佐藤哲男博士のメディカルトーク

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91.免疫力って何ですか

免疫の仕組みと役割
 免疫力とは、「疫(病気)を免れる力」です。免疫は体内で発生したがん細胞や外から侵入した細菌やウイルスなどを常に監視し撃退する自己防衛システムです。人間には生命維持に必要な機能が生まれながらに備わっており、このシステムは免疫細胞の活躍によって維持されています。免疫細胞には様々な役割を持った多数の種類(T細胞、 B細胞、リンパ球、NK細胞、NKT細胞など)があり、それらは連携して常に外敵の侵入から身体を守っています。

新型コロナウイルスとの戦い
 新型コロナに感染した人の中には、軽症から急変して重症になるケースが少なくありません。その原因の一つとして知られているのが「サイトカイン・ストーム」と呼ばれる現象です。これは体内に侵入したコロナウイルスに免疫細胞が過剰に反応して、免疫細胞が正常細胞まで破壊する現象です。 重症になると肺の働きが落ちるので酸素を吸い込むのが困難になります。それにより体内の各臓器の酸素量が低下します。低酸素状態の治療として酸素吸入器をつけたり、さらに重症になると、ECMOを使用します。ECMOは体内の血液を管を通して体外の機械につなぎ、機械から酸素を血液内に供給して、その血液を再び体内に戻す装置です。これにより、低酸素状態になった体内の臓器が正常に復帰します。

コロナウイルス変異型
 最近、コロナウイルスの変異型(変異株)が各国で猛威を振るっています。中でも英国株は大人だけでなく子供にも感染しやすく、その感染力はこれまでの中国由来のコロナウイルスの1.7倍強いことが知られています。また、ブラジル型ウイルスの感染力は中国型に比べたら3倍強いと言われています。ウイルスは人の細胞内で自分のコピーを大量に作って増殖します。変異型はコロナウイルス構造の中の感染に関与する箇所が一部コピーミスを起こす結果、感染力が強くなったものです。

コロナウイルスワクチン接種後の副反応
 コロナウイルス感染症の治療の最後の切り札としてワクチン接種があります。ワクチンを接種すると体内で免疫応答が出て、抗体を作ります。我が国で現在使用されているワクチンはファイザー社製のmRNAワクチンというこれまでのワクチンにはない特殊なワクチンです。コロナウイルスワクチンを接種するといろいろな副反応が知られています。翌日になって、頭痛、発熱、接種部位の痛みなどの副反応が出る人が多いですが、これらの症状は重症化することはありません。解熱剤などを服用することにより1−2日後には回復します。

アナフィラキシー
 副反応の中で最も注目されているのがアナフィラキシーです。国内では3月11日までに、約18万人の医療従事者がワクチンを接種しました。コロナ専門家会議は国内でアナフィラキシー様症状を発症した17名を詳細に検討した結果、7名が真性のアナフィラキシーで、10名はアナフィラキシーでないことがわかりました。真性の7名は全て女性でした。なぜ女性に多いか。これにはいろいろな説があります。一般に女性は男性に比べて免疫力が大きいので、ワクチンの様な生体異物が体内に入ると、それに対して異常に強い攻撃性が出るからと言われています。また、ワクチンの中に含まれているポリエチレングリコール(PEG)という化学物質に対して女性は敏感に反応する、などのことが言われています。アナフィラキシーはワクチンだけではなく一般の医薬品でも見られる副作用です。ワクチンの場合接種後15分−30分以内に発症しますが、適切な薬物治療で間もなく回復します。国内でコロナワクチンによるアナフィラキシーで死亡した例はありません。

糖尿病やガン患者など基礎疾患をもっている人々は免疫力が低下しているので、ウイルスに感染すると抵抗力がなく危険な状態になります。また、免疫力は加齢と共に低下します。思春期にピークとなり、20歳を過ぎると徐々に機能低下し始めます。 40歳代でピーク時の50パーセント、70歳代で10パーセント台まで低下する人もいます。

免疫は腸で作られる
 近年、免疫力を高めるために腸が重要な働きをしていることが明らかになり、世界中の研究者の注目を集めています。腸は食物を消化・吸収する場所ですが、外界から体内に入ってきた食品と共にウイルスや病原菌などが侵入してくるリスクが高い場所です。そのため、腸の壁の内側には、免疫細胞が集中しており、体全体の免疫細胞の約7割が腸に集まっています。

腸内環境を整える
 免疫力を高めるためには、腸の状態を良くすることが重要なポイントになります。人間の身体は、口から肛門まで一本の管の様な構造になっています。免疫細胞を活性化させるには、腸内の善玉菌を増やすことです。そのためには善玉菌の餌になる食物をとることです。善玉菌の代表的な食物は乳酸菌です。乳酸菌はそれ自体が善玉菌であり、他の善玉菌の餌にもなります。乳酸菌を含む食物は、ヨーグルトなどの乳製品のほかに、日本古来の発酵食品として、味噌、醤油、酢、納豆、ぬか漬け、たくあん、キムチ、チーズなどがあります。

免疫力を高める生活
 免疫力を高めるには免疫力を低下させる原因を除去することが大切です。
(1)適度な運動をし、朝日とともに起きて、夜は早く就寝し、十分な睡眠を確保すること。快眠は免疫力を高めます。睡眠不足が続くと体力の低下とともに、免疫力も低下します。
(2)運動不足は免疫力に限らず、全身の体力・機能の低下につながります。適度な運動により免疫細胞の一つであるNK細胞(前出)が増えることが医学的に証明されています。
(3)タバコなどの嗜好品や発がん物質として疑われている化学物質は、できるだけ取り入れないよう注意する。喫煙は免疫機能を低下させるのみならずがん細胞を誘発することが様々な研究結果から明らかになっています。
(4)不規則な食生活や偏食も免疫力の低下を招きます。免疫細胞の大切な材料となる良質のたんぱく質が不足すると、当然ながら免疫細胞も少なくなったり弱くなったりします。
(5)強いストレスが続くと、免疫細胞の機能が低下します。それにより、がん細胞を攻撃するNK細胞の活性が下がることが証明されています。リラックスして趣味など好きなことをしたり、笑ったりすることでNK細胞の活性が上がります。
(6)冷たい食物、飲み物の過剰摂取を避ける
 身体の低温化は免疫力を大きく低下します。平均体温が1℃下がると免疫力は40%程度下がるといわれています。冷房や身体を冷やす飲物などの過剰摂取などで常に身体が冷えている状態の人、低体温の人は要注意です。
(7)加齢は避けられない現象
 加齢とともに免疫力は低下します。高齢者の場合は毎日の生活習慣において決して無理をせずに年齢に応じて自分のペースで生活することが免疫力を維持するコツです。

おわりに
コロナウイルスの感染を収束させるためにはワクチンが有効な最後の手段です。しかし、我が国ではワクチンの供給が大幅に遅れることが予想されます。医療従事者は優先接種されていますが、供給が遅れている上に、供給量が接種希望者数450万人に対して極端に少ないので、各医療機関では接種予定者の選別に苦慮しています。医療従事者の後で65歳以上の高齢者の優先接種が4月12日から予定されています。しかし、現在の状況では供給次第では遅れることが危惧されます。一般市民の接種はさらに先になる可能性が高いです。ワクチンが有効に作用して、コロナが収束するのはいつになるのでしょうか。程遠い期待のように感じます。

2021年4月1日

次回予告:未定



 

92. 薬が必要なときにどうしますか

「JR富山駅前にある昔の売薬商像(相川一男氏からご恵与)」

はじめに
 最近は頭痛や熱が出た時は、病院に行かないで手元にある薬で治す人が多くなりました。薬が必要になった時は街のドラッグストアや薬局で購入するか、病院で診察してもらって処方箋(せん)を調剤薬局へ出して入手することになります。これらとは別に、「置き薬制度」をご存知でしょうか。最近は少なくなりましたが、私が子供の頃、富山の薬売りが1年に何回か家庭を訪問して、大きな風呂敷に包まれた行李(こうり)の中から沢山の種類の薬を広げて、効能を説明する姿をおぼろげに覚えています。そして子どもたちの楽しみは、紙風船など商品名の入ったオマケをもらうことでした。頭が痛い、腹痛の時、咳が出た時、熱が出た時などは富山の「置き薬」のおかげで体調が回復した経験があります。

1. 病院で処方される医薬品
 病院や診療所などで、医師は診断した上で、薬が必要な時には処方箋を発行します。患者はこの処方箋を街の調剤薬局に出して薬を受け取ります。医師の処方箋に書かれている薬は「医療用医薬品」または「処方薬」と言われています。処方薬は、効果が比較的強く、中には使い方を間違うと副作用を伴うものもあります。薬はもともと体内に存在するものではなく、体にとって体外から侵入する生体異物です。したがって、効力と同時に副作用も十分に注意しなければなりません。

調剤薬局の薬剤師は患者に薬を渡す時には、薬の効能、副作用などを患者に説明する義務があります。したがって、医師や薬剤師の指示を守って使えば大きな心配はいりません。もし、自分が処方された薬について疑問、質問がありましたらご遠慮なく薬剤師に訊いて下さい。

薬の名称には「一般名」と、それを開発、販売した製薬会社が決めた「商品名」があります。病院の処方箋には従来は同じ薬でも会社ごとに異なる「商品名」が書かれていましたが、最近は一般名が書かれています。例えば、よく処方される痛み止めの「ロキソニン」は、それを開発した第一三共(株)の「商品名」で、一般名は「ロキソプロフェン」と言います。

新薬の特許の存続期間は出願から20年ですが、それが満了すると他の製薬会社が国の指針に従って同じ薬を製造、販売することが許されています。この種の薬を「ジェネリック医薬品」と言います。当然ながら、最初に開発した会社は多額の開発費がかかっていますが、「ジェネリック医薬品」は開発費がかからないので薬価は先発品に比べて安くなります。最近は高齢者の増加に伴い国の保険による医療費が増加していますので、厚生労働省は処方箋の薬はできるだけ「ジェネリック医薬品」を使うことを奨励しています。「ジェネリック医薬品」は先発品と同じ主成分を同じ量だけ含んでいます。詳細は「メディカルトーク」第17話をご参照下さい。

2. ドラッグストア、薬局で購入できる医薬品
 病院で処方される「医療用医薬品」以外に、街のドラッグストアや薬局で販売している薬は「一般用医薬品」と言われます。これらの薬は副作用や飲み合わせなどのリスクの程度に応じて、3つのグループに分類されており、それぞれ、販売時のルールや情報提供の必要性などが決められています。

第1類医薬品 : これらの薬の中には、医療用医薬品として病院で使われているものと同じものもあります。効果が強く、副作用や薬の飲み合わせなどのリスクがあることから、特に注意を必要とする薬です。そのため、この種の薬は薬剤師により販売することが義務付けられています。したがって、調剤薬局では薬剤師が不在の時間帯には販売はできません。(例:H2 ブロッカー胃腸薬:商品名ガスター、胃痛、胃のもたれなどに使用)。

第2類医薬品:副作用や薬の飲み合わせなどのリスクから、注意を必要とする薬です。薬剤師または登録販売者(都道府県の試験に合格した者)から購入することができます。販売者からの情報提供は努力義務とされています。(例:かぜ薬、解熱鎮痛薬、胃腸鎮痛薬など)

第3類医薬品:薬剤師または登録販売者から購入することができます。リスクの程度は比較的低く、購入者から直接希望がない限り、情報提供には法的制限がありません。(例:ビタミンB、C含有保健薬、主な整腸剤、消化薬など)

「一般用医薬品」、「大衆薬」、「市販薬」などの名称は2007年より「OTC医薬品」と呼ぶことになりました。OTCとは英語の「Over The Counter:オーバー・ザ・カウンター」の略で、薬局のカウンター越しに薬を販売するかたちに由来しています。また、これまで病院・診療所で使われていた「医療用医薬品」の中で、効果がはっきりして安全性に問題のない薬について、有効量の範囲内で出来るだけ投与量を少なくして一般用医薬品として販売しているものがあります。これを「スイッチOTC薬」といいます。スイッチOTC薬には、かぜ薬や胃腸薬などに限らず、水虫の薬など、さまざまな種類の薬があります。よく知られている胃腸薬のH2ブロッカー(前出)や、筋肉痛・関節痛の貼り薬として用いられている「インドメタシン」(商品名:パテックスID)、かぜ薬にも配合されている解熱鎮痛薬成分のロキソプロフェン(商品名:ロキソニンS)などは、スイッチOTC薬です。スイッチOTC薬は、今後もさらに増えていくことが予想されます。

3. 富山の配置薬
 富山県は昔から薬で有名です。富山の売薬業は300年以上の歴史があり、県内では多くの製薬企業が製造、販売を展開しています。富山の薬は長い歴史があります。富山城の二代目藩主の前田正甫が元禄3年(1690年)に参勤で江戸城に登城したとき、福島の岩代三春城主である秋田河内守が腹痛を起こし、苦しむのを見て、印籠から「反魂丹(はんごんたん)」を取り出して飲ませたところ、たちまち痛みが治りました。この光景を見た諸国の藩主たちは、その薬効に驚き、各自の領内で「反魂丹」を売り広めてくれるよう正甫公に頼みました。これが「おきぐすり」(配置販売業)の発祥とされています。

正甫公は薬種商の松井屋源右衛門に反魂丹を製造させ、諸国に行商させました。これが医薬品の配置販売業のもととなりました。販売方法は、配置販売業の許可を得た販売業者や配置員が、家庭を訪問して、いろいろな種類の常備薬の入った薬箱を置いて、販売業者が3か月から6か月に一度、配置先の家庭を巡回して薬の使用状況を確認し使用した分だけ代金を支払います。これが「先用後利」システムです。その際に使った薬を補充します。

配置売薬として各家庭に置かれていた薬は、昔は漢方薬が主でしたが、現在はほとんどが市中の薬局で売られている一般用医薬品です。ただし、第1類(前出)に属する薬は法律上薬剤師でないと売ることができないので除外されます。医療用医薬品(前出)は含まれません。

富山県内には医薬品製造業者が62社あります(2021年1月1日現在)。現在は配置販売業者は登録販売者の資格が必要です。これらの会社の中には、配置医薬品業から新薬の製造・研究まで飛躍的に発展した企業もあります。その中の一つが富士薬品(株)です。同社は1930年(昭和5年)に富山市で配置薬販売事業を創業し、1954年(昭和29年)に当時お得意先が多かった埼玉県さいたま市に本拠を移し、法人化しました。その後販路を広げ、現在では300万軒に配置薬をお届けする全国販売網を構築しました。同社は配置販売業としては全国一になりました。さらに、1992年(平成4年)にはドラッグストア事業を開始し、現在では全国約1,350の店舗網を構築し配置薬と同様に同社の主力事業となっています。

おわりに
 夜中に突然歯が痛む、熱が出た時などすぐにでも薬が必要です。そのために、できたらアセトアミノフェン(商品名:カロナール)(解熱鎮痛剤)、ロキソニン(痛み止め)、バッファリン(主成分はアスピリン)、アスピリン(解熱鎮痛剤)、などが手元にあると安心です。また、配置薬を常時手元に置くのも安心材料です。配置従事者が全国の家庭へ定期的に訪問販売する方法は、高齢化社会、過疎化地域への医薬品供給システムとして利用者にとっても大変便利です。 薬は諸刃の剣です。必要なときに決められた用法、用量を守ってお使い下さい。

2021年5月1日

次号予告:市中にあふれる健康・医療情報に注意



 

93. 市中にあふれる健康・医療情報に注意

昔は医療情報を知りたいときには街の病院の先生から聞くのが全てでした。しかしマスコミで健康、医療番組が増えてきた頃から、書店の店頭には多くの健康本、家庭医学に関する本が並べられています。「飲んではいけない薬」、「暴走するくすり?」、「危ない薬の見分け方」、「抗がん剤は効かない」、「断薬のススメ」、「薬に頼らず血圧を下げる方法」、「どんなガンでも、自分で治せる!」などなど、どれも病人にとってはすぐにでも読みたいタイトルの本です。しかし、これらの健康本に書かれている健康情報には必ず反対の本も並べられています。一般にがん療法では抗がん剤を使うのが常道ですが、中には抗がん剤は副作用が強いので使わないほうが良いという医者もいます。これらの書籍に書かれている内容は、あくまでも著者の経験に基づいて書かれたもので普遍的なものではありません。

「薬は病気を治すために使われるもの」と疑わなかった多くの患者にとって、「薬は危ない」などと書かれたら人々に大きな混乱を与えます。しかしご安心下さい。病院で処方される薬は、医師が処方した薬について調剤薬局の薬剤師の指示通り適正に使用する限り大きな問題はありません。もし不具合がでたりご質問があったらご遠慮なく担当医か薬を受け取った調剤薬局の薬剤師に相談して下さい。

最近の傾向として、患者が健康本を信じ込み、医師の指示を受け付けなくなるなど、医療現場では健康本のために混乱しているそうです。なぜ、日本では信頼性の低い健康・医療情報が蔓延してしまうのでしょうか。健康に関心を持つ人が増えるにつれて、サプリメント、健康食品に関する本が急増しました。その中には眉唾的なものもあります。事実、飲んでも全く改善されない例や、胃の具合が悪くなったなどの副作用が見られ例が少なくありません。書店に並べられている本の中で最も関心を持つものの一つががんの治療薬です。ここでは抗がん剤について述べます。

抗がん剤の毒性
 従来の抗がん剤を投与するとがん細胞をできるだけ狙い撃ちしますが、同時にその周囲の正常細胞も影響を受けます。抗がん剤はがん細胞と骨髄、腸管、毛根などの正常細胞を識別出来ませんので間違ってそこにも作用します。その結果、骨髄の造血機能が低下すると貧血になります。また、毛根細胞が抗がん剤に侵されると脱毛になります。さらに、腸管上皮が脱落したら、下痢が起こります。これらの作用は抗がん剤がもつ共通の副作用です。そこで、それらの副作用を防ぐ目的で、抗がん剤を使用する時には造血薬、吐き気止め、下痢止めなどの薬を併用することが多くなりました。

抗がん剤の最も深刻な副作用は免疫力の低下です。特に高齢者の場合は、一度免疫力が低下すると回復が困難です。抗がん剤治療の結果、MRI, CTなどの画像診断でがん細胞が消えても、体力の消耗、免疫力の低下による肺炎の合併症で亡くなる方も少なくありません。特に、最近では抗がん剤を服用している患者では免疫力が低下しているので、新型コロナに感染すると危険な状態になります。

新型抗がん剤、「分子標的薬」の誕生
 正常細胞に影響する抗がん剤の副作用を軽減する目的で、最近、正常細胞には作用せずがん細胞のみを標的とする抗がん剤が開発されました。それが「分子標的薬」です。分子標的薬はがん細胞の中に存在する増殖や転移に関係した特定の分子(遺伝子やたんぱく質)を狙い撃ちするのです。したがって、正常細胞へのダメージは従来の抗がん剤に比べたら少なくなっています。

しかし、これらの薬にも欠点があります。それは、効く患者と効かない患者がいることです。分子標的薬が標的とする遺伝子やたんぱく質がない患者では効果は期待出来ません。したがって、分子標的治療薬を使用する場合は、予め患者の血液やがん組織を用いて分子標的薬の標的遺伝子があるかどうかを検査し、それが検出された患者だけに投与します。分子標的薬は現在20種類以上ががん治療に使われております。分子標的薬の詳細に関しては、本シリーズ第22話をご参照下さい。

健康食品とサプリメントは治療薬ではない
 生活習慣の改善や、何となくからだの調子が悪い人のために多くのサプリメントや健康食品が市場に溢れています。中には、怪しいダイエット薬や健康食品が安易に使われています。「健康食品」は、普通の食品よりも「健康によい」と称して販売している「食品」なので安心してつい安易に使われることが少なくありません。それは大変危険なことです。正しく使わなかったためにこれまで多くの健康被害が知られています。

「サプリメント」は、本来は「補給」を意味するものですが、最近では栄養補助食品、健康補助食品として使われています。「サプリメント」と日常摂取する「食品」の大きな違いは、サプリメントは健康効果が期待できる特定の成分が錠剤やカプセル、液体の中に濃縮されて入っている事です。しかし、その効果は薬とは違うものです。サプリメントは直ぐに健康効果が出るものではありません。そうかといってすべてのサプリメントが数ヶ月飲み続けたら必ず期待した効き目が出るとは限りません。飲み始めて1ヶ月目ぐらいが有効、無効を判断するときです。

サプリメントと同様に頻繁に使われている言葉として、「機能性食品」、「マルチビタミン」、「特定保健用食品(特ホ)」、「栄養強化食品」などがあります。「特ホ」は、その効き目について一定の試験データを国に提出して、消費者庁長官の許可を受けて保健の効果(許可表示内容)を表示することのできる食品です。したがって、国により審査、承認されたもので、一般の健康食品よりはその品質、副作用などは心配しなくてよいものです。

サプリメントや健康食品は薬に比べて安全だと考えている方がおりますが、決してそんな事はありません。薬ほどではないにしても、必要以上に摂ると何らかの副作用が表れることがあります。最近ではダイエットと称して、複数のサプリメントを主食の代わりにしている人が少なくありません。これはサプリメントの間違った使い方です。

サプリメントや一般の健康食品は、医薬品と異なり国に申請して承認されたものではなく、業者が自由に製造して販売しているものです。したがって、万が一毒性や副作用が生じても国には責任はありません。すべては製造業者の責任になります。また、薬の様に「肝臓病に効く」とか、「高血圧に有効」など特定の病気を治す効果を宣伝すると「薬機法(旧薬事法)」違反になります。「薬機法」の正式名称は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」といいます。

最近ではポリフェノールやカロテノイドなどが体内の活性酸素の毒性を消すということでサプリメントとして人気です。本来、活性酸素は体内に侵入した細菌やウイルスを殺すために体内で生成される物質ですので、身体の機能を守るために必要なものです。たしかに過剰の活性酸素は身体にとっては有害ですが、過剰に生成されたときには、体内の酵素で分解されますので多少過剰に産生されても心配いりません。わざわざサプリメントを摂取して活性酸素を除去する必要はないのです。

おわりに
 書店には健康に関する書籍があふれています。読者はどれを信じて良いかわかりません。これらの本の内容はあくまでも著者の経験に基づいて書かれたものですので、すべての読者にとって普遍的なものではなりません。体に不調を感じたら、できれば医療機関で診察を受けて主治医の意見を聞くのが無難です。

2021年6月1日

次号予告:あいまいな健康の尺度


94. あいまいな健康の尺度

私は30年ほど前から毎年人間ドックを受けています。人間ドックは病気を探す様なものなので意味がないという人もいますが、私は現在の身体の状態を医学的データで知りたいからです。医療従事者は人間ドックを受ける人が少ないそうです。その最大の理由は健康維持に不可欠と思っていないからです。

健康診断における基準値とは
 健康診断における基準値とは、日本人の「健康な人」の検査データを統計学的に算出した数値のことです。その算出方法は、20~60歳くらいまでの健康な人の検査データをもとに、上限と下限のそれぞれ2.5%ずつの合計5%をカットした、残りの95%の範囲を基準値としています。基準値は、公表している医療系学会、病院等により、また検査方法や分析機器によっても多少異なることがあります。

血液検査の場合、測定装置に予め各項目の基準値を読み込ませており、たとえ0.1でも基準値からはみ出したら装置は自動的に“異常値”と記録されます。つまり、装置は “機械的”に判定するだけで、病状を参考にしながら異常値を出しているわけではありません。基準値は一つの目安ですので、少しくらい基準値からはみだしても慌てることがありません。

医師は血液検査のデータを参考に他の検査項目の結果も含めて総合的に考えて、また、過去の検査データとの比較や病歴などから最終的に判定します。基準値内に収まっているからといって、健康上に全く問題がないとも限りません。このような勘違いを防ぐために、以前は人間ドックのデータを示すのに「正常値」という用語を用いていましたが、正常の定義が曖昧なので「基準値」と改められました。

内臓脂肪と皮下脂肪
 皮下脂肪は手でつまむと判りますが、内臓脂肪は内臓の周囲についているのでCTによる画像診断でないとわかりません。私は数年前に人間ドックを受けた時に、医師は私にCT画像を見せて「この通り内臓脂肪が多いですね」と言いました。確かに写真では肝臓の周囲に脂肪が付着していました。しかし、肝臓の働きを示す血液検査値は正常ですし、自覚症状もありませんのですぐには心配ないと自分では考えました。最近、近くのかかりつけのクリニックで血液検査を行ったところ、肝臓機能を示すデータは基準値からはみ出ていませんでした。

もともと皮下脂肪は、身体が飢餓状態になった場合に非常時のエネルギー源として、また体温の保持や突然の衝撃に対してのクッションの役目など身体にとっては重要な役割をもっています。過度な太り過ぎでない限り、必ずしも皮下脂肪が多いのが寿命を縮めるとは限りません。最近の調査ではちょい肥りの方が長生きするという結果も出ています。

脂質異常症
 血液中に溶けている脂質には、コレステロール、中性脂肪、リン脂質、遊離脂肪酸の4種類があり、それらの中で多過ぎると問題になるのはコレステロールと中性脂肪です。コレスレロールには、LDL(悪玉)とHDL(善玉)があります。また、中性脂肪は、それ自体は動脈硬化の原因にはなりませんが、これが多いとHDLが減ってLDLが増え易くなります。

LDLは肝臓からコレステロールを運搬する“運び屋”です。LDLが過剰になると動脈の壁にへばりつき、結果的に動脈硬化の原因になります。一方、HDLは各臓器に運ばれたコレステロールの中で使われない余分のコレステロールや、動脈壁にへばりついたコレステロールを回収し肝臓へ戻す役割があります。つまり、LDLはコレスレロールをばらまく悪玉で、善玉のHDLは余分なコレステロールを回収する役割を持っています。

昔は臨床検査で総コレステロール値(LDL, HDL, 中性脂肪を含む)を評価して、この数値が高ければ「高脂血症」と判定しました。しかし、日本動脈硬化学会では2007年に「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版」を発表し、従来「高脂血症」と呼んでいた病気を、「脂質異常症」と変更しました。その理由は、総コレステロールは善玉のHDLも含んだ検査値なので、善玉が多いときでも「高脂血症」と診断してしまう可能性があるからです。それ以来、総コレステロール値は診断基準に用いないこととなりました。

総コレステロール値(基準値:140mg/dl−219mg/dl)を診断基準にしない代わりに、現在ではLDL(60-139)と、HDL (40-119)、中性脂肪(トリグリセリド)(30-149)の数値から総合的に「脂質異常症」を診断しています。また、新しい指標として、LDLとHDLの比(L/H比)をとって、それが 2.0以下だと問題なしと判定しています。L/H比が2.0を超えると、悪玉コレステロールが蓄積傾向にある状態です。ここで用いているmg/dlという単位は、血液100ml中のコレステロール量ミリグラムmgを表します。世の中には血液検査の結果、総コレステロール、LDL, HDLが基準値から外れていても健康な人は多くいます。コレステロールは体内の細胞壁を構成する成分ですので、少しくらい多い方が長生きするということもいわれています。

糖尿病の検査
 糖尿病の診断基準として、1999年には、国が空腹時血糖値126mg/dl 以上または食後血糖値200mg/dl以上を糖尿病と診断しました。その後、2012年4月に糖尿病の診断基準が改定されて、従来の血糖値に加えて新たにヘモグロビンA1c(HbA1c)(ヘモグロビン・エイ・ワン・シー)が測定されています。ヘモグロビン(Hb)は血液の赤色の成分で、「血色素」とも書きます。

