前回触れたストスコップフについては御存じない方もおられるでしょう。
セバスティアン・ストスコップフ(1597-1657)は当時ドイツ領、 現在はフランス領になっているストラスブールの生まれで、 幼少の頃から目覚ましい画才を発揮し、宮廷馬車の御者で貧しかった父親が 市に願い出て、市の財政援助でハーナウの高名な画家の下で修業します。
1622年パリに出て一時イタリアに旅した以外は1639年までパリに留まっています。
1639年ストラスブールに戻った彼は静物画の名手として名声を確立します。
しかし第20回で詳述したジョルジュ・ド・ラ・トゥール同様、 ドイツとフランスの間で戦乱に揺れた地の不利もあり、死後急速に忘れられ、 再発見されるのは1930年になってからの事です。
戦乱の中で焼失したのでしょう、ストスコップフの作品は 滅多に目にする事はないのですが、一番多く所有しているのは フランス、ストラスブールにある「ルーヴル・ノートルダム博物館」。 全部で6点あります。
この博物館はストラスブールのシンボルマーク、ノートルダム大聖堂横の広場に 建つ1347年の創建という古い館に納まっています。
元々は大聖堂の倉庫だった建物で、大聖堂や近郊にあった教会所有の 彫刻や装飾品を多数展示しています。現在大聖堂には複製品が飾られています。
展示品の中には、1060年頃作の人体をかたどった物としては最古のステンドグラス 「キリストの頭部」やフランス屈指のロマネスク、ゴシック、ルネサンス様式の 彫刻コレクションがあります。
しかし私がここに初めて来た時、その静謐な詩情漂う画面にいたく魅せられ、 一度で虜になったのがストスコップフの作品群でした。
ここで彼の作に接するまではストスコップフを全く認識していなかったのです。
超リアリズムで一瞬、写真のようにも見えますが、 まるで封印された時間を紐解くような、重厚な存在感、永遠不変の時の流れ、 悠久性を感じ釘づけになったのです。
この博物館では同じくストラスブール定住で、アルブレヒト・デューラーの 最も優れた弟子、ハンス・バルドゥングの作品5点も観る事ができます。
ハンス・バルドゥング(1484-1545)は弁護士を父に持つ教養豊かな家の生まれで、 ドイツでは初めての上流階級から出た画家。
19歳でドイツでは当時最高の画家だったデューラーの工房に入り、 そこでは既に3人のハンスがいたため、区別するためにバルドゥングが 好んで使った色、グリーンと呼ばれ、それが通称になりました。
工房時代に絵画ばかりでなく木版画や彫刻、ステンドグラス作成等を学び デューラーが留守の場合は工房の経営を任されるようになります。
25歳でストラスブールに戻り、デューラーも感嘆した画才で 忽ち町の名士となり、裕福な妻を娶り、市議会のメンバーにもなっています。
彼の絵には野生的で幻想的な力強さがあり、鮮やかな色使いと、 マニエリスム的な歪曲、不気味なものへの嗜好で、気になる画家の一人です。