名ですが、お父上の話は止まることを知らず諸々の話題について40分続きました。後でYさんに聞いたところでは、父上からの電話は1時間くらいは日常らしいです。話題は、毎日畑を耕しているなど、96歳としては素晴らしい毎日の暮らしであることを知りました。もっとも驚いたことは、以前から身の回りをお世話してくれていた女性と再婚されたとのことでした。女性には大変感謝しており、御礼として自分の土地の一部を彼女に差し上げました。しかし、差し上げると贈与税の対象となることがわかったので、彼女の籍を入れて実質上結婚したそうです。健康に問題ない96歳の再婚は素晴らしい人生です。相手の女性は80代とのことでした。心からご夫妻のご長寿とお幸せをお祈りします。

おわりに

これまで 「メディカルトーク」では高齢者の生き方について度々書きました。加齢に伴って物事に対する考え方、生き方などの個人差が大きくなります。どれがベストか各人の考え方により違いますが、他人と協調することにより精神的に楽に毎日を過ごすことができます。もう一つは、加齢とともに順応性が鈍くなってきます。周囲の変化への適応が困難になると、ひとり取り残された感じになります。そんな不安状態になった時には友人、知人と話すことにより解消します。好奇心が旺盛であることも一つの要因です。今回の内容について詳細は下記の参考資料をご一読ください。

2024年4月1日


参考資料 「メディカルトーク」90話:「穏やかに人生の最終章を迎える」
追記
次号は私の紀行文「旅のこぼれ話」の中から選んで掲載いたします。

<付記>: 挿絵はChatGPTで作ったものです。(赤川)


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