血糖値は食事や運動により検査値が大きく変わります。それに対して、食事に影響されずに糖尿病に関係する生体成分としてHbA1cが提示されました。これは、血液の中の赤血球に含まれるヘモグロビンにブドウ糖(血糖の本体)が結合したものです。HbA1cを診断基準として導入した理由は、赤血球の寿命は120日なので、HbA1cを測定すると検査直前の血糖の状態ではなく、長期的(検査前1−2ヶ月)な血糖状態が把握できてより適切な判断ができるからです。HbA1cの基準値は4.6-6.2%未満、糖尿病予備軍は6.0-6.4%, 糖尿病の可能性が高い人は6.5%以上と判定されます。多くの場合, 血糖値と同時に測定し糖尿病の判定に用いられます。

血圧について
 日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン」が2019年に新しくなりました。それによると、正常血圧は収縮期血圧(上の血圧)が120以下でかつ拡張期血圧(下の血圧)が80以下の場合です。また、高血圧は3分類されています。I度高血圧は140-159(90—99)、II度高血圧は160-179(100−109)、III度高血圧は180以上(110以上)と定義されています。なお、同じ人でも家庭用血圧計で計ると、それぞれ約5ずつ低く出ます。 (単位mmHg)(カッコ内は下の血圧)。

血圧を下げる目標値は?
 「高血圧治療ガイドライン」では、これまでのさまざまな研究結果をもとに、脳卒中や心筋梗塞などの脳心血管病を予防するための「降圧目標(血圧が高い人の血圧をどこまで下げるべきか)」が示されています。それによると、75歳未満の場合、130/80(病院)、125/75(家庭)、75歳以上高齢者の場合、140/90(病院)135/85(家庭)です。この降圧目標値はあくまでも目安であり、個人の体調や併存疾患などによって医師が判断して最終的に決定します。

一人ひとりにそれぞれの基準値がある
 基準値の一割程度の変動は大きくとも小さくとも健康には直ぐには影響がないと考えます。高齢者の場合は基準値からはみ出ることが多いですが、毎日の生活に支障がなければ、その検査値はその人の基準値ですので心配することはありません。私の場合、10年くらい前から血液検査で貧血状態を示す結果が続いています。しかし自分では何の自覚症状もありません。大学病院の主治医に相談したところ、「血液検査値はあくまでも目安なので、本人が立ちくらみや貧血症状がなければ問題ありません」とのことでした。検査結果が去年と今年で大きく変動する場合は、病気が隠れている可能性があるので精密検査が必要です。このように、血液検査値は長期にわたり観察することで、一人一人の基準値をみつけることができます。

おわりに
 どんな検査でも検査値は単なる目安ですので、それだけで一喜一憂することは必ずしも健康的ではありません。医師は検査値のみならず全身状態などを総合的に考えて病状を判定します。糖尿病の専門医の話では、糖尿病の治療は、初期症状では食事療法や適切な運動で改善されます。必ずしも薬は必要としません。私は早期発見が早期治療の第一歩と考えていますので、昭和41年以来毎年一回は人間ドックで検査を受けています。80代後半になって3回入院、手術を受けましたが、幸い命に関わる重病にはなりませんでした。しかし、90歳の超高齢になった今日これからが正念場です。私としてはこれまでと同様に頑張らないグータラ人生を続けたいと思っています。

2021年7月1日

次号予告:グータラで長生きするこつ


95. 新型コロナウイルスワクチンの開発動向

一般に、ワクチンと治療薬の使用に関して決定的な違いは、ワクチンは健康な人に病気予防のために接種するものであり、治療薬は病人の治療のために投与するものです。従ってワクチンは治療薬以上に高い安全性が求められます。製薬会社では新薬の開発と異なり、平時では新たな感染症の脅威がない限りワクチンの需要は高まらず採算がとれません。これまでインフルエンザなど定期接種のワクチンの生産には国支援が乏しい中で比較的小規模の特定の会社が生産に関係していました。ちなみに、2020年の医薬品の国内市場は約10.4兆円なのに対して、ワクチンは約3,200億円でしかないのです。

新型コロナワクチンの現状
 現在までに国内外で開発、承認された主な新型コロナワクチンは下記の通りです。これら以外にも現在開発中のものを含めると100種類以上になります。

1.海外で開発された主なワクチン
 ファイザー社(米国)とビオンテック社(ドイツ)の共同開発:
 新型コロナウイルスの最初のワクチンとして開発されたもので、mRNAワクチンの一つです。2020年12月に英国、米国、欧州など40カ国以上で承認されました(緊急使用許可や条件付き承認を含む)。我が国では2021年2月14日に厚生労働省により特例承認されて、2021年2月17日から医療従事者と高齢者(65歳以上)を対象とした接種に広く用いられています。特例承認とは、緊急の使用が必要で、治療上他に適切な方法がなく、海外で販売されているものについて、国内での臨床試験がなくとも承認する制度です。
 
 モデルナ社(米国)とアストラゼネカ社(英国):
 モデルナ社のワクチンは、ファイザーと同様にmRNAワクチンです。2020年12月に米国で緊急使用が認められ、2021年1月には欧州でも承認されました。我が国では2021年5月21日に承認されました。このうちモデルナ社のワクチンは、2021年5月24日から東京と大阪に開設された大規模接種や全国の職域接種に用いられています。
 
 上記のファイザー社とモデルナ社のワクチンは世界的に数万人規模で臨床試験が行われ、95%前後の予防効果を示しました。また、アストラゼネカ社のワクチンはmRNAウイルスとは異なるウイルスベクターワクチンで平均70%の有効性が確認されています。日本国内ではほとんど使用されず、アジアの開発途上国に無料供与されています。
 
 ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)社(米国):
 2021年2月にウイルスベクターワクチンとして米国で緊急使用許可を取得しました。同社のワクチンは1回接種で85%の重症化予防効果を示しました。我が国では使用されていません。
 
 グラクソ・スミスクライン(株)(GSK)社(英国)とキュアバック社(ドイツ):
 複数の変異株に対応できる多価mRNAワクチンを両社で共同開発しており、2022年の実用化を目指し開発を進めています。また、サノフィ社(フランス)とGSKは組み換えタンパクワクチンを開発中で、海外で2021年5月から3万5000人以上を対象とした臨床第3相試験を開始しました。順調に進めば、2021年10-12月の実用化が見込まれています。
 
 ロシア:
 2020年8月、国立ガマレヤ研究所がウイルスベクターワクチン「スプートニクV」を承認しました。
 中国:
 2020年12月末にシノファーム社の不活化ワクチンが、2021年2月にはシノバック社の不活化ワクチンが承認されました。
 インド:2021年1月、バラート・バイオテク社が開発した国産の不活化ワクチンをインド政府が承認しました。
 
  なお、J&J, GSK, ロシア、中国、インドのワクチンはわが国では使用されていません。
 保存条件:ファイザーワクチンは -70°Cが必要ですが、モデルナやJ&Jのワクチンは通常の冷蔵庫の温度で最大3カ月間保存が可能です。アストラゼネカのワクチンは凍結を避けて 2 - 8°Cで保存します。

2.国産ワクチン
 国内では、大阪大学とアンジェス社が共同開発するDNAワクチンが国内第II相, III相の臨床試験を実施中です。塩野義製薬の組換えタンパクワクチンも2020年12月から第I相、第I相臨床試験を行っています。第一三共(株)のmRNAワクチンとKMバイオロジクス社の不活化ワクチンも、2021年3月から第I相、第II相臨床試験を始めました。
 IDファーマは、センダイウイルスをベクターに使ったワクチンの臨床試験を計画しています。このほか、大阪大学微生物病研究会などが開発する不活化ワクチンや組換えタンパクワクチンも前臨床試験(動物や細胞を使った実験)の段階にあります。(2021年6月18日の時点)

3.ワクチンの種類
 現在使用されているワクチンは、メッセンジャーRNA (mRNA)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチン、不活化ワクチン、組換えタンパクワクチンなどの名称があります。これらの詳細については紙面の都合で割愛しますが、抗体を作成するにあたって使用するコロナウイルス分子の部分あるいは形態による違いです。

4.ワクチンの臨床試験
 ワクチンの健常人を対象とする臨床試験(治験)には下記の段階があります。
 
 第I相:通常100人くらいの小さな規模の試験で、健康な志願者に投与されます。ここでの主目的は効果の評価よりは安全性の確認です。重篤な副作用が出ないか、安全な投与量はどの程度かが確認されます。
 第II相:続いて数百人規模の試験が行われます。この相でも引き続き安全性が確認されるとともに人体の免疫機能が投与後にどのように反応するかが確認されます。
 第III相:ここでは数千人以上の大規模臨床試験となり、ワクチンの安全性はもちろんのこと、接種した人としていない人に偽薬を使用しながら比較してワクチンの有効性を確かめます。

5.新型コロナウイルスワクチン接種に伴う副反応
 1)発熱、頭痛、倦怠感
 多くの人々は接種当日から翌日にかけて注射部位に痛みを感じますが、1−2日で治ります。また発熱、頭痛などの時は解熱鎮痛薬であるアセトアミノフェン(一般名)またはそれを主成分とする市販薬(商品名:エキセドリン、バッファリン、セデス、ノーシン、カロナール)またはロキソプロフェン(商品名:ロキソニン)を服用すると2−3日で回復します。
 2021年4月9日の厚生労働省専門部会で示された報告では、2回の接種を終えた1万9000人あまりについて副反応を分析したところ、接種した場所に痛みが出た人は1回目の接種後は92.9%、2回目の接種後は92.4%で接種翌日に痛みを感じる人が多かったということです。

また、倦怠感があった人は、1回目の接種後は23.2%、2回目の接種後は69.3%、 頭痛があった人は、1回目の接種後は21.2%、2回目の接種後は53.6%、 37度5分以上の発熱があった人は、1回目の接種後は3.3%、2回目の接種後は38.1%でした。接種した翌日に発熱するケースが多く、ほとんどの場合2−3日で平熱まで下がりました。

年代別に見ると、2回目の接種後に発熱があった人は20代の51%に対して、65歳以上が9.4%、倦怠感があった人は20代で76.8%だったのに対し65歳以上では38%と若い世代で頻度が高い傾向が見られました。
 2)アナフィラキシー
 ファイザー社ワクチンの副反応については1,407件(23,245,041回接種中)が報告され、うち238件が専門家によりアナフィラキシーと判定されました。モデルナ社ワクチンについてはアナフィラキシーの報告はありませんでした。
 厚生労働省の報告によると、アナフィラキシーはワクチンの接種体制に影響を与える重大な懸念は認められないとしています。接種後にアナフィラキシーが発症した時は、接種会場に待機している医師により適切に処置されますので問題ありません。
 
 3)血栓症
 アストラゼネカ社のワクチンについては、まれに血栓を生じることがあります。したがって、厚生労働省は現時点で予防接種法の対象としていません。対象となるまでは公的な接種に使われてないことになっています。欧州医薬品庁(EMA)によると、血栓症の大半は60歳以下の人で発生しており、欧州では同社ワクチンの接種を高齢者層に限定する動きが広がっています。

おわりに
 これまでワクチンができるまでの期間は、10年から20年かかりました。HIVやマラリアのワクチンは20年以上経った現在でも未だに開発されていません。新型コロナウイルスと同じグループのコロナウイルスであるSARS(重症急性呼吸器症候群)は、2003年に中国を中心に発生し、ワクチンの開発を試みましたが開発が断念されました。ワクチンの開発、承認が厳しいのは、治療薬と違って健康な人が病気にならないために安全性の基準が厳しいからです。新型コロナウイルスワクチンが1−2年で開発されたことは大きな成果です。

現在わが国で広く接種されているファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンは有効性が高く、感染の収束に大きく貢献しています。しかし最近になりインド由来のデルタ変異株により感染が爆発的に拡大しており、変異株向けのワクチン開発も始まっています。また、従来株の感染であっても、ワクチン接種によって完全に防ぐことができるわけではないので、ワクチンの効果を過信することなく基本的な感染対策の徹底を続ける必要があります。

ワクチンを接種して副反応が見られることがありますが、その頻度はコロナにかかって重症化する頻度よりはるかに少ないですので、接種を躊躇することはありません。副反応が出ることは、身体がワクチンに反応して抗体を作成している証拠です(免疫原性)。7月16日時点で、接種率は高齢者(65歳以上)で1回接種の割合が84.59%、2回目は68.20%、 国民総人口では、1回が36.38%、2回目が24.76%です。

コロナウイルスなどの病原体に対して、人口の一定割合以上の人が免疫を持つと、感染患者が出ても、他の人に感染しにくくなることで、感染症が流行しなくなり、間接的に免疫を持たない人も感染から守られます。これを集団免疫と言い、全国民の60%の人が接種を完了すると集団免疫になるといわれています。しかし、今回のコロナウイルスに関して、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は7月16日のテレビ番組で、国民全体の6~7割がワクチン接種を完了しても集団免疫は難しいとの認識を示しました。政府の予定では今年10−11月にはそれに達する予定とのことです。しかし、今回の変異種(デルタ株)は異常に高い感染力を持っているので、集団免疫を形成するには従来より多くの人口が実用になると言われています。

なお、治療薬、ワクチンに関する情報については本シリーズ 79、80、81、83話もご参照下さい。

2021年8月1日
次号予告:グータラで長生きするこつ


付録 : 緊急情報

治療薬としての中和抗体カクテル療法
 現在医療機関で新型コロナウイルスの治療に使用されている主な治療薬はレムデシビル、デキサメタゾン、バリシチニブの3種類です。これらの薬剤はコロナの治療薬として認可されたものではなく、医療従事者がその効果と過去の経験に基づいて使用しているものです。
 最近米国でこれらとは全く異なる画期的な治療薬が開発されました。それはコロナウイルスの中和抗体を点滴静注する薬です。米国のトランプ前大統領が新型コロナに感染した時に使用したのがこの中和抗体です。抗体療法は、主に軽症や中等症の患者を対象としています。
 
 国内の現状
 中外製薬はコロナウイルスの複数の中和抗体の中から「カシリビマブ」と「イムデビマブ」を新型コロナウイルスの治療薬の「抗体カクテル療法」として申請し、厚生労働省は2021年7月19日、新型コロナウイルス感染症の治療薬として、二つの中和抗体を組み合わせた「抗体カクテル療法」の製造販売を特例承認しました。同年7月20日から国内の医療機関に配送することになりました。コロナウイルスの感染者のうち、軽症や中等症の患者が対象となります。コロナは感染してから1週間までにウイルスが増殖するので、「抗体カクテル」はこの増殖を抑える作用があります。軽症者、中等度の患者の中で、基礎疾患や肥満などの重症リスクがあることが使用の前提となります。

承認された薬は、米製薬企業「リジェネロン」が開発した点滴薬です。いろいろなコロナウイルス抗体の中から、効果が高い「カシリビマブ」と「イムデビマブ」を組み合わせたもので、ウイルスが細胞に感染するのを防げる抗体を組み合わせた点滴薬です。2種類の抗体をカクテルにした理由は、抗体が1種類だけでは変異株のウイルスに対して感染してしまうことが懸念されており、変異株にも高い効果が期待できます。

海外での臨床試験では、重症リスクがある人でこの療法を受けた感染者は、受けていない感染者と比べて、入院ないし死亡するリスクが70%低下しました。海外での別の臨床試験では、感染者に濃厚接触した人での予防効果も示されました。しかし、今回のカクテル療法は発症した入院患者への投与を予定しており、現段階では予防のためには使用しません。肥満や心疾患などの基礎疾患を持つ感染者で酸素投与を伴わない軽症、中等症で入院した患者が重症化しないようにするためにこのカクテル療法は有効です。

問題は価格です。抗体カクテルは製造に高額の費用がかかります。海外では、1回の治療あたりの費用を25万円と言われています。しかし、国内での使用については国が費用を負担することになっております。2021年3月から国内試験も実施し、政府と2021年分の供給契約を結んでいます。

(2021年7月27日記)

96. グータラで長生きするこつ

自分のペースで暮らす
 老化の特徴の一つは個人差が大きいことです。同じ年齢でも人によりその容姿が大きく違います。なぜでしょうか。その原因の一つは気持ちの持ち方の違いだと思います。70歳の人が「もう70歳だから」という人と、「まだ70歳だから」という人では、見た目が驚くほど違います。何十年ぶりの同級会で昔の友人と会って、その変わり様に愕然としたご経験をお持ちの人が多いと思います。「加齢は平等」、「老化は不平等」です。よく食べて他人とよく話すことが長寿の秘訣かもしれません。

若い時に筋肉、骨を貯金する
 若い時に運動し筋肉を鍛えると、後年になってそれが役立ちます。「筋肉貯蓄」です。運動すると骨も太くなります。ただし、加齢に伴って確実に骨密度は落ちますので、段差でうっかりつまずいて大腿部骨折などになって寝込んだら致命的です。また、元気だからといって高齢者が無理に強い運動をすると、筋肉疲労になって回復が大変ですので、決して無理をしないこと。度を超さないほどほどが必要です。

よく食べる
 食べることは生命を維持する上で必要です。病気になり食欲が落ちると自分で口に入れて噛んで食事することが困難になります。こんな状態で入院すると、医師は点滴で栄養分を摂る胃瘻(いろう)を勧めます。胃瘻は内視鏡で皮膚を切り胃に穴を開けて管を通し体外から流動食を流し込むことです。それにより毎日のカロリーを摂取することができます。意識がない患者や噛むことができない患者はこの方法でカロリーを摂取することになります。しかし、これは決して好ましい摂取方法ではありません。この方法だと噛む、飲み込むなどの動作を必要としないので、味わうこともできず、認知機能が低下している患者ではその症状が進むことが少なくありません。たとえ総入れ歯であっても自分の歯で噛んで味わうことが長寿につながります。

よく他人と会話をする
 電車やバスの中で初対面と思われるおばあさん同士が話をしている光景をよく見ます。先日電車で私の隣に一人のおばあさん(仮名、石田さん)が座りました。次の駅でもう一人のおばあさん(仮名、山口さん)が乗り、石田さんの隣が空いていたのでそこに座りました。間もなく二人の会話が始まりました。
 石田「今日は久しぶりに良い天気になりましたね」
 山口「お元気で結構ですね」
 石田「これから病院へ行くんですよ」
 山口「私も腰が痛くて病院に通っています」
 石田「私は血圧が高いのでその薬をもらいに病院へ行くんですよ」
 お二人のよもやま話は休むことなく続きました。やがて20分も経った頃に石田さんは「それでは失礼します」と言って下車しました。石田さんと山口さんは全くの他人で初対面らしいです。しかし、おばあさん同士はすぐに長年の知己のように親しく話しました。このような光景はおじいさん同士では決して見られないことです。なぜでしょうか。男性は気軽に他人にいきなり話しかけることに抵抗があるからです。女性は一体感が男性よりも強いのかもしれません。

他人と積極的に話をすることは望ましいですが、相手がいないところで一人でブツブツ話すのは危険信号です。そんなことが続いたら、家族は一度病院へ連れて行って診察を受けた方がよいです。認知症の前兆かもしれません。

散歩は脳を活性化する
 毎日の散歩によって外部からの刺激を受けて頭が活性化されます。歩かなくなり家にこもると認知症状が進行します。歩くと心臓と肺が活発に動き出します。歩き出して20分ほどすると、体内の血液が活発に循環しそれにより体内に新鮮な酸素が隅々まで行き渡ります。

頭の前部にある脳の前頭葉に新鮮な血液と酸素が送りこまれると、注意力や思考力、意欲などが上昇します。なぜか。脳の中では脳細胞が一個づつ独立して働いているのではなく、それらが手をつないでネットワークを構成して機能を発揮しています。別々に存在していた複数の脳細胞が、神経線維によってつながり新たな思考回路が出来上り、より活発に活動するからです。散歩は数多くの効用があり脳を活性化させ記憶力や思考力を向上させてくれます。脳トレのために散歩することは忙しい毎日を改善することにつながるかもしれません。脳は、何歳になっても鍛え続けていけば若々しい状態を保つことができます。1日30分、散歩することによって記憶力や意欲、思考力、判断力を高めることができます。

脳は疲れない
 心を若く保つことは身体を若く保つことに直結するということは多くの医学的研究から明らかです。脳は使わなければ老化します。使えば使うほど若さを維持することができます。筋肉と違って「脳は疲れない」と言われています。脳は我々が日常使っている容量の何十倍もの余裕を持っています。勉強や仕事で脳が疲れたと感じるのは、脳が疲れたのではなく眼が疲れていることが多いそうです。脳は日常遭遇する情報を記憶するだけでなく、身体全体のバランスをコントロールしています。脳の活動が衰えない様に日常生活において常に脳を刺激すると、何十年でも機能を保つことができます。

免疫力を高める
 免疫力とは、「疫(病気)を免れる力」のことです。「免疫」は医学用語ですが、「免疫力」は医学用語ではありませんが一般に使われています。免疫は一度感染症などにかかったら二度とかからない生体反応です。驚くことに、健康な人でも毎日、5000個のがん細胞が生体内でできています。なぜ、発病しないのでしょうか。それは免疫細胞がガンを死滅させるからです。免疫の仕組みは実に精巧にできています。それには何種類もの免疫細胞が協調しあって体内で発生したガン細胞や外から侵入した細菌やウイルスなどを常に監視し、撃退する自己防衛システムのことです。

免疫力は思春期にピークとなり、20歳を過ぎると徐々に機能低下し始めます。個人差がありますが、40歳代ではピーク時の50パーセント、 70歳代で10パーセント台まで低下する人もいます。 そのため、免疫力の低い乳幼児と老齢時に病気が多発します。こうした免疫力の低下には加齢以外にも、ストレスや環境が影響を及ぼすといわれています。厚生労働省の調査によると、高齢者のストレスの第一位は「自分の健康状態に対する不安」となっており、「病は気から」という考え方のもと、ストレスを貯めないことが健康長寿の秘訣と言えるのかもしれません。過剰なストレスを感じた状態にあるときは、交感神経が優位に働いています。この状態が続くと、血管は収縮し、全身への栄養や酸素の運搬が遅くなります。結果として、免疫機能が正しく機能しなくなってしまいます。 「免疫力」については本シリーズ91話もご参照下さい。

指先を使う
 指の神経は直接脳に繋がっているので、指先を使うことによって脳が活性化されます。炊事をする人は指先を使い、包丁などの刃物を使うので、知らぬ間に神経を使うことになり脳の活性化につながります。家事や炊事をやっている人、楽器演奏をしたり絵を描いている人は元気な人が多いです。脳の血流量が低いと神経細胞が死滅してしまい、二度と再生することはありません。神経細胞が減っていくと物忘れが激しくなったり、ボケを引き起こしたりすることにつながります。認知症の予防で手を使った体操や、脳を活性化させるのに効果的なのは考えながら手を動かすことです。特に、ピアノなどの楽器演奏や、キーボードタイピングなどは手を動かしながら頭も使うことができるのでとても良いとされています。中でもピアノは音の強弱やリズムなどを楽譜を追いながら頭で考えて指をたくさん動かすため、脳へたくさんの刺激が伝わります。

おわりに
 江戸時代の儒学者貝原益軒(1630-1714)が「養生訓」を書いたのは1712年、彼が83歳のときです。その2年後に彼は天寿を全うしました。当時の平均寿命は恐らく30歳前後ではないかと思います。彼は「養生訓」の中で、「高齢になったら、勇ましいことは避けて、いつも小さい橋をわたるときのように用心することが肝要である」と説いています。私事で恐縮ですが、私の母は普段は無口な人でしたが、晩年言われたことがあります。「高齢になると他人は見ていないだろうと男性では無精髭をそのままにしたり、身だしなみに無頓着だったり、服装に気を使わない人がいるが、それはみっともないことなので注意しなさい」。高齢になって最近母の言葉を思い出します。

また、コロナになって他人と会話する機会がなくなりました。これは精神的に鬱状態になりがちです。私は友人や教え子などに電話で会話することを試みています。高齢者にとってストレスにならない程度の刺激と、家人に軽蔑されない程度のグータラさこそが長生きの秘訣です。

2021年9月1日
 次号予告:医者の見分け方(仮題)



97. 医者の見分け方

後医は名医か
 医者の世界の格言の一つに「後医は名医」という言葉があります。先に診療した医師よりも、後から診療した医師のほうが診断や治療を的確に行いやすいという意味です。最初に診た医師より後で診た医師の方が、より正確に診断しやすいため、患者にとっては「名医」になりやすい。その理由は、後で診察した医師は最初に診察した医師と違って「それまで行われた治療が効いたか効かないか」という情報を知った上で診察するからです。

こんな例があります。咳が出て熱が高かったので近所のかかりつけの病院へ行って診察を受けたときの医師と患者の会話。
 患者 : 2、3日前から喉が痛くて咳が止まりません。
 医師A : 「風邪ですので抗菌剤(抗生物質)を一週間分出しますから全部飲みきって下さい」抗菌剤は細菌性感染症に効く薬です。
  患者は一週間抗菌剤を飲んだが咳が止まらない、熱は下がらない。そこで1週間後に他の病院へ行った。
 患者 : 他の病院で抗生剤を処方されたのですが全く症状が良くなりません。
 医師B : 「これは風邪ではないので抗菌剤は効かないですね。他の薬を出しますので飲んでください。
  患者は1週間後に症状が改善して治った。この状況で患者は「後から診た医師Bは名医で、最初の医師Aはヤブ医者だ」と考えるかもしれません。しかし、それは正確な解釈ではありません。後から診た医師 Bは「抗菌剤が効かない」という情報を知ることができたために、「細菌性感染症ではない」ことを知ることができたので風邪の薬を処方したのです。後から診る医師は、最初の医師に比べると選択肢が少なくなり、それだけ診察し易くなるのです。

医者が判断を下すとき
 医師が薬を出す時には、患者の症状から幾つかの原因を考えて、それに対して薬を処方します。このように、ある医師が何らかの判断を下して一定期間治療を続けていると、後から診た医師は、「その治療が患者にどんな影響を及ぼしたか」を知った上で別の判断を下すことができます。患者の病状は毎日変わるので、医者は診察した時点で判断することになります。本人が最初に症状を自覚したときから時間が経ってある程度症状が落ち着いた状態の時になれば医師は診断をつけやすくなっていきます。症状が進行中の時に患者を診察した前医が、その症状に対してどのような治療を行い、その結果どうなったかを知ることは後医にとって診断・治療を行う大きなヒントになります。

医者が診断をいやがるとき
 医者は自分の専門領域の立場から、患者のコメントも加えて最良の治療法を提示します。問題は患者の症状が自分の専門外のときです。そんな時、最初は丁寧に話しますが、その後患者が「結局、私の症状の原因はなんでしょう」と質問すると、「それは私の専門ではないので、専門の先生を紹介しましょう」と言ったりします。患者がしつこく質問すると、医者はイライラしてだんだん言葉が慇懃無礼になります。そんな状態になったときには「これ以上聞くなよ」というのが医者の本音ですのでそれ以上の質問をしないほうが無難です。

医者のコミュニケーション能力
 いい医者の条件を1つ挙げるならば、患者とよいコミュニケーションがとれる場合です。たとえ診断、治療の能力が高かったとしても、コミュニケーションがとれない医者はいい医者とは言えません。いわゆるヤブ医者の要素は、誤診、間違った治療、民間医療をやたらに勧める、コミュニケーションがとれないことです。そのために医学部の講義の中では、診断や治療の説明において患者とうまくコミュニケーションをとる必要性も学びます。

