アメリカ




Washington Dulles International Airport

アメリカ本土へは初めての出張であった。出発直前まで非常に仕事が忙しくて、出張の準備時間も少なくとにかく 成田へ家族の見送りとともに出た。成田のANAのカウンターでチェックインすると、ビジネスクラスの切符であったが、 ファーストクラスの席になるという。初めてで多分最期のファーストクラスであった。パーサーの女性が「赤川様パーサー のxxと申します。ワシントンダレス空港までお供させていただきます。」とのようなことを言ってきた。 シートは床屋の椅子のようにほぼ水平になる。隣の席の男性はダブルの黒いジャケットに丸刈りの一見して普通のサラリー マンではないような感じ。なんとなくいごこちが悪い。せいぜいビジネスクラスでよかったと早くも後悔した。 隣の男性は食事の時もアルコールはワインリストからの注文。私はアルコールは弱いのでビールを注文した。半そでシャツ だけ着ていたので寒く、毛布を借りた。中の列席の日本人は日立ロゴの用紙に到着まで書き込んでいた。他はほとんどが外国人 とその家族などであった。当時はビジネスクラスが使えたが次第に厳しくなり、エコノミーチケットになり、最後のアメリカ出張は 格安チケットであった。アメリカまで格安チケットの席は隣の客と体が接触するかと気を使ったりで結構しんどかった。

ワシントンダレス空港(Washington Dulles International Airport)に到着。はじめた見たアメリカであった。この空港はハリウッド 映画「ダイハード2」の舞台となった空港。成田でドルに返還できなかったので、手数料が高かったがドル返還したあと到着ロビーで 「AKAGAWA」と書いた紙を持っていたアメリカ人をみつけた。あらかじめアメリカ人が頼んでくれていたリモ(リムジンサービスでハイヤー と同じ)でメリーランドまで行った。アメリカの道路の広いこと。片側6車線のフリーウェイを車が大河のように流れている。到着早々まず圧倒された。

ホテルはゲーザスバーグ・マリオット(Gaithersburg Marriott)ホテル&リゾート、プール、スポーツジムやレストランなどがついている。 マリオットホテルは日本にも進出している。

最初の休日はワシントンDCへ電車でいった。メリーランドの駅で電車を待っていて、同行の韓国人がなにげなく煙草をすった瞬間、 構内放送があり、駅員が2人跳んできた。州の法律に違反したらしい。本来であれば罰金だったようだ。

テレビなどでよくみるホワイトハウスで記念写真。


ワシントン記念塔。1776年独立戦争でアメリカ軍を率いたジョージ・ワシントンの勝利の記念碑である。実際に完成したのは1885年である。 169メートルの高さは1889年にパリのエッフェル塔が完成するまでは世界一の建造物であった。 現在でも首都ワシントンではこの塔より高い建物は建てられていないという。
内部は小型のエレベータがあり、上部まで登った。ワシントン・モール一体が見渡せた。

ワシントンDCで最も興味をもったのはスミソニアン博物館であった。 とにかく広い、展示物が多い、しかも全部入場無料である。化石、生きている生物、世界の歴史に関する展示物、 科学に関するもの。宇宙ロケット。太平洋戦争の神風特攻隊の写真もあった。 その後3度ワシントンDC周辺に出張の機会があったがそのたびここに出かけた。数億年前の生物の化石や深海の生物の アルコール漬け標本をみて将来科学者になろうと思う子供もいるだろう、数百年前の道具をみて自分の祖先の生活を思う。 歴史上の証拠に触れ事実を確かめる。アメリカの底力を見せられた気がする。「温故知新」である。
以下は日本語の紹介サイトから;
計18の博物館、美術館、国立動物園からなるスミソニアンは、世界最大の博物館群です。 スミソニアン協会は1億3,650万点もの文化遺産や標本を所蔵し、これを米国で公開しています。 また、研究機関としても知られるスミソニアン協会は、公共教育やサービスのほか、芸術・科学・歴史分野 での奨学金制度といった、さまざまな活動に力を注いでいます。スミソニアン協会は、1846年に英国人科学者 ジェームズ・スミソンが「知識の向上と普及」のために米国に寄贈した資金によって設立されました。 スミソニアンの博物館と美術館は、首都ワシントンのワシントン記念塔から国会議事堂にいたるナショナル・ モール地区に立ち並んでいます。

あとで知ったのだが葵の紋がついた漆塗りの豪華な籠があった。これはNHK大河ドラマ「篤姫」で話題の天璋院篤姫が、 徳川13代将軍家定との婚礼で使用したものとのこと。

当時買い求めたOFFICIAL GUIDE TO THE SMITHSONIANにあった籠の写真


エンパイヤーステートビルの展望台

今回のアメリカ出張最期の週はニューヨークのホワイトプレインズ(White Plains)にあるオフィスによった。 その後の週末はニューヨークの中心地マンハッタンに出かけた。セントラルステーション付近で エンパイヤーステートビルへはどういくのかうろうろしていたら、黒人の年寄りがぶつかってきて、 持っていたビニールの袋を落とした。なかには割れたビンと茶色い液体が入っていた。高価なウイスキーなので 50ドル払えという。やられたと思った。長期間のアメリカ滞在で警戒心がゆるんでいた。 ここで気弱になってはならないと思って、Policeに行こうといったら、あんたが罰せられる(punish)という。 そっちがぶつかってきた、と言い張っていたら10ドルでいいという。no,noといっていたらしばらく 「ten dollar,ten dollar」といって着いてきたがそのうちいなくなった。ガイドブックでも有名な詐欺であった。 茶色い液体は通常はお茶らしい。アブナイ、アブナイ。
エンパイヤー・ステートビルに向かった。エレベーターホールで並んでいると前に並んで い人たちが懐かしい秋田弁丸出しで話していた。懐かしくまたこんなところで聞けるとは奇遇であった。

少し脱線すると、エンパイヤー・ステートビルは449mの高さで1931年竣工であるが、2009年3月現在では 「Burj Dubai」(ドバイ UAE)が2009年1月17日に818mに到達し人類史上最高の建設物となったもよう。(下の写真)


バッテリーパーク

実は「自由の女神」観光船の最終便16時発に遅れてしまったのだった。
バッテリーパークは1812年のカナダ、アメリカ戦争で砦が築かれた場所で、その砦は当時のニューヨーク市長 DeWitt Clintonにちなんでキャッスルクリントンと名づけられた。永年に渡って、この地はエンターテイメント センター、オペラハウス、移民上陸場、ニューヨーク市水族館などに利用されてきた。東海岸戦争記念碑が最も 壮大で、第二次大戦中に大西洋で命を落とした兵隊の名前が記録されている。バッテリーパークからは、エリス アイランドと自由の女神像へのフェリーが出ている。


ホリデイ・イン ロビー


Calico kittens

ホワイトプレインズのホリデイ・インからJFK空港まで乗り合いタクシーで行った。空港でチェックインすると きにUpper Deckを希望したら後ほど連絡するとのこと。あとで空港の館内放送があり希望どおりの席になった。
今回の出張期間ともに過ごした韓国人の林さんは数日前に奥さんと子供を呼び寄せており、帰りはハワイ経由で観光して帰るという。私も誘われたがそれほど休暇が取れないのでいけなかった。 林さんは穏やかかな性格だがとてもsmartな印象であった。 のちに、林さんとは幕張で再会した。私の方もハワイへは、妻と観光でオワフ島へ出かける機会があった。




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