囲碁に打ち込む


囲碁フェステバル2008

2008/11/03

<--女流棋士による9路盤戦「妙花」謝依旻女流本因坊-井澤秋乃4段(六本木ヒルズにて)

2008年11月3日に六本木ヒルズで開かれた「囲碁フェステバル2008年」に出かける機会があったが、減少傾向にある囲碁人口を食い 止めようとする囲碁関係者のとくに若いスタッフの熱意が感じることができた。大竹名誉碁聖や武宮9段もおられた。 井澤4段や稲葉禄子さんにも御目にかかれた。稲葉さんは少々メークが濃かったがテレビでみるよりさらに美人で素敵でした。 奥の指導碁コーナーを覗いたら、安藤和繁3段がおられたので、指導碁を申し込み打っていただいた。 人通りが多くまわりにテレビカメラなどもあり、私も上がってしまい、内容はよくなかった。 指導碁が終わって、私の打った手で、白からの進出をとめる手を打つのが良かった、と指摘された。 私のいつもの欠点で、一手で10数目の地が確定するのに、4,5目のカス石を取りにいく。 いい経験をさせてもらった。

<--安藤和繁プロと中島美絵子プロ

安藤3段とNHK杯の聞き手中島美絵子初段は2008年4月4日に結婚している。

秋田で芋ほりをする梅沢由香里女流棋聖と向井芳織初段

<-- 秋田の子供たちと芋ほりをする梅沢由香里女流棋聖と向井芳織初段 (写真は日本棋院のサイトより)

生まれ故郷の秋田県大仙市のウェブサイトを見ていたら、同市は街興しの一環として囲碁の文化普及に力を入れており、市内の 学校で囲碁を授業に取り入れている。また2008年10月11日に神奈川県平塚市で開かれた第一回「囲碁サミット」に参加している。 サミットに参加したのは神奈川県平塚市、秋田県大仙市、埼玉県北本市、長野県大町市、山梨県北杜市、京都府綾部市、広島県尾道市、 宮崎県日向市の8市。
私が49年前に卒業した小学校のとなり町の小学校で梅沢由香里女流棋聖と向井芳織初段を招いて囲碁の入門コースが 開かれ、その後両プロは子供たちと芋ほり体験をした。
秋田県は全国学力テストで2007年と2008年の2年連続1位になったが10月13日の「週刊碁」に以下の記事が載った。

冒頭に紹介した全国学力テストで第一位の要因を栗林次美大仙市長は 「囲碁を始めとして、音楽などいろいろ文化的活動に力 をいれています。 こうした取り組みが幅広い学力向上に繋がっている」 と、 囲碁も学力向上の一助になっているようだ。

私が子供のころから囲碁を始めていたら....とつい思った。 なを、ついでに故郷の自慢させてもらえば全国体力テストでも秋田県は第2位である。地元紙には「文武両道の秋田の子供」と。

武闘派囲碁会

<--武闘派会場 (囲碁サロン向ケ丘遊園にて)

対局風景-->

2008年から会社囲碁クラブメンバーが主催している「武闘派碁会」。毎月第2日曜日に開かれる。 毎回20人前後が出席しポイント制で12時から持ち時間45分で4対局おこなう。勝ち数の次は取った石数で 順位が決まる。投了と時間切れは-20ポイント。目数であきらかに10から20負けていても投了せずに最期まで ヨセも頑張る。刺激的で楽しんでいる。

指導碁(鄒海石7段 5子局)

<--指導碁棋譜(日本棋院にて)

市ケ谷の日本棋院で指導碁を打ってもらった。プロ棋士は鄒海石7段。手合いは5子でお願いした。 右上の黒石が薄くなってきたので手をいれようと思い、108手(12の5)でハネて白に受けてもらってから守ろうと思った。ところが白は守らずに109手(15の6)の急所に打ってきた。そのためかなり損をした。その後上辺白地を破る際140手(9の4)をすぐ打ってしまい、白の141手(13の5)で黒は眼を奪われ投了となった。ここでは139(11の6)に石がきたので12の6にアテて 先手で眼を確保しなくてはならない。108手(12の5)で失敗したという意識がありあせっていた。ここは読み筋だっただけに慎重に打つべきだった。

近隣町内会の囲碁会

<--碁楽会 (鶴川サルビア会館にて)

町田市鶴川団地で毎週火曜日13時から開かれている「碁楽会」。幹事の方が上手に運営され全体として 組織だっている。上級クラスと初級クラスに分かれている。詰碁のプリント配布もあり最初の30分は講師に よる講座がある。詰碁、手筋やNHK杯からの教材など教えてくれる。強豪ぞろいでタジタジ。 ポイント制なので勝ちすぎるとブレーキがかかり、負けがこむとハンデイが増える。