患者としては、医者に患者目線でいてほしいものですが、実際には話の通じない自分勝手な医者に悩まされることが少なくありません。医者に求められるのは、患者にわかりやすく説明する能力です。専門用語を連発したり、患者が素人であることをいいことに説明不足のまま自分のペースで診療を進める医者は、良医とはいえません。もちろん医者も人間ですので患者と医者の「相性」も問題になります。

診断は経験に基づいて決まる
 医者の診断は経験に負うところが大きいです。医療には100パーセント正しいということはありえません。「この治療で絶対に治る」、「必ず効果がある」「間違いなく」など、まともな医者は口に出しません。診断結果がわかりやすい外科治療では判断が比較的可能なことが多いですが、内科の病気については、診断しても、例えば風邪でも初期の段階では「風邪です」と断定はできず、風邪の可能性が高いとしか言えないのです。症状がだんだん変化して治療の効き目が出てはじめて、後から考えれば、『やはり風邪でしたね』と言えるだけです。「後医は名医」という言葉のとおりです。

医者には症状を詳しく話すこと
 病院で診察してもらった時に、医者から「様子を見ましょう」「何か変化はありましたか?」といった言葉をよく聞きます。「変化ってどこまで話をしたら良いだろうと考えます。患者としてはもっと検査をしてほしいのに……」と思う人もいるのです。患者の症状がどの様に変化したのかを見ることで、何の病気か見当がつき、それにより治療法が決まります。鼻水の色だったり咳の出方だったり、いつもと違うところが医者にとって一番のヒントになります。患者から変化をいかに引き出せるかが、医者の腕の見せどころと言えます。

おわりに
 初診のときには医者は患者の話に基づいて診断を考えますので、診察のときはできるだけ詳しく説明することが必要です。私の知人で、階段で転んで肩を痛めた人が、それ以来食欲がなくなり2ヶ月も続いたので心療内科で診療した結果うつ病と診断されました。肩の怪我は2、3日で治ったのですが食欲は全く出ません。初診のときに肩の怪我のことは医師に話しませんでした。しかし、それが食欲不振の引き金になっているかもしれません。できるだけ多くの情報を医者に提供することが正確な診断につながります。

2021年10月1日
 次号予告:大学教授に求められる品格


98. 大学教授に求められる品格

かつて「品格」ものが書店の店頭に多く並べられたことがあります。そのきっかけを作ったのは、藤原正彦教授(お茶の水女子大学名誉教授)の「国家の品格」です。藤原教授は優れた数学者として、またプロの随筆家として、多くのベストセラーを世の中に出しています。
 「国家の品格」の中の一部を引用します。

「風が吹けば桶屋が儲かる」の確率は?
 非常に有名な例えで、因果関係の複雑さや巡り巡って幸運がやってくるなど様々な場面で使われます。また、全く見当はずれのロジックという意味でもたとえられます。念のためのこのロジックは次のようなものです。

風が吹くと土ぼこりが立つ。土ぼこりによって盲人が増える。盲人は三味線で生計を立てようとする。三味線の需要が増える。三味線の胴を張る猫の皮の需要が増える。猫が減るとねずみが増える。ねずみが桶をかじる。そして桶屋が儲かる。

確かに論理が通っているが、実際に考えてみると、土ぼこりが立つ確率が90%。目が見えなくなる人は1%……こう計算していくと、風が吹けば桶屋が儲かるというロジックが成り立つ確率はどれくらいか。その結論は1兆分の1以下です。つまり、ありそうなことでも確率としてはあり得ない事の例えです。

さて、本題に入ります。

大学教授は専門馬鹿か
 本稿で「大学教授」というのは教授職だけではなく、助教授(准教授)、助手(助教)など広く大学教員を指します。皆さんは、大学教授は聖職なので高潔な紳士淑女の集団と思われるかもしれませんが、実像はどこでも見かけるおじさん、おばさんと変わりません。多くの教授は常識的な社会人ですが、中には、社会人として不適格ではないかとさえ思われる「ひねくれ者」も少なくありません。子供のまま大人になった様な人もかなり見かけられますので、「専門馬鹿」といわれるのはそのせいかも知れません。大学教授の一般像が社会的常識に欠けた、性格的に偏った人間として描かれている例は、文学作品の中でもしばしばみかけます。夏目漱石の小説の中にも、大学教授が日露戦争を知らなかったという話が出てきます。

大学教授の品位
 大学教授になるには、中学や高校の教員の様な教員免許は必要ありません。研究能力とそれを証明する研究論文があるかどうかで決まります。選考委員会が専門家として優れていると判断すると、多少性格がひねくれていても、常識に疎くてもそれが問われることはありません。かつて卒業補修授業の費用として「数十万から数百万円かかる」といって、学生の親に金を要求し、逮捕された大学教授がいました。また、大学入試問題や医師国家試験問題を漏らす教授は今でも全国で後を絶ちません。教授職は一種の自由業のようなものですから、勤務時間に一定の決まった枠があるわけではありません。したがって、夜遅くまで仕事をしても超過勤務手当もないのです。それどころか、私が現役の頃は、文系の教授は「自宅研修」といって週何日かは自宅で仕事をすることが暗黙の了解となっていました。

私が千葉大学の助手になった昭和40年頃は、国立大学教員は助手から教授まですべて国家公務員でした。就職時には文部大臣の名前の辞令を受け取ります。私が最初に海外出張した1970年頃は、国立大学教員の渡航者は今程多くなく、パスポートとして緑色の表紙の「公用旅券」が大学から支給されました。多くの国民が使う赤色(10年有効)、黒色(5年有効)の「一般旅券」と違うところは、渡航目的の項に「日本政府の命令により」と英語で印刷されています。したがって、一般旅券に比べていろいろな特権がありました。例えば、帰国時の入国手続き窓口で、入国審査の係官に「出張ご苦労様でした」と言われてえらく恐縮した事を今でも憶えています。税関検査もほとんどフリーパスでした。しかし、国家公務員の出張者が増えるにつれて、日本で発売が禁止されているいかがわしいビデオや本をトランクの底に潜ませて入国する輩が目立つ様になりました。そこで、外務省は公用旅券携帯者でも税関検査を徐々に厳しくし、昭和50年頃には、ついに国立大学教官の海外出張の時でも、すべて一般旅券に切り替わりました。

医学部は特別な世界
 大学教授の中でも医学部は特殊な世界です。昔に比べたら大分民主化されたとはいうものの、今でも臨床医学の場合、教授は厳然として絶対の権限を持っています。助手(今は助教といいます)が教授に逆らったら、本人の気がつかないうちに外堀が埋められて、ある日突然教授室に呼び出されて、「○○病院で循環器の専門医を探しているので行かないかね」といわれます。これは正に退職勧告です。これに逆らって居残っても本人にとっては何のメリットもありません。邪魔者扱いです。大学病院では、内科の様な大きい診療科は100人以上の医師を抱えています。昔は臨床経験の豊富な医師が教授になるのが通例でした。しかし、最近は動物実験の研究で、世界的に有名な医学誌に論文が掲載された人が教授選考で有利なことがあります。極端な例として、助手よりも手術経験の少ない外科教授が誕生しているそうです。

大学教授は物知りでよいか
 最近はテレビの出演者の中に大学教授の肩書きがやたら増えました。それまで役人、代議士だった人が、大学に引き抜かれて教授になります。マスコミが知名度の高い人を採用することは、私立大学にとっては広告塔として、高校からの受験者数を増やすのに大変有効な手段です。この様な教授はマスコミ慣れしていますから、学生の人気は抜群です。知識が豊富な人が優れた人と考えられ易いですが、知識が豊富ということは、単なる物知りに過ぎない場合もあります。自戒をこめていうならば、世の中が求めている大学教授は、知識の多い人ではなく知性にすぐれた人でなければならないのです。

大学教授の素顔
 日頃は教育、研究に熱心な教授が、研究室の学生と年に何回かコンパ(飲み会)を行います。酒が回ると豹変する教授がいます。説教型、酒乱型、落ち込み型、熟睡型、はしご型などなど。昔、某大学医学部の高名な教授が、酩酊すると道路端で放尿する癖があるというので有名でした。これらの癖は教授に関わらず誰でもあり得ることですが、昼の研究室での顔と夜の顔が極端に変わると学生も最初のうちは適応にとまどいますが、何回か経験するとその対応も上手になります。私の教え子の女子学生の中には、日本酒1升瓶を1時間で空にして顔色も全く変わらない酒豪がいました。私は下戸ですので酒はほとんど飲めませんが、これらの酒好きの皆さんの心情はよく理解できますので、それで品格を評価するつもりはありません。ちなみに彼女はクラスで最優秀の成績でした。

尊敬される大学教授
 私が大学院学生のときにお世話になったK助教授(現在の准教授)は、まさに教師の鑑でした。学生にも敬語を使い、学生がミスをしても決して怒鳴ったりせず、研究に行き詰まった時も夜遅くまで相談に乗ってくれるなど素晴らしい先生でした。多くの学生に慕われていましたが、私が在学中に他大学へ教授として転出されました。転出先の大学でも学生や、同僚からの信望が厚く、その後同大学の学長に就任されました。学長としての難題にも真っ向から真摯に向き合った先生は、激務が続いてある日心筋梗塞で倒れられました。幸いに治療の結果回復されましたが、その後二度目の心筋梗塞の発作でついにご逝去されました。私はこれまで多くの恩師にお世話になりましたが、K教授はまさに理想的な教育者でした。

おわりに
 世の中には大学教授が数多くいますが、その多くは常識ある社会人です。世間がいう非常識な人という意味は、専門以外のことは良くわからない、関心がないという専門馬鹿で、たとえそれが常識といわれる範疇であっても、専門以外に関しては明るくないという意味です。しかし、その確率は一般の会社人と同じです。私は学生時代には多くの恩師の薫陶を受けて来ました。後年になり教職の立場になって学生の教育研究がいかに難しいかを痛感しました。人間としてK教授のように教え子や同僚に尊敬される様心がけていますが、凡人は所詮凡人で生涯を終わることになりそうです。

2021年11月1日
 次号予告:未定



 

99. あなたはクリスマス派それとも初詣派

私は60代後半から約10年間国際学会の役員を務めていました。その頃は毎年2、3回は海外での会議に参加するために世界のいろいろな国を訪れました。 多い年には100日くらい海外にでておりました。これまで海外の多くの国を訪問し、友人の家庭に招待されたときなど、宗教が毎日の生活の中に根付いている事を多く経験しました。中でもキリスト教信者にとっては、クリスマスは最も重要な行事の一つです。12月に入ると欧米のキリスト教国では街中がクリスマスの飾りで賑わっていました。しかし、テレビ情報によると、2019年からはコロナ感染者が急増して、クリスマスの飾りが少なくなり、街の中の人出も少なくなり、中には都市封鎖により昔のような年末の賑わいは消えたところもあります。

日本のクリスマス
 昔、年末に米国の友人が来日して驚いたことがあります。それは、12月24日のクリスマスイブは街中どこへ行ってもどんちゃん騒ぎの夜です。そして、25日を境に、デパートなどのクリスマスのデコレーションが一夜にして正月のものに模様換えします。キリスト教の国々では、12月に入ると街中で美しい飾り付けがはじまり、1月初めまでそれが続く。宗教のあり方が國によりこんなにも違うことは海外からの訪問者にとっては一つの驚異です。

日本の宗教
 宗教というと皆さんは堅苦しく考えるでしょうが、お寺の住職や教会の神父、牧師のようにそれを職業としている人と違って、一般の人はお寺や教会に足しげく通うことだけが信仰心ではありません。外国には仏教、キリスト教ほかそれから分かれた多くの宗教がありますが、「神道」は日本独特の宗教で、神社仏閣の「神社」は日本固有のものです。日本人が多く住んでいる米国のサンフランシスコやブラジルのサンパウロ州などには多くの神社があります。 日本では「あなたの宗教は何ですか」と聞かれて困惑する人が少なくありません。昔ある新聞社が日本人にアンケートで自分が信仰している宗教を聞いた結果、仏教の信者数が約9000万人、神道が1億人、合わせると1億9000万人になり、日本の総人口をはるかに上回りました。つまり、多くの国民は仏神両方を信じていることになります。これは欧米では考えられない事です。

多神教と一神教
 神道は、「自然現象のすべてに神が存在する」という考え方で、「八百万(やおよろず)の神」というくらい多神教です。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などは一神教ですが、インドを中心とするヒンドゥー教と日本の神道は多神教です。神が一つか多数かはそれを信じている民族にとっては大変重大な事です。日本での宗教は、毎日手を合わせる事よりは、初詣、結婚式、お宮参り、七五三、葬式などの、生涯の節目に行われる行事に表れています。正月には多くの日本人が初詣に行き、一年間の幸せを祈ります。また、最近の結婚式は教会や神社を使う人が増えています。多くの日本人の葬式はお寺で行います。つまり、日本人にとっては、神道で生まれて仏教で死ぬので、両方が必要なのです。

日本にはどれだけのお寺がある?
 国内にあるお寺の数をご存知でしょうか。文化庁が公表している「宗教年鑑」によると、およそ7万7,000です(出典元:文化庁 – 宗教年鑑 令和元年版)。その中で、お寺が一番多い都道府県はどこでしょうか?なんとなく京都府ではないかと思われるかもしれませんが実は愛知県なのです。その理由には、歴史が大きく関係しているといわれています。

戦国時代、愛知県は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人が天下を取る為に多くの戦いの舞台となりました。つまり、戦に勝つための信仰のよりどころとして、また戦で死んだものを弔うために多くの寺が必要だったのです。ちなみに、寺がたくさんあると思われがちな京都府は第5位です。また、一番少ないのは沖縄県で、これは明治時代まで琉球王国があり、独特の文化を持っていたためと考えられます。

厳しい戒律のイスラム教
 私は1998年にイスラエルを訪れました。イスラエルの首都エルサレム市内には3つの異なった宗教(イスラム教、キリスト教、ユダヤ教)が決められた区画の中に整然と共存しています。私の勝手な印象では、全宗教の中でイスラム教信者が最も規律に従っていると思います。毎日5回はイスラム教の総本山があるサウジアラビア王国のメッカの方角に向かって礼拝し、決められた曜日には町中にあるモスクで礼拝します。1年1回の断食(ラマダーン)の月には、日の出から日没までは絶食、絶水が義務です。したがって、夜になって1日1回食事をとりそれが1ケ月続き、ラマダーンが終わった日には盛大なお祭りが行われます。

昔、私が大学に在職していた頃、イスラム教国から留学生が数人いました。イスラム教は夜明け、昼、午後、日没時、夜の1日5回メッカの方角に向かって礼拝します。留学生も礼拝の時間になると研究室のある建物の廊下の隅に毛布を引いて礼拝していました。最初は日本人学生にとって奇妙な光景だったのですが、それが彼らの日常生活の一部であることがわかりました。

海外の教会は高齢者でいっぱい
 キリスト教の場合、クリスマス、復活祭など多くの決められた行事、祝日がありますが、多くの信者はイスラム教信者程厳格に考えていません。特に、最近の若者は、欧米でも殆んど教会へ行かないと年寄りは嘆いています。事実、ヨーロッパのカトリック教会へ行っても、ミサに参加している多くは高齢者です。カトリック教の総本山であるバチカン市国は、今ではカトリック信者の聖地というよりは観光の場所として有名になりました。

さて、仏教徒を自認する我が国ではどうでしょうか。お寺は仏事がある時に行く位で、例え老人であっても毎月1回お参りに行くことは珍しいです。わが国でも欧米と同様に若者は殆ど宗教に関心がありません。宗教はあくまでも本人の信仰心によるもので、他人がとやかく言うものではありません。時代の変遷とともに変わるのは止むを得ないと思います。若者もある経験をきっかけに宗教に関心を持ち始めることもあるし、老齢になると誰でも宗教心を持つ様になります。

おわりに
 目に見える宗教とは、何も教会やお寺へ行くことだけではなくて、心の中での宗教です。私はこれまで多くの海外の知人、友人と接触する機会がありました。そこから感じたことは、国際的に活動するためには相手の生活の基盤になっている宗教観を理解する事が大きなカギになる事をたびたび経験しました。あなたはどう考えますか。

2021年12月1日

 次号予告:「メディカルトーク」は2014年12月から開始し今月は7年目になります。また、私事ですが、卒寿を迎えて過去90年を振り返りながら、今年を締めくくるために、今月は例外的に2回配信することとしました。第100話「仮題:雑感—90代になって想うこと」は12月中旬に皆様のお手元にお届けする予定です。よろしくお願い致します。



 

100. 雑感—90代になって想うこと

今回で本シリーズは100回目を迎えることができました。これはひとえに皆様のご支援とご激励によるものであり改めて御礼申し上げます。さらに、毎回適切な挿絵をつけて頂いている赤川 均様には衷心より御礼申し上げます。

私は2022年(令和4年)1月9日で91歳になります。2021年7月30日の厚生労働省の集計によると、2020年の日本人の平均寿命は女性が87.74歳、男性が81.64歳でいずれも過去最高を更新したことが分かりました。100歳以上の高齢者は8万6510人に達しました。自分では平均寿命を超えて随分長く生きたものだと感慨無量です。これからの余生をどう暮らしたらよいか、そのお手本になるのが人生の先達の書物です。中でも、曽野綾子(90歳)、佐藤愛子(97歳)、瀬戸内寂聴(99歳)の本は活字が大きくその内容は、ご自身の過去のご経験に基づいたことが多く、私にとっては大変参考になります。残念ながら、瀬戸内寂聴さんは2021年11月9日に心不全でご逝去されました。

予防医学のご利益
 日本人の平均寿命が伸びていることと関連して、国民は予防医学に関心を持っています。予防医学の定義の中で、一次予防は、健康な時期に病気の予防を意識すること。例えば、健康診断や予防接種を受けることは、健康的な体を維持することにつながります。二次予防は、病気を早期発見して適切な治療を受け、重篤化を防ぐことです。三次予防は、既に発症した病気の再発を防ぐことをいいます。

私は今年10月2日に5年ぶりに脳ドックを受けました。医師の説明では、「脳梗塞、脳出血などのあともなく、高齢の割には脳萎縮も見られません」とのことでホッとしました。さらに、10月25日には30年前から受けている人間ドックを受けました。検査結果は基準値に比べて大きな異常値は見られず精密検査を受けるほどの深刻な指示はありませんでした。病気の予防は先手必勝です。手遅れになって取り返しがつかなくなった例を多く知っています。私は少しでも体調が悪いとすぐに近くのかかりつけクリニックへ行き診察して貰います。多くの場合、「問題ないですよ」と言われると安心します。医者嫌いの老妻は超高齢になって今更なんでドック検査を受けるのかと言いますが、検査や受診することは病気から逃れる一つの手段です。

最近、食事の時によくむせるので行きつけの耳鼻咽喉科を受診しました。カメラで喉の中を検査した結果、先生は「特に異常はありません」とのことでひとまず安心しました。むせるのに敏感になったのは、最近親友が咽頭癌で亡くなったことによります。診察の後で、先生は「むせるのは異物を吐き出す力があり若い証拠です。高齢になり体力が落ちると吐き出すことができないので誤嚥性肺炎になります」と言われて、愚かな老人は「若い」という言葉に敏感に反応しました。帰り際に雑談の中で、先生が偶然私と同郷であることを知り一段と親しみを感じて病院を去りました。

「痴呆」から「認知症」への提唱者
 今年11月13日に長谷川和夫先生が老衰のため92歳でご逝去されました。長谷川先生は聖マリアンナ医科大学名誉教授で、同大学で現役教授の頃、認知症診断のための簡易スクリーニング検査として全国で広く使われている「長谷川式認知症スケール」を開発されました。昔は高齢になって認知機能が落ちた症状を「痴呆」と呼んでいましたが、長谷川先生はこの侮辱的な意味を含む呼称の変更を国に働きかけ「認知症」という新たな用語を提案して厚労省の検討会で採用されました。 2017年に長谷川先生ご自身が認知症の診断を受けてメディアに公表しました。長谷川先生はご自身の症状から、「認知症というのは決して固定した状態ではなくて、認知症とそうでない状態は連続している。つまり行ったり来たり、なんだ」と認知症に関する情報をご本人の体験から発信し続けました。

認知症になりやすい性格
 穏やかでのんびりした性格の人や、社交的で活発な社会生活を送っている人は、認知症の発症率が低いことが研究からわかっています。一方、自己中心的、わがまま、几帳面、非社交的などの性格は認知症を発症するリスクを上げるというデータもあります。ある研究チームが38年間にわたり個人別に追跡調査した結果によれば、「中年期に不安・嫉妬心・感情の起伏が激しい人は、そうでない人に比べて、老年期になって認知症の多くを占めるアルツハイマー病発症のリスクが2倍も高い」と報告されています。これまで多くの友人、知人と接してきた印象では、食欲の旺盛な人、他人とよく話す人は認知症になることはありません。ただし、独り言を言うのは問題です。最近はコロナで知人、友人と会って食事や会話を楽しむ機会が少なくなりましたが、大いに食べて、大いに話しましょう。

加齢による体力、知力の低下
 加齢により体力や筋肉量が減少すると身体を動かす事が難しくなり、その結果、活動量が減り、エネルギー消費量が低下します。さらにその状態では食欲が低下するので、食事の摂取量が減り、タンパク質をはじめとした栄養の摂取不足による低栄養状態になる事が多いです。低栄養の状態が続くと体重が減少し、筋力や筋肉量が減少します。こうした悪循環を「フレイル・サイクル」といいます。この状態になると、転倒や骨折が多くなり、また慢性疾患が悪化して要介護状態になる可能性が高くなります。

高齢になると、頭で考えていることに身体がついていかないことが多くあります。階段の最後の一段を踏み外して大怪我をした話はよく聞きます。これは、頭の中では最後の一段はもはや床に着いたと思い込んでいるからです。頭で考えていることと身体が調和しないからです。これは典型的な加齢現象です。90代になると「老い」という逃れられない業と向き合う毎日です。

好奇心が長生きの秘訣
 心を若く保つことは身体を若く保つことに直結するということは多くの医学的研究から明らかです。脳は使わなければ老化します。使えば使うほど若さを維持することができます。筋肉と違って「脳は疲れない」と言われています。勉強や仕事で脳が疲れたと感じる時は、脳そのものではなく眼が疲れていることがほとんどだそうです。脳は情報を記憶し処理するだけでなく、身体全体のコントロールセンターです。脳を衰えさせないことが身体を老化させないために最も大切なのです。そのためには、何でもよいから好奇心、趣味を持つことです。他人と関わり、コミュニケーションをとることにより脳は活性化されて若さを保つ事が出来ます。出来たら国内、国外の旅行が老け防止には有効です。

私は60歳後半から約10年間国際学会の役員を務めていた関係で、海外の国々を訪問することが多くありました。海外出張は自分で意識しなくとも心身ともに緊張しています。会議が終わったら、1−2日は自由時間として一人で近くの名所旧跡などを訪れました。特にヨーロッパではどこの国にも歴史的な建造物や遺跡があります。そんなぶらぶら旅行は好奇心の旺盛な私にとって至福の時間でした。

おわりに
 私は何事も自分の歩幅で歩くことにしています。当然ながら老化とともに体力、筋力、知力の衰えは明らかです。したがって、現在の自分に見合うだけのことで満足するように心がけています。もう少しやっても大丈夫だろうと無理をすると必ずその仕返しが来ます。先日、書棚の本を整理していた時、厚手の本を3冊重ねて持ち上げた途端に、腰に電気が走る痛みを感じました。それから1週間は鎮痛剤の湿布剤を貼ってようやく回復しました。

私が敬愛する遠藤周作は生前にその著書の中で次のように述べています。 「長寿を望むからには、それなりの覚悟をしなければならない。老いることはすばらしいことだ、という一面と共に、醜く、辛く、孤独で悲しい面も背負わなければならぬのである。そのマイナスの面は若年時代、壮年時代には決してわからなかったものだ。」

最近では友人、知人の訃報を聞くと無性に寂しくなります。長く生きる事は寂しさに耐えることでもあります。 間もなく今年も終わります。2021年も拙文をご笑覧頂きまして有り難うございました。来年は101話から新たな覚悟で続けますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。

追伸:3年前から年賀状をやめましたので、本状をもって2022年の「謹賀新年」とさせて頂きます。

2021年12月15日

次回予告:未定


 

101. 長生きしたければ肉?魚?

