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増田~内蔵のある町~ 横手市増田町

2016/08/16

秋田県横手市増田町の内蔵について話題を聞くようになった。2013年に、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、2014年国民文化祭(国文祭)の開会式に出席のため秋田を訪れた皇太子さまが「増田のまちなみ」を訪問されたことから有名になったようだ。ちなみに同じ秋田県の仙北市角館町の武家屋敷は1976年に重要伝統的建造物群保存地区に指定されていて秋田県では2番目の指定になった。

私のふるさと大仙市では、裕福な家は蔵を持っていたが知っている限りでは主屋とは別棟となっていたが、増田では主屋の中にあり、 つくりは蔵だが冠婚葬祭の行われる座敷にもなっており、そのまま住居として使われている家もある。豪雪地帯だったことかららしい。

増田地区は雄物川の支流成瀬川と皆瀬川が合流する地点に立地し、江戸時代以前より人と物資の往来でにぎわった。明治時代には養蚕や葉タバコなど、様々な物資の流通拠点として県内有数の商業地となった。商家は競って内蔵を建てたという。現在の北都銀行の前身羽後銀行の旧名増田銀行発祥地でもあることからも江戸時代から明治にかけて県南の経済の中心地であった。

横手市指定文化財の「旧石田理吉家」は、県内の文化財でも極めて珍しい木造三階建ての住宅

佐藤こんぶ店にはペコちゃん人形

「蔵の駅」内蔵

増田は花火でも有名。今年の予定は2016年9月14日(水) 19:00~21:00の予定

山吉肥料店

山吉肥料店・明治中期

内蔵

5層の扉の奥は蛇の模様、ネズミ除けという。

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「鞘飾り」と呼ばれる漆塗りの木枠は内蔵の扉や壁を保護する目的で装飾性も重視。組子細工は、麻の花をモチーフとした模様。

蔵の角にあたる部分「銀杏仕上げ」の水切り。ここはカメラポイントという主の説明。

蔵の裏手には水路

佐藤又六家

佐藤又六家は現存する家屋として最古。増田町の豪商であった。九代目又六が増田銀行設立発起人の一人になった。増田銀行は羽後銀行となり、のちに秋田相互銀行と合併し現在の北都銀行となった。

佐藤又六家1階。主屋がそのまま内蔵になっている。

蔵の1階に主も遊んだ木馬。皇太子殿下が訪問されたおり、十三代目又六氏は「あなたもあの木馬で遊びましたか?」と尋ねられたという。

2階の天井は4段の梁材

主屋がそのまま内蔵になっていて、2階の座敷の窓から道路向かいの家が見える

2階座敷から2階の縁側に出られる。蔵の扉の上部の模様は水を表し、火災から守る意味。

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