佐藤哲男博士のメディカルトーク

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31. 過剰の塩分は寿命を削る、なぜ?

私たちは毎日の食事から、気づかないうちに必要以上にたくさんの塩分を摂取しています。私の郷里の秋田県は、昭和30年代までは高血圧による脳卒中(脳梗塞と脳出血)の患者数が全国一でした。その頃、多くの県民はしょっぱいものが大好きで、それを生涯続けていました。当時の資料によると、県民の一人一日の塩分摂取量は、驚くことに30−40グラムと記録されています。その後、県内関係者の積極的な減塩運動や、昭和43年には県立脳血管研究センターが新設されて、今では脳卒中患者数全国一の汚名から脱出することができました。

塩分を摂りすぎると、高血圧や胃がんのリスクが高くなるといわれています。そうはいっても、塩分はからだにとって必需品で、これが不足すると体調不調になります。なぜか。その理由は、塩分の主成分であるナトリウムは全身60兆個の細胞の構成成分の一つで、それを不足すると心臓のリズムが乱れるからです。このように、ナトリウムは摂取量によって悪玉になったり善玉になったりします。今回は塩分の二面性について考えます。

血圧とは?
 血圧とは心臓から全身に送り出された血液が血管を押す圧力のことで、心臓が収縮して血液を押し出すときに高くなり(上の血圧)、拡張して血液の流れが緩やかになると低くなります(下の血圧)。このような血管の収縮、拡張の繰り返しは生きている限り続きます。血管の弾力性も血圧に関係します。高齢になって動脈硬化が進んだ人や、血管の内壁に大量のコレステロールがくっついている人は、血管の弾力が低下して血液がうまく流れなくなるために、上の血圧は高くなり、下の血圧は低くなります。

血圧は一日中変動している
 血圧は精神・身体活動により常に変動しています。朝の目覚めとともに上昇するので、朝一番の血圧は高めになります(早朝高血圧)。日中は活動しているので比較的高く、夜になると下がり、睡眠中は最も低くなります。このリズムが一日中一定であれば、早朝に血圧が多少高くとも問題ないです。高齢者の血圧の特徴は、血圧の上下差が開くことです。また、下の血圧が正常で、上の血圧が高くなるのも高齢者の特徴です。日本高血圧学会は、高齢者の血圧の正常値はあくまでも130/85未満とし、高血圧を持病に持つ高齢者の降圧目標を60代140/90、70代150/90、80代で160/90と設定しています。
 血圧の個人差は遺伝や生活環境が大きく影響しています。また、食塩摂取が非常に少ない地域の人は、年をとっても血圧は低い人が多いです。季節によっても変動し、冬は高く夏は低くなります。

過剰の塩分は心臓病、高血圧を悪化する
 食塩を大量に摂ると、正常血圧の人でも血圧が上がります。高血圧の人は、より上がりやすいことがわかっています。過剰の食塩を摂ったときの血圧の上がりやすさは個人差が大きく、腎臓の働きが悪い人や、高齢になるほど上がりやすいことが知られています。食塩の摂り過ぎで血圧が高い状態が続くと、血管や心臓に負担がかかり、動脈硬化や心臓肥大が進行します。その結果、脳卒中や心筋梗塞、心不全(心臓の働きが悪くなる)、不整脈、腎不全など、多くの循環器病が起こることになります。高血圧は循環器病の最大の危険因子です。

しょっぱいものを食べると水がほしくなる,なぜ?
 健康な人の血液中の塩分濃度は0.9パーセントです。救急などで病院に運ばれたときに、点滴で使われる生理食塩水も、血液中の塩分と同じく0.9パーセントです。塩辛いものを食べると血液中の塩分濃度が高くなり、それを下げるため、喉が乾き水分が欲しくなります。水分を摂れば血液が増えます。心臓や血管の容積は決まっているので、その中の血液が増えすぎると、脳からの指令で血圧が上がり、余分の水分と塩分を排泄させようとします。そのため、水分を多く摂ると腎臓の働きが正常であればトイレに行く回数は増えて、余分の水分や塩分を体外へ排出します。まさに身体の防御作用が働いています。

塩分の悪者はナトリウム
「塩分」とは日常の生活で使われている「食塩」のことです。高血圧の真犯人は食塩の成分の中の「ナトリウム」です。食塩量=ナトリウム量ではなく、食塩の約40パーセントがナトリウム量に相当します。つまり、10グラムの食塩の中には4グラムのナトリウムが含まれている事となります。
 従来は食べ物の容器に記載されている「食塩」の表示は食塩量を示していたので、その中に含まれるナトリウム量は計算式で計算しなければなりませんでした。そのような煩雑を避けるために、2015年4月1日付の「新食品表示法」では、義務表示の「ナトリウム」は「食塩相当量」で表示されることとなりました。つまり店頭に並んでいる食品の容器に表示されている「ナトリウム」量は「食塩量」を示す事になります。しかし、食品によっては、「ナトリウム2.6グラム(食塩相当量6.6グラム)」、「1.1グラム(食塩相当量2.7)」の様に併記されているものもあります。