魚を食べるとなにがいいの?
 日本人やアジアの多くの国々では魚食が一般的です。魚介類には、良質の動物性タンパク質や動脈硬化の予防が期待される高度不飽和脂肪酸(DHA:ドコサヘキサエン酸、EPA:エイコサペンタエン酸)など、健康維持に役立つとされる成分が豊富に含まれています。DHAやEPAは血液をサラサラにすると言われていていますので、魚を多く食べる人ほど心筋梗塞になりにくいなどの研究結果もあります。ちなみに, DHAやEPAはサプリメントとしても使用されています。また、魚のタンパク質は肉と比較してカロリーが低いという特徴があります。

魚中心の食事は動脈硬化を予防する
 青魚(サンマ、イワシなど)などに多く含まれるDHAやEPAは、血液中の中性脂肪やコレステロールを低下させる作用があり、脂質異常症や高血圧、動脈硬化、心疾患、脳血管疾患など、生活習慣病の予防に役立つことがわかっています。脂質異常症は以前は「高脂血症」と呼ばれていました。しかし、脂質の中には悪玉のLDLと善玉のHDLがあり、「高脂血症」というと善玉のHDLが高い場合も悪者と誤解を招くために、「脂質代謝異常症」という名称に変更されました。DHAには脳の機能を活性化する働きがあるとも言われています。特に、健康診断で中性脂肪、悪玉コレステロール(LDL)、腹囲などが基準値を超える場合は、魚料理をとる事をお勧めします。

肉食は長生きする、本当?
 最近は、長生きしたければ肉を食することが世の中で広まっています。調査によると、元気な百寿者(100歳以上の人)で肉を食べている人が増えていることがわかりました。肉の理想的な食べ方は、肉の2~3倍の野菜やキノコ、海藻を一緒に沢山食べることです。これらの食品は多くの「食物繊維」を含んでいるので、これにより腸内で善玉菌の一つである酪酸菌(後述)を増やすからです。肉食については賛否両論があります。賛成派の意見は、「肉には必須アミノ酸がバランスよく含まれているので身体によい」ということです。「必須アミノ酸」とは何でしょうか。体を構成しているたんぱく質は、約20種類のアミノ酸の組み合わせで出来ています。これらのアミノ酸の多くは体の中で生成されますが、その中で9種類だけは体内で作ることができず、食物から摂る必要があります。この9種類のアミノ酸を「必須アミノ酸」といいます。必須アミノ酸は体の神経、筋肉などすべての働きを維持する上で重要な役割をもっています。

肉をはじめ牛乳、卵などの動物性食品はアミノ酸のバランスを考えると100点満点です。卵は必須アミノ酸を理想的な割合で含んでいる良質なたんぱく源で、そのたんぱく質の大部分は「アルブミン」です。アルブミンは血液中の総たんぱく量の50−70パーセントを占めており、筋肉の原料になります。もし健康診断の血液検査で「アルブミン」という項目があると、それは筋肉量の目安になります。また、血管、免疫細胞がうまく働くために必要不可欠な成分です。医師が高齢者の栄養状態を判断する項目として最も重要視しているのがアルブミンです。肉を食べる事により、血清アルブミンが血管を強化し、心臓病や脳卒中、認知症を防ぎ健康寿命につながることがわかってきました。

一日に必要なたんぱく質の量は体重1キロあたり約1グラムといわれており、その中で、動物性たんぱく質と植物性たんぱく質の割合は1:1が理想とされています。体重50キロの人では、一日に必要なたんぱく質の量は約50グラムで、その中で動物性たんぱく質の割合は、肉、魚、牛乳、卵を含めて25グラム程度です。 肉食で気になるのはカロリーです。成人の摂取カロリーは,一日1,800~2,200キロカロリーですが、大量の肉を長期間食べると高カロリーになり心臓病や脳卒中の原因になります。

なぜ欧米人が魚を食する様になったか
 最近、一部の欧米人は肉食から魚食に変わっていると言われています。それは、肉食をやめて魚食に変わったということではありません。欧米の人々は、一回に200−300グラムの肉を食べます。これを100グラム程度に少なくしたということです。多くの日本人が一回に食べる肉は通常200グラム前後です。タンパク質は、筋肉や臓器など身体を構成する主要な成分で、生命活動に必要なホルモンや酵素、神経伝達物質などの原料にもなります。

高齢になると腸内の善玉菌が減少する
 60歳を過ぎる頃から腸内の善玉菌の「ビフィズス菌」が減少し、逆に悪玉菌の「大腸菌」と「ウエルシュ菌」が増加します。また、ストレスが多い生活の人では悪玉菌が増えます。一方、腸は免疫機能を司る重要な臓器です。免疫は私どもの体を病原菌やウイルス、毒物などから守るための重要な働きです。善玉菌のビフィズス菌には免疫力を増強する物質が含まれています。しかし、加齢とともにこの善玉菌が減少するので、高齢者の免疫能は低下し、感染症にかかりやすくなります。

善玉菌として酪酸菌を発見
 最近、善玉菌として酪酸菌が世界中の研究者たちが関心を寄せています。日本の腸内細菌研究のリーダーの一人である理化学研究所の辨野義己先生によれば、健康長寿者の腸には善玉菌として知られているビフィズス菌と酪酸菌が非常に多いことを発表しています。辨野先生はビフィズス菌と酪酸菌を「長寿菌」と呼んでおり、これらが健康長寿を維持するのに欠かせない腸内細菌であると確信しています。

食物繊維を摂取すると酪酸菌が増える
 腸内で酪酸菌を増やすためにはそのエサを与えることです。それが魚や海藻などの食物繊維です。食物繊維は腸からの脂肪分や塩分の吸収を抑えてくれます。また、発芽玄米は白米の6倍もの食物繊維を含んでいますので、腸内の酪酸菌のよいエサとなり腸内環境を改善します。 食物繊維は、ほとんどが腸から吸収されないで通過するだけですので、そのときに余分なコレステロール、糖分、脂肪などの吸収を抑えて一緒に体外へ排出してくれます。また、腸の中に溜まっている毒素も同時に排出しますので、便秘の解消にも効果があります。日常の食品としては、わかめ、むぎ、いも、メカブ、大豆、レタス、たまねぎ、白米より麦飯なども食物繊維としてオススメの食品です。 

食物繊維の摂取目標量
 日本人の平均食物繊維摂取量は、厚生労働省策定の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によれば、一日あたりの「目標量」(生活習慣病の予防を目的として、当面の目標とすべき摂取量)は、18~64歳で男性21g以上、女性18g以上となっています。食物繊維は、身体に必須の栄養素ではありませんが、身体を健康な状態に維持するための食品成分です。食物繊維を積極的に摂取することにより血中コレステロール値を下げます。また食後の糖の吸収をゆるやかにし、血糖値の急激な上昇を抑える作用があります。食物繊維を手軽にとる方法としては、一日のうち1食の主食を玄米ごはん、麦ごはん、胚芽米ごはん、全粒小麦パンなどに置き換えると、効率的に食物繊維が摂取できます。また、豆類、野菜類、果実類、きのこ類、藻類などにも多く含まれています。食品で見ると、そば、ライ麦パン、しらたき、さつまいも、切り干し大根、かぼちゃ、ごぼう、たけのこ、ブロッコリー、モロヘイヤ、糸引き納豆、いんげん豆、あずき、おから、しいたけ、ひじきなどは、1食あたり摂取する量の中に食物繊維が2~3gも含まれています。

おわりに
 海外では和食が世界遺産に認定される程ブームになっています。それと同時に、日本国内では肉食を好む人が増えています。肉には良質のタンパク質が豊富に含まれているので、高齢者にとってもよい食材ですが、肉に偏った食生活は避けなければなりません。肉と魚を1対1でバランスよく食べることが必要です。また、肉を食べるときにはその2~3倍の野菜・海藻等の食物繊維を十分に摂ることが勧められています。これは酪酸菌の働きを助けるからです。私たちの身体にとって肉類は重要なタンパク源です。これまで肉類中心の食生活をおくっていた人は、肉類を控えめにして、1日1食は魚料理として、刺身をはじめ、煮魚や焼き魚など、さまざまな料理を楽しむことをお勧めします。 (参照:第11話. 腸の働きが体力をつくる、第30話 「脳腸相関」- 腸と脳の交信システム、第32話. 肉食のすすめ)

2022年1月1日

次回予告:未定



102. 一酸化炭素中毒に注意

火災現場の死因は急性一酸化炭素中毒が多い
 2021年12月17日、午前10時20分過ぎ、JR大阪駅から200mほどの場所にある大阪市北区の「堂島北ビル」の4階にある『西梅田こころとからだのクリニック』という心療内科から火の手があがった。この火事でクリニックの院長の西沢弘太郎さんら男女25人が亡くなられました。この放火殺人事件で、大阪府警は12月31日、死亡した谷本盛雄容疑者の遺体を司法解剖した結果、死因は一酸化炭素中毒に伴う蘇生後脳症だったと発表しました。谷本容疑者は事件当時、院内にいた患者らを奥の部屋に追い込んだとされ、煙を大量に吸い込んだことで一酸化炭素中毒になったとみられます。大阪府警によると、谷本容疑者は心肺停止状態で発見され、大阪市内の病院に救急搬送されました。顔や手足に重いやけどを負ったほか、一酸化炭素中毒に陥った。集中治療室でいったん蘇生したが、それまで脳に十分な酸素が行き届かなかった影響で重大な障害を負った後、意識不明の重体が続き、12月30日夜に死亡が確認されました。

一酸化炭素は酸素が不足した環境で燃焼(不完全燃焼)した時に発生する気体です。火災のときには炎が上がる前火がくすぶっている状態でも一酸化炭素が発生しています。さらに、火災の最盛期で炎が上がっているときにも一酸化炭素は発生しますので、火災で発生する煙の中には一酸化炭素が多く含まれます。また、ガスコンロ、石油暖房機などの身近な燃焼機器からも、換気が不十分なときには不完全燃焼して、一酸化炭素が発生することがあります。

一酸化炭素は無色透明なので目には見えず臭いもないため、発生しても気付きにくい気体です。一酸化炭素は無味無臭で空気とほぼ同じ比重0.967(空気を1とした時の重さ)ですので直ぐ空気と混合してしまい両者の境には層ができません。空気よりわずかに軽いので、逃げる時にはできるだけ姿勢を低くすることです。室内に煙が充満したら上下に関係なく一酸化炭素も室内に充満しますので、ハンカチなどで出来るだけ煙を吸わないようにして逃げることです。一酸化炭素を含んだ空気を吸うと、血液中の酸素濃度が低下し、脳細胞に酸素が供給できなくなるため酸欠状態になり、意識障害を引き起こし、最悪の場合は、死に至ります。特に恐ろしいのは就寝中に火災で一酸化炭素を吸入すると、気付いたときには逃げたくても身体が動かなかったり、意識を失って助けを呼ぶこともできなくなります。

その中毒の原因は、一酸化炭素は体の隅々まで酸素を運搬するヘモグロビンというたんぱくへの結合力が酸素に比べて200倍強いため、一酸化炭素が体内に入ると酸素はヘモグロビンと結合することができなくなります。つまり、酸素の供給量が200分の1に減少します。その結果、体の細胞の中に酸素が供給されなくなり、酸欠状態になります。脳の細胞は酸欠状態に非常に弱く、3−4分でも酸素の供給が止まると脳の細胞は死にます。一度死んだ脳細胞は二度と再生しませんので、例え生き延びたとしても植物状態になります

通常、一酸化炭素中毒の場合、10-50ppm(ppmは一キログラム中百万分の一)の低濃度程度では本人は気づかないことが多いですが、空気中の濃度が増加して100ppmになると、軽い頭痛のほか認識能力や運動能力が低下します。さらに500ppmになると激しい頭痛、嘔吐、めまい、錯乱が生じ、1000ppmでは失神や昏睡状態になります。

タバコを吸って頭が痛くなるのは一酸化炭素が発生しているからです。また、火災の時の死亡の原因は、焼死よりはむしろ建材の燃焼により発生する一酸化炭素中毒死が圧倒的に多い。車の排気ガスの中にも7−30パーセント(車種により異なる)の一酸化炭素が含まれているので、これを大量に吸うと呼吸困難となり中毒死します。妊婦の場合、一酸化炭素を吸うと、胎盤を通して供給している酸素が胎児に供給できなくなり、間もなく胎児は酸欠死します。頭痛や吐き気が中毒の初期サインですので、この症状が出たら直ちに窓を解放して新鮮な空気を入れて下さい。それでも気分が悪かったら早めに医療機関で治療することをすすめます。

暖房による一酸化炭素中毒
 平成23年12月16日消費者庁からの発表(要約)
 節電のため、エアコンや電気ストーブの使用を控え、石油機器、ガス機器、炭等を使用して暖をとる場合、閉め切った室内で換気をせずに使用しますと、不完全燃焼による一酸化炭素中毒を引き起こすことがあります。 以下に、暖房器具等による一酸化炭素中毒の事例と、事故予防のポイントをお知らせします。

1.暖房器具等による一酸化炭素中毒事故の事例
■ 事例1 石油ストーブを就寝時に消火せず、気密性の高い閉め切った室内で長時間使用していた人が、一酸化炭素中毒で死亡した。(平成 21 年 12 月 事故情報データバンク)
■ 事例2 駐車中の自動車内でガスストーブで暖をとっていたとみられる2人が、一酸化炭素中毒の疑いで死亡した。(平成 22 年1月 事故情報データバンク)
■ 事例3 絵画教室において練炭で暖をとっていて、参加者が、一酸化炭素中毒を起こした。(平成 23年1月 事故情報データバンク)
■ 事例4 計画停電に伴い、ダイニングにおいて七輪に炭をおこし暖をとっていた人が、一酸化炭素中毒を起こした。(平成 23 年3月※東京都報道発表)
※東京都生活文化局消費生活部生活安全課 平成 23 年 11 月公表 「発電機・木炭等による一酸化炭素中毒の危険性 一酸化炭素中毒事故を防ぎましょう」 冬の身近な危険について その2 「燃焼」を伴う暖房器具を使う際は、 一酸化炭素中毒にご注意を!

2.暖房器具等による一酸化炭素中毒を防ぐために
■ 一酸化炭素は無味無臭の気体なので気づきにくく、対応が遅れることがあります。頭痛・耳鳴・めまい・吐き気など、暖房器具等を使用中に少しでも体に違和感を覚えた場合は、ただちに使用を中止し、換気を行い新鮮な空気を取り込むようにしてください。
■ 最近の家屋は気密性が高くなっています。暖をとるためとはいっても、窓等を閉め切ったままでの使用は危険です。室内の酸素を利用して燃焼する暖房器具等を使用する際には、一酸化炭素濃度の上昇を抑えるため、1時間に1~2回、1~2分程度換気を行ってください。換気に当たっては、換気口として2か所以上の風の出入のある開口部を設けてください。また、車内など狭い空間では暖房器具を使用しないでください。
■ 暖房器具等を消火する際には、完全に火が消えたことをしっかりと確認してください。消したつもりでも火が残っており、不完全燃焼を起こす場合があります。
■ 特に古い暖房機器は、部品が劣化して不完全燃焼を起こしやすくなっているものや不完全燃焼防止装置が付いていないもの(金網式ガスストーブなど)があるため、使用を中止していただくか、安全装置の付いた製品に交換してください。

東京都消防庁によると、東京都だけで、平成27年から令和元年までの過去5年間で、住宅、共同住宅において27件の一酸化炭素中毒事故が発生しています。また、一酸化炭素中毒により救急搬送された人のうち約3割が、生命の危険が強いと認められる重症以上と診断されています。

火から出る煙には一酸化炭素が含まれている場合が多く、特に不完全燃焼している場合に顕著です。換気が適切に行われていなければ、暖炉、温水暖房器具、ガス暖房器具、灯油ストーブ、まきストーブ、練炭などが原因で一酸化炭素中毒が起こることがあります。タバコを吸って頭が痛くなるのは、タバコから出た一酸化炭素が血液に入ったためで通常は中毒症状を引き起こすほどの量になりません。

空気中の一酸化炭素を検出してアラームが鳴る家庭用の検知器もあります。家の中に一酸化炭素が蓄積していることが疑われる場合は、窓を開け、家から出て、一酸化炭素の発生源がないか調べます。検知器を使えば、中毒になる前に一酸化炭素の蓄積を感知できます。火災報知器と同様に、一酸化炭素の検知器もすべての家庭に設置することが推奨されています。

家庭用湯沸かし器や炊事用ガスコンロの不完全燃焼は大変危険です。簡易卓上コンロのカセットボンベに入っているガスはブタンガスです。都市ガスはメタン(燃える気体)を主な成分に持つ天然ガスです。また、LPガスは、プロパン・ブタンを主成分に持つ液化石油ガス(LPG)です。これらのガスを吸うと、意識がもうろうとなり、高濃度になると酸欠状態になります。不完全燃焼時には一酸化炭素が発生し中毒となります。プロパンガスやブタンガスは空気より重いので家の中では床面に沈みます。頭が痛い、息苦しいなどの時は出来るだけ体を立ててその場から離れる方が安全です。 千葉県いすみ市で「かも猟」のために山林に入った男性3人が、テントの中で死亡しているのが見つかりました。これは暖房器具から発生した一酸化炭素中毒の可能性があるとみられています。

車の排気ガスによる一酸化炭素中毒
 北日本を中心に、強い冬型の気圧配置となり各地で暴風雪となっています。そんな中、今年は一酸化中毒による事故死が相次いでいます。秋田県能代市にある住宅で60代の夫婦が倒れているのが見つかり、その場で死亡が確認されました。また、石川県内灘町で、周囲に多くの雪が積もった車の中から60代男性が意識不明の状態で見つかり、その後死亡が確認されました。大雪で動けなくなり車内で暖房をつけっぱなしにした為、自動車の排気管が積もった雪などで塞がっていると、排気中の一酸化炭素が車内に入ったため車内の一酸化炭素濃度が急上昇して致死的な濃度になります。

おわりに
 火事で亡くなられる原因は、焼死よりもむしろ一酸化炭素中毒によるものが圧倒的に多いです。記述したように、一酸化炭素は体内の酸素と結合して、全身に分布される酸素を奪い取ります。したがって、2−3分で脳内の酸素が少なくなって意識を失い亡くなります。火事以外でも、危険なのは暖房道具のガスストーブです。換気を十分にしないと、突然意識を失うことがありますので、冬季にはくれぐれもご注意下さい。

2022年2月1日

次回予告:未定



 

103. 老いを学ぶ

「老」とのつきあい方
 先日かかりつけの大学病院の循環器内科で定期検診を受診しました。診察後に雑談で、「最近家の階段を登る時に息切れするんですが心臓、肺は大丈夫でしょうか」と伺ったところ、先生曰く「年を考えてください。若い時と同じつもりでいたらダメですよ、心臓、肺の機能は問題ないですのでご安心下さい」とのことでした。若い時と比較するのがいかに無意味であることを痛感しました。

世の中には、「人間ドックは病気を探す様なものなので何の役にも立たない」という人がいます。しかし、私はそうは思いません。病気は先手必勝です。早期に発見して早期に治療するのがベストと考えます。 高齢になると検査値が徐々に基準値(参考値)から外れる項目もありますが、多少のハズレは加齢によるものですので何の心配もいりません。そもそも参考値は20-60歳くらいまでの健康な人の検査成績をもとに、上限と下限の2.5パーセントずつを除外した残りの95パーセントの人の数値が基準範囲とされています。つまり、「現時点では極めて健康と考えられる人の95パーセントが含まれる範囲」が参考値です。したがって、加齢に伴って体調が変化している高齢者の場合はその基準値から外れても当然です。

80歳の大台になると、体力は衰え、気力は低下し物忘れが激しい、などマイナス面が目立ちます。少しでもプラス面を増やそうとしても中々意のままにはなりません。そんなとき「枯れた境地」が役立ちます。高齢者は他人の言葉に過敏にならないで受け流す術を知っています。それが「老」に立ち向かうコツです。昔、神社で厄年を払ってもらったとき神主さんに聞きました。「厄年は何歳まで続くのですか」。神主さん曰く。「60歳過ぎると毎年厄年です」。これまでの自分を考えると全くその通りです。

幸せな「老い方」
 人は誰しも老いていきます。そしてその老い方は人それぞれです。そんな老い方には、誰もが思わず敬意を表したくなるような人々がいます。そこにはある共通点があります。

この様な人は例外なく幸せに生きていると言えます。つまり誰もが思わず敬意を表したくなるような「老い方」に必要なものは毎日を充実した時間を過ごすことです。もし生涯続けられる仕事があれば幸せな老い方につながります。定年になって毎日が日曜日の生活が長く続くと、やがて心身ともに衰えていきます。

●江戸時代の長寿者たち
 医療史の研究で知られる立川昭二・北里大学名誉教授が歴史上の人物について、1964 年以前の500年の平均死亡年齢を計算しています。
 戦国時代:60.4 歳
 江戸時代前期:67.7 歳  中期:67.6 歳  後期:65.2 歳
 明治、大正時代:60.6 歳
 昭和時代:72.0 歳

上記の数字は歴史上の著名な人物の死亡年齢です。江戸時代の一般の人々の平均寿命は約39歳と言われていますので、それを考えるとこれらの著名人はかなり長寿といえます。歴史上の著名な人物は一般民衆に比べ、住居、食事、医療などの環境に恵まれていたことが推測されます。

江戸時代の有名な人物の死亡年齢は下記の通りです。
 近松門左衛門 72歳
 新井白石 69歳
 徳川光圀 73歳
 貝原益軒 85歳
 杉田玄白 85歳
 上田秋成 76歳
 良寛 74歳
 滝沢馬琴 82歳
 葛飾北斎 90歳
 伊能忠敬 74歳

立川教授の資料によると、江戸時代はほとんどの人が、一生同じ仕事を続けていたわけではなく、40代半ばから50歳頃に現役を引退し、隠居後は別の仕事をして老後を楽しんでいたそうです。

(例1)伊能忠敬(1745−1818)は50歳で家業を息子に譲り好きな天文学の研究を始め、55歳の時に日本地図制作のために日本全国を歩測する旅に出ました。そして精巧な日本地図を完成させたのは15年後の70歳の時でした。文化15年4月13日(1818)死去、74歳。 

(例2)神沢杜口(かんざわとこう)(1710-1795)は江戸時代中期の俳人,随筆家で宝永7年生まれです。京都町奉行所の与力で俳諧(はいかい)を好んでいました。40 歳で与力職を娘婿に譲り、娘一家と暮らさず都会派老人として京都に住み念願の執筆活動に入っています。杜口は執筆中の原稿の大半を78歳のときに大火で消失しましたが、再び筆をとり3年半後にライフワークとなる大著「翁草」を完成させました。年齢80歳を超えるころに、年間900ページずつ書き上げている計算になります。寛政7年2月11日(3月27日という説もある)死去、86歳。

このように江戸時代の年寄りはかなり精力的で、隠居後は子供に依存せずに第2の人生で自己実現をはたしていたと言えるのです。それは、現代の年寄りをはるかに凌駕した段階に達しているのではないかと思います。これから考えて、「仕事を見つける」だけではなく、「隠居の仕方」にも生涯現役・健康長寿の秘訣があるのかもしれません。

だれでもいずれ老いを受け入れねばならない
 いつまでも老いと闘い続けることは生物学的に困難です。脳を使うことで認知症の発症を遅らせることができます。また、発症後も、脳を使う人の方が進行が遅くなることはよく知られています。

我が国で発表されている様々な認知症有病率の統計によれば、85歳を過ぎた人々の40〜50%が、90歳以上で約60%が認知症の診断基準に当てはまるそうです。
 認知症を遅らせたり、寝たきりや要介護になる時期を遅らせたりすることは可能ですが、長生きをすればいつかは病気になるというのも事実です。「認知症になったら安楽死したい」という人もいますが、老いや衰えを否認したり、あるいは認知症になることを必要以上に恐れるより、誰もが発症する可能性があると開き直って、そうなった際に受け入れる方が主観的には幸せなことかもしれません。

老いや衰えに直面した際に、「年を取ったから仕方ない」と受け入れる時期が必要です。いたずらに不安になったり、老いを遅らせることばかり考えるより、どんな衰えが現れるのかをきちんと知っておき、そうなったときにどうすればいいかを知っておくことが必要です。しかし、私のような凡人はなかなかそこまで達観することは容易ではありません。

老化は病気か
 老化の大きな要因の1つは、慢性炎症を引き起こす「老化細胞」が臓器や組織の中に生成して、それが蓄積すると糖尿病や高血圧の原因になると言われています。東京大学医科学研究所中西真教授らの動物実験の研究によると、種々の老化細胞を生き延びさせるのがグルタミナーゼ1(GLS1)という酵素です。したがって、この酵素の働きを阻害して老化細胞を取り除くと老化が抑制されることが考えられます。その作用をもつ物質がGLS1阻害薬です。もし、ヒトでもこのGLS1阻害薬の作用により老化を抑制されると120歳まで寿命が延びることが期待されます。

おわりに
 満足する状態で寿命を完結したいのは誰もが望むところです。しかし、心身ともに衰えてくるのは生物の宿命です。前述したように、老化細胞を除去して皆さんの寿命が120歳まで生き延びたら世界はどうなるでしょうか。世界中が限られた食料を奪い合う結果、新たな紛争の原因になります。生物にはそれぞれ与えられた寿命があるのが自然の摂理です。

2022年3月1日

次回予告:未定



104. 再び「老」を考える

「メディカルトーク」ではこれまで数回にわたり「老い」に関する小文を掲載しました(第5、25、35、89、103話)。これは私が最近老化について深刻に考えているからです。今回も再び老化について考えてみました。

私は「老」の漢字は好きではありません。理由は単純で「死」を連想させるからです。老化とは、人間を含むすべての生物が死に至るまでの間に身体の働きが低下することです。また、老化は生物が年をとるに従って変わることで、同様の意味を持つ「成熟」と区別するために「加齢」、「エイジング」などと言い換えられる場合もあります。生活の中で知らず知らずにやっていたことが、老化につながっていたなんて事があります。

老化には生理的老化と病的老化があります。人生の途中で事故や病気で命を奪われないかぎり、誰でも例外なく誕生 → 発育(成長)→ 成熟 → 衰退という経過をたどって最終的に死に至ります。この一連の過程を加齢といいます。加齢そのものを老化ともいうこともありますが、一般には、成熟期以降におこる心身の変化を老化、老衰、老年などと呼んでいます。病的老化は必ずしも全員に起こるとは限りません。血管の変化、例えば糖尿病や高血圧による動脈硬化などがその代表です。これに対して、生理的老化とは、成熟期以降に遅かれ早かれ、だれにでも必ず起こる心身の変化で、誰にも避けられないものです。その進行の速さは個人によって違います。なぜならばそれには遺伝や環境要因が加わるからです。

また、生理的老化の進行は必ず身体に不利をもたらします。その例として、老眼、白内障、難聴、骨・関節の変形、痛みなどは誰でも経験するからです。この様な老化が目立つ程進まない場合でも寿命には限界があります。厚生労働省では2021年9月1日時点の住民基本台帳に基づく100歳以上の高齢者数が前年より6060人増加し、8万6510人と報告しています。100歳以上人口の増加は51年連続です。日本は世界有数の長寿国ですが、100歳以上人口は圧倒的に女性が多く、全体の88.4%を占めています。 最高齢の女性は福岡市在住の田中カ子(かね)さん118歳。田中さんは2019年3月に世界最高齢者としてギネスに公式認定されています。最高齢男性は奈良市在住の上田幹蔵さん111歳です。

からだの老化の特徴は何でしょうか。誰でも経験することですが、高齢になると全身状態が悪くなりやすいことです。私たちの身体の中には、身体の具合が多少変わっても、いつも一定の状態に保たれる仕組みが備えられています。これを「ホメオスターシス(恒常性維持)」といいます。これが崩れると、健康が損なわれるばかりではなく、最悪の場合死に至ります。ホメオスターシスは、肺、肝臓、腎臓などの複数の臓器のはたらきによって維持され、脳や身体のホルモン系、神経系、免疫系によって調節されています。高齢になるとこのはたらきが衰えるために、小さな原因でもホメオスターシスが崩れ、全身状態が悪くなりやすくなります。ちなみに、一度入院すると、退院して入院前の体調に戻るまで、成人では入院日数の3倍かかるといわれています。高齢者では少なくとも5−6倍の日数がかかります。骨折などの場合は、治療が終わってもリハビリに数週間かかることがあります。私事で恐縮ですが、4年前、私は腎臓の病気で40日間入院しました。幸いにも回復して退院して数日経ってから入院前に歩いた散歩道を歩いたところ半分の距離で体力が続かなくなり自宅に戻りました。

高齢者は1人で複数の病気をもっていることが少なくありません。老人ホームの医師の調査によると、一日に飲む薬は平均12種類で、その数は23個でした。1日に錠剤23個という事は、毎食後に飲むとしても、毎回8つぐらいの薬を飲んでいる事になります。この様な患者では薬の飲み合わせを考えなければならないので、医師側としては薬の処方に細心の注意を払います。しかし、処方箋を薬局へ持っていくと、薬剤師が薬の飲み合わせなどをチェックして、問題なければ患者さんにお渡しします。何か問題がある場合は、処方した医師に伝えることになっています。従って患者さんが受け取る薬は、その数が多くとも安心して飲んでいただいて大丈夫です。

老衰死と自然死
 内閣府公表の高齢社会白書「平均寿命の将来推計」によると、2060年には男性は84.19歳に、女性は90.93歳になるということです。高齢化に伴って、老衰死の人数も増えています。私は著名人の新聞の死亡記事を毎日注意してみています。先日70歳代の方の死亡記事で、死因が「老衰」とあり老衰死の定義がわからなくなりました。「老衰死」とはどんな死に方でしょうか。医学の中では、老衰死とは、老いてだんだんと体が弱り、木が枯れるように亡くなっていくとあります。 近年は医療の進歩に伴い、純粋の老衰で死亡する割合は減少しています。本当の老衰死は「自然死」です。特に重症の病気もなく、徐々に食欲がなくなって、ある日そっと息をひきとることです。

一般に人の死はその形態によって何種類かに分類されています。自然死、病死、災害死、事故死、自殺、他殺などです。そして、医学的に見た場合の死の原因は、死に至るまでの病気の経過にしたがって分けられています。たとえば、脱水死、呼吸不全死、心不全死、中枢障害死、酸欠、ショック死、事故死などです。このような死に至るには、その原因となった疾患があり、それが「死因」として記載されます。 医学的には、このような直接の死因がない場合、「老衰死=自然死」とされています。厚生労働省の「死亡診断書記入マニュアル」によると、死因としての「老衰」は、「高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合のみ用いる」とあります。第二次世界大戦後、長い間、「老衰」は減り続けました。しかし、最近では、医学が発達したため、昔は「老衰」で済ませたものでも、なんらかの疾患が発見されるようになりました。その場合、医学的にはその疾患の病名が死因ということになります。