2009/03/01
隣町の囲碁クラブ (写真なし)

隣町の囲碁クラブで3月1日に囲碁会があった。私の町内会囲碁クラブに所属しているM黒さんはこの隣町に住んでおり そちらからの碁会申し込み用紙を先日配布していたので、K村さんと2人で、参加してみるか、ということになった。 当日徒歩で会館に出かけてみると全員で8人とコジンマリとした碁会であった。棋力は自己申告ということで私は4段で 申し込んであった。抽選の結果1回戦は同じ町内会でいつも対戦しているK村さんとで、勝つことができた。 2回戦は同じ4段位のY口さんとの対戦で、相手の模様に飛びこんだ私の石が取られて中押し負け。Y口さんは大変読みがし っかりしており強い。3回戦は最高段位のW辺8段との対戦。一見して社長のような恰幅のよい方で、私は4子置かせてもら ったが、切れ味のよい早打ちで私もおなじペースで打って、またしても中押し負けを食らった。私の悪い癖がでた一局だ った。4子も置いたら負ける筈がないと思って雑に打ってしまっていつも自滅する。 これではいかんと残りの3局を慎重に打って3連勝し結局4勝2敗で3位ということだった。 北隣の町内会の囲碁会には毎週参加しているが、今回は南隣の町内会の囲碁会で、隔週の土曜日に例会があり一応誘われた が、これ以上増やせないので、参加できない。初めての人と対戦しているとボヤキとか歓声を上げ性格が分かり親近感を 持つ。寡黙な人もそれなりに囲碁の内容で親しみを覚える。囲碁は手談とはよくいったものだと思いながら帰った。

大蔵町内会の囲碁クラブ

2009/03/15

毎週金曜日13時から町田市の大蔵会館で開催される大蔵町内会の囲碁クラブ。20人ほどのメンバーが登録している。こちらの囲碁クラブは55歳以上の人で、鶴寿会という会に入会することが前提になっている。 大蔵町の住人だけでなく、隣町からの越境メンバーもいる。私自身も隣町の囲碁会メンバーになっている。 とくにポイントも成績表もないのでノビノビと対局している。畳での対局なので足がしびれてくるのでさすりながらの対局。とくにメンバー募集もしていないがあたらしいメンバーが増えてきている。

本因坊 秀和の石碑

2009/03/18

<--拡大

5年前に伊豆堂ヶ島へ旅行したとき、136号線を南下していくと土肥を過ぎ「恋人岬」の手前に「本因坊秀和の碑」の文字を見た記憶があった。 今回また堂ヶ島へ出かける機会があったので寄ってみた。看板はなかったが、石碑を観ることが出来た。
この石碑は秀和生誕170周年を記念して1990年に立てられ、石碑の文字「十四世本因坊 秀和生誕の地」は坂田栄男名誉本因坊による。 この場所は秀和の生家の隣にある最福寺の門前にあたり、寺の境内に上がると左手に「夢の実現堂」があった。 内部には秀和に関する資料などが展示されていた。これを機会に囲碁の歴史についても調べてみようと思った。

石碑の前で、強くなれるよう念じつつ写真をとった。

夢の実現堂
碁盤には石碑とおなじ石の並び。黒の2子がズレているのは地震のせいか。
本因坊「秀和」について: 14世本因坊 秀和 (ほんいんぼう しゅうわ) 1820年(文政三)生まれ1873年(明治六)没。 伊豆国若沢郡(田方郡)西豆村(土肥町)小下田の生まれ。姓は土屋、名は俊平、後に恒太郎。 十三歳で剃髪した時に秀和と改名。名人の技量を持ちながら名人になれなかった元丈、知得、 幻庵とともに"囲碁四哲"と称される。弟子に秀策、秀甫がいる。

大和證券杯ネット囲碁大盤解説会

2009/03/21

大和證券杯(<-click)

