囲碁日記


中国囲碁界の教育システム

参). 国際棋戦 2009年(BCカード杯は2010年 * 1ウォン = 0.08円)



最近世界の囲碁界では中国が韓国を追い抜いた感もあり、日本はほとんど勝てなくなった。 先日読んだ「週間」に中国の子供の教育システムの記事が載っていた。 なんとプロを目指す小中学生は普通の学校に行かなくて良く、囲碁づけの生活で徹底的に教育される。死活問題を1問間違うと3回たたかれ、他道場との試合に負けた罰として20キロを徒歩で帰すこともあるらしい。

別情報によると彼らは、月に4.5万円ほどの授業料を支払っており、親に負担をかけているという気持ちもある。幼いころから厳しく勝負の世界を叩き込まれる環境と、自由に幅広く教育される子供とどちらが将来のためになるだろうか? 最近の日本のハングリー精神を欠いた草食系といわれる若者を考えると複雑である。

以下「週刊碁」2010年5月17日号より
取材:週間碁 上田篤史

「3つの道場」

 中国における道場とは、囲碁の専門学校である。今回の取材では、北京に十ほどあるという道場のうち、聶衛平道場、馬暁春道場、葛玉宏道場の三ヵ所を訪ねた。

 入段試験(中国では定段試験と呼ばれる)は毎年七月に開催され、中国全土から五、六百名が参加する。定数は十七歳以下の男子十七名と二十歳以下の女子三名の二十。昨年の入段試験合格者二十名はこの三道場が占めた。

 これらの道場は、日本の院生研修にあたるものと言っていい。プロの入段試験を目指すこどもたちの訓練を主な目的とし、試験を受けない者も在籍している。入段試験を目指す生徒たちは小中学校には通わず、毎日囲碁漬けの生活を送る。中国には小学校から“体育学校”(体校)というのがあり、オリンピックに出場する選手のほとんどはここの出身ということ。一般の学校に通わないのは、囲碁に限ったことではない。

 記者が道場の取材を通して感じたものを一言でいうと、「熱気」である。対局にのぞむこどもたちは真剣そのもの、対局が終わった者は詰碁の勉強に取り組み、無駄口を叩く者など一人もいない。

 上記の三道場中、昨年の入段試験で最多十四名の合格者を出した葛道場を紹介する。道場生は約百五十名。うち八十名ほどが寄宿生で残りが通学生である。年齢は七歳から十六歳で、十一、十二歳が最多層だ。百五十名が棋力ごとに一組六名の二十三に分かれて一日二局打ち、二日半五局の成績により上位二名が昇級、二名が降級という競争を繰り返す。上位者には褒賞が与えられる。さらに、この上に入段直後のプロのクラスが二組あり、入段後も変わらない修練を続けている

スケジュールは以下の通り。
6:30〜起床、ランニング
7:40〜朝食
8:30〜対局、持ち時間90分
12:00〜昼食
12:40〜昼寝
14:00〜対局
18:00〜夕食
19:00〜プロとの検討会
21:00〜死活テスト、1時間で24問
22:00〜寄宿生はさらに自修
23:00〜就寝

 これが月曜から金曜までのもので、土、日曜は比較的余裕があるが、生徒たちはそれぞれ自修して休みをとる者は少ない。入段試験前はこれがさらに厳しくなる。

 葛道場は二〇〇八年八月に創立。〇九年七月には、当道場にとって初めての入段試験で多数の合格者を出し、脚光を浴びた。葛玉宏師範はアマチュア五段、日本なら六、七段といったところだ。

 葛道場に日本からの留学生がいた。王万里矢くん、十三歳。話を聞いた。

 「勉強時間が日本とは全然違います。中身も厳しい。死活問題は難しくて、一問間違えるごとに手を三回叩かれるんですけど、これがもの凄く痛い。日本にいたときよりも、読みの訓練が真剣になりました」。王くんは、道場の空気に触れた興奮を、目を輝かせながら語ってくれた。

 葛師範に道場の特徴を伺うと、「厳しいこと」と答えた。死活テストで間違えると罰があり、他道場との交流戦で負けた生徒は、対局場から歩いて帰らせたりもする。二十qを越えることもある。さらにクラス分けをして常に競争させていることで、生徒たちに競争意識を叩き込む。