おわりに
 老化の程度や病気にかかり易さは個人により大きな差があります。年をとっても、いろいろな臓器のはたらきが成人と変わらない人もいますし、極端に低下している人もいます。また、高齢者は、薬に対する反応が若い人とは異なります。たとえば、腎臓の働きが衰えている高齢者は、飲んだ薬が最終的に尿から排泄されるべきところがうまく出来ないために、体内に薬が蓄積して、おもわぬ副作用が現れたりします。兎に角、高齢になるとフラフラ状態で人生を歩いているので、小さな石でもつまずいてこけてしまいます。自省を込めて考えると、決して無理をせずに、頑張らずにゆっくり先を見ながら歩くことです。

付録
 今回は老化、老衰死など暗い話を書きましたので、私の駄文の口直しとして、敬愛する遠藤周作の名文を楽しんでください。

その人も老いたのならこちらもまた老いたのである。老いるということはまた、人生の寂しさをかみしめることができるようになったことである。私は老人は自分の「老い」を「老い」として受け入れ、その上での生き方を考えるべきと思っている。 良寛の言葉に「死ぬ時は死ぬがよろし」という名言があるが、それに倣って(ならって)「老いる時は老いるがよろし」という言葉を私は老人に贈りたい。 長寿であることは幸福であることかー私は老人を見るたびに考え込んでしまう。 老人には若い者のわからぬ孤独感やさびしさがにじんでいる。あの孤独感に耐えながら生きつづけるのは倖せなのか、私には確信をもって言えない。 不幸がなければ幸福は存在しないし、病気があるからこそ健康もありうるわけだ。だから両者は互いに依存しあっているといえる。しかも不幸とよぶものにはピン、キリがあり、もっと不幸な人からみるとある程度不幸な人はまだ「幸福」に見えるものでる。末期癌の患者には心臓病の患者は羨ましく見えるかもしれない。すべての価値概念はこのようにして相対的である。


 掲載済
 第5話 「老い」との付き合い方
 第25話 心の老化度をチェックする
 第35話 加齢と老化は別もの
 第89話 老いを感じるとき
 第103話 老いを学ぶ

2022年4月1日

次回予告:未定


105. どうして疲れるのですか

最近「疲労の科学」が注目を集めています。「なかなか疲れがとれない」ことを理由に病院を受診しても、検査で原因が判明することはほとんどありません。検査で異常が見つからないことから、精神科や心療内科を受診する人もいます。しかし、そこでも疲れを説明できるような病気が見つからないことが往々にしてあります。

そもそも「疲れ」って何なのでしょうか?どのようにして起こるのでしょうか?高齢になると少し動いても疲れを感じます。若い頃に比べて体力が落ちているから当然です。疲れを原因により分類すると、(1)純粋な運動による肉体的な疲れ、(2)人間関係のストレスによる、精神的な疲れ、(3)頭がボーッとして集中できないメンタルな疲れ、(4)暑さや寒さなどの環境に起因する疲れ。多くの場合、実際の疲れはこれらの原因が複合的に絡みあっています。疲れるサインを無視して働き続けたり体を酷使し続けると、過労死やうつ病、生活習慣病をはじめとする様々な病気の原因になることが多い。

末梢性疲労
 「末梢」とは頸から下の身体の部分を指し、「中枢」とは頭、脳などのことをいいます。運動などによる肉体的な疲労は「末梢性疲労」です。また、精神的、ストレスによる疲れは「中枢性疲労」です。これは肉体的な限界に至る前にアタマが疲れた時のサインです。「末梢性疲労」は手足、体などの疲れで、その原因は筋肉に存在し体のエネルギー源になっているグリコーゲン(ブドウ糖の塊)という化学物質の枯渇によって、筋肉の俊敏性や巧緻性が低下し、パフォーマンスが低下する結果です。また、筋肉痛は運動中に生じた筋肉が損傷して炎症を起こしてパフォーマンスが低下するためです。末梢性疲労は十分な休息と栄養を取ることにより回復します。

「疲労の原因は乳酸」は誤りだ
 昔は「乳酸」という体内の化学物質が疲労の原因物質で、それが体内に蓄積すると疲れると考えられていました。しかし、2000年代に医学専門誌に発表された内容によるとそれは誤りであることがわかりました。従来、乳酸は筋肉の中では疲労回復を遅らせると考えられており、血中に放出された乳酸により体液のバランスが酸性に傾くと言われていました。それに加えて、乳酸が脳にも回りこれが筋肉疲労を脳に知らせる情報となり、かつ脳の疲労の原因物質であるかのように考えられていました。

しかし、2007年に乳酸は疲労を抑制するように働くという従来と真逆の研究成果が発表されました。乳酸は運動により筋内から血中に放出されますが、筋肉や心臓に取り込まれ、エネルギー源として利用されることが明らかになりました。また、脳でも乳酸が神経細胞周囲の細胞によって作られますが、疲労の抑制やエネルギー物質として利用されることが判明しました。

中枢性疲労
 一方、中枢性疲労は「脳の疲れ」で、疲労の度合いはカラダやアタマを酷使する時間とは必ずしも比例せず、心理的な疲れの度合いによることが多いです。例えば、「末梢性疲労」では運動でカラダを酷使した後であっても心地よさを感じることがあります。それに対して、「中枢性疲労」はカラダは酷使していないのに長時間続く会議など、ストレスや緊張状態が続くことで、ぐったり疲れてしまうことです。

脳の中の約80%を占めるのが大脳です。人間と動物の脳を比べたときに大きく違うのが、「前頭前野」です。人間の「前頭前野」は大脳の中の約30%を占めていますが、動物の中でもっとも大きいチンパンジーなどでも7~10%くらいしかありません。ストレスの処理は主に「前頭前野」で行われ、ここの処理能力はその日の体調によります。「前頭前野」は「脳の司令塔」と呼ばれ、「考える」「記憶する」「アイデアを出す」「感情をコントロールする」「判断する」「応用する」など、人間にとって重要な働きを担っている箇所で、人間が人間らしくあるためにもっとも必要な存在といえます。その発達のためには適切な刺激を与える必要があります。日によって疲れ方が異なるのは「前頭前野」におけるストレスの処理能力が関係しています。この処理がうまくいかないと強い疲労や過労死などを生む原因となります。逆に、この処理能力を鍛えることで中枢性疲労を改善することができます。

「末梢性」、「中枢性」疲労を回復する方法
 「末梢性疲労」の回復には、からだを休めることと栄養補給が有効です。また、軽い運動により血行は改善されます。運動の内容によっては「幸せホルモン」と呼ばれる脳内セロトニンの分泌を促すことがわかっています。実は、セロトニンはホルモンではなく自律神経を整える「神経伝達物質」です。自律神経には2種類あります。
 ・交感神経:活発な時間帯に優位になる
 ・副交感神経:寝ているときなどリラックスしている時間帯に優位になる
 セロトニンがしっかり分泌されていると、二つの自律神経のバランスが整い精神が安定します。気分の浮き沈みが少なくなることにより、ストレスやイライラも軽減されます。

一方、精神や神経の疲労である「中枢性疲労」は、脳が緊張状態にあることやストレスが主な原因です。長時間にわたるパソコンやスマホの使用による眼精疲労も中枢性疲労の一つです。中枢性疲労の回復には自律神経を整えることが有効です。メンタルの安定に作用する「セロトニン」の分泌量を増やすことや、血行を改善することも有効です。また、軽い運動は血行を改善してくれますし、セロトニンの分泌を促すことがわかっていますから、肉体的疲労の回復効果が期待できます。

おわりに
 今回は疲労の種類とその原因について述べました。日常であなたが「疲れた」と感じるのはカラダの疲れでしょうか?脳の疲れでしょうか?疲労には、運動だけではなく環境ストレス、精神ストレス、睡眠要因などが複雑に関わっています。慢性的な疲労は、思考能力や注意力の低下、行動量の低下、眼のかすみ、頭痛、肩こり、腰痛などの症状を引き起こします。疲労を感じたときは、早めに十分な休息や睡眠をとることが大切です。十分な休息をとっても疲労が回復しない、全身のだるさや倦怠感が長く続くときは、その原因として何らかの病気がある可能性があります。そのときには早めに医療機関を受診することが必要です。

2022年5月1日

次回予告:未定



106. 心を病むときー「コロナうつ」は薬で治る—

新型コロナにより多くの人々は友人、知人などとの会合が制限されて自宅に閉じこもる生活が3年近く続いています。これによりうつ状態になる人々が増加しています。うつ病を放置していると、大変なことになりますので、心当たりのある人は、できるだけ早めに専門家に相談することをおすすめします。 “心”とはいっても、本質的には「脳」のトラブルです。気が滅入ったり落ち込んだりすることは誰しもあることですが、それが長引き、なかなか沈んだ状態から立ち直れなくなってしまうのがうつ病の特徴です。

胃が悪いと消化器内科で診察を受けます。咳が出ると内科で受診します。それと同じように、精神科医によると、うつ病は脳が疲労して悪化することですので、うつ状態になったら精神科で診察を受けて適切な薬物療法を受けると治るということです。うつ病は概して「環境要因」と「遺伝的要因」に分けられますが、コロナ禍でのうつ病は、前者に当てはまるといえます。

「コロナうつ」は、インターネットやメディアが作り出した言葉で定義が明確に定められていないこともあり、「コロナうつ」と「うつ病」の線引きはありませんが、専門医によると次のような症状が毎日続くことを指します。

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本では、うつ病やうつ状態の人の割合は、新型コロナが流行する前は7.9パーセント(2013年調査)でしたが、2020年には17.3パーセントと2.2倍に増加しています。この数字は警察庁が発表している国内「自殺者数」の推移と関連しています(2020年「令和2年中における自殺の状況」)。過去数十年にわたって自殺理由のトップは「健康問題」で、全体の約半数近くを占めてきました。その内訳として「うつ病」は例年4割近くにも及んでいます(厚生労働省「自殺対策白書」)。

「健康問題」による自殺は、この10年以上、実数も割合も減少傾向を保ってきました。それが2020年になり突如急増しました。同じく減少を続けていた自殺者数全体も増加に転じています。この予期しない自殺増加を招いた「健康問題」とは、状況的に「コロナうつ」と考えられています。

精神科で受診することに対する抵抗感は、精神病は治らない病気であると考えて受診しない人が多いからです。私が子供の頃住んでいた街の郊外に、見るからに寂しい建物がありました。ここは精神科の病院で地元では「脳病院」と呼んでいました。当時、精神病院というと患者は「精神分裂病」やうつ病の患者が大半でした。「精神分裂病」という病名は2002年に「統合失調症」に変更されました。その理由は、「精神分裂」という言葉は人格の破壊につながるイメージがあり、病気そのものに対する誤解や偏見が強いからです。

日常生活の中で憂うつになったり、気分が落ち込んだりといった感情の波はだれでも経験することです。人間関係が思うようにいかなかったり、仕事や受験で失敗してしまったりすることは一般に経験することです。そのような落ち込んだ気分は、原因が解消されたり、気分転換をしたり、ある程度時間が経過することで次第に癒され回復することが多いです。

やる気がなくなったり、眠れなくなったりする他に、明らかな原因が思い当たらないこともあり、たとえ原因が解決しても気分が回復せず、仕事や学校に行けなかったり動くことができなかったり、日常の生活に大きな支障が生じるので治療が必要になります。

新型コロナウイルスによってうつ病が増加?
 新型コロナウイルスの感染が拡大している中、うつ病など精神疾患の罹患者が増加している傾向にあります。全国の医師へ行ったアンケート調査では、回答した医師のうちの4割近くが、新型コロナウイルスによる環境の変化で増加、または悪化した疾患に精神疾患を挙げています。 またもともと、うつ病などの精神疾患を患っている人は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、症状が悪化しやすいと考えられています。 うつ病は厳しい状況が続いて2~3ヵ月後に症状として現れることがあるため、今症状がなくとも今後発症する可能性があります。

新型コロナウイルスとストレス
 新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、多くの人で仕事や家庭における環境変化がみられました。新型コロナウイルスはいつ収束するかなどの見通しもつかない状況で、不安や環境の大きな変化によるストレスにさらされた方も多いです。

また「コロナうつ」は医学的に定義されたものではなく、新型コロナウイルスによる自粛生活や感染への不安があることから、コロナウイルスに関連したストレスによって心身に不調が現れる状態のことを指しています。 コロナうつによる病院受診の目安として、主に以下の2つが考えられます。

抑うつ気分が2週間以上続くと危険
 うつ病の診断基準の中に、2週間以上にわたり抑うつ気分が継続しているという項目があります。自粛生活や不安によって一時的に気分の落ち込みがみられる場合でも、2週間以上続くことは少ないと考えられます。仕事に行けない、家事が手につかないなど、普段の生活に変化が現れた場合は注意が必要です。

薬物療法
  抗うつ薬
 気分障害はうつ病、うつ状態と躁状態が交互して出現する双極性障害(躁うつ病)に大きく分けられます。気分障害の原因は不明ですが、感情障害、思考障害、意欲・行為障害、身体症状が特徴的な疾患です。

うつ病の治療は、休養をとって日常生活の精神的負担を軽減しながら精神療法と薬物療法を行うのが基本です。治療薬は、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)などがあります。2000年頃までは、うつ病の薬物治療は三環系抗うつ薬が中心的でしたが、現在はSNRIが第一選択薬とされています。セロトニン、ノルアドレナリンは「神経伝達物質」で、セロトニンは脳内の「幸いホルモン」と呼ばれており、ノルアドレナリンは脳を活性化する作用があります。SNRIはセロトニン、ノルアドレナリンを増加する薬です。


  不眠症-睡眠薬
 不眠症とは、入眠障害や中途覚醒、早朝覚醒、熟眠障害などの睡眠トラブルが1ヵ月以上続き、日中に不調(倦怠感、集中力低下、食欲低下など)が出現する疾患です。不眠の原因はストレスや精神疾患、薬剤の副作用などさまざまです。不眠が続くと、眠れないことへの恐怖心から心身の緊張の高まりや睡眠へのこだわりが生じるためにさらに不眠が悪化するという、悪循環に陥りやすくなります。不眠は原因に応じた対処が必要で、生活習慣の改善で効果が期待できない場合は睡眠薬の使用が検討されます。

おわりに
 精神科の医師によると、コロナによるうつ状態はできるだけ早く精神科か心療内科で受診し、薬物療法をすることにより改善するといわれています。それは、高熱のときには解熱剤を服用する、胃が痛いときには痛み止めを飲むと同じように、心が病んだときには薬で症状を改善するのです。新型コロナで2019年から約3年間人々と気軽に会って会食もできず、また旅行も制限されました。誰でも蟄居を強いられるとついには心を病みます。本文中に記した症状がみじかな人に見られたら、ご家族や近くの人々がご本人に病院へ行き受診することを勧めて下さい。

2022年6月1日

次回予告:未定


107. 「加齢との向き合い方」

最近の科学によると、人は120歳まで生き延びることが出来るそうです。高齢になっても若々しく生きたいのはだれでも願うところです。しかし、世界中が100歳の人であふれたら経済が成り立ちません。適当な寿命で若手と交代するのがまともな社会です。あなたの知り合いにも「どうして、この人はこんなに若く見えるんだろう」という人がいるに違いありません。

歳をとる(加齢)ことと老いる(老化)こととは、必ずしも同じではありません。加齢とは単に歳をとることですが、老化とは歳とともに内臓の働きが悪くなり、精神的、肉体的に活動が落ちることです。白髪が増える、髪の毛が薄くなる、顔のシワが増える、などはだれでもおこる老化の一般的な現象です。しかし、高血圧、骨粗鬆症、動脈硬化、脳卒中などはすべての人にみられるわけではありません。これらは老化によるのではなく、たまたま高齢者に多くみられる病気なのです。これらの病気は薬を使うとある程度は健康を取り戻すことが出来ますが、加齢は逆戻りできません。

誤嚥性肺炎
 高齢になると誰でも視力、聴力の低下やど忘れを感じて不安になります。さらに老化が進むと食事のときに飲み込むことが困難になり、まれに気管に食物が入り、それが肺に入って「誤嚥性(ごえんせい)肺炎」を起こす人も少なくありません。正常な肺は無菌状態ですので、誤嚥して雑菌が付いた食物が肺に入ると、たちまち炎症を起こして肺炎になります。特に脳梗塞や脳出血などの基礎疾患を持つ高齢者は誤嚥しやすいので注意しなければなりません。最近の高齢者の死因の一位は誤嚥性肺炎です。昨年から今年にかけて、私の友人も二人が誤嚥性肺炎で亡くなりました。どちらも脳梗塞の後遺症がありました。医師の話では、高齢でも健康な人は、少しでも喉に詰まるとむせるので強く咳をして吐き出すことができます。しかし、脳機能の病気の場合、患者は誤嚥しても苦しみを感じないそうです。その後、飲み込んだ食物から肺炎を発症します。 

高齢者は転んだら再起不能になる
 高齢者の場合、十分に足を挙げないで歩くために、道路でちょっとした高さの違いで転ぶことがあります。これで骨折したら若者と違ってなかなか回復しません。何ヶ月もの間ベットの上で体を動かす事ができなくなると、ついには床ずれになって大変苦しみます。ようやくベットから解放されても、長期間使わない手足の筋肉は縮んだり、関節が硬くなって思う様に動かなくなり、リハビリが必要になります。高齢者が手足を動かさないでいると、筋力は、1週目で20パーセント、2週目で40パーセント、3週目で60パーセント低下するそうです。この筋力低下を回復させるためには意外に長くかかり、一日中ベットで安静にすると、それによって生じた体力の低下を回復させるためには一週間かかり、一週間の安静では一ヶ月かかるといわれます。

この様に手足を使わないでいるとその働きが鈍くなる状態を「廃用症候群」(最近は「生活不活発病」ともいう)と言います。これは手足だけに限ったことではありません。脳も同じです。高齢になると記憶力が落ちる上に、生活の中での刺激が少なくなります。それを防ぐには、何でもよいから好奇心や趣味をもつことです。高齢になると他人と話し合う機会が極端に少なくなります。これが長く続くと引きこもり状態になり、うつ病の原因になります。もう一つ、一般に70歳を過ぎた人が脳ドックで検査すると多かれ少なかれ歳相応の小さい梗塞が見られます。しかし、驚くことに80歳になる私の友人は年相応の小さい脳梗塞さえも見つからなかったそうです。なぜか。彼は毎日の生活の中で大きなストレスを感じない生き方を送っていたからです。

ダメ医師の説明
 患者に対する医師の説明の仕方です。専門用語の羅列ではどうしようもありません。多くの患者は医師の説明は最初から難しいものとの先入観がありますので、説明を聞いても上の空です。理解出来ないときは遠慮せずに医師に質問して下さい。医師にとっても患者の質問は歓迎な筈です。多くの医師は患者の質問に答える筈ですが、中にはうるさがるダメ医師もいます。

名医の説明
 医師が患者に薬の説明をするときも同じです。心臓の薬を貰った患者に、「この薬は多くの患者に使われていますが、使い方を間違うと突然死する人もいます」と言われたら、たとえそれが何万人か何十万人に一人であっても患者にとってはショックです。診察室の中では患者は必要以上に神経質になりおびえています。こんなとき、ベテランの医師だったら、患者の心のうちを読んで不安にならないように説明に気を配ります。「何万人に一人くらいは副作用が出ますが心配いりません」と患者に説明したら、患者は安心してその薬を飲むでしょう。

ストレスは健康の大敵
 ストレスは身体にとって大敵です。ストレスが長く続くとアドレナリンという神経を刺激する物質が多く出るため、血管が収縮して血圧が上がります。同じ状態は病院で診察を受けた時に見られます。診療室で医師が血圧を測ると、緊張のためか血圧は家庭で測るより10−20高くなります。これは一時的な「ストレス性高血圧」です。この様な高血圧を「白衣性高血圧」と言います。毎日強いストレスに曝される人ほど病気にかかりやすく、その結果短命になる事はよく知られています。ストレスは心筋梗塞や脳梗塞の原因にもなります。短気ですぐ怒る人は、常時アドレナリンが出ているので、ストレスが加わる結果胃潰瘍になりやすい。これを「ストレス性潰瘍」といいます。

緩和医療
 自分の死を真剣に意識し始めるのは、60歳半ばをすぎてからだと言われています。年をとると、避けられない老い、たとえば体力の衰え、記憶力の低下、などをつくづく感じます。この状態で最後にはどうなるだろうかと誰もが不安になります。誰でも苦しまないで安らかな終末を望んでいます。そのために、最近では病院の医療が「死を待つだけのあきらめの医療」から、患者が苦しまないで終末を迎えるための医療に変わりました。それが「緩和医療」です。そのために「日本緩和医療学会」が創設されました。その目的は、癌やその他の治癒困難な病気の患者が、終焉を迎える日まで鎮痛剤など最小限の治療で痛みを伴わないで過ごすことが出来る環境を作ることです。そのための専門医の認定制度や専門病院も設立されました。

おわりに
 江戸時代の儒学者である貝原益軒は、「養生訓」の中で、「高齢になったら、勇ましいことは避けて、いつも小さい橋をわたるときのように用心することが肝要である」と説いています。高齢者は体力がないので十分に注意しなければ天寿を全うすることが出来ません。お年寄りの病気は単独で起こることは少なく、動脈硬化、高コレステロール、心臓の肥大、腎臓の働きが悪くなる、などなど複数の病気が同時に現れるのが特徴です。したがって、高齢者の場合、病院から山ほどの薬を処方されることが少なくありません。

老化は個人差が大きい。同じ年齢でも人によりその容姿が大きく違います。どうしてこんな違いが出来るのでしょうか。それは気持ちが一番です。もう70歳だから、という人と、まだ70歳だから、という人では、見た目も凄く違います。何十年ぶりの同級会で会った昔の友人の変わり様に愕然としたご経験をお持ちの人は多いと思います。「加齢は平等」、「老化は不平等」です。高齢者にとってストレスにならない程度の刺激と、家人に軽蔑されない程度のグータラさこそが長生きの秘訣です。

2022年7月1日



108. 薬は悪者ではない

最近、「薬は身体によくないから使わない方がよい」、「薬をやめれば病気は治る」、「薬が危ない」、という内容の本が書店に氾濫しています。また、世の中には、臨床試験もしない怪しげな「薬モドキ」が喧伝されています。このような雑多な情報の渦の中で、一般市民は薬について何が本当か、何を信じてよいか混乱しています。薬はこれまでに人類に多くの貢献をしてきたのに、どうしてこんなに悪者扱いされるのでしょうか。
 歴史上これまで人類に大きな貢献を果たした代表的薬物について述べます。

1.アスピリン
 現在病院で使用されている薬の中で、おそらく最も古い薬です。古代ギリシャ時代からヤナギの樹皮が痛風、神経痛などに使われていました。日本でも、ヤナギには鎮痛作用があり、歯痛に効果があると考えられ、つまようじとして使われていました。1763年、イギリスの神父E .ストーンが、ヤナギの樹皮の抽出エキスが、悪寒(さむけ)、発熱、腫脹などに強い効果があることを発見して、その成分はサリチル酸であることが判明しました。サリチル酸は胃腸障害などの副作用があるので、1897年にドイツの化学者F .ホフマンが副作用の少ないサリチル酸類似薬としてアセチルサリチル酸(アスピリン)を合成しました。現在でも世界中で解熱鎮痛薬として最もよく使われています。名前に“ピリン”がついていますが、いわゆるピリン系の解熱薬(イソプロピルアンチピリン、スルピリンなど)ではありません。ピリン系薬剤は服用後アレルギー症状の発疹が出る事がありますが、アスピリンはそのような副作用はありません。我が国ではバファリン、バイアスピリンなどの名前で広く知られていて、これらの主成分はアスピリンです。

2.抗生物質
 抗生物質は細菌による病気の治療に使われる薬なので、抗菌剤、抗生剤とも呼ばれています。後述のペニシリンは代表的な抗生剤です。つまり細菌による感染症に対して有効な薬のことを言います。逆に言えば、細菌以外の原因で引き起こされた病気には効果はありません。例えば多くの場合、風邪の原因は細菌ではなくウイルスなので、理論的には抗生物質が風邪に効かないはずです。しかし、風邪の時にも医師は抗生物質を処方することがあります。それは、医師が抗生剤の有効範囲を知らないのではなく、「万が一細菌性の風邪だったら…」、「万が一症状がひどくなって肺炎を引き起こしたら…」、「万が一風邪によって抵抗力が落ち、他の感染症を併発してしまったら…」などなど、この万が一が起こらないよう、もしくは万が一が起きたときに責められないよう抗生物質を処方するのです。現在、臨床では多くの抗生剤が各診療科で使われています。

3.ペニシリン
 最も古い抗生物質です。1928年に英国の医者アレクサンダー・フレミングが発見し1945年に彼はノーベル生理学医学賞を受賞しました。また、第二次世界大戦のときに、当時の英国のチャーチル首相は開発されたばかりのペニシリンで命を救われた事で有名です。現在は多くの種類のペニシリン類が臨床で広く使われています。

薬の正しい使い方
 医者が薬を処方する傾向があるのは、患者の中には、病院で診察を受けたとき、「今日は薬は必要ありませんよ」という医者よりも、薬を処方してくれる医者の方がより親切で信頼がおける様に感じる人が少なくないからです。患者にとって本当に大切なことは、「必要な薬を必要な回数」服用することです。

病院や調剤薬局では処方箋がないと薬を貰うことができません。医者は病名が決まったら、それに必要な薬を処方します。処方箋には、(1)一日にどれだけの量を服用するか、(2)一日量を何回に別けて飲むか、(3)何日分処方するか、などが記載されています。最近では、多くの病院では院内の薬局ではなく、市中の調剤薬局で調剤される「院外処方」です。最近は同じ効能のクスリでも価格が安いジェネリック医薬品が多く処方されます。これは国の方針で、医療費の節約によるものです。

「薬は多く飲む程効き目が大きい」と考えたら大間違いです。決められた量以上の薬を飲むと、効果は同じでも副作用、毒性が強く現れます。例えば、風邪や頭痛の時に飲むアスピリンは2−3錠までは毒性は見られません。しかし、もし100錠飲んだら大変危険な状態になります。つまり、用量を増やせば安全な薬でも体に害を及ぼすことが多いのです。どんな薬にも「用法」、「用量」が決められています。「用法」とは一日何回、食前、食後、食間のいつ飲むか、「用量」とは決められた投与量です。食間とは食事中に飲むのではなく、食事と次食事の中間に飲む薬です。薬剤師は患者に薬を渡す時には、用法、用量を説明することになっています。もし、疑問があったら遠慮なく質問して下さい。

気がつかない薬の副作用
 薬は病気を治すために使うものですが、正しい使い方をしないととんでもない副作用が現れます。使い方を間違うのは患者だけの責任ではありません。薬を処方した医師の判断が間違っている事もあります。医学部学生の教育は患者の診断、治療が中心で、治療薬についての講義は決して多くはありません。したがって、多くの医師は、研修医の頃に覚えた知識とか、一人前になって外来で毎日患者を診察した経験に基づいて薬を処方することが多いのです。または、何十年間多くの患者と接している先輩医師のアドバイスや、研究会、学会、製薬企業の営業マンの説明などから、自分の専門領域で日常使われる薬について習得するのです。同じ病気でも使う薬は主治医や病院により異なる事が少なくありません。その理由は、患者を診察したときの医師の経験や判断が異なるからです。