「大和證券杯ネット囲碁決勝戦」の大盤解説会の案内メールがきていたので申し込んだところ招待葉書が 届き、出かけた。場所は東京駅八重洲北口の大和證券本社の18階で、聞き手梅沢由香里5段、解説小林覚9段。 大和證券の相談役が挨拶で、「インターネットでの株取引をもっと盛んにするためにもネット棋戦のスボンサーをしている」 とのようなことを言っていた。証券会社も厳しいおりではあろうが日本の伝統文化の継続に勤めてほしいと思う。 囲碁好きとしてはありがたいお話であった。 大盤解説といっても、パソコンソフトでの打ち手を大型スクリーンでみせるのであった。バソコンソフトの方が変化図 などが番号付きで簡単に出せるし、一瞬にして実戦に戻れる。後半では「形成判断」のボタンも使っていた。
決勝対局は井山裕太8段と首藤瞬6段で井山8段の先番で行われた。 聞き手と解説の両プロは明るい性格できいていて楽しい。この日は大和證券の株取引顧客と羽根直樹本因坊などとの 指導碁対局がこのあとあったので、羽根本因坊も解説に加わった。後半になって井山8段の緩手(?)が出て中央の黒石が取られた が替わりに上辺の白石がとられた。小林9段の形成判断は黒の井山8段が10目以上良い、とのことだったが、観客席にいた羽根本因坊 の意見を求めたところ「相当細かい」という。それを聞いて、小林9段「そうか細かいね」。結果は黒の半目勝ちであった。


別室で行われていた両対局者も加わっての検討会。
井山8段は中央の黒一団は大丈夫と思い左下の2子の渡りを打った手がミスだったという。(左下の写真)(右下は首藤6段)

表彰式での井山8段。あとで調べたら賞金は400万円らしい。井山8段は当棋戦で昨年の第一回に続いての連続優勝。 また、井山8段は名人戦リーグでもこの日まで無傷の4連勝と好調。昨年の張羽名人とのタイトル戦の再来を大いに期待。

受付のとき、指導碁の見学が抽選で当たったので表彰式のあと17階に移動し、指導碁の部屋に入室。羽根本因坊、梅沢5段、 金秀俊8段、小林覚9段、鶴山淳志6段、孔令文6段の指導碁を後ろから見学。金8段は私も好きなプロ棋士の一人で ある。対局しているご婦人とのやりとりを聞いていると面白い。ご婦人は白石を切ったとき「下手なくせに生意気 な手を打ってすみません」と恐縮していた。その後、待ったをさせてもらってよろこんでもいた。金8段は優しい。
梅沢5段とうっていた真ん中の男性が途中でバックをまさぐり始めたので扇子でも取り出し気合を入れるのかなと思ったら、 カメラを取り出した。写真を撮っていいか断って、最初に梅沢5段を撮るのは遠慮し碁盤を撮って後、梅沢5段を撮った。 有名な梅沢5段とうってもらうことはめったに無い機会なので記念写真をとりたい気持ちはよく分かる。 さすがにプロは強い。どうみても黒がよいと思ってみていたが次第に包囲網を狭めて黒投了に追い込んだ。 感想戦で、弱い2つの石団を繋げていればよかったと負けた本人もいっていたが以外と単に繋ぐ手は解っていてもなかなかうてない。 繋がなくてもどちらも生きられるかどうかの判断力が棋力なのだろう。梅沢5段は指導碁とはいえ、打っているときは厳しい顔を していたが、終わると微笑みながら優しい声で指導していた。
今回は石をもっての対局はなくその分気楽であったが、直接目の前のプロと触れ合うことが出来てテレビでみるのとはまた違った 刺激になり、楽しい時間を持つことが出来た。

若いけれど落ち着いた物腰の羽根本因坊。

囲碁の別称 烏鷺・鵜鷺

2009/03/29



天気がよかったので妻と近くの鶴見川沿いの遊歩道に散歩に出た。桜が咲き始め川沿いの雪柳の花が満開になっていた。近くで橋の工事をしており、水が濁っていた。 白鷺が餌を探しているのが見えた。そこに川鵜がやってきた。川鵜のほうが水中にもぐるので魚を捕らえるのがうまい らしくこれまでも特に冬に白鷺のほうが川鵜に付きまとう様子がみられた。川鵜は迷惑なようである。 2羽が接近したところでシャッターを押したが、川鵜は潜ってしまった。(左の写真)その後川鵜は飛び去ってしまった。

散歩していたら白鷺と川鵜が一緒にいたので携帯電話のカメラで写真を撮った。(2009/12/09)


最近は何でも囲碁に結び付てしまう。 囲碁の別の呼び方を「烏鷺」(ウロ)というが、烏(カラス)をウと読むのは「烏合の衆」などがある。烏と白鷺は餌場が違うので 一緒にいたのは見たことがないし、鵜のほうが烏よりイメージがよいと思ったので「鵜鷺」とはいわないか調べた。

