前記事で聖書からのテーマでダ・ヴィンチ風の画像をAIに生成をさせた。 Da Vinci style
先日メールグループでダン・ブラウンの小説が話題になり、2003年アメリカで出版された「ダ・ヴィンチ・コード」の名前が出た。作者のダン・ブラウン(Dan Brown, 1964年6月22日 - )は、アメリカの小説家。ニューハンプシャー州出身。
大分前に同名の映画はみたが宗教的でよく解らなかった。
ここでは、この小説で重要な意味を持つダ・ヴィンチ作「岩窟の聖母( Vergine delle Rocce)」を取り上げGoogle AI Geminiとの対話記事を紹介する。
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452 - 1519) が描いた『岩窟の聖母』は、パリ・ルーヴル美術館蔵(第一バージョン)と、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵(第二バージョン)の2つの絵が存在する。描かれているのは聖母マリア、幼子イエス、幼子ヨハネ、そして天使(一般的にはウリエルとされる)の4名である。

「岩窟の聖母」ロンドン・ナショナル・ギャラリー版をGeminiで見えやすく編集した画像)
最初の『岩窟の聖母』は、依頼主である「無原罪の御宿り信心会」には納品されなかった。その理由は、『ダ・ヴィンチ・コード』で語られるような「異端的な内容(教義上の不備)」というよりは、報酬額をめぐる「金銭トラブル」が主因であったというのが現在の美術史の定説である。
この絵の最大の謎は、「二人の子供のどちらがイエスで、どちらがヨハネか」という点である。
美術史の通説では、画面右側で祝福のポーズをとっているのがイエス、左側で拝んでいるのがヨハネとされている。右側の天使については、ヨハネのエジプト逃避を助けたとされる「ウリエル」とする説が一般的だが、イエスの受胎告知を行った「ガブリエル」であれば、イエス(右側の子供)の側に控えていることの整合性が取れるという見方もある。
当時の宗教画において、アトリビュート(持物)によって人物を特定することは常識であった。例えば「葦(あし)の十字架」と「羊の皮の衣」はヨハネの象徴である。
しかし、ルーヴル版にはこれらが描かれておらず、混乱の一因となっていた。一方、後に再制作され信心会に納品されたロンドン版では、左側の子供が「葦の十字架」を持って「羊の皮の衣」を纏っている。これは、どちらがヨハネかを明確にするためにダ・ヴィンチ(あるいは後世の加筆者)が描き加えたと解釈されており、これにより「左=ヨハネ、右=イエス」という配置が公式に確定した。
一方、小説『ダ・ヴィンチ・コード』では、この配置に対して大胆な異説を展開している。「幼子は母親のそばにいるのが自然であり、守護天使のそばにはその守護対象がいるはずだ」という論法です。これに基づけば、マリアに抱かれている左側の子供こそがイエスとなる。
しかし、もし左側がイエスだとすると、イエスがヨハネ(右側の子供)を拝んでいる構図となり、「イエスよりもヨハネの方が偉い(ヨハネこそが真の救世主)」という、教会が認めることのできない異端のメッセージが浮かび上がることになる。
この小説の着想源となったのは、「マンダ教」や初期キリスト教会の歴史的背景である。
歴史的事実として、イエスと同時代に「ヨハネこそがメシアだ」と信じる強力な教団が存在し、イエス派と競合していた。現代でもマンダ教のように、ヨハネを真の預言者とし、イエスを偽物とみなす人々が存在する。
つまり、この物語は、歴史の闇に葬られた「敗者(ヨハネ派)」の視点から、『岩窟の聖母』に隠されたかもしれないメッセージを読み解こうとしたミステリーなのである。
2つの絵に書かれている植物の違いについて
植物の違いには、非常に大きな「意味」と「事情」があります。