なぜ副作用が起こるか
 多くの薬は本来身体の中には存在しない、いわば生体異物ですので、薬が体内に入ったとき、生体はそれが役に立つ薬か単なる化学物質であるかを区別することは出来ません。それで反射的に異物として処理します。多くの薬を使い過ぎたり、使い方を間違うと、本来生体が持っている自己治癒力が抑えられるので、生体の正常な働きを続ける事が出来なくなり病的状態になります。それが薬の副作用です。副作用には投与をやめればすぐ治まるものと、一度薬を服用し始めたら薬の投与をやめても続くものがあります。薬の間違った使い方を続けると、ついには身体の修復機能が破壊されて病気の状態が続きます。

副作用を避けるにはどうしたらよいか
 もし2—3日飲んで異常を感じたら必ず主治医に伝えて下さい。同じ薬でも患者により効き目や副作用の出方が違います。何も伝えないと医師は「処方した薬が順調に効いている」と判断します。医師側から「薬が効いていますか」と聞く事は極めて限られています。医師は薬を処方しますが、若い医師ほど自分が処方した薬が効いているかどうかと内心では落ち着かない状態の場合が多いのです。したがって、薬を飲んだときには、身体の調子がよくなっても、悪くなっても医師に伝えると安心します。もし、薬についての質問や疑問を医師に聞くのが苦手な人は、薬を受け取った薬局の薬剤師に相談して下さい。薬剤師は医師よりは薬の専門家ですから遠慮する事はありません。それが薬剤師の仕事です。

高齢者は薬の副作用に敏感
 だれでも高齢になると体重や筋肉量が減少します。また、加齢により肝臓や腎臓の働きも弱くなります。食べ物の栄養分や飲み薬は主に小腸で吸収されますが、これも加齢とともに低下します。カルシウムの腸からの吸収も同じです。 また、寝付きが悪い(入眠障害)、夜中にトイレに起きた後目が覚めると寝付かれない(中途覚醒)、朝は外が明るくなる前に目が覚める(早朝覚醒)、などは高齢者であれば誰でも経験することです。しかし、専門医の話では、この程度の睡眠障害は病気ではないそうです。睡眠時間は加齢とともに短くなるのが正常です。若い人は7−8時間ですが高齢者の場合5−6時間で十分です。そうはいっても、眠れないときのイライラは本人でないとわかりません。医師に相談すると睡眠導入剤を処方してくれますが、高齢者の場合は、薬物の投与量を少なくしたり、投与間隔をのばすなどして副作用を防ぎます。高齢者の中で腎臓、肝臓の悪い人は、薬を飲むときには必ず医師、薬剤師に相談して下さい。

おわりに
 薬は病気の治療に必須な化学物質です。これまで人類に貢献した功績は間違いなく大きいです。最近ではコロナに感染し高熱になるとカロナール(アセトアミノフェン)を服用し、高熱が回復した例が多く知られています。 私事で恐縮ですが、私の一生は薬との関わりで終始しました。私は薬局の息子として生まれました。大学は薬学部、大学院は薬学研究科で学び、4年間の病院薬剤部勤務を経て大学薬学部の教員として30年間過ごしました。定年後は薬の毒性を中心とした学会に関与しました。 80代になった頃から患者として薬のお世話になりました。3回の全身麻酔による手術でも優れた麻酔薬のおかげで無事に終わりました。

現在は特に治療する病気はないので、予防薬として3種類の薬を服用しています。今後どのように余生を過ごすことになるか本人もわかりませんが、出来るならば寿命が尽きるまで安らかに寿命を閉じたいと念じています。 薬は人類の知恵から生まれた病気を治す化学物質です。正しく使うと病気は治りますし、間違った使い方をすると好ましくない副作用が現れます。決められた用法、用量で使いましょう。薬について疑問があったら遠慮なく近くの調剤薬局で薬剤師に聞いて下さい。患者に丁寧に説明するのは薬剤師の義務です。

2022年8月1日

次回予告:未定



109. 塩分と健康

塩分(化学名:塩化ナトリウム)は人間の体内に常に一定の割合で含まれており、生命維持に欠かすことのできない重要な働きをしています。多量の汗をかいたときなどは水分と同時に急激に塩分が失われることがあるので注意が必要です。通常の食事や運動をしているときには塩分が欠乏することはありません。むしろ、現代人の食生活では塩分過剰が問題となっています。熱中症の場合は水分の欠乏と同時に塩分も不足しますのでその補給が必要です。

過剰な塩分は血圧を上昇させる
 塩分のとりすぎは身体にさまざまな弊害をもたらします。塩分の多い食事を何年も続けると、私たちのからだに様々なリスクが生じます。その代表が高血圧です。体内では血液中の塩分(ナトリウム)濃度を一定に保つ機能が備わっています。その主な部位は腎臓で、塩分を摂取した場合、血中のナトリウム濃度が低下すれば腎臓で再吸収して血中に放出して再利用する、反対に血中ナトリウム濃度が増加したら腎臓から尿中に排出する働きがあります。塩分を摂り過ぎると、血中のナトリウム濃度が高くなり、ナトリウムは水を引き込む力があるため、血流量全体が増え、血管を押す力が強くなり、その結果血圧が上がります。このように塩分を摂り過ぎると血圧が上がり、それが心臓や脳などの太い血管の負担になるため、動脈硬化や心不全、心筋梗塞等のリスクにつながると言われています。

「食塩感受性」と「食塩非感受性」高血圧症
 2011年に東京大学医学部の藤田敏郎教授らは、高血圧の患者には、塩分摂取で血圧が上昇し、減塩すると血圧が下降する「食塩感受性」の人と、食塩を摂取しても血圧は上昇せず、減塩しても血圧が下がらない「食塩非感受性」の人がいると報告しています。「食塩感受性」では、塩分過多がひきがねとなり、食塩の成分であるナトリウムが腎臓で再吸収されることで、血液内のナトリウムが増えて、それにより水分が増加し血液量が増えるために血圧が上昇します。また、「食塩非感受性」の人は食塩の量とは関係なく、血管を収縮する他の因子が作用して血管を収縮して高血圧を発症すると考えられています。その因子はアンジオテンシンⅡという強力な血管収縮作用をもつ物質で、腎臓などで産生され、細胞内に取り込まれます。ちなみに、アンジオテンシンⅡの作用を阻害する薬が高血圧治療薬として使用されています。

超多量の塩分をとるとナメクジ状態になる
 一般に、大人の場合、塩を200グラム一度に摂取すると死に至ります。 これはナメクジが塩で死ぬことと同じ原理です。食塩の化学名は塩化ナトリウムです。ナメクジに塩をかけると、ナメクジの体内の塩分濃度より、ふりかけた体外の塩分濃度がはるかに高いため、ナメクジの体内の水分がナメクジの体外の塩に吸収されます。塩がナメクジの体内の水分を「吸い取る」ことになります。それにより細胞内の水分はほとんど塩に吸収されて、最終的には細胞が縮小してナメクジの体は小さくなっていきます。
 もし人が致死量に近い塩分を摂取すると、細胞内の水分が塩に吸い込まれて脱水が起こります。脱水に最も弱い臓器は脳ですから,数時間以内に頭痛,けいれんや高熱,意識消失などの神経症状がみられています。さらに,血管内水分の貯留によって脳浮腫,肺水腫をきたし,呼吸不全を併発して死に至ります。

塩分は細胞のはたらきを正常に保つのに必要
 塩分は、私たちの身体の中の血液・消化液・リンパ液などの体液の中に存在し、細胞の内部と外部との体液の圧力(浸透圧)を調整し、バランスを一定に保つ働きをしています。このバランスが食物から栄養素を吸収するために重要なのです。このバランスが崩れると、栄養を体内に取り込めなくなります。塩分を正しく摂らないと心不全、血圧低下、脱水症状、ショック症状や立ちくらみ、むくみなどの原因になります。

塩分は神経や筋肉の働きを調整する作用があります
 私たちが身体を動かす時、脳からの命令が神経細胞を伝わって手足、体が活動します。これを伝える働きをするのが塩分です。塩分が不足すると神経細胞の活動が衰えて神経伝達がうまくいかなくなるので、体調不良などを引き起こします。夏の暑い日に激しい運動をすると足がつったりしますが、これも、汗をかいて身体のナトリウムが極端に不足した結果です。
 熱中症の場合には脱水と同時に汗の中の塩分が少なくなるので、水と同時に塩分の摂取が必要です。

食欲や味覚の正常化するのに役立ちます
 適切な塩味は食欲を増進させます。また塩味の刺激によって、おいしさを感じる正常な味覚が保たれています。あまりに塩気のない食事を続けると、ナトリウムや塩素の不足によって引き起こされる実際の問題に加えて、味覚もにぶくなるため食欲も落ちてしまいます。それを繰り返すと体力が衰えて、さらに食欲が落ちると悪循環に陥ります。

塩が足りないとどうなるか?
 人の身体の中には、常に一定の割合で塩分が含まれています。この塩分が、生命に直結する大切な働きをしています。タンパク質や脂肪が身体を動かすエネルギー源になるのに対して、塩の役割は、体内のいろいろなシステムの働きを守り、維持するのに必要です。つまり塩が足りないと、身体のあちこちが故障して働かなくなってしまうわけです。 それではいったい1 日にどれくらいの塩を摂ればよいのでしょうか。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準2020年版」によると、1日の塩分摂取量(食塩摂取量)の基準は、男性7.5g未満、女性6.5g未満としています。 また日本高血圧学会では1日6グラム未満、WHO(世界保健機関)では1日5グラム未満としています。

おわりに
 塩分は正常な活動を続けるために必要です。しかし、決して多すぎない様に注意しましょう。40−50代には食事の時に塩味の強いものが好まれて食べられます。しかし、これらの食品は腎臓の活動に影響し、それを何十年も続けると70、80代になって腎臓の機能が障害を受けます。最近、腎臓内科の患者が増えています。さまざまな原因により、腎臓の働きが不十分になった状態を腎不全といいます。特に60、70代の患者が急性腎障害、さらに慢性腎障害(CKD)になり、腎不全の末期症状になると、腎機能の代わりの治療法として透析療法が行われます。一般に加齢とともに腎臓の働きが低下しますので、塩分の摂取を制限すると安心です。私事で恐縮ですが、4年前にネフローゼという腎臓の病気で40日間入院し、現在は寛解しました。それ以来1日の塩分摂取量は6グラム以下に制限されています。最近は多くの食料に塩分量が表示されていますので、注意して見ることにしています。高齢になったら高めの塩分摂取に注意することをお勧めします。

2022年9月1日

次回予告:未定



110. 糖分と健康

前回「塩分と健康」を掲載しましたところ、一部の読者から「糖分と健康」についてのご希望がありましたので、予定を変更して本号でとり上げることとしました。 皆さんは糖分を過剰に摂取したら糖尿病になること考えると思います。つまり、糖分は悪者である様なイメージがありますが、決してそんなことはありません。糖分はむしろ正しく摂れば生命を維持する上で不可欠なものです。

糖分の正しい知識とその必要性
 糖分は体を正常に保つために重要なエネルギー源です。また、料理や嗜好品に多く使われており重要な食材の一つです。ところが、「糖分を摂ると糖尿病の原因になる」、とか「砂糖を摂ると太る」といった情報が氾濫しています。どんな食品でも摂り方を誤れば、健康を損なうことがあります。砂糖もその一つです。したがって、砂糖を含めた糖質の正しい摂り方を知っておく必要があります。

砂糖は体に必要なエネルギー源
 日常摂取している砂糖の成分はショ糖という化学物質で、このショ糖はグラニュー糖や上白糖など種類によって異なります。グラニュー糖は、細かい粒状に結晶させた精製糖の一種です。100グラムあたりのカロリーは、グラニュー糖は387キロカロリー、上白糖は384キロカロリーでほとんど差がありません。

炭水化物と糖質
 ●炭水化物
 糖質と食物繊維の総称です。糖質の多くは、体に入ると分解されてエネルギー源として利用されます。一方、食物繊維は人間の消化酵素では分解されず、エネルギーにはなりません。その種類としては、ペクチンやアルギン酸などの水溶性のものと、セルロースやリグニンなど水に溶けないものがあります。食物繊維は単糖類が10以上結合したもので海藻・野菜の繊維質・こんにゃくなどに含まれます。
 ●糖質の種類
  単糖類…ブドウ糖・果糖・ガラクトース
  二糖類(単糖類が2個結合したもの)…ショ糖・乳糖・麦芽糖
  少糖類(単糖類が2~10個結合したもの)…オリゴ糖
  多糖類(単糖類が10以上結合したもの)…でんぷん・グリコーゲン

多糖類や二糖類は体内で分解されるとブドウ糖や果糖など単糖類になり、エネルギー源として利用されます。それに対して、人工甘味料のアスパルテームやアセスルファムは人工的に合成したものですので、甘味はありますがエネルギー源にはなりません。

糖質の体内における動き
 ブドウ糖、果糖、ショ糖などは、摂取後すぐに吸収されるため、素早く血糖値を上げますので、糖尿病の方は制限した方がよいです。ショ糖は体内に入ると腸の中で酵素の作用によりブドウ糖と果糖に分解された後、腸で吸収されて肝臓に送られます。ショ糖に限らず、米などの穀物に多く含まれるでんぷんも糖分で、肝臓で分解されてブドウ糖となり血液中に放出されます。 血液に溶け込んだブドウ糖は血流にのって、体の隅々まで運ばれて細胞内に分布されます。糖質が体内で活動するためにはすい臓から分泌されるインスリンというホルモンが必要です。すなわち、ブドウ糖は十分なインスリンの作用により、筋肉組織や脂肪、脳に取り込まれて、生きるために必要なエネルギー源として利用されるのです。

グリコーゲンとはなに?
 ブドウ糖は体内でエネルギー源として使用された後、余分は再び肝臓に戻り、肝臓内や筋肉組織の中に“グリコーゲン”という物質に変化して貯蔵されます。グリコーゲンはブドウ糖分子が多く結合した貯蔵型ブドウ糖です。貯蔵されたグリコーゲンは、血液中のブドウ糖が足りなくなった時に、酵素によりブドウ糖に分解されてエネルギー源として利用されます。運動してエネルギーを必要とする時や、絶食時にエネルギーを必要とする時には、体がそれを感知して自動的にグリコーゲンが分解されてブドウ糖を生成しエネルギーを供給するのです。

糖尿病の原因
 「糖尿病」という名前は糖分が尿に混じることからこの病名が使われています。しかし、その原因はいろいろあります。ブドウ糖が血液中に放出されてエネルギー源になるためのものが、遺伝的にあるいは病気のためにインスリンが正常に作用しない場合は、ブドウ糖が体内に分布されないため血液中にとどまり、エネルギー源として利用できない状態が起こります。そうなると、血液中のブドウ糖濃度(これを血糖値といいます)が高くなり、それが続くと糖尿病となります。したがって、糖尿病は砂糖、すなわちショ糖を摂るから生じるわけではなく、遺伝やインスリン代謝の異常、長期にわたる肥満でインスリンがうまく働かないために糖尿病になるのです。

日本人に多い2型糖尿病
 糖尿病のタイプには、1 型と2型があります。血液中のブドウ糖は、すい臓から分泌されるインスリンというホルモンの働きによって体内の各細胞に栄養源として取り込まれますが、1型糖尿病はインスリンが生まれつき少ないために高血糖を発症する病気です。そのため 1型糖尿病の人は、インスリン注射によって常に血糖値をコントロールしなければ生きることができません。さもないと高血糖が続き重篤な状態になります。
 一方、2型糖尿病は、インスリンは分泌されていても、その働きが悪いあるいは分泌量が少ないために血糖値のコントロールが悪くなるタイプです。このタイプは、肥満や過食によりインスリンの働きが妨げられるために血糖値が上昇するので、食事療法や運動療法、薬物で治療します。症状が進行するとインスリン注射が行われます。日本人の糖尿病患者の約95%は2型糖尿病といわれています。

肥満と糖尿病
 糖尿病の原因の一つである肥満は、消費エネルギーより摂取エネルギーが多くなり、消費されなかった分のエネルギーが脂肪として体内に蓄積されるために生じます。これは、エネルギーを産生する筋肉量が少ない、すなわち運動不足ですから、それを改善するには、運動で筋肉量を増やし蓄えた体脂肪を減らすようにしないと、ごくわずか食べただけでも太ることになります。肥満は、砂糖や甘いものを食べると太るのではなく運動不足だからです。糖尿病を予防するためには、食事の摂りすぎによるエネルギーが過剰にならないようにして、消費エネルギーを増やして肥満を予防することが大切です。

砂糖は脳と心に重要な役割を担う
 脳はブドウ糖を唯一のエネルギー源とするにもかかわらず蓄積しておくことができません。したがって、常に血液を介して供給されています。また脳は寝ているときも常にブドウ糖を消費し続けますので、低血糖など血中のブドウ糖が足りなくなると、意識が朦朧となるなど、大変危険な状態になります。疲れたときやイライラした時に甘いものが欲しくなるのは、脳が早急にエネルギーを必要としている場合が多いです。 糖質の過剰摂取で食後の血糖値が下がりにくくなる 糖質を摂るとだれでも血糖値が上昇しますが、健常人では膵臓から分泌されるインスリンのはたらきによって、食後2時間もすれば血糖値はもとの値まで下がります。実は、日本人のインスリン分泌能力は欧米人より低い傾向があるため、軽度の肥満でも2型糖尿病を発症してしまうと言われています。

血液検査項目のHbA1cってなに?
 糖尿病の検査項目として血糖値とHbA1c値があります。血糖値は当日の血糖量を表します。また、HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)は、血中タンパクの一種でブドウ糖が結合したヘモグロビンです、これは「糖化ヘモグロビン」といいます。血中のブドウ糖量が多いほどヘモグロビンに結合するブドウ糖の量が多くなりHbA1c値が高くなります。血糖値は測定時の血糖量を示すのに対して、HbA1cは過去1~2カ月の平均的な血糖量を反映し、高血糖状態が続くと高い状態が続きます。測定当日の食事や運動など短時間の血糖量の影響を受けません。したがって、当日の血糖量より長期の血糖量を知ることができます。HbA1c値は総ヘモグロビン量に対する糖化ヘモグロビンの割合(%)で示します。基準値は5.9%以下, 糖尿病予備軍は6.0-6.4%、糖尿病の可能性が高い人は6.5%以上です。正常高値 →糖尿病予備軍(境界型)→糖尿病と移行していき、糖尿病が進行すると、食事制限や運動だけではHbA1cが下がらなくなって、薬物療法やインスリン投与が必要になり、さらに進むと合併症のリスクも高まります。日本糖尿病学会の「糖尿病治療ガイドライン」によると、HbA1cの正常範囲は、4.6〜6.2%で,特定保健指導の基準値は5.6%未満となっています。

おわりに
 糖質の摂取量が適度であれば問題ないですが、糖質を過剰に摂取する食生活を続けると、血糖値が高いまま下がりにくくなってしまう恐れがあります。過剰な糖質摂取は体に良くないですが、糖質を減らし過ぎるとエネルギー源が減少し体力が落ちます。血糖値が正常範囲以下にまで下がると、冷汗、動悸、意識障害、けいれん、手足の震えなどの症状があらわれます。重症のときには病院でブドウ糖を点滴してもらうことになります。また、主食となる炭水化物を摂らないと、糖質だけでなく食物繊維まで減少します。食物繊維が少なくなると、健康にも悪影響を与え、さらに腸内の悪玉菌が増える原因にもなります。自分に必要な糖質量を知り、体脂肪や血糖値が気になる方は医師と相談の上適度な糖質摂取を心がけることが必要です。

2022年10月1日

次回予告:未定



111. 70代が余生を決める

50代後半から60代になったら多くの人々は定年を迎えます。現役の頃は一日の行動がほぼ決まったパターンですが、定年になった翌日からそのリズムが無くなります。家庭内の環境により個人差はありますが、好きな時間に起きて、好きなだけ趣味を楽しんで、好きな時間に寝ることも可能です。しかし、定年後も身体は現役時代のリズムを覚えているので、自由な生活を続けると体調の変化が現れます。私の経験では70代をいかに過ごすかがその後の人生を左右するように感じます。職場には定年がありますが、自分の趣味、活動には定年はありません。

私事で恐縮ですが、70代を振り返ってみます。大学の定年の前年64歳の時に国際学会の役員に選出されて、それから70代後半までは1年間に5−6回国際会議のために海外出張でした。元来、海外に好奇心があったことから、国際会議の後は、個人的に2−3日その地の有名な場所を訪ねました。私の旅行は思いつきで行き先を決めることが多かった。中でもヨーロッパは歴史的に有名な観光地が多いので退屈しませんでした。ローマでの会議の時には、会議終了の翌日、市内の多くの観光地を巡りました。ある時には、ローマからフィレンツェへ行き、美術館を楽しみました。また、フィンランドの首都ヘルシンキでの会議の時は、翌日船でエストニアへ行きました。そんな生活が79歳まで続きました。70代は私にとって人生最大の楽しい日々でした。幸い身体の状態も問題なく、食事も現地の名物を食し、大きい都市には日本食レストランもありましたので不自由なく過ごしました。しかし、よいことだけではありません。災難にも会いました。その詳細はGoogleで小生の「旅のこぼれ話」をご覧ください。

私にとって、70代は健康貯蓄のできた10年間でした。そんな70代が過ぎて80代に入った途端に、病院にお世話になることが多くなりました。83歳の時、人生で初めて入院し総胆管結石の手術を受けました。84歳の時には、それまで薬で治療していた前立腺肥大症が進行したので手術を決断しました。その後3回入院、手術をしましたが、幸い体力的には問題なく過ごしました。

80代になってそれまでの体力は明らかに落ちましたが、それでも入院、手術による体力の消耗はそれほど深刻ではなく、毎日の生活もそれほど不自由なく過ごしました。これは70代に各地を訪ねて健康を維持したためと思います。しかし、80台後半になったら70代の健康貯蓄も使い果たし、健康に自信がなくなりました。90代になった今日では、今後どんな毎日を過ごしたらよいか見当もつきません。分をわきまえて何事にも無理をせずに身体に過剰な負担をかけずに過ごすのがよさそうです。

百寿者が増えている
 2022年に100歳以上(百寿者)の人数は8万6510人です。慶応大医学部百寿総合研究センターの新井康通教授の研究によると、長寿の要因は、遺伝が四分の一で、その他の要因としては生活習慣、環境により変わるとのことです。また、百寿者は若い人に比べて心臓、腎臓、血管の機能の衰えが緩やかであることです。

食物としては肉好きの人が多いのも特徴の一つです。人の血液中には100種類以上のタンパク質が存在しますが、そのうち、もっとも多くを占めるのがアルブミンで、総たんぱくの70パーセントを占めています。肉類、魚介類、牛乳・乳製品、卵類、大豆製品などを摂ることにより、アルブミンの血中濃度が上昇します。体力を維持するためには三大栄養素といわれる「糖質」「脂質」「タンパク質」が必要で、それぞれが健康を維持するために必要なエネルギー源になります。

また、長寿の人の中には肉よりも魚を好む人も少なくありません。青魚にはDHA, EPAという成分が含まれており、これらは体内の炎症を抑えます。EPAやDHAはともに、ヒトの体内では作ることができない必須脂肪酸で、魚の油に含まれ、イワシやサバなど青魚など脂の乗った魚に豊富に含まれています。EPAには血液をサラサラにする効果がありますので血栓ができにくくなります。また、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞の原因となる脂質異常症(高脂血症)を予防するという働きもあります。DHAは1980年代に人の脳や網膜などの神経系に豊富に含まれていることがわかりました。そこで、DHAを食べると「頭の働きがよくなるのでは?」といわれていますが、そこまでは保証出来ません。

新井教授は百寿者に共通した点として、適度な運動を挙げています。例えば週2回1000−2000歩の散歩をするとよい運動になります。また、誰とでも友達になれる、気軽に誰とでも話ができる、趣味を持っている、なども長生きの秘訣です。

貝原益軒の予言
 江戸時代の儒学者貝原益軒(1630-1714)が「養生訓」を書いたのは1712年、彼が83歳のときです。益軒は300年前に「養生訓」の中で「人間の寿命は100歳をもって上限とする」と予言しています。
 江戸時代の平均寿命は30歳前後でしたが、50-60歳まで生き延びた人も少なくありません。当時は今ほど生命科学が発達しているとは考えられないので、何をもって寿命を推定したか知りません。益軒は自分の83歳までの実体験に基づいて「養生訓」を書いた事から考えて、恐らく養生をすると100歳までは生きられるだろうと考えたのでしょう。(詳細は「メディカルトーク」第12話、第13話を参照)

高齢になったら適当に生きる
 適当といってもいい加減ということではありません。自分のペースで生きることです。高齢になると周囲の人々に遠慮することなく自分の歩幅でほどほどに生きるのがおすすめです。また、心身的に環境の変化に順応することが困難になります。その結果、老人は頑固になります。高齢になっても趣味を持ち、友人、知人と付き合っている人は、脳は若いまま保ち順応性も優れています。また、高齢になったら体力について若い時のように見栄を張らないことです。もし、足腰が不自由で歩くのが苦痛だったら遠慮せずに杖を使うことです。本人が気にするほど他人は関心を持っていません。

脳を若く保つためには
 「脳は年齢とともに老化する」と言われていますが、それは必ずしもすべての人に当てはまるとは限りません。年齢を重ねることにより、若い頃に経験したいろいろな事柄が生かされて、単に老化というよりはもっと深みのある人生になります。高齢者でも気持ちが若い人たちは、医療機関でMRI検査をすると、脳においても老化の特徴が少ない傾向にあることが医学的に明らかになっています。

高齢になると、人と会ったとき顔は覚えているが名前がすぐに出てこないことがあります。物忘れには段階があります。「朝食で何を食べたか」の忘れ方は正常の範囲内ですが、「今朝朝食を食べたかどうか覚えていない」は正常を超えた認知機能の低下が考えられます。一般には、50−60代になると、多くの人は少しずつ物忘れが増えてくるのは誰でも感じることで、これは正常の範囲内です。

“前頭葉”を活性化することで物忘れは防げる
 私たちの脳は多くの機能を持っています。高齢になっても変わらない機能もありますが、一方で、記憶や情報を一時的に保持したり判断したりする力は、加齢とともに衰えやすいのです。このような作業を記憶する部位は頭の額 (ひたい)の部位にある前頭野の中の大部分を占める前頭前野です。

「料理をすることは脳を活性化する」といわれています。料理をしているときの脳の活動を医学的に調べると、前頭前野が刺激されることが知られています。この部位は「脳の司令塔」と呼ばれ、意思や計画性、判断、創造、記憶、集中など、人間の行動の中でも重要な行動を司っています。この部位を刺激して正常に保つには、他人と会話をすることです。また、「笑う」ことでも前頭前野は活性化されます。

40歳を過ぎると記憶力の低下を感じ始めます。それを意識して脳を活性化するのに必要な部位が「前頭葉」です。この部位が衰えると、意欲や創造性が失われ、感情のコントロールがきかなくなり、思考の柔軟性も失われます。

脳は肝臓、肺などほかの臓器と違って、古い細胞が新しい細胞と入れ替わることがありません。生まれたときの細胞が一生活躍しています。老化すると一部の細胞が機能を失い脳が萎縮します。しかし、脳の細胞は驚くほど巧妙にできており、各部位の細胞が集まって連携しネットワークを作っています。その中の一部の細胞が老化により萎縮すると、ほかの細胞がそれを補う仕組みがあります。