囲碁豆知識というサイトにあった。また囲碁グッツの中に歌麿作といわれる「水中鵜鷺の図」という絵皿が売り出されている。
http://www.igolabo.com/cgi-bin/igolabo/siteup.cgi?category=5&page=3
ご存知ですか?囲碁の別称 囲碁の呼び方にも色々あります。それらを集めてみました。 腐斧(ふふ)清楽(せいらく)坐隠(ざいん)橘中(きっちゅう)忘憂(ほうゆう)方円(ほうえん)爛柯(らんか) 烏鷺(うろ)鵜鷺(うろ)手談(しゅだん)黒白(こくびゃく)囲棋(いき)棋博(きはく)博えき(はくえき)えき棋(えきき) 対えき(たいえき) 如何ですか?幾つ解りました?6つ以上ご存知なら貴方はかなりの囲碁通です。 囲碁の別称もこれだけ集めると別称から囲碁がどのようなゲームか想像できます。 囲碁がとてつもなく面白いゲームを表した別称は、腐斧、忘憂、爛柯、橘中などです。 囲碁が天文学・易学に由来することを示唆するものとして、方円、囲棋、えき棋があります。 江戸の昔からプロ棋士とは別に真剣士なる打手がいました。それを思わせる別称として、棋博、博えきなどがあります。 囲碁は白石、黒石を使ってゲームすることから、烏鷺、鵜鷺、黒白などとも言います。 処で、烏鷺はよく使われますが鵜鷺はあまり使われません。 しかし、江戸の浮世絵師歌麿は烏鷺と鵜鷺を区別し両者を描画しています。 囲碁は対話しなくても対局相手と意思の疎通が計れます。そういったことを表している別称が、坐隠、手談などです。 注)博えき、えき棋、対えき の「えき」という字は常用漢字にはありませんが、亦の下に廾と書き、えきと読みます。 囲碁を意味します(パソコンでこの字を書くと文字化けしてしまうので書けません)。 賭博を意味する奕(えき)と混同されますが、元来全く別の字です。
COPYRIGHT(C)2005 有限会社囲碁ラボJAPAN ALL RIGHTS RESERVED.

追加情報:
斧腐(ふふ)・爛柯(らんが)
昔、樵(きこり)が山に入っていくと仙人が囲碁を打っていたので、ずっとその様子を見ていました。 ふと気が付くと、斧の柄(柯)が腐っていた(爛)という故事からこの別称が生まれました。 それだけ囲碁は時間を忘れさせ、人を夢中にさせるものです。 囲碁を打たれる方は柄が腐るとまではいかないものの、食事を取るのも忘れて没頭していたという経験があるのではないでしょうか。
橘中(きっちゅう)
橘の実を割ったら、実の中で仙人が囲碁を打っていたという故事から。
忘憂(ぼうゆう)
 囲碁の面白さを表現したものです。文字通り、囲碁が憂いを忘れさせてくれるという意味です。

秋工会囲碁クラブ

2009/04/05

秋田の高校の同窓会東京支部囲碁会。3カ月ごとに東京八重洲の「いずみ囲碁サロン」で開催される。 メンバーはほとんどが私より年長者であるが、現役で活躍している人もいる。午後1時から4局ほどの任意対局。 勝敗数で段位が変動する。1年ほど前に2段で申告し、3段に昇段したが、対局数が少ないのでなかなか昇段しない(降段もしない)。 なかにはこの碁会でしか囲碁を打っていないという人もおり、勝負勘をとりもどすのに時間がかかり、序盤戦で石を捕って油断を していると、次第に勝負勘をとりもどされ、逆転されることもしばしば。
どちらかというと親睦を優先し、終わったあとの八重洲地下街の居酒屋がメインという人も少なくない。 私も下戸であるが、親睦会には必ず参加しており、これも囲碁の楽しみ方のひとつであると思っている。 話題は当日の囲碁のほかに故郷の秋田の情報になる。秋田は経済もよくなく、人口の減少が全国一である。 高齢者の割合が多いことが要因。私も親が秋田にいる。県内の高校も統合され、女子高校も普通高校にかわっ たりしている。

シチョウ問題

2009/04/06

日本棋院の情報会員になっているが、会員向けに1日1題の問題がある。 強い人にはつまらないかもしれないが、なるほどと思わせる問題があった。 シチョウの問題である。石を置かないではどうしても白石をとれないので、石を置いてみて解けたが、こういう 問題もあるのかと感心した。実戦にも出てきそうな石の配置ではあるが、黒15は一つ上に2段バネするところか。 問題図の手数番号は意味がなく、27手目からの問題。