ナトリウムはからだに不可欠
 これまでの話でナトリウムは悪者の様に思われがちですが決して悪役だけではありません。体内ではナトリウムと水分は一緒に移動するので、炎天下のスポーツなどで脱水状態になるとナトリウムも不足して血管が緩むことがあります。こんな時には水分補給とともに塩分の供給も必要です。熱中症のときなどがそうです。塩分はからだにとっては必須成分ですが、度が過ぎると悪玉になることも確かです。 過剰な塩分はからだにとって悪玉ですが、塩分の摂取量が少なすぎてもからだの働きを害します。アメリカの病院で20万7797人の人について、食塩摂取量と病気についての関係を調査しました。調査した人たちの1日の塩分摂取量は2~13グラムの間に収まっていたので、調査対象を摂取量によって四つのグループに分けて詳しく調べました。その結果、塩分摂取量の一番少ないグループの人は脳卒中や心筋梗塞などになりやすく、最も短命だったのに対して、塩分を比較的多めに摂るグループは一番長命だったのです。
 確かに、塩分の摂取量が度を過ぎて少ないと血圧が下がるなど問題になることがあります。通常、低塩食とは一日の塩分が3−5グラム以下の食事のことを示します。6−9グラム程度が適量と考えられます。

国が推奨する食塩の摂取量
 厚生労働省は、食塩の過剰摂取が高血圧の一因となっていることを理由に、食塩摂取量と高血圧罹患率との研究データなどをもとにして、一日の塩分摂取量の目安を設定しています。特に高齢者の場合、塩分の過剰摂取は腎臓の働きを著しく損ないます。

1日の食塩摂取量の目標値
 ●厚生労働省推奨食塩摂取量の目標量(2015年4月)
  健康な男性(18歳以上):8グラム未満
  健康な女性(18歳以上):7グラム未満
  高血圧の治療を要する人:6グラム以下
  腎臓疾患のある人:3−6グラム以内
 ●日本高血圧学会による高血圧患者の減塩目標:男女とも一日6グラム未満
  (高血圧治療ガイドライン2014)。
 ●世界保健機関(WHO)の減塩目標:5グラム以下

日常の食物で注意したい塩分摂取量
 日本食は、さまざまな利点があるものの、塩分が多いことも大きな特徴です。
国民栄養調査によると、日本人の食塩摂取量は12~13グラム位で、多くの人は塩分の取り過ぎです。2015年の国の食塩摂取量改訂(上記)を機に、日頃の食生活での塩分に注目して「減塩」「低塩」が叫ばれています。減塩のためには、つけもの、塩干しの魚など特に塩辛いものや加工食品はその食べる量に注意し、汁物はうす味でも量に気をつけることが必要とされています。また、植物油を上手に使って温かい料理にする。香辛料や酢を上手に使って料理するなどの工夫も役立つことが強調されています。

毎日の食事の中にどれだけの塩分が含まれているでしょうか。資料によると、チャンハン一人前で4グラム、うどん、そば、ラーメン一杯で5グラム、また、それらの汁を残すと2グラム、みそ汁一杯で1グラム、塩サケ一切れで1.4グラムなどです。ラーメンを汁まで飲むと、それだけで一日塩分許容量の約半分を摂ることになります。

塩分に代わる食品
 減塩のために塩化ナトリウムに代わるものはあるのでしょうか。ナトリウムの代替品はカリウムです。カリウムは果物の中に含まれており、中でもアボガド(一個に約1.3グラム)、バナナ(一本、果肉100グラムに350ミリグラム)、リンゴ、オレンジなどには多く含まれています。

魚や野菜にもカリウムが含まれています。カレイ、ホウレンソウ、さつまいも、ひじきなどはカリウムを豊富に含んでいます。ひじきの成分であるアルギン酸は、体内の余分なナトリウムと結合して体外に排出してくれますので腎臓病にはよい食物として知られています。

ひじきと似た食べ物として「もずく」があります。もずくに含まれるアルギン酸は、ひじきと同様に塩分と結合して尿中に排出しますので、腎臓病の予防に有効です。また、もずくには食物繊維やフコイダンというぬめり成分が含まれており、これが痛風の原因となる尿酸値を下げることが知られています。事実、もずくの産地である沖縄では、尿酸値の高い人々がもずくを毎日食べる事により下がった例が多く知られています。

まとめ
 塩分を多く摂ることで血圧が上昇し、心筋梗塞や脳卒中などの誘因となることはほぼ確立された事実です。しかし、それではどのくらいの塩分制限が、健康のためには適切であるのか、という点については、必ずしも明確な結論が出ていません。これまで述べました様に、塩分の取りすぎは高血圧、心臓病などの原因になると唱える専門家が圧倒的に多いです。また、塩分は人間の生命を支える重要な役割がありますので、体内の塩分濃度が不足すると、細胞の中の新陳代謝が衰えます。その結果、食欲がなくなったり、筋肉を収縮する働きも弱くなり、最終的に足腰が弱ってしまいます。適量の塩分は毎日の生活に必要ですが、少なすぎても身体にとって悪影響を及ぼします。

健康なからだで腎臓の働きが正常な人は、余分の塩分は尿とともに排泄されるのでそれほど心配はありません。一時的に多くの塩分を摂ったときには水を飲んで早く体外に排泄する方がよいです。過剰の塩分は身体に悪い事は知りつつも、日本人、特に高齢者は多めの塩分を摂取する人が多いのが現実です。しかし、高齢者の場合は腎臓の働きが衰えていますので、過度の塩分の摂取は避けた方が無難です。どれくらいが適量か。厚生労働省が推奨する摂取量を参考にして、それから大きく外れない程度に「ほどほどに」に摂るのが長寿の秘訣でしょう。