おわりに
「余生」とは、文字通りに解釈すると”余った人生”という意味です。つまり、人生において、”やるべきことをやってしまって、余った人生”ということです。ある人は年金支給が始まる65歳を過ぎれば余生と考えています。また、ある人は仕事を辞めたら余生と考えています。「余生」が何歳から使えるかは歳だけではありません。老人でも生活に追われていれば、生活の糧を得るために、やるべきことをやらなければいけませんから、とても余生と言ってる余裕はないはずです。逆に、定年退職して生活には困らず、ノンビリ暮らしている人の場合は毎日を余生と考えると思います。私は80才くらいからを余生と考えています。

2022年11月1日

次回予告:未定



112. 高齢者に「人間ドック」は必要か

人間ドックについてはすでに「第2話  高齢者に基準値はない」で述べましたが、今回高齢者として改めて考えました。
 全国で人間ドックを最初に組織的に行ったのは、1954年(昭和29年)7月12日、国立東京第一病院(現在の国立国際医療研究センター)といわれています。 次いで聖路加国際病院など、全国の病院や施設でも人間ドック部門が創設されました。私は40年前から毎年同じ病院で人間ドックを受けています。今年91歳になりますので、家人はもう高齢になったから受けることをやめたらと言います。確かに私の友人の中でも90代で人間ドックを受ける人はそれほど多くありません。今年私が受けた当日も大半は40−60代で容姿から後期高齢者はほとんど見受けられませんでした。しかし、私は自分の身体の状態を把握したいとの好奇心から今後も受けるつもりです。

加齢による検査値の変動要因
 人間ドックの目的は、自覚症状の有無にかかわらず、予防医学の観点から定期的に体の機能の精密検査を受けて、異常か正常かをチェックすることです。高齢者にとってこのような検診が必要かどうかは議論の分かれるところです。必要を主張する理由は下記の通りです。

したがって,予防的に人間ドックで種々の検査を受けてあらかじめ自分の体の状態を知っておくことが必要です。さもないと、治療が遅れて重篤な状態になることがあります。

「基準値」の解釈
 人間ドックを受けた人にとって最も関心のあるのが、自分の検査値が「基準値」に入っているかどうかです。一般に病院での検査結果を表示するのに「正常値」の方がなじみ易い単語ですが、日本人間ドック学会の公式表示法は「正常値」ではなく「基準値」になっています。現在はどこの病院でも検査結果の表示には「基準値」を用いています。 理由は下記の通りです。

高齢者の検査値はどのように考えればよいか?
 高齢者の年齢別の基準値は報告されていません。その理由は、生活環境による個人差があまりにも大きいからです。一般に現役で勤務している男子の場合、50歳くらいまでは個人間の検査値のばらつきは小さいですが、それを過ぎると、体力や生活環境、体質などの違いが大きく影響するので個人差がどんどん広がります。 これらの個人差は、病気によって生じたものだけでなく、正常な老化の程度の差でも見られることが少なくないので70歳を過ぎると誰でも加齢とともに身体のすべての働きがくたびれているので、成人の検査値からずれるのはむしろ普通の現象です。高齢者の検査値が基準値から外れているのが病的なものかどうかどうかを知るためには、前年の検査結果と比較するのが最良の評価法です。前年に特に病気がなく、それと大きな差がなければ特に心配することはありません。ただし自覚症状が殆どなくとも病気が進行することがありますのでご注意下さい。

おわりに
 人間ドックの結果に一喜一憂するのは精神的に良くないかもしれませんが、私はあくまでも自分の体調を医学的に知るために毎年受けています。人間ドックの担当医師は市中の病院の医師の診断と異なり、少しでも気になる所見があると精密検査を受けることを指示します。私の場合これまで指示されて精密検査を受けたケースで多くは「問題なし」の結果でした。そうかといって精密検査を無視するものではありません。精密検査が指示されたらそれを受けることは本人にとって安心材料になります。もし、精密検査の結果重篤な病気が見つかったら早期治療のきっかけになります。

私の場合、毎年のドックの検査の最後に医師の診察があり、当日の検査結果について説明があります。今年は幸いに精密検査の指示事項はありませんでした。私の場合、診察して頂いている医師は毎年同じ先生です。今年の診察の最後に「来年もお待ちしています」とのことでした。これは何を意味するのか迷いましたが、私は素直に「来年まで元気でお暮らし下さい」と解釈しました。どうでしょうか。

今年も本稿が最後になりました。一年間ご愛読下さいまして感謝致します。どうぞ良い新年をお迎え下さい。

2022年12月1日

次回予告:未定



113.「九十二歳の夢」

明けましておめでとうございます。高齢になると若い頃と違って新年だからといって特別な感慨はありません。2022年から2023年に移ったという物理的な年明けです。ところで、日本語で「夢を見る」と「夢見る」では意味が違います。「夢を見る」は寝ているときにみる夢です。「夢見る」は「良い明日を夢見る」、「平和な将来を夢見る」のように未来に希望を持つ意味で使います。「夢見る」は50代くらいまでで、それ以後は高齢になるに従って将来への夢はなくなって、よくわからない夢に悩まされることが多いです。

私の一日の過ごし方
 80歳になりすべての公務から離れてみると、毎日の暮らし方に戸惑うことがありました。最初の頃は決められた仕事と決められた時間がないので、一日の中でその日やることが毎日不規則でした。しかし、そんな生活を1年間も続けると、朝起きて夜寝るまでのやるべきことが自ずと決まりました。朝7時に起床します。冬などは布団の中の温もりから離れるのがかなり辛いです。夏は熱中症を避けるために、昼夜冷房漬けになりますので、体がだるくなり、健康を考えると不自然な環境であることを実感します。起床し洗面した後に、仏壇に水、お茶、ろうそく、線香を供えるのが私の役目です。その後、体温を測定し、居間の室温、湿度などを記録します。朝食前に血圧を測ります。血圧は上が110前後、下が60前後で今の所幸いに高血圧の兆候はありません。午後は天気の良い日は30分ほど近くを散歩したり、原稿をパソコンに打ち込んだりします。ちなみに、パソコンは朝起きた時に立ち上げて終日開いています。夕方になると家中の戸締りをして、風呂、夕食をとってテレビのニュースや娯楽番組を見て11時すぎに就寝します。

私は若い頃から漫才、落語が大好きで、都内の寄席によく出かけました。新宿の末広亭と上野の鈴本演芸場を掛け持ちで一日中楽しんだこともありました。「笑点」は第一回から見ています。しかし、最近のテレビ番組では寄席番組が少なくなり、世代交代で娯楽番組への出演者も若手が多くなりました。以上が一日の行動のルーティンです。

夢の中でまごまごする
 若い頃は将来について夢見ることが多くありました。60代になるとそろそろ定年後どうするかを考える日が続きました。70代になると毎日を無事に過ごすことだけを考えて暮らしていました。80代は人生の最終章をどうするか真剣に考えました。90代になって、昔の思い出や、懐かしい人の夢を見ることが多くなりました。不思議なもので、夢の中ではこれまで体験したこと、目にしたものが断片的に現れます。しかし、人々と会ってもそれがだれか顔が鮮明に写らない。ホテルに着いてもフロントが見つからず館内をぐるぐる歩き回るとか、集会に招待されて会場へ行っても誰もいないのでウロウロするとか、悪い夢が続いて困惑したところで目がさめることがよくあります。

なぜ夢を見るか
 熟睡できない時に夢を見ることが多い。睡眠には浅い睡眠(レム睡眠)と深い睡眠(ノンレム睡眠)があり、夢は一晩の眠りの中で1時間半~2時間の周期で4−5回繰り返します。起きた後も記憶に残るような夢は、主に浅い睡眠の中で見た夢です。レムとは英語でRapid Eye Movement(迅速眼球運動)の頭文字をとってREMです。レム睡眠の時は本人は自覚しなくとも眼球が左右に動いているのでこのような名称がつけられています。レム睡眠中は身体は寝ていても脳は活動している状態で、このときに夢を見ることが多いです。起床してから覚えている夢は、起きる直前にレム睡眠の中で見た夢が多いです。

羊を数えるのは意味がない
 寝入ってから約3時間以内に深い眠りに達すれば、脳も体も休ませることができるため、朝起きた時に「ぐっすり寝た」という満足感を得ることができます。布団に入って5−10分で眠る人は理想的ですが、医師の話では、就寝後2時間以内に眠ることが出来れば正常だそうです。眠れない時に羊を数える俗説がありますが、専門家は「何の役にも立たない」といいます。昔、米国で眠れない時に、眠れるように英語のSleep(睡眠)を繰り返したら眠ったとのことに由来しているらしいですが、実はこれを伝えた日本人がSleepとスぺルが似ているSheep(羊)を間違って伝えたとのことです。皆様は信じますか。

叶えたい夢や目標をしっかり持っている
 将来の成功イメージを持っていることは、途中の困難を前にしても、負けない気持ちを作り出してくれます。目の前の苦労に囚われず、その先の夢や目標を見据えることで、難しい場面を何が何でも乗り切るという粘り強さを発揮出来ます。辛い状況を乗り越えるためには、当然ながらふわふわとした目標ではなく、具体的であることが必要でしょう。叶えたい夢や目標を設定することは、強いメンタルを生み出す原動力であり、諦めない人のメンタル面における特徴なのです。

夢は叶えられる
 夢を叶えるためには途中で困難があってもふわふわとした目標ではなく、具体的に行動を起こすことが必要です。それにより夢は叶うか、少なくとも目的に近づくことができます。私ごとで恐縮ですが、大学を卒業して病院薬剤部に勤務しました。しかし、卒業時から考えていた研究者になるために5年目に病院を退職し、大学時代の恩師に相談して北海道大学大学院薬学研究科を受験し幸い合格しました。在学中は尊敬する教官のもとで研究者としての教育を受けました。博士課程を修了し目指していた大学教員の辞令を受けとったのは大学を卒業して10年目で、遅まきながら私の30代の夢は叶えられました。

おわりに
 超高齢になると明日どうなるかわかりません。しかし、多くの思い出の中で、特に印象深いことは夢の中に出ます。私はこれまで3回全身麻酔で手術を受けました。全身麻酔下では夢らしいものは全くなく、暗黒の世界が何時間も続きました。それは夢を見るために必要な脳の中の部位が麻酔されているからかもしれません。92歳の老人が未来に向けて夢などある筈もありませんが、60代、70代、80代の人々はあと20−30年以上の余生があります。是非これからの人生を謳歌して下さい。 

2023年1月1日

次回予告:未定


114. 認知症治療薬の最前線

「メディカルトーク」ではこれまで認知症に関して4回掲載しました。
 8話 ど忘れと認知症は別もの
 25話 心の老化度をチェックする
 35話 加齢と老化は別もの
 41話 ストレスと認知症

今回はこれらを復習しながら、最近の話題についてまとめてみました。

認知症とは、記憶力や判断力が低下する脳の病気であり、厚生労働省の調査によると、2020年には国内で65歳以上の認知症の人の数は約600万人で、2025年に700万人と推定されています。これは65歳以上の高齢者の5人に1人にあたります。世界保健機関(WHO)は世界の認知症有病者数が、2011年時点でおよそ3560万人、2022年で約5000万人、2030年までに6570万人、2050年までには1億1540万人に増えると予想しています。2050年の世界の人口は91億人とされていますので、約100人に1人が認知症を発症することが予想されます。

認知症は症状により3種類に大別されます。

薬はどれくらい効きますか?
 残念ながら現在使用されている薬には、認知症の進行を根本的に止める働きはなく、飲んでいても最終的には認知症は徐々に進行します。また記憶障害や行動障害を劇的に改善させるほどの効果も期待できません。しかし、薬を用いることにより、脳の中で生き残っている神経細胞を活性化させたり、覚えたり考えたりする働きをある程度保つことができます。また、日常生活に活気が出たり、イライラや不安を少なくすることによって生活の質を上げる効果も期待できます。

従来使用されている治療薬
1. アセチルコリンエステラーゼ阻害薬
 アルツハイマー型認知症やレヴィー小体型認知症の患者の脳では、アセチルコリンという神経伝達物質が減少しています。神経伝達物質とは神経と神経の情報のバトンタッチに必要な物質で、減少すると脳のネットワークがうまく働かなくなってしまいます。アセチルコリンはアセチルコリンエステラーゼという酵素で分解されます。初期の認知症治療薬はその酵素の作用を阻害することにより、脳内のアセチルコリンの分解を抑制して神経伝達を順調に保つ作用があります。現在認可されている薬としては、アリセプト、レミニール、イクセロンパッチとリバスタッチ(これらは会社が違うだけで同じ薬)の3種類です。


1)アセチルコリンエステラーゼ阻害薬
経口剤
1−1)アリセプト(一般名:ドネペジル)
 世界で初めて日本のエーザイ(株)が開発した薬で、国内では2007年に、米国では2009年に承認されました。現在は世界90カ国以上で認可されています。詳細は「メディカルトーク」第8話をご参照下さい。水がなくても口の中で溶ける口腔内崩壊錠(OD錠)、細粒やドライシロップ剤、ゼリー剤などの製剤もあります。服用は1日1回で、基本的に朝でも夜でもかまいません。アリセプトは主にアルツハイマー型認知症に使用しますが、平成26年にはレヴィー小体型認知症治療薬の第1号としても認可されました。その後の臨床試験でレヴィー小体型認知症への有効性が示されなかったものの,承認時の試験成績と併せて考えれば,有効性が期待できる患者も存在すると判断されました。

1−2)レミニール(一般名:ガランタミン)
 ガランタミンはアルツハイマー型認知症の症状の進行を抑制する薬であり、日本では2011年からヤンセンファーマ株式会社より「レミニール(R)」の商品名で販売されています。軽度および中等度のアルツハイマー型認知症に適応があります。

1-3)アリドネパッチ(一般名:ドネペジル)
 帝國製薬は2022年12月に製造販売承認を取得しました。

1-4)イクセロンパッチ・リバスタッチ(一般名:リバスチグミン)
 小野薬品工業(株)や米国ノバルティスファーマ(株)が発売しているリバスチグミンは会社が違うだけで同じ薬です。平成23年から販売されています。アルツハイマー病治療薬として使用しますが、アリセプトと異なり貼付剤(ちょうふざい、貼り薬)であることが特徴です。薬を飲むことを嫌がる方や高齢者で飲むことが困難な患者に貼り薬として使用します。


2)NMDA受容体拮抗薬
 この種の薬は,ドネペジルをはじめとするアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とは異なる作用機序です。

2−1) メマリー(一般名:メマンチン)
 レミニールなどと同じく、平成23年から使われているアルツハイマー病の薬です。現在のところNMDA受容体拮抗薬として発売されているのはメマリーのみです。NMDA受容体というのは、グルタミン酸という神経伝達物質の受け皿ですが、アルツハイマー病では脳の中でグルタミン酸の働きが乱れ、神経細胞が障害されたり神経の情報が障害されたりします。メマリーはグルタミンの働きを抑えることにより、神経伝達を整えたり、神経細胞を保護する可能性があります。メマリーの利点は、患者のイライラした感情を抑え、気持ちをおだやかにする作用です。

最近の認知症治療薬
1.アデュヘルム(一般名:アデュカヌマブ)
 アルツハイマー型認知症の原因物質はアミロイドβ(ベーター)というタンパク質で、これが脳内の神経細胞の外に蓄積し脳の神経細胞を死滅させ、脳が萎縮して認知障害を引き起こすというものです。その後、神経細胞の中にたまりアルツハイマー病を引き起こす別のタンパク質が発見されました。それはタウたんぱく質です。アデュヘルムをはじめ、最近の有望な新薬候補は、アミロイドβを脳から排除する作用があります。タウたんぱく質に作用する薬は未だ発見されていません。 2020年7月、米国のバイオジェン社と日本のエーザイ社はアメリカ食品医薬品局(FDA)に、アデュカヌマブをアルツハイマー型認知症の治療薬候補として申請し2021年にFDAで条件付きで承認されました。条件付きで承認した理由は、アデュカヌマブには患者の脳からアミロイドβを減らす効果は認められたが、症状の改善は期待したほど認められなかったからです。つまり、認知症の原因物質はアミロイドβだけではないことがわかりました。今後、正式承認に必要な新たな臨床試験の結果が出るまでには、少なくとも5年から9年かかると言われていています。国内では2020年12月10日、バイオジェン社とエーザイ社はアデュカヌマブについて厚生労働省に新薬承認を申請していましたが、2021年12月22日に厚生労働省は、アルツハイマー病治療薬としてのアデュカヌマブの承認を見送り、継続審議となりました。


2.開発中の治療薬

2−1)レカネマブ、ドナネマブ、ガンテネルマブ
 1.で紹介したアデュカヌマブ以外では、バイオジェン社とエーザイ社が開発した「レカネマブ」、イーライリリー社の「ドナネマブ」、ロシュ社が開発した「ガンテネルマブ」などがあります。このうち、ガンテネルマブについては2022年11月の時点で臨床で効果が認められなかったとの報告があります。これらの抗体医薬はアデュカヌマブとは少しずつ異なる仕組みですが、いずれも脳の中に溜まったアミロイドβをアデュカヌマブと同等、またはそれ以上に減らす効果が報告されており、臨床試験でも有望な結果が報告されています。エーザイのレケンビ(一般名:レカネマブ)は,2023年1月6日に米国FDAから迅速承認され,フル承認への変更に向けた申請をFDAに提出しました。日本と欧州においても,2022年度中の承認申請を行う予定です。

2−2)レキサルティ
 大塚製薬は従来精神科領域の統合失調症の治療薬として開発したレキサルティを、その適応範囲を広げる治験を米国や欧州連合(EU)加盟国などで実施しました。対象はアルツハイマー型の認知症で暴力や暴言などの攻撃行動がある55~90歳の計345人を対象として、有効性や安全性を比べました。その結果、2022年6月に「レキサルティ(一般名:ブレクスピプラゾール)」が、欧米などでの臨床試験で有効性が確認できたと発表しました。2022年後半には米国で承認申請する予定とのことです。

認知症治療薬の将来展望
 アリセプトは間違いなく初期の患者の治療には有効です。しかし、認知症患者の症状の進み方には個人差が大きく、医師は症状に応じていろいろな薬を処方しています。認知症の新薬はなぜ難しいか。認知症に関する基礎研究は進んでいますが、新薬を開発する場合、製薬企業は社外の研究者の研究成果を参考にしてそれを製品化するように努力します。一般に、製薬企業が研究成果を新薬として市場に出すまでには早くて10年、2000億円かかると言われています。アリセプトの開発も一時中断した候補物質を杉本博士らの努力で最終的に製品化し、世界中で使用されるようになりました。つまり、最先端の技術で基礎研究が進んでも新薬は簡単にはできないということです。世界中の大手製薬企業が認知症治療薬の開発に力を注いでいますが、当分は画期的な治療薬の出現は難しいと考えます。

おわりに
 認知症の症状が見られるのは高齢者だけではありません。最近では64歳以下の若年性認知症の患者が増えています。職場で長期間にわたり強いストレスに曝されると若年性認知症の引きがねになります。老いても認知症にならずに元気な人がいます。多くの場合、これらの人々は無邪気で素直な人です。それと、死ぬまで仕事や趣味があって人との交流もある人です。好奇心を失わない人が老いても元気な人です。優しい年寄りには人が寄ってきますが、偉ぶって頑固な人は敬遠されます。高齢化は「再び稚児になる」と言われています。人は年をとると、理解力や判断力が衰えて子供のようになります。認知症は高齢者の誰でもなり得る病気です。残念ながら、現段階では認知症を予防することや、完治することは困難と言われています。

2023年2月1日

次回予告:未定



115. 健康とことわざ

ことわざは日常の生活の中で活きています。私のように人生長く生きていると後悔することが少なくありません。「後悔先に立たず」と言いますが、高齢になると先を見据えて行動することが難しくなります。
「転ばぬ先の杖」とは、「転ぶリスクを想定して、前もって手に杖を持つべきだ」ということで、用心していれば失敗することがないということです。高齢になると足元がふらつき道路で転んで骨折する人が多くいます。そこで杖が必要になります。しかし、この諺は高齢者だけの問題ではありません。いざという時でも安心できるように、予め手を打っておくことが必要です。

「備えあれば憂いなし」
「転ばぬ先の杖」と同じ意味で「備えあれば憂いなし」があります。万一のことが起きても対応できるように備えておくことが大切という教訓として用いられることが多いです。「備えあれば憂いなし」の由来は、中国に伝わる2つの書物とされています。ひとつは『書経(しょきょう)』に登場する「有備無憂」という一説です。書き下すと「備え有れば憂い無し(=備えていれば憂いはない)」となり、ここから慣用句として成立したとされています。

「餅は餅屋」
「餅は餅屋」は、いくら素人が上手にできたとしても、所詮は素人仕事で、専門家には到底かなわない。そのため、専門的なことは、それぞれの専門家に任せるのが良いということです。 「餅は餅屋」の由来は次の様に言われています。江戸時代では年末に、各家庭または近所の人が寄り合って、新年用の餅をつく習慣がありました。しかし、年末はどの家庭も忙しく、わざわざ自分たちで餅をついている暇がなかったため、“貸つき屋”や“貸餅屋”に餅つきをお願いする人も多かった。この貸餅屋がついた餅がとても美味しかったことから「餅は餅屋」と言われるようになったと言われています。

「予防は治療に勝る」
 誰でも自分の体について関心があります。少しでも不調だったら病院で診察してもらうのが「先手必勝」です。事が起こってからどうするかよりも、出来たら普段から問題が起きないように講じておくことが大切です。 私は体調が悪い時は早めに病院へ行くことにしています。「転ばぬ先の杖」です。少しでも体調が悪いときはそれぞれの専門のクリニックを受診することにしています。その結果、私の手元には、消化器内科、眼科、耳鼻科、整形外科、循環器内科、脳神経外科など多くの病院の受診券が溜まりました。

最近は多くの市中のクリニックで漢方薬がよく処方されます。漢方薬の専門医によれば、漢方薬は一般的には、食前(食事の30分~1時間前)、食間(食事と食事の間のことで食後2時間ぐらい)、つまり、胃に食べ物が入っていないときに飲みます。しかし、西洋医が漢方薬を処方した時には、西洋薬と同様に食後にする場合が多い。私は漢方薬の専門医の意見を尊重して食前に服用することにしています。

ヤブ医者ってなんのことですか
 医者の中にも名医とヤブ医者がいます。ヤブ医者ってなんでしょうか。これには諸説があります。

1. 治療や診断が下手な医者を「藪医者」と言いますが、草木が生い茂った「藪」とは直接関係なく、もともとは「野巫(やぶ)」と書いたとされています。「野巫」とは、まじないを使ったあやしげな治療しかできない医者のことです。昔はまじないもれっきとした治療法でしたが、医学の進歩に伴い、まじないに頼る治療法はバカにされるようになりました。

2.藪のように見通しがきかない医者という説も存在し、この説に基づき、藪以下の全く見通しのきかない未熟な医者を「土手医者」と呼ぶこともあります。また藪医者以下のひどい医者のことは、「やぶ医者にも至らない」「藪にも至らない」という意味を込めて「筍(たけのこ)医者」と呼ぶこともあります。

「予防医学」とは何か
 一般にはそれほど知られていませんが、医学には「予防医学」という分野があります。予防医学とは病気の自覚症状がなくとも検査、診察を受けて「病気にかからないように予防する」という考え方です。よく知られているものとしては職場の健康診断や人間ドックです。近年、日本でも予防医学への注目度が高まっています。

現在は日本のみならず世界中で高齢化が進んでいます。高齢者が年々増えていくということは、体の不調で病院にかかる人も年々増えています。体の不調というのは、病気だけではなく怪我なども含まれます。例えば、高齢者が道を歩行中に石につまずいて転倒し、大腿部骨折という大ケガを負ってしまった場合、若い人であれば回復力や体力があるのでリハビリ次第で健康な状態に戻ることができますが、高齢者の場合は元々体力が落ちているので、寝たきり状態になってしまうケースが多いです。

先進国の中には30年以上前から予防医学を取り入れている国も数多くあります。福祉大国と呼ばれる北欧諸国では、既に国民に予防医学の考え方が浸透しており、寝たきり老人の人数も減少しているそうです。しかし、日本では予防医学の考え方がそれほど普及していないので、病気や怪我が起きてから治療するという考え方がまだまだ主流です。

予防医学の内容

1. 一次予防
一次予防は健康増進で、健康な時期に病気の予防を意識することです。例えば、人間ドックの様な健康診断や予防接種を受けることは、健康的な体を維持することにつながります。食事の内容に気を遣い、生活習慣病を予防することも大切です。生活に適度な運動を取り入れることも、病気や怪我を予防する有効な方法といえます。

2. 二次予防
二次予防は早期発見・早期治療です。病気を早期発見して適切な治療を受け、重症化を防ぐことです。少しでも体調が悪かったらかかりつけの病院で診察してもらうことが肝要です。現在では医療が進歩し、早期発見ができれば大抵の病気を治すことができるようになりました。早い段階で病気の進行を抑えることにより患者の心身的負担を軽くします。

3. 三次予防
三次予防は、既に発症した病気の再発を防ぐことをいいます。具体的には、保健指導やリハビリテーションです。体調のサポートだけでなく、生活習慣へのアドバイスや心のケアをしてあげることも必要です。この三次予防では、医師よりはむしろ理学療法士と作業療法士が活躍します。

おわりに
 健康に関することわざは多く知られています。例えば「一病息災」があります。「一病」は一つの病気、そして「息」は防ぐこと、「災」は「わざわい」のことです。一つくらい病気がある方が健康であるということ。要するに、健康な人は自分の健康を考えないか過信するが、持病がある人の方が健康に気を使い、それが長生きにつながるということです。

「医者の不養生」もよく知られています。医者は他人には養生の大切さを説くが、自分は案外不養生だという意味です。それから派生して、立派なことを言いながら実行が伴わないことのたとえです。私の知り合いの医者で、アルコール性肝障害の研究をしていましたが、無類の酒好きで結局肝硬変で亡くなりました。

ことわざとは、人々の知恵を言葉に表したもので、日常の生活の中で納得するものが多く知られています。先人の教えとして尊重されるべきものが少なくありません。

2023年3月1日


116. 生き甲斐を感じるとき

はじめに
 生き甲斐とは「生きることの喜び」です。それは人それぞれにより異なります。私事で恐縮ですが、正月に東京に住んでいる孫がひ孫を連れて拙宅に遊びにきました。コロナ禍が始まって以来3年ぶりの再会です。幼稚園の頃に遊びに来た時には、家の中を駆けずり回っていた長男は昨年小学1年生になりました。「ジージは学校の先生だったの」と私に話しかけた。「そうだよ」というと納得したように頷きました。長男は小学校に入学してどうやら学校の先生について特別な感情を持ったらしい。小学生にとって学校の先生は尊敬の対象だ。彼の5年、10年後の成長を見ることは叶わないかもしれませんが、私と同じ遺伝子を共有していることを考えると愛おしく思います。

話が変わります。50年間大学に勤務して多くの教え子を社会に送り出しました。彼らは私にとって生涯の宝物です。最初に私の研究室に配属された教え子は、すでに還暦を過ぎて前期高齢者に向かっています。どうしているか心配で卒業生の一人に問い合わせたところ、何人かの人は体の不調を訴えているとのことでした。中には、配偶者が他界して悲しい日々を送っている人もいます。彼らの悲喜こもごもは私にとっても同じ感情です。

再び話が変わります。2023年2月にトルコで大地震が起きて未曾有の被害を出しました。私にとってトルコは懐かしい土地です。国際会議などでこれまで4回訪れました。そこには多くの友人が住んでいます。今回の地震の後で彼らの安否を知るためにメールしたら幸い被害はなく皆さん元気でした。大地震による被害の話を聞くたびに、2011年3月に宮城県を中心とした東日本大震災で失った親友を思い出します。

