戻る

美術館訪問記- 606 岩手県立美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:岩手県立美術館前から見た岩手山

添付2:岩手県立美術館正面

添付3:舟越保武作
「道東の四季 -春-」

添付7:松本竣介作
「序説」

添付8:松本竣介作
「Y市の橋」

添付9:萬鐵五郎作
「赤い目の自画像」

添付10:岩手県立美術館内部

岩手県盛岡市には「岩手県立美術館」があります。

岩手県は東北地方最北の青森県と隣接して秋田県の東側にあり、盛岡市はその県庁所在地で人口30万人足らず。

岩手県立美術館は市の中心部から雫石川を間に挟んだ南側にあり、広い中央公園に隣接し、正面を岩手山に向けて静かに佇んでいました。

美術館前の庭に舟越保武の手になる「道東の四季 -春-」が屹立していました。背筋を伸ばしてすっくと立つ長身の女性像で、若く美しく瑞々しい女性の生命そのものがまさに春にふさわしい。

この作品は釧路市の幣舞橋の改築の際、「道東の四季」をテーマに佐藤忠良、本郷新、柳原義達とともに女性像の制作を委託された時のもので舟越保武は「春」を受け持ったのでした。

舟越保武は1912年、岩手県で熱心なカトリック信者の家に生まれ、県立盛岡中学校在学中に高村光太郎の訳した「ロダンの言葉」に深い感銘を受け、彫刻家を志したといいます。

東京美術学校(後の東京藝術大学)時代に出会った彫刻家、佐藤忠良とは終世の友情を結び、二人で戦後の日本彫刻界を牽引していく存在になっていきます。

この美術館は岩手県出身の舟越保武と松本竣介、萬鉄五郎にそれぞれ一部屋取ってあり、各自の作品も30点以上が並び見応えがありました。

舟越保武は美術学校卒業後、独学で石彫をはじめますが、最初に彫った「隕石」1940年も展示されていました。木彫が主流の日本彫刻界にあって、戦前に石彫を志した日本人彫刻家は珍しい。

戦時中は郷里に疎開しますが、長男が幼くして病死するという悲運に遭い、その影響もあってか、家族全員でカトリックの洗礼を受けています。

その後は、代表作とも言われる、キリシタン弾圧をテーマとした「長崎26殉教者記念像」やキリスト教の聖人像など、カトリック親交に基づく作品を数多く手掛け、彼の創り出す人物像は深みと崇高さを増していきます。

「聖セシリア」はそのような作品中の白眉と感じました。

舟越は、モデルを前にしての制作は行なわないと書いています。モデルの姿は記憶に残すのみで、記憶の中の像を理想化して表現する事で、自己の不変的な想いを形にしているのでしょう。

舟越保武の二人の子息、舟越桂と舟越直木も彫刻家として活躍しています。一目で舟越桂の作と知れる常用の楠に着色した彼独特の作品もありました。

遠くを見つめ、鑑賞者を引き込むかのような瞳は、彼の作品の大きな魅力ですが、これは大理石に彩色し、透明なラッカーを塗り重ねてコーティングして目玉を作り後頭部を切断して外して、裏側を刳り貫いて嵌め込むという、鎌倉時代の仏像彫刻に用いられたものと同じ技法が使用されています。

松本竣介は舟越保武と県立盛岡中学校の同級生で、ともに絵画クラブに所属し、生涯の親友でした。俊介は入学時に脳脊髄膜炎にかかり聴力を完全に失っています。

このことが原因で画家を志し、中学を3年で中退、上京して太平洋美術学校へ通い、1935年に二科展で初入選。以後も精力的に大作を発表し、着実に美術界で頭角を現していきます。

翌年松本禎子と結婚。松本姓になり、二人で月刊の随筆雑誌「雑記帳」を創刊。同誌には林芙美子、難波田龍起、高村光太郎、萩原朔太郎らが文章を、藤田嗣治、鶴岡政男らがデッサンや口絵を寄せましたが、1年余りで廃刊。

舟越保武と二人展を開催したり、戦後はキュビスムなどの新境地にも意欲を見せますが、1948年に結核で死去。まだ36歳の若さでした。

1939年作の「序説」は100号の迫力ある画面に、海の底のような深い青の世界が広がっていました。前景には絵筆を握る俊介と妻禎子の姿があり、二人の間には生まれたばかりの息子を象徴する白い花が置かれています。

冷たく透き通った空気と詩的な静けさをたたえた画面。岩手県出身の宮沢賢治の世界と相通ずるものが感じられます。竣介の父は宮沢賢治と交流があり、青年賢治は時々竣介の家を訪れることがあったといいます。

1942年作の「Y市の橋」については舟越保武の随筆を引用しましょう。

「俊介は36歳で死んだ。その生涯は短くとも、絵描き一筋の充実したものであった。俊介の描いた風景は、日が落ちる時のあの微妙な青の中に沈み込む都会の哀愁がある。たしかな構築の上に漂う詩情がある」

もう一人の萬鐵五郎については次回詳述します。



(添付4:舟越保武作「隕石」、添付5:舟越保武作「聖セシリア」 および 添付6:舟越桂作「冬の会話」は著作権上の理由により割愛しました。
 長野さんから直接メール配信を希望される方は、トップページ右上の「メール配信登録」をご利用下さい。管理人)