(2016年5月1日記)



 

32. 肉食のすすめ

そもそも我が国で牛肉を食する文化は明治時代に遡ります。当時、「牛肉を食べることは、文明開化の洗礼を受けることである」といわれていました。やがて「牛肉は滋養によい」という福沢諭吉の影響もあって牛鍋を食べさせる店が現れました。牛鍋屋は急成長し、明治6年ごろの浅草、神田界隈だけで74軒、明治10年ごろには東京で558軒にもなったといいます。牛鍋は、江戸時代後期に人気のあった鴨鍋やぼたん鍋(猪肉)などの調理法を取り入れた鍋物です。明治時代から、肉食はいきいきと暮らすためには欠かせない食物だったのです。

100歳以上の人(百寿者)の数は5万人を突破しました。最近の調査によると、元気な百寿者で肉を食べている人が増えていることがわかりました。肉の理想的な食べ方は、肉の2~3倍の野菜・海藻を食べる事です。野菜の中でも大根がお勧めです。大根の中にはジアスターゼという消化酵素が含まれているので、胃の中で肉などのタンパク質の消化を助けます。余談になりますが、焼き魚に大根おろしをそえるのは、大根のジアスターゼが魚のタンパク質の消化を助けるからです。ジアスターゼは市販の胃腸薬の中にも含まれています。

肉食については賛否両論があります。賛成派の意見は、「肉には必須アミノ酸がバランスよく含まれているので身体によい」ということです。「必須アミノ酸」とは何でしょうか。身体を構成しているたんぱく質は、約20種類のアミノ酸の組み合わせで出来ています。これらのアミノ酸の多くは身体の中で作られますが、その中で9種類だけは体内で作ることができず、食物から摂る必要があります。この9種類のアミノ酸を「必須アミノ酸」といいます。必須アミノ酸は身体の神経、筋肉などすべての働きを維持する上で重要な役割をもっています。

肉をはじめ牛乳、卵などの動物性食品はアミノ酸のバランスを考えると100点満点です。卵は必須アミノ酸を理想的な割合で含んでいる良質なたんぱく源で、そのたんぱく質の大部分はアルブミンです。アルブミンは肉にも豊富に含まれていて、身体の働きに重要な役割を持っています(後述)。卵白には肉と同様に種々の必須アミノ酸が含まれています。卵黄には多くのレシチンが含まれており、記憶力や学習能力の向上、認知症予防や症状の改善に役立つとして注目されています。

世の中では、卵は血中コレステロール値を上げるので食べない方がよいといわれていますが、最近の研究で一日1−2個食べても血液中のコレステロール量には影響しないことがわかりました。肉の場合も食べ過ぎなければコレステロール量が増える事はありません。その理由はこうです。血中コレステロールの8割は、身体の中にある生体成分を原料として肝臓の中で作られます。残りの2割だけが食物から摂取します。したがって、卵や肉に含まれるコレステロールが身体に入ったとしても、血中コレステロール量が極端に増加することにはなりません。

肉食に反対の人々は、肉の様な動物性たんぱく質をとりすぎると、過剰分は胃腸で消化されず、その結果、腸内で腐敗を起こして身体に悪い物質を作り出すといいます。アメリカ人は一日平均約300グラムの肉を食べる事は珍しくありません。それに比べて日本人の場合はせいぜい100グラム前後です。この量だったら、胃腸で十分に消化されるので全く問題ないです。 肉についてもう一つの不安。魚に含まれている不飽和脂肪酸のEPA, DHAなどは生活習慣病を防ぐ作用がありますが、肉に含まれている飽和脂肪酸はカロリーが高く、コレステロールを増やすといわれています。しかし、脂肪酸の研究が進むにつれて、飽和脂肪酸にもHDL(善玉)の働きを促し、LDL(悪玉)を減らすことがわかりました。また、牛肉や豚肉、オリーブ油などに多く含まれている不飽和脂肪酸のオレイン酸には、コレステロール降下作用があることが判明しました。そうはいっても、おなか回りや生活習慣病が気になるミドルエージ世代や高齢者では脂身の多い肉は控えめにしたほうが無難です。

アメリカの死亡率のトップは心筋梗塞です。その原因の一つは、一日平均300グラムの肉食による高脂肪、高カロリーの食生活です。そこで最近は肉を控えて魚、野菜中心の和食が爆発的人気です。「肉を控える」といっても肉食をやめるわけではありません。彼らの目標値は100−150グラムに減らすという事です。つまり、現在の日本人の肉食と同じ程度です。これくらいの量だったら、体力を増強しカロリーの面でも問題ないという事です。実際に欧米では肉食を改善することにより心筋梗塞患者を減らす事が出来ました。

一日に必要なたんぱく質の量は体重1キロあたり約1グラムといわれており、その中で、動物性たんぱく質と植物性たんぱく質の割合は1:1が理想とされています。体重50キロの人では、一日に必要なたんぱく質の量は約50グラムで、その中で動物性たんぱく質の割合は、肉、魚、牛乳、卵を含めて25グラム程度です。 肉食で気になるのはカロリーです。成人の摂取カロリーは,一日1,800~2,200キロカロリーとされていますが、実際は性別や体格で基礎代謝量に差が出るため、あまり正確な数値ではありません。ご参考までに日常生活の中で飲食しているもののカロリーを示します(数字はキロカロリー)。

