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美術館訪問記-71 クールベ美術館

(* 長野一隆氏メールより。画像クリックで拡大表示されます。)

添付1:クールベ作
「オルナンの眺め」 1872年

添付2:川沿いの右端から窓ガラスが茶色に光っている所までが新クールベ美術館

添付3:クールベの代表作
「オルナンの埋葬」
パリ、オルセー美術館蔵

添付4:クールベ美術館新館正面

添付5:クールベ美術館旧館内部

添付6:クールベ美術館旧館入口

添付7:クールベ美術館新館内部

添付8:オルナンの街、右端から3、4番目の家がクールベ美術館旧館

セザンヌのアトリエのあるエクス・アン・プロヴァンスから 北へ約400kmの所にオルナンという田舎町があります。 東へ100kmも行くとスイスの首都ベルンがあるアルプス山脈に近い山間の町です。

オルナンと聞いてクールベの代表作「オルナンの埋葬」を思い浮かべたあなた。 そう、ここはそのクールベの生誕地。 オルナンの街の中心を流れるルー川の川辺に、家の土台を川の中に入れて立つ 18世紀築のクールベの生家が「クールベ美術館」になっています。

オルナンは高い岩山に囲まれ、穏やかな川の流れる風光明美な所。 ここでクールベは神父から自然を手本に絵を習いながら育ち、 長じてもオルナンの風景を描き続けたのです。

実際、オルナンの町の周辺にはクールベの絵と同じ場所を示す看板が、 あちこちに立っています。 クールベが生まれて200年近く経つ今も、 彼の描いたものと変わらぬ風景が拡がっています。

この美しい自然が「自然の詩人」と言われ、見たものしか描かないことから 「天使を描かなかった男」とも呼ばれる、 写実主義のクールベを育んだことは間違いないでしょう。

クールベ美術館は2008年から3年がかりで大改築され、 総面積が4倍に拡張されて一昨年再オープンしました。

最初に訪れた2007年は改築前で、石造りの旧家の佇まい。 小さな扉を開けて入ると目の前の壁に 2002年栃木県立美術館でのクールベ展の日本語のポスターが貼ってありました。

いかにも歴史を感じさせる石畳とむき出しの木の張り天井の小部屋が、 上下に13繋がり、壁や台の上にクールベやゆかりの人々の絵と写真、手紙、彫像、 家具、当時の新聞、雑誌の切り抜き等が置かれて、 まさにクールベ個人のための美術館という雰囲気がありました。

その時展示されていたのは、クールベの油彩画90点、デッサン23点、彫刻3点。 これだけのクールベ作品を一度に観たことはありません。 世界最高のコレクション。 田舎の小美術館を予想していた私にはまさにpleasant surprise、 嬉しい驚きでした。

他にもクールベのコレクションだったテオドール・ルソーの風景画1点と ドラクロワのデッサン1点がありました。 ドラクロワはクールベを早くから認めた一人で、 彼を「突然出現した革命画家」と呼んでいます。

実際彼の「オルナンの埋葬」は原題を「オルナンの埋葬に関する歴史画」といい、 それまで歴史画とは古代の神々、王侯、英雄、聖職者達を理想化して 描くものだったものを、名もなきオルナンの庶民の葬儀を 等身大の大画面(縦315cm、横668cm)に描いた革命的なものでした。

当時の通念ではとても歴史画と呼べるようなものではなく、 パリのサロンの人々にとっては「聞いたこともない田舎町の土臭い醜く汚らわしい 人々の葬儀」を描いた「醜い絵」という評価で非難の的になったのでした。

この悪評はやがてオルナンの町にも届き、絵の制作時は売り出し中の町の英雄に 描いてもらえるというので、喜んでモデルになった人々は、まるで自分達と オルナンの町そのものが笑い物になっていると感じ、クールベは村八分のような 扱いを受けることになってしまうのです。

クールベの生家をクールベ美術館とするべく、クールベ友の会が買い取るのは 何とクールベの死後94年も経った1971年。 オルナンの町の人々がクールベに対する嫌悪感を払拭するには、 それだけの年月が必要だったのです。

クールベの写実主義は見た物を見えた通りに描くという意味の写実ではありません。 彼は1855年パリの万国博覧会で自分の作品が拒否されたのに対し、 その前で自分の作品を展示する世界初の個展を開いたのですが、そのカタログに 「今の時代の風俗、思想、断面を私自身の眼で見て翻訳する事、 一言でいえば、生きた芸術を作る事、これが私の目的である。」と述べています。

新装なったクールベ美術館を昨年再訪して来ましたが、 美術館は全くイメージを変え、道に面した所にガラス張りの入口が新しくでき、 受付も近代的オフィスのようになり、面目を一新していました。 でも入口以外の外観は昔のまま。できるだけ古い館のイメージは残したようです。

内部は近代的ビルそのものになっていましたが、 クールベのオルナン時代までの展示場は床だけ古い木材を再利用してあり、 昔のクールベの生家の趣を残してありました。 天井は高くなり階段も広く立派なものになっています。

そうなると昔の頭がつきそうな低い天井の部屋を、迷路のように狭い階段で 上り下りしていた方が風情があったような気になるから妙です。

総面積が昔の4倍になっただけに、受付だけでなく売店も広く立派になり、 オルナンの埋葬に関するトピックをカバーする4分間の映画の上映場所まで できていました。映画のナレーションはフランス語ですが英語の字幕付き。

新しくできた展示場ではクールベの弟子やクールベに私淑する画家達の作品が 多く展示されていました。

外に出て、直ぐ近くのグラン・ポン橋から見たルー川と美術館、 軒を連ねる家々の眺めは、まさにクールベの風景画そのものでした。

美術館訪問記 No.72 はこちら

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