 これほど徹底ところはこれまでなく、厳しすぎると批判的な意見もあるようだが、結果を出したのは大変なことである。

 他道場も決してナマやさしいものには見えなかった。聶道場でも死活テストなどは厳しくチェックされるし、馬道場でも体罰こそないものの、昇級降級の競争は激しい。

 礼儀、しつけに関しても囲碁指導以外のことを受け持つ教師がいて、生徒を二十四時間体制で管理する。これほどまで厳しい修行を積んでまでプロを目指すのはなぜなのか。そこには日本と違った事情があるようだ。

「高段者は大学入試に加点」

 古力九段や孔傑九段らは、「日本で言えば全盛期の巨人軍のピッチャーほどの知名度」と、中国碁界に精通する孔令文六段は月刊碁ワールドで連載中の「勝負のレッドクリフ」で話している。憧れのスターがいれば、彼らを目指して努力する子が増えるのは当然だ。

 しかし、中国で碁が人気である理由は、それだけではないようだ。

 中国においては、囲碁の認知度が非常に高い。そのため、例えば日本のセンター試験にあたる大学入学統一試験では、囲碁の高段者であれば加点されたりする。段位の認定には、各省、都市で開かれる段位認定大会で好成績を収めなければならないが、こうした大会の中には千、二千人の規模のものもある。

 高段者であれば、特待生として無試験で入学できる大学もあるということ。囲碁に打ち込んできた人は、たとえ一般の学生と比べて初等中等教育で遅れがあったとしても、優れた集中力があるため、ひとたび勉学に励めば短期間で周りに追いつけるものだと、過去の実績などから認められているのだ。

 こういった背景があるため、こどもに碁を習わせたいと思う親が多く、指導者の需要も多い。

 葛「受験時の加点はとても大きなメリットです。でも、道場生になる一番の動機は、プロにさせたいということです。もっともプロになったからと言ってすぐに稼げる訳ではないので、入段後も勉強は続けます。大学受験は当然厳しいのですが、囲碁の試験はもっと厳しい。入段したからといって将来が約束されている訳でもない。囲碁にかける時間を受験勉強に費やせば、いい大学に入ることが出来るでしょう」

「25歳がリミット」

道場以外にも若手プロ棋士の研究会などもある。聶九段、馬九段が共同で設立した「龍一道研究会」は中国棋院の近くにあり、約四十名の若手棋士らが国家チーム入りを目指して日々研究、訓練を続けている。

 馬九段に話を聞いた。 「都市部のこどもは二、三の習い事をするのが普通です。頭を鍛えるものは人気で、英語や音楽に次いで囲碁は人気ではないでしょうか」

―馬九段は他にもこども教室を持っている。こども教室の生徒の年齢は四歳から六歳と言うから驚きだ。

「中国で若い棋士が出てくるのは、学校に通わなかったり、家族に大きな負担をかけたりしているので、『頑張らなければ』という気持ちが強いのです」

―三十歳を超えて活躍する人が少ないのは問題ではないのか。

 「中国では小さい頃から苦労しているので、そういうことを言う人はいません。中国では二十五歳までに活躍しなければ、活躍の機会はなくなります。今だと、甲級リーグに入れば大丈夫ですが、それでも一チーム六人で十二チームのリーグ戦に出場できるのは、大体六十人程度。対局料だけで生活できるのは、その内の二十名ほどではないでしょうか」。プロ棋士の数は、十年前は約二百人、現在は約四百人。

「ハングリー精神」

 中国は人口が多いため人手不足ということがなく、あらゆる分野において常に他人との競争にさらされる。急速な経済発展を遂げたが、その陰で地方と都市部の収入格差はますます大きくなってきていて、職をめぐる争いも厳しい。

 高学歴から高収入というのは、中国でも定型化された成功の形である。しかし、今や大卒者でさえ就職率が七十%(二〇〇九年)を切るほどの就職難という。  

“一人っ子政策”も影響している。社会保障制度の整っていない中国では、“親の老後の面倒は子が見る”のが慣習である。こどもとはいえ、多くのものを背負っているのである。

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