 ご飯150グラム(1膳)252;醤油ラーメン480;うなぎ蒲焼293;
 本醸造酒1合(180ミリリットル)193、ビール1缶(360ミリリットル)144、ぶどう酒(ロゼ)1杯(80ミリリットル)62、ウイスキー1杯(20ミリリットル)47、ビール中ジョッキ(435ミリリットル)174;
 野菜類はすべて100グラムあたり50以下

 さて、肉はどうでしょうか。調査の結果、肉のカロリーは種類や部位によりかなり差があることがわかりました(数字はキロカロリー、資料により多少異なる)。

牛肉や豚肉といった赤身肉は、高齢者にとって不足しやすい鉄分、亜鉛、ビタミンB12といった「造血の栄養素」を多く含んでおり、高齢者の貧血リスクの予防にも役立ちます。

肉が身体に良いのは血液中の「アルブミン」を増やすからです。アルブミンは血液中の総たんぱく量の50−70パーセントを占めており、筋肉や血管、免疫細胞がうまく働くために必要不可欠な成分です。高齢者の場合、血清アルブミン値が低下すると、認知症の前段階である認知機能が正常値の人に比べて50パーセントに低下するといわれています。また、心臓病や脳卒中の危険性は2.5倍に上げる事が知られています。さらに、筋肉の減少や免疫機能の低下、血管がもろくなるなどの障害が生じます。医師が患者や高齢者の栄養状態を判断する項目として最も重要なのがこのアルブミンです。肉を食べる事により、血清アルブミンが血管を強化し、心臓病や脳卒中、認知症を防ぎ健康寿命につながることがわかってきました。

ステーキを食べるときには焼き方によってうまみが異なります。肉のうまみ成分はグルタミン酸ナトリウムとイノシン酸ナトリウムです。グルタミン酸ナトリウムは味の素の主成分で、イノシン酸ナトリウムは鰹節のうまみ成分です。焼き加減とうまみ成分の関係を味覚センサーで分析した結果があります。それによると、ミディアムレア(3.25)とレア(3.18)では大差はありませんが、ミディアムウエルダン(2.86)だと、うまみの数値がかなり下がりました。ミディアムウエルダンの様に焼く時間を長くすると、うまみ成分が肉に含まれている糖分と結合して減少するからです。肉を食べるときはミディアムレアがお勧めです。

まとめ
海外では和食が世界遺産に認定されたこともありブームになっています。それと同時に、日本国内では肉食を好む人が増えています。肉には良質のタンパク質が豊富に含まれているので、高齢者にとってもよい食材ですが、肉に偏った食生活は避けなければなりません。肉と魚を1対1でバランスよく食べることが必要です。また、肉を食べるときにはその2~3倍の野菜・海藻等を十分に摂ることが勧められています。これまでの魚だけの食生活をちょっと変えてみるのも健康長寿の秘訣といえるかもしれません。 ちなみに、私は数年前から無性に肉を食べたくなることが増えました。加齢が進んで体力が消耗し始めている証拠かもしれません。そこで、身体の要求に応えるために最近では月に1−2回の肉食を楽しんでいます。  
(2016年6月1日記)



 

33.血圧が異常になったとき

血液は全身を一周する間に、人間が生きていくために欠かせないさまざまな働きをします。身体に張り巡らされた血管をつなぐと約10万キロにもなり、その長さは地球約2.5周分に相当します。その血管の中を血液が絶え間なく流れて、全身の細胞に酸素を供給し、新陳代謝により産生された炭酸ガスや老廃物を回収して体外に廃棄します。また、食物に含まれる栄養分やビタミンも血液を介して各臓器に供給されます。

血液の容量は体重の約13分の1ですので、体重60キロの成人では、約 4.6リットルの血液が全身を流れている事になります。一般に健康成人はその全血量の3分の1以上を失えば失血死をきたします。

動脈、静脈、毛細血管の違い
血管には動脈、静脈、毛細血管の3種類があります。血液の流れの起点は心臓です。心臓から出るのが動脈で、体内の各臓器から心臓に戻る血流が静脈です。 毛細血管は全身にくまなく配置されて、各臓器に酸素を供給し物質交換を行っています。心臓は1日に10万回もドキドキと休むこともなく動き続け、2リットルペットボトルで約2本~2本半ほどの血液を、毎日からだのすみずみまで送り続けています。心臓の大きさは自分のにぎりこぶしくらいの大きさです。こんな小さなものが毎日毎日ひたすら70〜80年もの間休まずに動き続けるのです。

動脈は外からは見えませんが、手首や首の付け根(頸部)など脈を打っているところが動脈です。身体で唯一外から直接動脈や静脈の血流の状態を観察出来る部位は眼底です。人間ドックや眼科で行われる眼底検査は、単に眼科の病気(白内障、緑内障、加齢黄斑変性)の診断に有効なだけではなく、眼底血管の状態を見ることで動脈硬化、糖尿病、脳梗塞、脳腫瘍、心疾患(狭心症や心筋梗塞など)、高血圧などのリスクを予見することが出来ます。

