前回採り上げたゴーギャンの「黄色いキリスト」にはモデルがありました。
そのキリスト像があるのが、ポン=タヴァンにある「トレマロ礼拝堂」。
ポン=タヴァンはフランスの西端より少し南にビスケー湾とアヴァン川を通じて繋がる町で、人口3000人足らずのブルターニュ地方の田舎町です。
昔は水車と民家があるだけの静かな村でしたが、19世紀後半にゴーギャンをはじめとする画家たちが活動の拠点としたことで、その名が知られるようになりました。
この町は、後に「ポン=タヴァン派」と呼ばれることになる全ての芸術家たちの、出会いと交流の場所でした。印象派や写実派といった現実を表象する芸術に反発し、従来の絵画の流れとは決定的に異なる芸術を創造したのが、ポン=タヴァン派です。
町には今も画家たちが住んでいるようで、絵を展示したギャラリーもちらほら。いかにも「芸術村」といった趣です。
川沿いに石造りの家々が並び、木々や花々が彩を添える、いかにも芸術家好みの静かな佇まいの街中に、ゴーギャンの石像がありました。
そのポン=タヴァンの丘の上に木々に囲まれてひっそりと建つ、無人の石造りの小さな教会がトレマロ礼拝堂。ポン=タヴァン派の人々が好んで散策した場所です。
15世紀建立といういかにも歴史を感じさせる礼拝堂内部の左側の柱壁の上部に、本当に黄色で彩色されたキリストが木の梁に留められてぶら下がっていました。
中央祭壇にあるとばかり思っていたのとは異なりましたが、ゴーギャンの描写そのままの木彫りの像で、彼がかなり忠実にこの像を写したことが解ります。
ゴーギャンはこの古拙な木像から、ブルターニュの地の秘める根源的な力を感じ取ったのでしょう。
彼は次のように書き残しています。「私は田舎がいい。私はブルターニュが好きだ。ここには、荒々しいもの、原始的なものがある。私の木靴が花崗岩の大地に音を立てる時、私は、絵画の中に探し求めている鈍い、こもった、力強い響きを聞く」
堂内の壁にゴーギャンの写真に添え、彼の「黄色いキリスト」と「黄色いキリストのある自画像」がカラーの写真付きで載った、礼拝堂のキリスト木像の説明文が張り出されていました。
「黄色いキリストのある自画像」は1890年か1891年にパリで描かれたもので、右上の人面の壺は黄色いキリスト同様、彼の作品です。
この作品は彼の文明生活への嫌悪感とより原始的なものへの嗜好を示しており、より力強い響きを聞こうとして、彼は1891年タヒチへと向かう事になるのです。
この礼拝堂の天井は木製ですが、天井と石壁の教会にはロマネスク彫刻の怪獣を思わせるような稚拙な動物画が描かれていました。