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美術館訪問記 – 508 州立アシャッフェンブルク絵画館、Aschaffenburg

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ヨハニスブルク城外観 写真:Creative Commons

添付2:ヨハニスブルク城入口

添付3:クラーナハ作
「羽毛付きの帽子を被った女性」

添付4:ヨルダーンス作
「聖アウグスティヌスの教えの寓意」

添付5:レンブラント作
「福音書記者ヨハネ」

添付9:クリスチャン・シャド美術館開館通知の看板

話をドイツに戻し、フランクフルトの南東35㎞のアシャッフェンブルクにある「州立アシャッフェンブルク絵画館」を採り上げましょう。

絵画館は、1605年から1614年にかけてドイツ・ルネサンス様式で建設されたヨハニスブルク城の2階に設けられています。

マイン川河畔産出の茶色い砂岩で構築され、統一的で洗練された形態の堂々たるこの城館は、マインツ大司教で選帝侯でもあったヨハン・シュヴァイカルト・フォン・クローンベルクによって建てられ、彼の名にちなんで名付けられたものです。

アシャッフェンブルクはドイツ最大のバイエルン州に属しますが、この州にはミュンヘンや、アウクスブルク、ニュルンベルク、ヴュルツブルクなども含まれ、絵画館のコレクションは「18美術館、25000作品、ワン・コレクション」という標語からも判るように州内の18の州立美術館や絵画館で共有されているようです。

そのためか、2008年に訪れた時は8点あったクラーナハ父や11点あったダイク、1点ずつのヤン・ブリューゲル父、ヨルダーンス、レンブラントなどは、2016年の訪館時には1点もありませんでした。

学芸員に確認すると、「オールド・マスターは全てチェックのためにミュンヘンに行っている。戻って来るのは2018年になる」とのことでした。

替わりにあったのは、バイエルン州内の生まれで、アシャッフェンブルクで晩年の40年間足らずを過ごしたクリスチャン・シャドの19作品。シャドの作品は2008年にも特別展として展示されていました。

クリスチャン・シャドは私の好きな画家の一人でもあるのですが、まだ説明していませんでした。

シャドは1894年、裕福な弁護士の家に生まれ、ミュンヘンの美術学校で学びます。1915年、第一次大戦中の兵役を避けてスイスに逃れ、当時スイスで最盛期だったダダイスムの渦中に入ります。

ダダイスムは、1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動のことで、第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされた虚無を根底に持っており、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を特徴としています。

ダダイスム、ダダ主義あるいは単にダダとも呼ばれ、1924年のシュルレアリスム宣言により、終焉に向かいます。

1918年、シャドはシャドグラフ、後にフォトグラムと一般的に呼ばれる写真手法を開発します。フォトグラムとは、カメラを用いずに、印画紙の上に直接物を置いて感光させるなどの方法により制作された写真作品で現在まで続いています。

彼は1920年にはナポリへ行き1925年まで滞在。結婚して美術学校へ通います。その後ベルリンに落ち着き、妻とは死別。1943年、彼のスタディオが爆撃を受け、アシャッフェンブルクに引っ越すのです。

シャドは何故か、ナチスによって酷い迫害を受けた、いわゆる退廃芸術家とは見做されず、むしろナチスの推奨した大ドイツ芸術展に出品されています。当時彼が比較的無名で、一見古典的にも見える画風を誤解されたのでしょう。

その画風はイタリア時代にラファエロに感化されたことが大きいでしょうが、1927年からのベルリン時代は新即物主義の重要作品を生み出しています。彼の作品は皮膚を切り裂くような鋭さを秘めているとも評されました。

新即物主義とは、1925年から1930年代初頭にかけてのドイツでの美術運動で、それまでの主観的ともいえる表現主義に反対して、克明な形態描写と社会批判的な冷笑主義を特徴とするレアリスム絵画の総称です。

その過酷なまでの人物描写は魔術的レアリスムという言葉を生み出しました。ナチスの台頭とともに退廃芸術として迫害を受け収束します。

シャドは1942年ベッティーナという21歳の若い女優と出会い、恋に落ち、1947年アシャッフェンブルクで再婚します。

シャドは1982年、死亡。残されたベッティーナは夫の芸術的遺産を整理し、必要があれば買い戻し、シャドの全作品の系統的科学的分析に身を捧げます。

彼女は2002年の死に際し、収集したシャドの全3200作品と遺産をアシャッフェンブルク市へ寄贈。

それらを基に2019年、クリスチャン・シャド美術館が開館するという看板が絵画館内に展示されていました。ところが、現在に至ってもまだ開館されてなく、美術館のホーム・ページに2022年6月3日開館予定とありました。



(添付6:クリスチャン・シャド作「二人の子供」1917年、添付7:クリスチャン・シャド作「メキシコの女性」1930年 および 添付8:クリスチャン・シャド作「ベッティーナ」 1942年 は著作権上の理由により割愛しました。
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