動脈のなかでもっとも太いのは、心臓からの出口にある大動脈で、その太さは成人の場合直径が約3センチもあります。それが段々枝分かれし、動脈(0.4センチ)から静脈(0.5センチ)に変わり毛細血管では直径がわずか0.01ミリです。それは髪の毛の十分の一以下の太さです。

一方、静脈は手の甲や足のふくらはぎなどで浮き出て青く見える血管です。動脈と静脈の大きな違いは、動脈は心臓からの血圧により血液を全身に送り出していますが、静脈の血圧は動脈に比べたら極めて低いかほぼゼロに近い値です。静脈の太さは場所によって異なりますが、全身の血液を集めて心臓に戻る入口のところの大静脈が最も太く、その直径は約3センチです。

血流は新幹線なみの速度
血液の流速は部位によって異なります。心臓は収縮と弛緩(しかん)を繰り返して血液を全身に送っています。血液は心臓→大動脈→動脈→細動脈→毛細血管→細静脈→静脈→大静脈→心臓の循環を繰り返しています。心臓の出口の大動脈から血液を押し出すときの収縮期の流速は1秒間に約120センチです。これは新幹線なみの速度です。それに対して、収縮に続く拡張期(心臓に血液を溜め込むとき)の流速はほぼゼロに近いです。これらを平均すると、動脈の血流速度は1秒間に約50センチ程度になります。これは時速にすると180キロです。

大動脈から身体のすみずみに進むにつれて、血流の速度は徐々に遅くなります。毛細血管の場合、一本では髪の毛よりも細いですが、本数が血管全体の99パーセントを占めるため、動脈、静脈のすべての血管の総断面積比では大動脈の600~1000倍となり、そのために血流が遅くなり1秒間でわずかに約0.05センチの速度です。

心臓に戻るルートとして、毛細血管から静脈に入ると、血流は少しずつ速くなります。大静脈を通る血流は、1秒あたり約15センチの速度です。体内の血管は一筆書きの様につながっているので、身体の中の全血液は約1分で一循することになります。

動脈の血液は新幹線なみの速度で血管の中を流れているので、動脈の血管壁には血流による衝撃が常にかかっています。若い人の血管は柔軟性があるので衝撃を吸収しながら血液を送っていますが、高齢者の血管は古くなったゴムホースと同じく弾力を失って固くなっています。血管が固いと衝撃を上手に吸収できなくなり、血管への衝撃が大きくなり傷つけます。また、傷ついたところでは血液の塊が出来ます。これを「血栓」と言います。この血栓が心臓の中の動脈に詰まって血流が滞ると、「心筋梗塞」になります。また、血流にのって脳に運ばれて脳内の動脈を塞ぐと「脳梗塞」になります。

血圧の仕組み─最高血圧と最低血圧
 通常“血圧”と言ったら心臓から出る動脈の圧力を指します。蛇口からホースで撒水するとき、ホースは水圧のためにピンと張った状態になります。心臓が収縮して大動脈から血液を押し出すときに血管壁の圧力が最も高くなります。これを収縮期血圧もしくは「最高血圧(上の血圧)」といいます。反対に、心臓が弛緩(拡張)するときには血圧が最も低くなります。これを拡張期血圧もしくは「最低血圧(下の血圧)」といいます。

静脈は動脈の様な血流による衝撃が殆どないので血圧はほぼゼロです。それではどのようにして血液を心臓に運ぶのでしょうか。心臓よりずっと低い位置を流れる血液は、おもに血管の近くにある筋肉の動きによって血液を心臓に戻します。例えば、下肢のふくらはぎには“筋肉ポンプ”と呼ばれる機能があり、筋肉が収縮と弛緩を繰り返して血液を心臓の方へ押し出します。ずっと動かずに、同じ体勢でいると血液の循環は悪くなります。「エコノミー症候群」がその例です。歩くことが身体によい理由は、有酸素運動と同時に、歩くことによりふくらはぎの筋肉ポンプが活発に動いて,重力で下肢に溜まっているふくらはぎの血液を心臓に効率よく送りこむからです。

高血圧の病気
 高血圧のみならずすべての病気について薬物治療を開始する場合、医師は「標準治療」に従って薬を選択します。それは多くの臨床試験の結果をもとに専門家が最も効果があると合意された治療法です。その中で最初に使用する薬剤を「第一選択薬」といいます。日本高血圧学会が2014年に公開した「高血圧治療ガイドライン」によると、降圧薬の第一選択薬は次の4種類の中から選択することが推奨されています。

 降圧薬の種類
・アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)(エーシーイーそがいやく)
(例)カプトプリル、レニベース、アデカット、セタプリル、エースコール、タナトリル ほか多数
・アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)
(例)ブロプレス、ミカルディス、オルメテック、イベルタン、ニューロタン ほか多数
・カルシウム拮抗薬
(例)ヘルベッサー、ノルバスク、アムロジン、カルブロック、ペルジピン、アダラート、ニバシール、ヒポカ、カジュエット ほか多数
・利尿薬
(例)サイアザイド系利尿薬またはサイアザイド類似薬:フルイトラン、バイカロン、ノルモナールほか

臨床ではARBと利尿薬、ARBとカルシウム拮抗薬といった合剤(配合剤)が近年増えていますが、これらは第一選択薬から除外されました。しかし、必要に応じて医師の判断で使われています。