ダ・ヴィンチは「自然界の観察者」としても超一流であり、彼にとって植物を適当に描くことはあり得ません。1枚目(ルーヴル版)と2枚目(ロンドン版)で植物がガラリと変わっている背景には、「宗教的なメッセージの変更」と「誰が描いたか(制作体制)」という2つの大きな理由があります。
1. 宗教的な暗号(花言葉)の変化
当時の宗教画では、花は単なる背景ではなく、マリアやキリストの運命を暗示する「言葉」として描かれていました。
【1枚目:ルーヴル版】苦難と聖霊の暗示
ルーヴル版の植物は、「これからイエスに待ち受ける受難(死)」を暗示するものが選ばれています。
アイリス(右下など): 葉が剣の形をしていることから、マリアの胸を貫く「悲しみ」を象徴します。
オダマキ(アクイレギア): 花の形が鳩に似ていることから「聖霊」を意味し、またその紫色は「悲しみ・受難」を表します。
イソマツ(聖母の足元): 厳しい環境でも育つことから、永遠の命や不滅を象徴します。
【2枚目:ロンドン版】復活と謙譲への変更
ロンドン版では、より一般的で、復活やマリアの美徳を強調する花に変更されています。
水仙(スイセン): ギリシャ神話に基づき「死と再生(復活)」、あるいは冬の終わりに咲くことから「希望」を象徴します。
スミレ: 低い場所に咲くことから、聖母マリアの「謙譲(けんじょう)」や「慎み深さ」を表す、非常に伝統的なマリアの花です。
つまり、1枚目が「リアルで厳格な神学的メッセージ(受難)」を含んでいたのに対し、2枚目は「信者に分かりやすい、マリア信仰に適した花」へと、トーンが少しマイルドに変更されたと言えます。
2. 「ダ・ヴィンチ本人」か「弟子」かの違い
美術史家や植物学者が最も注目するのは、実はこの点です。
ルーヴル版(1枚目):
植物学的にも完璧です。ダ・ヴィンチ本人が徹底的な自然観察に基づいて描いたため、湿った洞窟に自生する植物の生態系として矛盾がなく、種を特定できるほど精緻に描かれています。
ロンドン版(2枚目):
植物の描写が甘い(非現実的)とされています。
例えば、本来なら別の季節に咲く花が同時に描かれていたり、茎の生え方が不自然だったりします。これは、ロンドン版の制作においてダ・ヴィンチ本人の関与が減り、植物の知識に乏しい弟子(アンブロージョ・デ・プレディスら)が大部分を描いた証拠とされています。
あるいは、ダ・ヴィンチ自身が描いたとしても、1枚目のような「科学的な探究心」よりも、「装飾的な美しさ」を優先させた結果だと解釈されます。
まとめ
植物の違いが意味することは以下の通りです。
メッセージの変更: イエスの「死と苦しみ(1枚目)」の暗示から、マリアの「謙虚さと復活(2枚目)」へ、主題の強調点が変わった。
制作の質の変化: 「科学者ダ・ヴィンチの完璧な観察記録(1枚目)」から、「工房による装飾的な仕上げ(2枚目)」へと変化した。
小説『ダ・ヴィンチ・コード』的な視点で見れば、1枚目の植物(アイリス=剣=悲しみ)の方が、これから起こる不吉な運命や、隠された真実を暗示しているようで、よりミステリアスな雰囲気を醸し出していると言えるかもしれません。
当時の宗教画に「暗号」や「深い意味(寓意)」を込めることは、ダ・ヴィンチに限らず西洋美術の「常識」であった。
寓意(アレゴリー):教養人への「知的な挑戦状」
ルネサンス期になると、パトロン(依頼主)たちは高度な教養を持っており、「一見すると普通の絵だが、古典文学や哲学を知っていると深い意味がわかる絵」を好みました。画家たちはこれに応え、幾重もの意味を込めました。
つまり、ダ・ヴィンチが特別な「暗号使い」だったわけではなく、当時の優れた画家はみな、絵筆で物語を語る「演出家」であり「思想家」だったのです。ダ・ヴィンチはその中でも特に、科学的・数学的なアプローチを好んだため、より謎めいて見えるのかもしれません。