高齢者における生き甲斐
「生き甲斐」に関する最近の研究によれば、高齢者にとって生き甲斐を見つけることにより認知機能が改善されるといわれています。一般に老年期は人生の盛りを過ぎて、健康や社会的役割など多くのものを失ったときと考えられています。しかし、そんな環境でも現実には多くの高齢者は、毎日それなりに日々を過ごしています。高齢者が穏やかに老いを受け入れることができるのは、各人が生き甲斐を持っており、それが老いを打ち消すからです。高齢者が生き甲斐を失うということは生き甲斐の対象を失ったときです。例えば、孫の成長が生き甲斐だった場合、孫が成長し大人に近づくにつれて自分の役割が少なくなり、段々と自分から離れることにより大きな寂しさを感じます。また、スポーツが生き甲斐とする人では、加齢とともに継続が難しくなると生き甲斐を失います。高齢者にとって生き甲斐は常にそれを失うことと隣り合わせで毎日を生きています。

ストレスがあると生き甲斐を感じにくくなる
 学校の先生の場合、生徒の喜ぶ顔をみたときに生きがいを感じます。大学生が卒業を控えて悩むのは就職先です。希望する仕事があっても必ずしもそれに就職できるとは限りません。そんな時に本人はストレスで悩みます。程度の差こそあれ世の中でストレスのない人はいません。
 ストレスが溜まると体に以下のようなさまざまな症状が表れます。例えば、
 ●眠れない
 ●ふらつき
 ●平衡感覚がなくなる
 ●耳鳴りがする
 ●頭重感がある
 などです。
 これらの症状が出た時病院でCT、MRIなどの精密検査を受けても医師が「異常なし」と診断されることがあります。そんなとき、「異常なし」という診断に、「自分はこれだけ苦しいのになんで異常がないのか」と考えることとなり、これがまたストレスにつながり悪循環になります。

健康と生き甲斐
 健康はすべての基盤になります。健康でなければ、趣味は楽しめません。健康でなければ、仕事に打ち込むことも難しいです。健康でなければ、家族や友人と楽しく過ごせないかもしれません。その時に、好きな趣味や仕事もできなかったし、大切な人との時間も相手に心配をかけているのではと気をつかって心から楽しめません。健康づくりはそれ自体が目的ではなく、生き甲斐を楽しむための手段です。健康であるうちは、多くの人は自分の体のことに気を使いません。病気になって初めて健康の重要さに気づくのです。生き甲斐を支えてくれる心身の健康はできるだけキープしたいものです。

薬は生き甲斐に役立つか
 ストレスで不眠になったり、イライラしてストレスが溜まっている時に医師は患者の症状を緩和するために睡眠導入剤や精神安定剤を処方します。医師が処方する薬を服用すると確かに症状は緩和しますが、原因を排除されない限り症状は続きます。これらの薬は長期間服用すると習慣性になり、それがないと眠れなくなります。高血圧や糖尿病など生活習慣病の薬は2−3ヶ月分を一回に処方されますが、睡眠導入剤は厚労省の規則により一回に1ヶ月分しか処方することが許可されていません。余談ですが、私は昔不眠が続いた頃にかかりつけの医師から睡眠剤を処方してもらいました。一回一錠就寝前に服用しましたが、習慣性を懸念して2ヶ月も経った頃に半錠にしました。睡眠剤には錠剤の中心に線が入っています。これは「割線」と言って、例えば1.5錠必要な患者には1錠と半錠を処方します。睡眠剤の場合、半錠では有効量の半分ですので効かないはずですが、私は半錠で眠ることができました。これはまさに”プラセボ効果“です。投与量にかかわらず”薬を飲んだ“と言う安心感から眠ることができたのです。その後徐々に投与量を減少して現在では全く薬が必要なくなりました。

おわりに
 限りある寿命の中でどれだけ生き甲斐を感じることができるかは各人の生活環境により大きく異なります。また、高齢者は社会から切り離される傾向にあります。50代、60代の人々にとっては子育てや仕事がやりがい、生き甲斐になっていることが多いですが、子供が独立したり、職場を定年になったり、自分の役割に一区切りつくことになります。この年代では、趣味や仕事などが生き甲斐と考えられますが、それもない人はどうしたらよいでしょうか。何が生き甲斐かは十人十色ですので他人がとやかく言うことではありません。願わくは生き甲斐のある生涯を送りたいものです。

2023年4月1日



117.脳は適当に生きるための司令塔

生き方には各人それぞれの考え方があります。適当に生きるということはいい加減に生きるということではありません。自分のペースで生きることです。自分の歩幅で歩くことです。高齢になると心身ともに環境の変化に順応することが困難になります。例外なく順応性が衰えます。それは老人の頑固さとして表れます。高齢になっても趣味を持ち、友人、知人と付き合っている人は、脳は若いまま保ち順応性も優れています。高齢になったら若い時のように見栄を張らないことです。もし、足腰が不自由で歩くのが苦痛だったら遠慮せずに杖を使うことです。本人が気にしているほど他人は関心を持っていません。

物忘れの正常限界
「脳は年齢とともに老化する」と言われていますが、それは必ずしも正しくないことがわかっています。高齢化することによりそれまでの経験が生かされて単に年齢を重ねたというよりはもっと深みのある人生になる人がいます。 高齢になると、人と会ったとき顔は覚えていても名前がすぐに出てこないことがあります。また、買い物に行ったとき必要なものを買わずに帰ってきてしまったという経験がありませんか。これは脳の認知機能が低下した結果かもしれません。物忘れには段階があります。「朝食で何を食べたか」を思い出せないのは正常の範囲内ですが、「今朝朝食を食べたかどうか覚えていない」は正常を超えた認知機能の低下です。一般には、50−60代になると、少しずつ物忘れが増えてくるのは誰でも感じることで、これは正常の範囲内です。

人間らしく生きるためには「前頭前野」が大事
 成人の脳は1200~1500gの重さで、体重の約2~2.5%を占めています。脳は「大脳」「小脳」「脳幹」の3つに大きく分かれていて、大脳は全体の重さの約80%を占めています。大脳には、主に思考や判断し行動する機能を司る「前頭葉」、主に知覚や感覚を司る「頭頂葉」、視覚を司る「後頭葉」、聴覚や記憶を司る「側頭葉」の4つの領域があり、それぞれの働きを担っています。このうちの「前頭葉」の大部分を占めるのが「前頭前野」です。 人間と動物の脳を比べたときに大きく違うのが、この「前頭前野」です。人間の「前頭前野」は大脳の中の約30%を占めていますが、動物の中でもっとも大きいチンパンジーでも7~10%くらいしかありません。 「前頭前野」はオデコの部位にあり、脳の中の司令塔と言われています。「考える」「記憶する」「アイデアを出す」「感情をコントロールする」「判断する」「応用する」など、人間にとって重要な働きを担っているため、人間らしく生活するためにもっとも必要な部位です。「前頭前野」が衰えると、もの忘れが増えたり、考えることができなくなったり、突然キレたり、感情的になったり、やる気がなくなったりなどマイナスの行動につながります。

 東京大学の医学部には、明治以降の有名人の脳が保管されています。夏目漱石が1,425グラム、内村鑑三が1,470グラム、桂太郎が1,600グラムで、有名人の多くが同じ年代の日本人男性の脳の重さの平均値よりも重い値となっています。

「前頭前野」を使うと脳が活性化される
「台所で料理をすることは脳にいい」といわれています。これは、料理をしているときの脳の活動を医学的に調べると、「前頭前野」が刺激されることがわかります。「前頭前野」は意思や計画性、判断、創造、記憶、集中など、人間の行動の中でも重要な行動を司っています。この部位を正常に保つには適切な刺激が必要です。 例えば、他人と会話をすることにより脳の「前頭前野」が刺激されます。これにより脳機能が高まります。「前頭前野」に刺激を与えることが脳機能を活性化するのに重要です。「笑う」ことでも「前頭前野」は活性化されます。反対に、他人を「笑わせよう」としてダジャレをひねることでも活性化します。

前頭野が衰えると、意欲や創造性が失われ、感情のコントロールが利かなくなり、思考の柔軟性も失われます。老化そのものは止めることはできませんが、脳は使えば使うほど脳細胞同士の連携がよくなり、老いて萎縮してしまった部分の機能をほかの部位がカバーすることで結果的に「老いない脳」をつくることができるのです。

気持ちが若い人は脳も若い
 多くの研究の結果、実年齢よりも若いと感じる人は、脳の機能も若いことが報告されています。高齢者の中でも気持ちが若い人は、脳機能を測定するMRIで検査すると脳においても老化の特徴が少ない傾向にあったことが明らかになっています。 老化は例外なく誰でもたどる現象です。しかし、肉体的・精神的な老いは誰でも同じように感じるとは限りません。人々が感じる年齢にはさまざまなパターンがあります。歳を感じる理由として、加齢による身体的な衰えや認知機能の低下が意識されます。つまり、自分が感じる主観的な若さは、加齢を反映する敏感なマーカーである可能性があります。医学的にこれを調べた研究があります。それは59歳から84歳までの68人の脳をMRIで測定し、脳の中の各領域での灰白質を調べました。灰白質とは脳の神経細胞が集まっている部位です。また、認知機能の測定、性格診断、主観的な健康状態、自分が感じる年齢を答えてもらったところ、実年齢よりも若いと感じている人たちは、実年齢よりも年をとったと感じている人たちと比べて、部分的に脳の灰白質の体積が大きい傾向にありました。脳の神経細胞は一度壊れると再生しません。従って、加齢により脳の灰白質が減少すると認識能力や運動能力の低下など、さまざまな年齢的な変化を反映することがわかっています。

おわりに
 高齢になっても気持ちが若い人、見た目が若い人は、脳が若いから気持ちが若いのか、それとも気持ちが若いから脳を健康に保てるのか。その因果関係は定かではありません。誰でも例外なく老化し、同時に物忘れが顕著になります。中でも認知機能が低下することにより日常生活が破綻することもあります。それを防ぐには、できるだけ他人との交流を持つこと、趣味を持つこと、テレビの娯楽番組を見ること、などはどうでしょうか。ちなみに、私は2−3日ごとに相手の迷惑にならない時間帯に電話で雑談することにしています。もし、煩わしいと思わられる方は、年寄りのわがままだと思って寛容のほどお願いします。

2023年5月1日



118. 生活に必要な適応力

高齢になると日常の生活への適応力が落ちることを実感します。また、自己主張が強くなって他人から言われても素直に受け入れられない老人が多いです。これは、それまでの長い経験から自分とは異なる意見の人に対しては簡単に受け入れることができないという自信からです。高齢者のみならず中高年になると適応力の低下は頑固さに繋がります。 適応力とはある環境の変化に対するに対して適切に対応する力です。 例えば、転職したばかりでもすぐに職場の人とコミュニケーションをとり、業務を進めていける人は「適応力がある」と言えます。

適応力がある人はさりげなく相手の様子を見ながら、話題を選んだり話の進め方を工夫したりします。そうすることで相手は「この人は自分をわかってくれる」安心感を抱くようになるのです。適応力がある人は、他人とのコミュニケーションをとるのに上手ですので、他人からも信頼されて人間関係でのトラブルも少ないです。 適応力の欠如または低下が進んだ場合は、「適応障害」と診断されることがあります。この場合の「適応」は「一般的な社会生活を不安なく送れること」を指します。 高齢になると即座の判断力が低下します。順応性の低下です。また、見た目の外見の老化だけでなく、体内の臓器もくたびれているのでその働きが低下します。心臓、腎臓、肝臓などの働きが低下して、複数の病気にかかりやすくなります。さらに深刻なのが脳の異常な萎縮です。高齢者がMRI画像診断で検査すると誰でも年相応の萎縮はありますが、極端に萎縮が進行していると認知機能が低下し、認知症の症状になります。

適応力と柔軟性、順応力の違い
 適応力と似た言葉に「柔軟性」「順応力」があります。柔軟性とは「臨機応変にその場に応じた適切な判断や処理ができる性質」のことです。ある環境に適切に対応しようと思っても、常識や自分の価値観にこだわっていると適切な対応はできません。何のこだわりもない、柔軟性があってこそ適応力は身につくと言えます。 順応力は適応力とほぼ同じ意味で使われますが少し違います。例えば職場が変わって起床時間が30分早まった生活になったとき、初めのうちはなかなか身体が起きなくて辛いですが、次第にそのリズムに慣れてきます。これが順応力です。つまり自然に身体や意識が環境に慣れていける力が順応力です。適応力は意識的に自分を変えるという点で順応力とは違います。

適応力のある人の特徴
適応力のある人には次のような特徴があります。

適応力を身に付ける方法
 適応力を身につける5つの方法を紹介します。適応力はすぐには難しいですが、誰でも身につけられる力です。

おわりに
 加齢とともに毎日の動作、行動が無意識のうちに変化します。それは他人との協調性や順応性が乏しくなることです。これは決して特殊なケースではなく高齢者にとって共通の行動です。それを少しでも和らげる手段の一つとしては、他人とコミュニケーションをとることだと思います。孤独になるのが最も好ましくない状態です。出来だけ多くの友人、知人と話し会うことは、孤立化を防ぐごとになります。コロナ禍もようやく下火になったので、知り合い同士で親交を深めたらどうでしょうか。

2023年6月1日



119. 続・医者の本音

本シリーズ第19話に「医者の本音」を書きました(2015年7月)。それから8年が過ぎましたので、再びこのテーマを取り上げました。世の中にはいくら苦しくとも病院だけは行きたくないというご老体がおります。各人それぞれの考え方ですので他人が兎や角言う事ではありません。最近の医師は机の上のパソコンの血液検査や尿検査の結果、CTやMRIの画像診断の結果を説明し患者と向き合って会話することはほとんどなくなりました。確かに画像診断の結果は直接患部の状態を可視することができるので患者も理解しやすいです。しかし、医師と患者との会話が昔に比べて少なくなりました。対話で問診をする医者が少なくなりました。

最近、養老孟司先生と中川恵一先生との共著「養老先生再び病院へ行く」を読みました。養老先生は名作「バカの壁」で一躍有名になった解剖学者です。中川先生は養老先生が東大医学部の解剖学教室の教授だった頃の教え子で、現在は東大病院放射線科教授と緩和医療の教授で、がんの専門家です。
 養老先生は大の医者嫌いで、よほどのことでない限り病院へは行かないそうです。2022年に中川先生の診察、検査で心筋梗塞が見つかり直ちに東大病院に入院しました。中川先生の素早い処置のおかげで無事退院することができた養老先生は長年にわたる喫煙者です。東大病院に心筋梗塞で入院した時はもちろん禁煙でした。東大病院は院内で吸ったら強制退院させられます。しかし、退院してからはまた吸い始めたそうです。

長年にわたりタバコを吸っている人の多くは肺の細胞の一部が死んで働かなくなる肺気腫という肺の病気になっています。養老先生にもそれが見られました。症状が進むと、酸素が十分に肺に吸い込まれないので呼吸が苦しくなり、常時酸素ボンベを引きずりながら生活しないといけなくなります。たばこは肺がんや咽頭癌の原因といわれていますが、中川先生によると、たばこをやめてもガンができるのには20−25年かかるそうです。つまり、70歳の人がそれまで吸っていたタバコをやめても発がんするのが90歳です。養老先生の考えでは、70代、80代でやめて20年後としたら、90−100歳です。従って、寿命を考えると70−80歳で禁煙する意味はほとんどないとのことです。 今回養老先生と中川先生の著書を読んで印象深かった点をご紹介します。

1. 糖尿病と心筋梗塞
 2022年に中川先生が養老先生から相談を受けたのは、体調が悪く、15kgも痩せたので、流石に病院嫌いの養老先生も不安になり中川先生に一度診察してほしいとのことで始まりました。養老先生の病院嫌いは有名で、健康診断もがん検診も一度も受けたことがないそうです。中川先生は短期間に15kgも痩せたということから糖尿病を疑いました。検査の結果、やはり血糖値、ヘモグロビンA1c(過去1−2ヶ月以内の血糖の平均値)の数値が上昇していました。一般に、糖尿病の患者は太るというイメージがありますが、病状が進行すると細胞のエネルギー源であるブドウ糖(血糖)が外に出て行くので逆に痩せます。養老先生も体重が15kgも減ってやせていました。ここまで糖尿病が進行するのには長い年月がかかります。しかし養老先生は病院嫌いですから、いつから糖尿病になったかもわかりません。

養老先生にとってこのときに東大病院を受診されたのは26年ぶりでした。そこで中川先生は血液検査、心電図、CT撮影などの検査を一通り行いました。その結果、心電図に心筋梗塞特有の波形が見つかりました。そこで緊急入院となり、循環器内科の医師らがカテーテルを用いて、詰まりかけた血管にステントという器具を挿入して、血管を広げて血液が流れる様にしました。

一般に心筋梗塞は激しい胸痛が起こると思われていますが、養老先生の場合は無痛性の心筋梗塞でした。中川先生によると、これは糖尿病によるものと考えられます。糖尿病の合併症の一つに神経障害がありますが、神経がダメージを受けると痛みを感じなくなる人がいるのです。
 心筋梗塞というのは、心臓とつながっている冠動脈が詰まって、心筋に栄養や酸素が送れなくなり、心臓が壊死する病気です。突然死の最も多い原因の一つです。養老先生の場合、右冠動脈の心臓から離れた末梢部分が完全に詰まっていました。ただ、この部位の梗塞は直ちに命に関わるものではありません。実はそこだけではなく、左冠動脈の心臓に近い根元の部分もかなり狭くなっていました。ここが完全に詰まると命に関わります。

2.大腸ポリープ
 養老先生が入院した時に大腸の内視鏡検査も行っています。その際、大腸ポリープが見つかったので、医師は取る事を勧めました。しかし、養老先生は取る気がありませんでした。医師がポリープを取るのを勧める理由は、大腸ポリープはがん化する事が多いからです。ただし、中川先生によると、ポリープが2-3cmの大きさになるまでには、少なくとも20年はかかるそうです。養老先生の場合、肺がんの発症時期と同じで、年齢を考えれば合理的な判断だとも言えるのです。

3.がん細胞
 がん細胞の増殖について中川先生の説明は下記の通りです。見逃した一個のがん細胞が、分裂して2個になり、それが4個、8個、16個、32個と増えて、30回細胞分裂すると約10億個になります。2個の30乗が約10億個ですから、そして10億個の細胞が集まると1cmくらいの大きさになります。がんを発見して治療できるのはこのくらいの大きさですが、ここまでガンが成長するには早くて10年、普通は20年かかるそうです。 がん細胞は体内で患者の栄養を横取りして成長するので、患者が衰弱して栄養が取れなくなるとがん細胞も死んでしまいます。

4.緩和医療
 自分の死を真剣に意識し始めるのは、60歳半ばをすぎてからだと言われています。年をとると、避けられない老い、たとえば体力の衰え、記憶力の低下、などをつくづく感じます。この状態で最後にはどうなるだろうかと誰もが不安になります。誰でも苦しまないで安らかな終末を望んでいます。そのために、最近では病院の医療が「死を待つだけのあきらめの医療」から、患者が苦しまないで終末を迎えるための医療に変わりました。それが「緩和医療」です。そのために「日本緩和医療学会」が創設されました。その目的は、がんやその他の治癒困難な病気の患者が、終焉を迎える日まで痛みを伴わないで過ごすことが出来る環境を作ることです。そのための専門医の認定制度や専門病院も設立されました。


 医師は、高齢者の病気は或る程度延命はできても、完全に癒すのは難しい事を経験的に知っています。場合によっては、延命の努力はむしろ高齢者にとって苦痛な場合もあります。人生の最後をどこで迎えたいか。多くの調査によると、7~8割の人は住み慣れた自宅で、親しい人たちに囲まれての大往生を望んでいます。しかし、現実は8割が病院で亡くなっています。これは、核家族化、家庭での介護能力が難しいこと、延命維持技術の発達などにその原因があるのです。もし本人が希望し家族も同意するならば、担当医に「患者を自宅に連れ帰りたいです」と遠慮せずにはっきり伝えることです。医師は患者の死亡診断書を書く義務がありますが、病院にしばりつける権利はありません。自宅で最期の時を迎えるのは患者や家族の判断で決まるのです。

おわりに
 今回養老先生と中川先生の著書を読んで多くのことを知りました。健康に最も悪いと言われているたばこについて、養老先生は長年にわたり嗜んできました。医者の不養生と言われています。これは人に養生を勧める医者が、自分は健康に注意しないことです。 正しいとわかっていながら自分では実行しないことのたとえですが、私の知り合いにもこのような医師は多くいます。決して養老先生が例外ではあリません。大酒飲みで酒癖の悪い医者もいます。所詮一人の人間として生活していることを考えるとそれほど不思議なことではありません。長い老いを生きることは、病とともに生きることでもあります。

2023年7月1日



120. 自律神経が崩れる日

真夏の季節がやって来ました。今年は例年にない猛暑です。7月中旬から始まった猛暑では、人々は就寝中を含めて24時間冷房の中で暮らしています。たまに外へ出るとそこは灼熱で室内との温度差で体はバランスを崩しそうです。冷房を使わなかった多くの高齢者が毎日熱中症で救急搬送されています。その暑さは北海道を含む全国で見られ、中には40度を超える「超猛暑日」になりました。夜間の最低温度が25度以上を「熱帯夜」と言いますが、今年は熱帯夜が長く続いています。

寒暖差疲労
 脳の中には体の体温を調節する機能が備わっており、多少の温度差では体の不調にはなりません。しかし、冷房のある部屋とない部屋や、冷房のある屋内と屋外では寒暖差が大きくなり、寒暖差が7℃以上の状態に長くいると、自律神経が休む暇なく働くことが強いられます。その結果、体は必要以上にエネルギーを消費するため、自律神経が乱れ、血行が悪くなったり、様々な体の不調が現れます。これを「寒暖差疲労」といいます。その症状は、冷え症、首こり・肩こり、頭痛、めまい、全身倦怠感、胃腸障害、イライラ、不安、風邪、アレルギーなど様々です。

自律神経系とはなんでしょうか
 最近、テレビなどで体が不調なときやストレスの時にその原因として「自律神経」という言葉をよく耳にします。自律神経は呼吸や体温、血圧、心拍、消化、代謝など、個人の意思とは関係なく生きていく上で欠かせない生命活動を維持するのに必要な神経で、一年中休むことなく自動的に働き続けています。

自律神経系は交感神経と副交感神経という二つの相反する作用を持った神経系で構成されており、これらの神経系により体のバランスが保たれています。これは丁度シーソーのような関係で、片方が上がると、もう一つは下がる関係にあります。

何かで興奮したときに「アドレナリンが出た」といいますが、アドレナリンは交感神経を興奮させる体内物質で、これが体内で増えると交感神経系が優位になります。この状態では、逆方向の副交感神経の作用が低下します。その結果、副交感神経が支配している胃や腸の働きが悪くなり、食欲がなくなったり、胃痛を感じることがあります。ストレスの時に食欲がなくなったり、胃が痛むなどはそのためです。また、就寝時には興奮系の交感神経が抑制されて、副交感神経が優位になるので胃、腸など消化器の運動が活発になります。自律神経と血圧の関係を考えると、ストレスを受けた場合、交感神経が優位になるので、それにより血管が収縮して血圧が上がります。逆に体がリラックスした状態の時は血管が拡張して血圧が下がります。

ストレスの種類と自律神経の乱れ
 前述のようにストレスの条件下では交感神経が優位に働きます。自律神経に影響を及ぼす要因にはいろいろあり、男性、女性、年齢などによりストレスの受け取り方に差があります。また、ストレスには「心理的ストレス」「身体的ストレス」「不規則な生活」があります。

心理的ストレスは、不安や緊張、イライラ、抑うつ、怒り、悲しみといった不快な感情をもたらします。例えば職場や家庭の人間関係、仕事や学業のプレッシャー、ハラスメントなどがあります。心理的ストレスを受けると、交感神経が優位になり、その結果、動悸がしたり、手に冷汗をかいたり、青ざめたりします。

一方、身体的ストレスは、疲労や睡眠不足、運動不足、天候の変化などが原因になります。また、最近よく耳にする「気象病」は、気温や気圧などの変動が身体的ストレスとなって自律神経を乱し、体調不良を招く現象です。

不規則な生活も自律神経を乱す大きな要因です。夜更かしや昼夜逆転の生活、不規則な食事時間、食事抜きなどで生活リズムが崩れると、それに連動するように自律神経のバランスも乱れます。

自律神経は心の動きに反応する
 私たちは本能と理性という二つの相反する感情のバランスをとりながら毎日を暮らしています。しかし、何か本能的な喜怒哀楽にかかわるできごとが起こったときに、理性が強く働いて感情を抑制してしまうと、脳の中では「つらい」「泣きたい」「食べたい」などの感情が不自然に処理されるため、脳が自律神経をうまくコントロールできなくなります。 交感神経は驚いたり不愉快な感情に反応しますが、驚きや不快感がなくなると副交感神経が働いて安定した状態に戻ります。ところが長期にわたってストレスが続くと、交感神経はずっと興奮した状態のままになってしまい、副交感神経との切り替えがうまくいかなくなる結果、自律神経のバランスが乱れます。これが「自律神経失調症」です。

自分でできる「自律神経失調症」の対策
 人間はもともと、日中は心身を活動的にする交感神経が活発になるように出来ており、夜は心身をリラックスさせる働きのある副交感神経が優位になる仕組みがあります。この人間本来のリズムに反した生活習慣を送ると自律神経が乱れて自律神経失調症になります。自律神経失調症の治療は心と体の両面からアプローチすることが大切です。身体面からの治療は心療内科の医師の指導のもとに自律神経の働きをととのえる薬や、抑うつ状態や不安、不眠を解消する薬など薬物療法が必要になります。

生活リズムを整える
 交感神経と副交感神経の働きには1日の中でリズムがあります。日中に職場や学校などで活動する時は交感神経が優位になります。逆に家庭の中で団らんしたり睡眠に向かう夜間は副交感神経が優位になります。健康的な体は、昼間はしっかりと動いて、夜になると自然と眠くなり、そして翌朝はまた活動に向けて交感神経が動き出すのが自律神経の規則正しいリズムです。バランスのとれた食事と十分な睡眠をとり、適度な運動が必要です。生活リズムを整えて健康的に過ごしていれば、身体機能を正常に保ち、精神を安定させることにつながります。

おわりに
 世の中はストレスが多いので交感神経が優位になるため高血圧になったり、不整脈の様に心臓の病気になる人が多いです。また、ストレス状態が続くと、副交感神経の働きが弱くなるため睡眠不足による体の不調とともに、胃腸の調子が悪くなります。専門医の話では、自律神経がバランスを崩すと心が壊れて、動悸やめまい、胸が締め付けられるような圧迫感などを感じるようになるとのことです。 このほかにも手足がしびれたり震えたりしてしまう症状がみられる人もいます。また、喉が頻繁に乾いたり通常よりも頻繁にトイレに足を運ぶようになったりする場合もあります。

本稿ではストレスは悪者の様に書きましたが、毎日の生活の中で弱いストレスはむしろ必要です。多少の緊張により心が正常に働き他人との協調が保たれるのです。全くストレスのない生活になると、周囲に無関心になり、それが病的になると認知症の症状になります。私事ですが、老夫婦が時々口喧嘩をしながら助け合って毎日を過ごす方がより健康的です。皆様はどうお考えでしょうか。

2023年8月1日


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