答は
こちら

新百合ヶ丘囲碁クラブとポイント制

2009/04/10

小田急線新百合ヶ丘駅の北口から津久井道(世田谷街道)に向かって坂を下り、津久井道に沿って新宿方面 に50mほどいった緑色の3階立てのビルにある囲碁クラブ。平日でも30人から50人ほどの人が囲碁を打っている。 席亭が上手にポイントの近い人同士を組み合わせてくれる。平日は13時から、休日は12時からで席料は800円、 10回で平日1回無料になる。回数券もある。お茶、コーヒー、飴のサービスもある。
昨年の12月に町内会の囲碁クラブメンバーに紹介されてから週一で通うようにしている。最初4段で申請しようと 思って入場したらみんな強そうな顔に見えたので会社囲碁部と同じ3段で申告した。 棋力には相当バラツキがあるので実際のところはしばらく続けないとわからない。最初のポイントとして3段は245点だという。 以降15点毎に1段上がる。近くにいた255点の人と打って、勝ったので255点からスタートすることにした。 多くは、定年退職した人のようだが女性や学生風の人も見かける。私が3連勝した人は、「新しい人は謙遜して低い段を言ってく るが、相手が下がるので困るんですよ」と嫌味を言われた。3月31日で306点になった。少々出来すぎとは思うが300点はキープしたい。
私の黒番6子局の人と打っていただいた。プロの指導碁は5子で打っているというと、370点台のその人は「プロは楽をしたくて置石 を減らすのだ」という。
 たしかに、プロとの指導碁はほとんどプロが勝っており、ポイント制であったら12,3段のポイントにはなると思う。
ポイント制は長く続けていると不思議な点数になる場合がある。ほとんどの人は励みになるので持ちポイントを増やしたいと思っており 自分の客観的な強さを知りたいと思っている。ゴルフのオフィシャルハンデイのような「オフィシャルポイント」でもあればよいと思う。 例えば、年間80局以上の対局を義務付け、碁盤30以上、プロ(または指導員)が定期的に指導している碁会所とかが認定できるようにしたらどうか。 ポイント制の最大メリットは下がることにある。

先日、会社囲碁部の碁会所6段の人が、日本棋院でのクラス別団体戦の初、2段クラスに出場し碁会所初段の人と打って勝った。 碁会所レベルでそのまま申請した人は釈然としないと思う。こういう大会に出てくる人はいつも2,3段低く申告してくる。
国際的にも韓国は日本より5段くらい低いらしい。つまり日本の5段と韓国の初段とは同じレベルと聞く。

館山囲碁合宿

2009/04/24

現役の頃、会社囲碁部に入部していた。退職後もOBとして参加できるので続けている。 今年は合宿幹事をやることになった。
2009/4/24から2泊3日で千葉県館山の保養所で総勢39人の囲碁合宿があった。7年ほど前に参加し成績が 悪かったのでしばらく不参加であったが、2008年の秋から最近では2度目の参加になった。

この合宿は毎年春と秋の保養所が比較的空いている時期に2回開催され、プロの光永5段を講師として招待している。光永5段は東大囲碁部主将からプロになった棋士である。今回の合宿での対局は高段者から順にA,B,C,Dの4クラスに分け、各クラスごと総当り戦、光永5段は4面打ちで全員と対戦していただく。 幹事の役割は、3ヶ月前の保養所の予約から始まり、囲碁部全員へのお知らせでの参加申し込み案内、変更、予算案作成、プロ棋士の招待、参加者の部屋割りからユカタのサイズ、飲み物の追加注文の保養所との交渉、など大変忙しい思いをした。 参加者の意向はさまざまで、日頃の研鑽の結果を試したり、棋力向上を主目的とするものだけでなく、酒を飲み楽しく碁を打ちたいと思っている人もいる。どちらにも賛同するが、囲碁が3度の飯より好きであることについては全員共通である。

 各リーグはハンデイ戦でプロはこれまでの成績から10.5段とみなし、最下位のメンバーは一級であった。メンバートップはAクラスの8段3名というハイレベル。この囲碁部は社会人囲碁大会では、つねに優勝候補でそれなりの実績もある。今年も大きな大会で連覇を果たした。私は囲碁部では3段なので一番下のDクラス。3.5段から一級までの9人とプロの指導碁も含めて10戦した。初戦相手は、初段のOさんで2子局の白から5目半コミ出しであった。Oさんは力が強くこれまでの対戦成績は私の方が負け越している。いやな相手と初戦になったと思ったが、結果は案の定盤面で白の2目勝ちであったがコミがあり負けになった。他の碁会所でも2子の白番の勝率が最も悪い。4子局以上の白番だと結構黒も間違ってくれるので勝てるが2子だと棋力も近く置石がものをいう。この合宿は全敗すると降段することになっており不吉な予感がしたが、逆に気合が入り、慎重に打ったおかげでいつもの手拍子で打ってしまうことがほとんどなかったためか、残りの9試合を全勝することが出来た。