β(ベータ)遮断薬の位置づけ
 上記の4種類の第一選択薬の他に、昔から広く使われている降圧薬としてβ遮断薬があります。(例)アテノロール、ケルロング、ロプレソール、セロケン、アセタノール、インデラルほか多数

これまで世界中で広く使われていた上記のβ遮断薬が、日本、米国、英国では2014年のガイドラインで第一選択薬として採用されませんでした。なぜでしょうか。それは、「β遮断薬は、第一選択薬に挙げられた他の4種類と同様に高血圧の治療効果は知られているが、その効果は他の薬に比べて小さく、さらに、糖尿病を引き起す作用がある」との理由です。しかし、第一選択薬から外されたとしても、臨床医の間では今でも高く評価されて使われています。

低血圧の病気
 低血圧の病気には急性と慢性があります。急性低血圧を示す原因として、 (1)出血・脱水などの循環血液量の減少 (2)心不全などの心臓の働きが低下した場合や、重症不整脈  (3)降圧薬の過剰投与、睡眠薬・麻酔薬などによる薬物中毒などがあげられます。病気や事故などで心臓の働きが弱まると血圧が異常に低下します。それにより脳への血流が低下し意識が薄くなります。また、急性の低血圧になると、腎臓での老廃物のろ過、排除機能が低下するので、体内にそれが溜まり、最終的には尿毒症になり死に至ることがあります。低血圧の治療は高血圧に比べて非常に厄介です。

一方、慢性的な低血圧症とは、一般に収縮期血圧(上の血圧)が100未満をいいます。まったく症状がない人から、立ちくらみ、めまい、失神(一時的な意識消失発作)、全身のだるさなどの症状を伴う例までさまざまです。自覚症状がない場合や、日常生活に影響を及ぼす症状がみられない場合は治療の必要はありませんが、自覚症状で具合が非常に悪くなったら治療が必要になります。低血圧の症状を改善する薬には昇圧剤(一時的に血圧を上げる薬)、自律神経調節薬などがありますが、作用が強いので医師の指示により慎重に行う必要があります。

まとめ
 血管の老化で最も問題になるのは、動脈の内壁が厚く固くなる「動脈硬化」です。これは心筋梗塞や脳梗塞の原因にもなります。脂質異常症(高脂血症)などで血流がドロドロ状態でスムーズに流れなくなると、全身に酸素や栄養素が行き渡りにくく、老廃物の排出も滞ってしまいます。最近は血めぐりの悪い人が増えています。その原因は、食生活の変化、運動不足などさまざまですが、なかでもストレスによる慢性的低血圧症は深刻です。ストレスになると手足の血管が収縮し、血めぐりが悪くなり、その結果、冷えや肩こり、腰痛、胃腸の不調、肌あれなど、さまざまな不調を引き起こします。こんなとき、体の外側から温めてあげるのも血行改善には効果があります。 身体に異常が出ると必ず警告信号を発してくれます。そんなときは無視しないで躊躇せずに病院に行くことをお勧めします。病院に行って医師から「特に異常はありません」と言われたらそれで安心です。
 (2016年7月1日記)



 

34. 処方薬は医師の裁量

最近、「薬は身体によくないから使わない方がよい」、「薬をやめれば病気は治る」、「薬が危ない」、という内容の本が書店に氾濫しています。これらの本はこぞって「薬は悪者だ」の大合唱です。確かに、世の中には薬の副作用や毒性で苦しんでいる人や、不幸にも亡くなる人もいます。

こんなとき、「医師の診断、処方薬は間違いない」と信じている患者は、「悪いのは薬だ」と疑いません。薬はそんなに悪者でしょうか。これまで人類に多くの貢献をしてきたのに、どうしてこんなに悪人扱いされるのか。薬局の倅として生まれ、これまで80年余薬に関わってきた者としては一言述べたい心境です。ちなみに、これまでに医療革命ともいうべき薬の三大発見があります。

第一は、100年以上前に発見されたアスピリンです。アスピリンは風邪のときに解熱鎮痛薬としてよく使われます。米国で最も人気の高い薬はアスピリンです。米国オレゴン州立大学の研究グループが、予防医学の国際誌である「米国予防医学誌」の2015年4月16日号に掲載した調査結果が大きな話題になっています。45歳から75歳まで、平均60歳の2500人を対象として実施した結果によると、調査対象者の52パーセントがアスピリンを飲んでいました。米国では大人の半数以上がアスピリンを飲んでいる事になります。何故か。調査結果によると、アスピリンを飲んでいる主な理由は、心臓発作予防が84パーセント、脳卒中予防が66パーセント、がん予防が18パーセント、アルツハイマー病予防が11パーセントでした。
 アスピリンを飲んでいる人の傾向としては、よく運動し、健康的な食事を摂り、たばこを止めようと心掛け、人間ドッグを受けている人が多かった。健康を気にする人がアスピリンを飲む傾向があるようです。ちなみに、アスピリンの副作用として出血が知られていますが、常用量ではそれほど心配は入りません。服用を希望するときには必ず医師と相談して下さい。

第二の薬はペニシリンです。1929年に英国のフレミング博士により最初の抗生物質(最近は抗菌薬とも言います)として発見されました。当時は肺炎などの感染症に効く薬はなかったので、ペニシリンは世界中の感染症患者に大きな恩恵を与えました。ちなみに、感染症の病原体には2種類あります。細菌とウイルスです。肺炎は細菌による病気なので抗生物質が効きますが、風邪の様なウイルスによる感染症には抗生物質は効きません。

