佐藤哲男博士のメディカルトーク

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<特別記事>「紅麹コレステヘルプ」をめぐる問題点

小林製薬の「紅麹コレステヘルプ」(以下紅麹と略)による出来事が毎日報道されている。紅麹を原材料とするサプリメントによる健康被害は、すでに2014年頃からヨーロッパで報告されており、日本でも食品安全委員会は、2014年3月、「紅麹を由来とするサプリメントに注意」とする注意喚起を行っていた。欧州連合(EU)は、一部の紅麹菌株が生産する有毒物質のシトリニンについてサプリメント中の基準値を設定した。フランスは摂取前に医師に相談するように注意喚起しており、スイスでは紅麹を成分とする製品は、食品としても薬品としても売買は違法とされていた。食品として古くから用いられてきたため、安全だと考えられてきたが、カビ毒のシトリニンを産生する菌株も存在することが1994年に判明した。


私は個人的に今回の出来事に大きな関心を持っている。その理由は下記の通りである。
 


これらについて簡単に説明を加えたい。

1.「紅麹コレステヘルプ」は機能性表示食品で特定保健用食品ではない。

サプリメントは医薬品と異なり食品であり、それには「特定保健用食品(トクホ)」と「機能性表示食品」の2種類がある。これらの違いは、「機能性表示食品」は、2015年に安倍内閣の時に創設されたもので、ガイドラインに定められた事項を企業が消費者庁に届け出るだけで国の審査はない。企業の責任で機能性を表示販売できる健康食品の一種である。それに対してトクホは消費者庁で決められた試験結果を提出し、許可を受けて効果を表示できる食品である。「紅麹コレステヘルプ」は「機能性表示食品」で「トクホ」ではない。製造元の小林製薬が社外の専門家と共同して開発したものである。従って、副作用が見られたときには会社の責任となる。

2.紅麹による毒性の特徴は急性腎障害である

これまで紅麹サプリメントが原因とみられる5名のうち3人は前立腺がん、悪性リンパ腫、高血圧なとの既往歴を持っていた。死因は明らかではないが全員急性腎障害は否定できない。また、200名以上の入院患者は紅麹コレステヘルプを摂取しており、全員が急性腎障害である。

腎臓は沈黙の臓器と言われており、薬の副作用や毒物による障害はギリギリにならないと症状が出ない。典型的な症状は、手足のむくみ、尿の泡立ちがなかなか消えない、である。従って、このような症状が見られたら早急に医療機関で診察を受ける必要がある。腎障害はある線を越えると通常の治療では回復が難しく、腎臓移植や血液透析などが必要になる。

6年前に私は腎障害で入院した。紅麹とは関係ないが、6ヶ月くらいの間に体重がどんどん増えてきたので最初は肥満と考えていた。しかし、気になるので近くの行きつけのクリニックで相談したら腎臓内科で診察してもらった方がよいとのことで早速大学病院の腎臓内科を受診した。その結果、ネフローゼという腎臓の病気で直ちに治療が必要であるとの診断を受けた。それから40日間入院して薬物治療を受けた結果、検査値が正常になり病気は寛解して今日に至っている。これ以来腎障害には大きな関心を持っている。

ここで腎臓の働きと腎障害について簡単に説明したい。

腎臓は血液から尿を作る場所である。その働きは解剖学的に糸球体と尿細管の二つの部位から構成されている(模式図を参照)。

糸球体
 尿の原料は血液の水分である。心臓の血液は腎臓につながった血管(輸入細動脈)の中を通って腎臓の中の糸球体に入る。そこで、血液中の老廃物や塩分を「濾過」し、濾過が終わった血液は輸出細動脈を通って全身の循環に戻る。濾過された濾液は尿として身体の外に排出する。糸球体は細い毛細血管から構成されており毛糸の球のように丸まってできているので「糸球体」と呼ばれている。健常人では腎臓は2つあり、1つの腎臓に約100万個の糸球体がある。


eGFR
 腎臓の血液検査の中で最もよく使われているのがeGFRである。GFRとは糸球体濾過量 Glomerular Filtration Rate、e(estimated推定)とは、クレアチニン(腎臓の機能を表す検査値)、体重、年齢などを使って計算した推定値である。このeGFRの測定法は1999年頃から、約7年かけて日本腎臓学会と(株)富士薬品との共同研究により開発された。この検査は糸球体の濾過量を示す数値で腎臓の病気の診断に重要な検査項目で多くの医療機関で用いられている。