光永5段による指導碁
プロの指導碁は8子局であった。どこを見ても3連星でこれで負けるハズがないと昔は思っていたが、最近になってプロの技を知れば知るほど勝つのは難しいと解ってきた。プロの本当の実力では星目(9子局)でも勝てないのではないかと思う。プロは最初の一手を天元に打ってきた。その後、辺の地を白に譲り中央の地をとる作戦をとった。 後半ぼろぼろとスミの石を取られたが、中央の貯金がものをいいなんとか勝つことができた。Dクラスでは9勝1敗で優勝であった。 この合宿は、毎月行われる会社での月例会とリンクされており1年間有効の入賞ポイントを積み重ね、あるポイントに達すると昇段することになっている。この規定により私のポイントが9点に達し、3.5段に昇段できた。上が使えているので0.5段ずつの段位になっている。1年前、会社囲碁部で3段で5割り以上の勝率を目標としたが、達成でき大変にうれしい。当然次の目標は4段である。



解説会の様子(囲碁部サイトから借用,解説に引き込まれ撮るのを忘れてしまった)
全クラス対局終了後、光永5段による棋譜解説があった。 棋譜解説はプロと対戦した人が任意に申し出て行うが、なんとプロは全員の棋譜をそらんじている。最初の数手を申し出るとプロのパソコン操作によりスラスラと手順が再現される。素人相手の4人同時対局の手順を38人分全部記憶しているのである。勘所でプロがどう思っていたか、正しい手はどれかなどの解説があり、この手はどうですかと、活発な質疑応答があった。プロのヨミの深さと記憶力のすごさに驚嘆の連続であった。このような活動を毎年続けていく 囲碁部は全体のレベルが向上する。自分も何とか付いてゆきたいと思っている。


帰りはアクアライン経由で、海ホタルで休憩し海底トンネルを掘った掘削機の刃を見た。 実際に使われたものらしい。


 
今回(2009年春)合宿2日目は激しい雨で予定していたハイキングは出来なかったが、2008年秋の合宿2日目はハイキングを行った。 例年中日はハイキングが人気で房総の山を登る。普段、登山の趣味のない人がほとんどであるが、運動も大切。 このときは烏場山(265m)の「花嫁街道入口」から花嫁街道途中の「経文石」まで。90分ほどの登りで結構シロートにはキツイ コースであったが、大自然に囲まれ木々の間から遠くの眺望を楽しみながらの握り飯は格別。 シイの木に抱かれた石には経文が彫られていたらしいが、今ではよく見えない。それでもハイキングの後は爽快な気分になり、 前日まで囲碁の成績が2勝4敗であったが帰ってからは4戦全勝でかろーじて4位にはいり1ポイント獲得できた。 今回2009年の合宿で昇段できたのはこのときの1ポイントがきいた。


最終日閉会式後の房総の道路から東京湾はるか遠くに富士山がみえた。

大蔵町内会の囲碁クラブ(その2)

2009/05/14

=>囲碁対局カード

以前に紹介した大蔵町内会の囲碁クラブで次第にメンバーが増えてきた。幹事から対局をポイント制にしたいとのことで、私が対局カードを作成することになった。会社の囲碁部や他の町内会の対局カードを参考にして作ってみた。出来れば、厚紙で印刷したものを使いたいが、簡単に自宅のプリンターで印刷できるA4番の紙にした。

5段から10級程度のメンバーが参加しているので、点数の配分が難しい。 最初は自己申告による段位で開始持点をセットしたが、最初の4,5段クラスの人が3段で申告してきたので、他の同クラスの人も同じポイントになり結果5連勝の人もいた。調整が必要かもしれないが、少し様子をみることにした。メリットは、勝敗が公平になること、記録が残ることと、対戦相手の名前と顔が一致したこと。

囲碁部月例囲碁会

2009/05/16

毎月第4土曜日に開かれる会社囲碁部の囲碁会に1年ほど前から参加している。今月は月末に他の囲碁部との試合が予定されていたため月半ばの開催となった。春の合宿で3.5段に昇段して初めての月例会。3クラスに別れ各クラスはスイス方式で40分切れマケで5局対戦する。