第三は1944年にドイツのワックスマン博士らにより発見されたストレプトマイシンです。この発見により、それまでは「不治の病」だった結核が「治る病気」になりました。フレミング(1945年)とワックスマン(1952年)はそれらの功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。ペニシリンとストレプトマイシンの発見により、抗菌薬の研究に加速がかかり、それからどんどんと新しい抗菌薬が発見されていきました。

さて、風邪で病院へ行くと解熱薬(げねつやく)、胃腸薬、鎮咳薬(咳止め)、抗生物質(抗菌薬)、去痰薬(痰を出す薬)、抗アレルギー薬、漢方薬などなど、多い人は10種類以上もの薬が処方されます。昔はどこの病院でも風邪の患者にはアスピリンと消化薬を処方し、「薬を飲んで2−3日静養して下さい」というのが医師の常識でした。身体の自然治癒力により2、3日後には風邪は治ったものです。なぜ最近の医者はこれほど迄に多くの薬を出すのか。医師の間では自信のない診断をした医師ほど処方箋に書かれた薬の数が多いのは無言の了解になっています。

処方薬が多いのは、医師の言い分だけではない様です。患者の中には、病院で診察を受けたとき、「今日は薬は必要ありませんよ」という医者よりも、薬を処方してくれる医者の方がより親切で信頼がおける様に感じる人が少なくないのです。患者にとって本当に大切なことは、「必要な薬を必要な量だけ」服用することです。

高齢者には若い人に見られない特有の病気があります。例えば、尿失禁、頻尿などの泌尿器科疾患、難聴、不眠、転倒など。これらをひっくるめて「老人症候群」と呼んでいます。こんなとき、患者は泌尿器科、耳鼻科、内科など複数の診療科からそれぞれ薬が処方されるのでたちまち10種類以上にもなります。薬の種類が多くなればなるほど飲み合わせによる副作用が出易くなります。何種類までが安全か。薬の種類により違いますので一概にはいえませんが、日本老年医学会では5種類を一応の目安としています。

薬は多く飲めば効き目が大きいと考えたら大間違いです。決められた量以上飲むと、効果は同じで副作用、毒性だけが増えます。こんな例がありました。70代の人が肩が凝ったので医師が処方した1日1錠の薬を1ヶ月程飲みました。しかし、病状は一向に改善されません。医師に伝えたところ、薬を2錠に増やしました。増量した翌朝身体がフラフラして歩くのも大変な状態になりました。医師にその事を伝えました。医師が投与量を1錠に戻したらフラフラが治りました。薬は必要量以上飲まないのが鉄則ですが、医師は処方薬の効果だけを考えます。ある日突然増量されたら、必ず医師にその理由を尋ねて下さい。

患者にとって災難とも言うべき事は、医師が自分で処方した薬による副作用を新たな病気と勘違いして、その副作用を治すために新しく薬を出すことです。こんな実話があります。ある高齢者の患者が高血圧のため降圧薬を処方されました。降圧薬の中には咳がでるものがあります(ACE阻害薬、本シリーズ33話参照)。その患者は降圧薬をしばらく飲んでも高い血圧が下がらなかったために、医師は薬の量を増やしました。その結果、咳が一段とひどくなったので、患者は医師に「最近咳がひどくなったのですが」と伝えました。そこで医師は咳止めを処方しました。

しかしそれでも咳が止まらないので、医師は肺の細菌感染を疑って抗生物質(抗菌薬)を処方しました。抗菌薬を飲むと、多くの人々は1−2日後に腸の善玉菌が減少するので下痢になります。その患者も下痢が続き、ついには脱水症状になりました。つまり、最初の降圧薬の増量により、その副作用である咳を医師は見極める事が出来なかったために、患者は必要のない薬を飲まされる羽目になったのです。これは医師の薬に関する知識の乏しさによるものです。

処方箋を作成出来るのは、医師、歯科医師、獣医師だけに与えられた特権です。処方箋に書かれる薬の種類と量は医師の経験と判断で決まります。つまり、処方薬は医師の裁量で決まるのです。しかし、医師の主な仕事は診断と治療で、医学部での教育では薬に関する講義は極めて少ないのが現状です。臨床医の薬に関する知識は、本人の経験、先輩医師からの助言、研究会などで得られた情報です。それに基づいて処方薬を決めます。また、病院を定期的に訪問する各製薬会社の医薬情報担当者 (MRと言います)からの新薬に関する情報も、処方薬を選択するときには大きな判断材料となります。

高齢者の場合、処方薬の量を年齢に応じて少なくするのが常識です。日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン」によると、成人の場合の正常値は上が129以下、下が84以下です。また、成人での高血圧の診断基準は、上の血圧が140-159、下が90-99です。これを「I度高血圧」と言います。140を超えると医師は降圧薬を処方します。

しかし、高齢になると正常値がぐんと上がります。70歳代の高齢者の正常値は上が145、下が80です。この正常値を保っているのは日本の高齢者の2割程度しかおらず、この年代の高齢者の65パーセントは高血圧患者で降圧薬を飲んでいます。日本高血圧学会では、60代は140/90、70代は150/90、80代は160/90を正常値としています。血圧が少し変動しても一喜一憂することはありません。血圧は常に動いています(本シリーズ33話参照)。それが生きている証拠です。