尿細管
 糸球体で濾過された尿のなかには、水分の他にアミノ酸やブドウ糖などの栄養素や、塩分(ナトリウム)やカリウム、リン、マグネシウムなど、さまざまなミネラル(電解質)など体に必要な成分が含まれており、これらは尿細管と並行して走っている血管に再吸収されて全身に戻り循環する。再吸収されない不要な成分は水分とともに尿として排出される。 尿細管で再吸収される前に糸球体でろ過された尿(原尿)は、健常人では1日におよそ150リットルもあるが、その99%の水分は尿細管で再吸収されて、尿として体外に排出されるのは一日1.5リットル程度である。


紅麹の腎障害
 紅麹サプリメントの腎障害は尿細管と尿細管の間にある間質(かんしつ)という組織に障害が起こる疾患で「急性尿細管間質性腎炎」(Fanconiファンコニー症候群)という。Fanconiはこの疾患を最初に発見した医師の名前で、Fanconi症候群は本来尿細管で再吸収される物質(例、アミノ酸,ブドウ糖,重炭酸無機リンなど)が再吸収されずに尿中へ過度に排出されることによる疾患群である。

腎障害の原因の多くは薬剤の副作用やアレルギー性の薬物反応や感染症であるが、今回の紅麹サプリメントのように腎障害を特徴とする食品も知られている。

3.紅麹の毒性本体はカビ毒の成分か

紅麹による急性腎毒性の原因はまだ確定されていないが、カビ毒が関係している可能性がある。私は昭和41年から50年まで某大学においてカビ毒の毒性のメカニズムなどを研究していた。その中で肝毒性、腎毒性などの原因となるカビ毒が数種あり、その中で腎毒性を示す典型的なカビ毒が「シトリニン」である。 しかし、小林製薬の情報によると、今回は「シトリニン」は発見されていないとのことだ。昨年9月以降に製造された製造ロットのなかの一部に今回の腎障害物質が含まれているらしいとの情報がある。その中の一つとして青カビから発生する「プベルル酸」が確認されているが、本物質による腎障害の情報はほとんどない。 4月10日の日本腎臓学会の報告によると、腎障害が見られた患者が紅麹こうじの摂取を中止したところ症状が改善された。また、「プベルル酸」との関連はわからないとのことである。

国立医薬品食品衛生研究所による試験

国は今回の「機能性表示食品」による腎毒性の原因物質について大きな関心を持っており、厚生省直轄の国立医薬品食品衛生研究所 (NIHS)でも試験した結果紅麹コレステヘルプのサンプルから「プベルル酸」を検出した。しかし、「プベルル酸」による腎毒性の報告は文献上でも非常に少なく、人での中毒による腎毒性の報告は少ない。今回の紅麹による毒性の特徴は腎障害なので、「プベルル酸」が原因物質かどうかはかなり疑問である。

おわりに

今回は紅麹菌そのものは問題ではなく、サプリメントとして加工したものが原因である。現在のところ検出された物質はプベルル酸のみである。しかし、この物質は腎障害の本体とは考えにくい。紅麹サプリメントの原料からの製造過程のどの段階で生成し混入したか。培養段階で胞子が混入したのか。あるいは培養タンクを温めている温水(滅菌しないもの)がタンクの小さな亀裂から内部の培養液中に混入したのか。などなど多くの疑問が残っている。原因物質が確定するまでにはかなりの日数がかかると思う。本課題については、原因物質が同定された段階で続編として報告する予定である。


2024年4月13日

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