ロンドンの北西170㎞足らずの所に人口114万人余りでイギリス第2の大都市、バーミンガムがあります。この都市の中心から南西5㎞程の所にバーミンガム大学があり、その広い敷地の東端に位置するのが「バーバー美術館」。
その名はバーミンガム生まれで、不動産で財を成したヘンリー・バーバー準男爵の未亡人で、本人も富豪の娘だったマーサが夫の名を残そうと、1932年、バーバー・インスティテュートを設立。バーミンガム大学へ寄託します。
彼女は4か月後に死亡しますが、子供がいなかった彼女は夫と父から引き継いだ全財産をこのインスティテュートに遺贈。
マーサの条件は「美術と音楽の研究と振興のために使う事」。
この美術館をゼロからスタートさせるために選ばれたのがトーマス・ボドキン。
1927年から1935年までアイルランド国立美術館の館長を務めていた人物で、1935年から1952年まで新設された美術館の初代館長を務め、オブザーバー紙が「20世紀最後の偉大な美術コレクション」と呼んだコレクションを作り上げたのです。
第二次世界大戦前後の混乱期で美術品の価格が下落していたことも幸いしたのでしょうが、観れば観るほどいい作品が揃っていました。
意外と部屋数は少なく、2階に4部屋が長方形の4辺の形に配置され、長辺が4つに区切られたようになっていました。
しかし、その内容と品質たるや凄いというしかありません。
滅多にお目にかかれない、シモーネ・マルティーニ、ベッカフーミ、ベッリーニ、ボッティチェッリ、ルカ・シニョレッリ、ボルドンなどのイタリア絵画から、マビューズ、メムリンク、フランス・ハルス、ルーベンスなどのフランドル絵画、クロード・ロラン、プッサンなどのフランス絵画にスペインのムリーリョなどと、豪華な顔揃え。
近代絵画もブーダン、コロー、クールベ、カイプ、ドガ、ドラクロア、ドニ、ドラン、ゲインズバラ、ゴーギャン、ゴッホ、アングル、ロートレック、マネ、マグリット、ミレー、モネ、ピサロ、プッサン、ルドン、ルノワール、ロセッティ、ターナー、ヴュイヤール、ホッイッスラーなど挙げていくと切りがありません。
時代を代表する画家の絵が揃っていて、ヨーロッパ絵画史を学ぶのに世界中で最も適した美術館の一つといわれる所以です。
ムリーリョの「カナの婚礼」、プッサンの「タンクレードとエルミニア」、アルベルト・カイプの「休息中の狩人」、ゲインズバラの「収穫のワゴン」等彼等のベストと言ってもよいくらいの作品でした。
ロセッティの傑作の一つ「青い部屋」も、青と緑の色の諧調の鮮やかな感覚美に溢れる世界で美しい。モデルは画家の愛人ファニー・コーンフォース。その名を示唆する矢車草(コーンフラワー)が最前景に描かれています。
アングルの「パオロとフランチェスカ」がここにもありました。
これまで紹介したコンデ美術館やボナ美術館、アンジェ美術館やまだ紹介していない、アメリカ、グレンズ・フォールズのハイド美術館にもアングル作の同工異曲の作品があります。
パオロとフランチェスカは13世紀にイタリアに実在した人物で、フランチェスカは1275年、家族間の争いを終わらせるために醜くて不具な領主ジャンチョットと政略結婚させられます。
しかし、フランチェスカは、家族の利益を追求するために同様に強制的に結婚させられていた夫の弟でハンサムなパオロと情熱的な恋に落ちるのです。二人の関係を見たジャンチョットにより、密会の最中に二人は殺されてしまいます。
この歴史的なドラマは、同時代を生きたダンテの「神曲」にも採り上げられ、恋人たちの禁じられた愛は、芸術家たちに好まれ、アングルやロセッティ、ロダン、チャイコフスキーなど多くの芸術家たちが題材としたのでした。
バーバー美術館は展示品数は多くないものの、少数精鋭、大学付属美術館としては世界でもトップクラスと言える美術館です。