美術館訪問記-109 聖母マリア大聖堂

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:聖母マリア大聖堂外観

添付2:聖母マリア大聖堂内部

添付3:ルーベンス作「キリスト昇架」

添付4:ルーベンス作
「キリストの復活」

添付5:ルーベンス作
「キリスト降架」

添付6:ルーベンス作
「聖母被昇天」

ルーベンスと言えば、ルーベンス・ハウスのあるアントワープの町にある「聖母マリア大聖堂」に触れない訳にはいかないでしょう。

主人公ネロが愛犬パトリッシュと抱き合って名画を見詰め続けながら息絶えていく、 「フランダースの犬」の物語を知らない日本人は珍しいと思いますが、 その名画が飾られていたのが、この大聖堂で、名画の作者はルーベンスなのです。

「フランダースの犬」の作者はイギリスの女性作家ウィーダで、1872年の作。

彼女はアントワープを旅行し、この地方の人々がルーベンスに寄せる誇りに打たれ、 当時の風俗を交えてこの物語を書いたのです。

当然ながら英語で書かれたため、アントワープでは全く知られておらず、 大正時代に翻訳されて馴染みになった日本人が、 1970年代になって多く訪れるようになり、 現地の観光案内所にこの絵についての質問が寄せられる事が重なり、 初めて認識したといいます。

アントワープの町の中心にある聖母マリア大聖堂は、 1352年から170年の歳月をかけて建設された、 ベルギーでは最大のゴシック教会です。塔の高さは123m。

本来、塔は同じ高さで2塔、建てられる計画でしたが、 最初の塔の完成後に火災があり、その補修で資金難になり、 以後建てられることなく推移しているとか。

中に入ると、普通のゴシック教会に比べ随分明るく感じます。

柱も壁も天井も皆白く塗られていることもあるでしょうが、 一番の要因はステンドグラスが殆どなく、自然光が溢れているからです。

ここにはピーテル・パウル・ルーベンスの傑作祭壇画が4作もあります。

イタリアからの帰国後最初の大作で、ルーベンスの名声を確立することになった 「キリスト昇架」は中央が460cm x 340cm、両端がそれぞれ460cm x 150cm という大部の3幅祭壇画です。

第23回のウンターリンデン美術館の稿でも触れた通り、当時の3幅祭壇画は 通常左右が閉じられ、必要な時だけ開けて開示するようになっていました。 今では常時開いた状態で展示されています。

この絵はバロック絵画の金字塔とも言われます。

バロック美術は均整のとれた古典美術に対して、バランスを崩した、 ダイナミックな、ドラマチックで華麗な動きと力強さが特色です。

強烈な光に照らされたキリストと十字架は大きく斜めに傾き、それに沿って 男達が躍動し、筋肉が盛りあがり、力強い動きの表現を見せています。

左側のパネルはその斜めの線に対応して女性達が配され、 右側のパネルはその向きに対し直角の線で青空を配し、悲壮なまでの 劇的な効果を醸し出しています。

「キリストの復活」、「キリスト降架」、「聖母被昇天」は その後に続いて描かれたのですが、いずれもドラマチックで華麗な動きを強調し、 豊満な肉体と鮮やかな色彩を添えています。

少年ネロが貧しくつらい労働の日々の中で唯一慰めとなっていたのが 大聖堂を訪れ、神に祈ると同時にルーベンスの祭壇画を眺める事でした。

主祭壇に飾られていた「聖母被昇天」は何時でも観られたのですが、 他の絵は、銀貨1枚というネロにとっては途方もない金額を支払わなければ 見せてもらえなかった。

幼くして両親を失い、育ててくれた祖父も亡くなり、 最後の望みの絵画コンクールに落選し、村人達の心ない仕打ちに絶望したネロは、 クリスマスイブで偶然開いていた大聖堂の扉から入り、覆いを取って月明りの下で 念願の「キリスト降架」を観ながら凍死していったのでした。