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美術館訪問記 – 491 キャノン・ホール博物館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:イーヴリン・ド・モーガン作
「フローラ」 ド・モーガン財団蔵

添付2:キャノン・ホール博物館正面

添付3:イーヴリン・ド・モーガン使用のイーゼルとパレット

添付4:イーヴリン・ド・モーガン作
「過行く愛」

添付5:イーヴリン・ド・モーガン作
「マーキュリー」

添付6:イーヴリン・ド・モーガン作
「監獄の魂」

添付7:ウイリアム・ド・モーガン作
タイル画「トランペットを吹く男」

添付8:ジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープ作
「船を引くソレントの女たち」

添付9:レンブラント作
「聖パウロになぞらえた老人の肖像」

前回触れたイーヴリン・ド・モーガンをご存じの方は滅多にいないでしょう。というのも、彼女の作品展示はほぼイギリス国内だけに限られ、展示場所も観光ルートからは外れているところが多く、目にする機会はまずないからです。

イーヴリンは1855年ロンドンの裕福な家庭の生まれで、15歳で絵を学び始めると「芸術は長く人生は短い。自分はこの道を進もう」と決心し、渋る両親を説き伏せ、画学校に進みます。

母方の叔父がラファエル前派の画家ジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープで20歳の時から彼の住むフィレンツェに長期滞在する事が多くなり、ルネサンスの巨匠たち、とくにボッティチェッリに心酔。彼の影響を強く受けます。

私が彼女の作品「フローラ」を初めて観た時は、全て観たと思っていたボッティチェッリの作品にまだ知らないものがあったのかと一瞬錯覚したほど、彼女の作品は現在のボッティチェッリとも言える完成度を湛えていました。

1887年、デザイナーで画家、陶芸家、作家のウイリアム・ド・モーガンと結婚。ウイリアム・ド・モーガンはウイリアム・モリスの生涯の親友であり、モリス商会のためにタイル、ステンドグラス、家具のデザインを行なっています。

ウイリアム・ド・モーガンの作品や思想、彼を通してのモリスやバーン=ジョーンズたちとの親交はイーヴリンにも大きな影響を与えて行きます。

1917年ウイリアム・ド・モーガンが没し、イーヴリンも2年後亡くなります。残された二人の多くの作品はイーヴリンの妹が設立したド・モーガン財団が保管・管理して行くことになります。

ド・モーガン夫妻の作品がまとめて観られる場所はイギリスに幾つかありますが、筆頭はリーズの南30㎞余りの町、バーンズリーにある「キャノン・ホール博物館」。

70エーカー、8万5千坪の庭園の中に建つこの博物館は、元はジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープの邸宅でした。名前から推測されるようにイーヴリンの祖父が古くからこの土地にあったキャノン・ホールを建て直して、邸宅としていたものなのです。

スタンホープ家の最後の継承者が1951年、邸宅と土地をバーンズリー市議会に売却。1957年、博物館として開館しました。

2016年にド・モーガン財団と博物館との間で協定が成立し、ド・モーガン財団のコレクションの一部が博物館に長期貸与されることになりました。

館内にはイーヴリンの使用していたイーゼルやパレットと共に、彼女の油彩画11点、ウイリアム・ド・モーガン作成の陶器やタイル多数に加え、ジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープの4作品も展示されており、スタンホープ・ファミリーが勢揃いしていて豪華です。

添付の「マーキュリー」は英語名で、ギリシャ神話ではヘルメス。ゼウスの息子でゼウスの伝令役を務め、ケリュケイオンの杖を持っています。

ケリュケイオンの杖は通常、柄に2匹の蛇が巻きついており、その上にヘルメスの翼が付いているものなのですが、この絵ではその内の1匹は地上を這っているという遊び心でしょう。

これらだけでも十分満足できる内容でしたが、鄙には稀なレンブラントの真作やアルベルト・カイプ、ヤン・ステーン、ヘラルト・ダウ、カスパル・ネッチェルなども1点ずつあり、大満足の邸宅博物館なのでした。