最初の相手は1級のIさん(女性)。これまで4子局で何とか勝てていたのが5子局になってしまった。中央を大きく地にされ付け入るスキがなく負けてしまった。2戦目はこれまで私の先番で白からコミをもらっていたK3.5段。 握りで私が白番になってしまった。こちらもいいところがなく中押し負け。3戦目は何とか勝ったが、4戦目がひどかった。同じ3.5段のOさんとの対局。前半で大きな劫になり私が劫に勝ち勝負はほとんど終わっていたが、私がコウザイで破られた壁にへばりついていた数目の石を逃げたため、右辺を大きく地にされたうえ、逃げた石が大きくなってしまって半分ちぎられた。結果は盤面で私の4目勝ちであったがコミがあり負けにした。最終局は同じ3.5段のYさん。Yさんも今日は不調のようで、何とか勝つことができた。結果は2勝3敗であった。

まあこんな日もあろうかと思ったがいろいろ考えさせられた。敗因を分析し対策を立て次に役立てる。 囲碁にはそのステージごとの戦略が必要であろう。これまではどちらかというと置き石でハンデイをもらって勝てていたが次第に同じレベルになると別の対策が必要となる。特に白番になったときの勝率が悪い。布石段階で相手の陣地が広く見えこのままでは負けてしまような気になり無理をして打ち込むか、あせって必要な備えに手を抜いてしまう。 じっくりと腰を落として少しづつ有利に導くような打ち方が必要と思うがなかなか実行できなく、いつも同じ反省を繰り返している。

囲碁部月例勉強会

2009/06/06

毎月第1土曜日に開かれる会社囲碁部の勉強会にも1年ほど前から参加している。 新宿の碁会所「天元」で午後2時から日本棋院の小松藤夫8段をお招きし、棋譜解説に続いて指導碁がある。碁会所の11時からのオープンに合わせて11時ごろに行き囲碁部のメンバーと自由対局する。一応自由対局も記録をつけ半年毎の勝率で順位を競う。小松プロは会社囲碁部の指導プロとして30年近くお願いしている。自由に持ち寄った棋譜をプロに解説・指導していただく。時にはお叱りもうける。指導碁は3面打ちなので10カ月に一度は順番が回ってくるがプロにはなかなか勝てない。解説でのプロのヨミの深さにいつも触れていると、囲まれて自分の石が活きていることが解っていても心配で手を入れてしまう。ヨセの段階で20目程度リードしていても、ジリジリと逆転される。

The PASSION!!(囲碁・将棋チャンネル)

2009/07/03

会社囲碁部のメンバーには、現役社員、退職者のほかに他社に転籍した人や、社員の家族のメンバーもいる。F氏のお嬢さんSさんもメンバーの一人で、お父さんが4.5段、お嬢さんが3段となっている。
 Sさんが、スカパーやケーブルテレビの囲碁・将棋チャンネル番組「The PASSION!!」に出演し、6月22日に放映された。
この番組は私の好きな稲葉禄子さんがプロデュースしていて、4人の生徒が半年間にわたり、インストラクターと指導碁を1人で合計6局打つ。目標棋力に向かって解説のプロからも局後に指導を受け、最終局は卒業テストで、解説のプロが最終棋力を認定する。
見ていても大変勉強になり面白い。4人の打ち手はバラエテーに富んでおり、目標初段から6段ぐらいまで。稲葉さんによる出演者や家族からのメールの紹介などもあり本人の囲碁に対する思いも伝わってくる。対局相手のインストラクターにはアマトップレベルの人がなっている。

Sさんは幼いころから囲碁を始め時々会社囲碁部の試合にも参加し、今年の囲碁合宿にもお父さんとともに参加している。私が知りはじめた頃は4,5級だったと思う。幼い頃はSちゃんと呼んでいた。中学2年生のいまではSさんと呼んでいるが、時々Sちゃんになってしまう。私がまもなく追い越されるのは時間の問題で、囲碁部4.5段のお父さんもいずれ追い越される、との評判である。

彼女はこの番組では現在の棋力2段、目標棋力4段として出演していた。 テレビカメラの前では大変に緊張し実力がでにくいものと聞く。
この番組は再放送もあり数年間ほとんど欠かさずみているがこれまでの出演者と比べて、Sさんは通常の実力が出れば4段目標の達成は間違いなく5段でも無理ではないと思っている。
インストラクターは小田彩子さん、元日本棋院院生、2008年女流アマチャンピオンで、手合いは7子である。

序盤で下辺の黒石が取られたが、対応がよく、大きく捨てることになった。私などは間違いなく早い段階でこの石を動き出し、何とか小さく活きたとしても右辺の黒が厳しく攻められたかと思う。大局観が参考になった。

