美術館訪問記-242 クレラー=ミュラー美術館 

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ゴッホ作
「夜のカフェテラス」

添付2:クレラー=ミュラー美術館外観

添付3:クレラー=ミュラー美術館内部

添付4:ゴッホ作
「種になった4つのひまわり」
ヘレンのゴッホ作品初購入作

添付5:ゴッホ作
「鎌を持つ少年」チョークと水彩 1881年

添付6:ルドン作
「キュクロプス」

添付7:ルノワール作
「道化」

添付8:スーラ作
「シャユ踊り」

ゴッホ美術館が世界一のゴッホ・コレクションを誇るなら第2位はどこでしょう。

オランダ、オッテルロー村にある「クレラー=ミュラー美術館」です。

ここは、第148回で触れたあの「夜のカフェテラス」を含む フィンセント・ヴァン・ゴッホの作品を油彩87点、素描なども含めると 合計272点も所有しており、他にも観るべき画家の作品が多い秀逸な美術館です。

筆まめなゴッホは妹のヴィル宛ての手紙にこの絵について書いています。

「ランタンが素晴らしい黄色の光を放ち、店の正面やテラス、歩道、 道路を照らしている。切り妻造りの家々は、星が散りばめられた青い空の下の道が 暗がりへ続くように、暗い青やすみれ色、そして緑色の木が配されている。 この夜の絵には黒は使われていない。美しい青、すみれ色、緑、周辺は淡い黄色と 淡黄色の緑を用いた」

この美術館は特異な存在です。

普通の美術館が都会のアクセスし易い場所にあるのとは異なり、 オランダ最大の国立自然公園の一角にあり、 10km四方には森林、ヒースの原野、草原、砂丘以外何も無い。

アムステルダムから車で東南東に向かって1時間以上かかります。

もう一つ特筆すべきなのは、この素晴らしいコレクションが王侯貴族ではない 市民の一女性によって形成されたという事です。ヨーロッパでは初めてと言えます。

ドイツの富豪の家に生まれたヘレーネ・ミュラー(1869-1939)は オランダ人で造船王にして鉱山王の大富豪アントン・クレラーと結婚。 女性としてはオランダ第一の資産家、クレラー=ミュラー夫人となりました。

彼女は画家で美術評論家、教師でもあったヘンク・ブレマーの日曜教室に 家族で参加して美術収集に目覚め、以後ブレマーの助言も得ながら 自らの審美眼を信じてコレクションを増大させてゆきました。

彼女はゴッホの天才を直感し、1908年に最初の1点を購入してからはゴッホが 購入作品の中核をなすようになりますが、近現代絵画も幅広く収集して行きました。

まだゴッホを始めとする近現代絵画の買い手が少なかった事もあり、 彼女は急速に収集作品数を増やし、1935年、全作品をオランダに寄贈した時には 総数は12000点近くにも及んでいました。

オランダはクレラー=ミュラー夫妻の所有していた広大な「庭」を買い取り、 そこに美術館を建設し、1938年、一般に公開したのです。 ヘレーネは初代館長に就任しています。

長年の夢だった美術館開館時にヘレーネは語っています。 「ここでご覧いただく作品は画家達がいくつもの壁を乗り越えて辿りついた 苦難の証です。どうかこれら一枚一枚の絵から画家達の魂を感じとって下さい」

翌年ヘレーネが死亡後も美術館は収集を続け、建物も何度か増築され、 1953年には彫刻庭園が加わり、その後も増加されて、 彫刻庭園は今やヨーロッパ最大規模を誇るまでになっています。

この美術館のある公園の入口で自転車を貸し出していましたが、 美術館へ行くために自転車を貸し出している所は世界でもまずないでしょう。

車は美術館近くまで行けますが、公園内部にある駐車場からも少し歩きます。

森林浴をしながら美術館に入るのも乙なものです。

平屋の美術館の内外にはエジプト彫刻から近代彫刻まで 様々な彫刻やモニュメントも散在しています。

ゴッホ以外にもクラナッハ、コロー、ドーミエ、クールベ、ピサロ、マネ、 シスレー、ルドン、モネ、ルノワール、ゴーギャン、スーラ、シニャック、 モンドリアン、エンソール、キリコ、ピカソ、ブラック等の傑作もあります。

ここを21年前に初めて訪れた時に、 ゴッホの油彩画生涯全作品集を買ったのもよい思い出です。 ところが、英語本を買ったつもりが、帰国して開けてみるとオランダ語版。 10年後に再訪した時に、英語版を買い直す破目になりました。