解説の小松英樹9段が「上辺で9の3に一間飛びをうてれば強い、7子の碁ではない」といっていたが黒はそこにうった。この手で黒石に芯がとおり、相対的に周囲の白石が弱くなっている。しっかりと自分の石の形を整えてから相手の石を攻めるSさんの棋風である。
終盤、右上の白地がセキにされたのをみて白は投了となった。白も承知のうえで試された。
小松9段の分析結果表でもヨミと感覚がしっかりしていて、攻めがとても強い、となっている。 コメントも「この調子で打ちましょう」であった。

次の対局は多分6子局であろうが普段の実力が出せれば勝てる。

藤沢秀行展と親善囲碁会

2009/07/18

会社囲碁部とN社囲碁部との定例親善囲碁会の11回目。他の企業や大学とも親善囲碁会が開かれている。N社との会には初めて参加した。市ケ谷の日本棋院で午後13時からクラス別に3局打つ。

少し早めに行って1階のロビーで「藤沢秀行展」の写真を観た。藤沢秀行名誉棋聖は今年の5月8日に83才で亡くなったがテレビや新聞などで破天荒な生活が有名であった。囲碁会においては若手育成に力を注ぎ、高尾紳路9段も弟子で師匠から叱られていた映像も観たことがあった。
「死ぬまでは生きる。死んだようにに生きたくはない。」と延命治療を断ったときく。
若い頃の名誉棋聖は「女は手当たり次第」と奥さんがいっていたがなるほどいい男である。
書道でも有名で各地で個展を開いている。
拡大




3階の親善囲碁会会場までの階段途中で小松英樹9段と会った。これは幸先がよいかなと思った。

いつも会社囲碁部や町内会囲碁クラブでは同じ相手なので、初めての相手と緊張感を伴った囲碁が打 てた。最初の相手が、中盤で三3に入ってきて、相手が間違ったので捕ることが出来た。油断をしていたらこちらの石が殺され、投了した。最近頓死することが多い。その後の相手とは頓死しないよう慎重に打って勝つことができた。
会社対抗なので、他の人の対局も気になる。親善囲碁会といっても石を持つと相手が社長であっても、負けたくないのが碁打ちの本音。親善は談笑の場で負けた場合の言い訳に使われる。
会社囲碁部の実力トップの金沢東栄さん。ダントツに強いのでほとんど会社囲碁会には出てこない。 必ず勝つので遠慮しているのかと思う。今回は親善目的なので出てくれたらしい。
終わってから日本棋院の書籍コーナーに立ち寄り表紙カバー帯の文句に惹かれてこの本を買った。私の場合は「いらない」ではなく、「なくても」である。大変励みになる日本棋院のお言葉である。

The PASSION!!(その2) (囲碁・将棋チャンネル)

2009/07/21

当サイトのThe PASSION!!(2009/07/03)でお知らせした会社囲碁部のメンバー、F氏のお嬢さんSさんの2回目の指導碁放送が20日にあった。前回は7子局で勝ち、小松英樹9段からアマ3段の実力と認定された。

今回のインストラクターは中国女流プロ棋士2段の宇旋さん。宇旋2段は聶衛平九段の基、現在世界戦にどんどん出場してきている中国の若手プロ棋士と共に修行した実力派、とのこと。多分前回のインストラクターよりは厳しいと思う。前回より置石を減らし、6子局。

右辺で黒の見損じがあり黒石5子がとられたが、その後の心の切り替えが良かったとの黄プロのお言葉。
上辺で黒は劫に当てて、白が当て返した場面。
劫にした黒は物怖じしていない。相手を考えると怖くてなかなかうてない。結局、白の左辺の劫立てに対し黒は劫を解消し、解りやすい展開となった。
白が下辺左の星からの一間飛びにケイマ(八の16)で圧力をかけた。さあ来たな、と思った瞬間、下辺左の白石1間飛びに黒が割り込み、白が三3に入った場面。この黒の割り込みに思わず歓声を上げてしまった。
左辺の黒石4子と下辺左の星の黒石が連絡し不安がなくなった。 白の手に対し、反撃する態度は立派である。私などは反撃すべきでない場面で反撃しいつもつぶされる。脱帽。
結果は黒の2目勝ちになり、黄プロから4段と認定された。

局後の感想でSさんは「碁の内容がよくなかった」と反省していた。ところどころで石が取られた箇所があったことを反省したと思うが、大事なところでプロの「ここにうてれば強い」と予想した手を何度も打ち、失敗を補っていたと私なりに思った。大変勉強になった。

これまでの「囲碁日記」はこちらからどうぞ。