75歳以上で歩くのが不自由な人が成人と同じ量の降圧薬を飲むと、血圧が下がり過ぎて足下がふらついたり、転んで骨折などの危険性があります。経験豊富な医師は、高齢者に対して一律に上の血圧を140以下に下げるのではなく、個人ごとに投与量や薬の種類を決めて処方します。それが名医です。

高齢者にとって血圧とともに気になるのがコレステロール値です。米国では1日平均300グラムの肉を食べるなど肉食中心ですので、体内で脂肪が蓄積し、血中コレステロールの増加により多くの人が心筋梗塞で亡くなっています。これを防ぐ薬がコレステロール低下薬のスタチン系薬剤(代表的商品名メバロチン)です。米国では爆発的に使われて、それにより心筋梗塞による死亡率が激減しました。

しかし、日本では90−100グラムの肉を魚や野菜と一緒に食べる習慣がありますので、欧米ほど極端にコレステロール値が高くなりません。事実、日本ではスタチンを使っても心筋梗塞患者数は減少しないとの報告があります。心筋梗塞はコレステロールを下げるだけでは防げないのです。また、専門医のグループが15年かけて行った調査では、コレステロール値が多少高めの人が長生きすることが分かりました。欧米の健康常識が日本にすべて当てはまるとは限りません。

おわりに 最近の患者は自分の病気や薬についてインターネットで調べたり、「家庭の医学」などの書籍でかなりの知識を持っています。病院でも昔ほど医師と患者との上下関係がなくなり、患者が医師に対して躊躇なく意見を述べたり、質問したりするケースが増えました。セカンドオピニオン制度もかなり普及しました。これは大変好ましいことです。 診察室の中で「新薬が出ましたのでそれに切り替えましょうか」と医師に言われると、患者はそれを断る理由がありません。「お願いします」という患者の承諾で新薬の治療が始まります。しかし、新薬については医師も経験が少ないので、自信がないまま処方箋を書く事が少なくないのです。新薬は突発的な副作用があらわれることがあります。薬を飲んで具合が悪くなったら、躊躇しないで担当医に伝えて下さい。それが薬を安全に使うコツです。
 (2016年8月1日記)



 

35. 加齢と老化は別もの

定年を過ぎる頃になると、だれでもいつまでも若々しく生きたいと願うところです。あなたの知り合いにも「どうして、この人はなんで若く見えるんだろう」という人がいるに違いありません。歳をとること(加齢)と老いる事(老化)は混同され易いのですが、必ずしも同じではありません。

加齢とは単に歳をとることですが、老化は歳とともに内臓の働きが悪くなり、精神的、肉体的に活動が落ちたり、視力、聴力の低下やど忘れを感じて不安になることです。老化は高齢者だけの問題ではありません。40代−50代の働き盛りのときからそれは始まります。白髪が増える、髪の毛が薄くなる、顔のシワが増える、などはだれでも経験する老化の一般的な現象です。

一般的な老化現象とは違って、高血圧、骨粗鬆症、動脈硬化、脳卒中、様尿病などはすべての人にみられるわけではありません。これらは老化によるのではなく、たまたま一部の人々に多くみられる病気なのです。高齢者に限らず40代、50代でも高血圧、糖尿病で治療している人が多くいます。これらの病気は薬や運動である程度は健康を取り戻すことは出来ますが、加齢は逆戻りできません。能力や貧富に関係なく誰でも毎年一つずつ歳を取るのです。

白髪って染めたほうがいい?それとも諦めてそのままにしたほうがいい?いろいろな意見があります。見た目を考えるならばやはり白髪染めをした方が少しでも若々しく見えるので、本人にとっても嫌な思いをしない筈です。しかし、上品な白髪の高齢婦人も決してみぐるしいものではありません。

定年になると他人との接触が少なくなり、身だしなみにも無頓着になります。それは、世の中の人々の目がこちらに向いていないと考えて安心するからです。しかし事実は逆です。無精髭を気にしない様な生活は自分から他人との接点を失う事になります。高齢者にとって必要以上に若く作る必要はありませんが、こざっぱりな服装をすること、身なりを整えること、身体を清潔に保つことが若さを保つには必要です。

脳の専門医によれば、身なりをきちんとしている人の脳は、MRI検査の画像でも実年齢よりも若いそうです。逆に身なりが老け込んでいる人は、脳も老け込んでいることがわかりました。70代の人でも50−60代の人と変わらないMRI画像の人もいます。おしゃれな人や、言葉がしっかりしている人は脳の状態も若いと言われています。高齢者が精神的に自立するためにはどうやら身だしなみが大事な様です。

高齢になると記憶力が落ちる上に、生活の中での刺激が少なくなります。刺激が少なくなると脳は活動する必要がなくなったと勘違いして休止状態に入り、その状態が半年以上続くと認知症と診断されることがあります。認知症は高齢になって突然現れるものではなく、人によっては40代、50代から始まる事があります。認知症の予防対策は40代から心がけるべきと言われています。それには仕事以外に趣味を持つ事がよいとされています。気のおけない仲間とゴルフ、テニス、旅行、囲碁、将棋、カラオケなどの時間を過ごす事は、脳をリラックスする効果としては最高です。

専門医によると、認知症の初期症状には次のようなことがあげられます。

職場で重度のストレス状態が何年も続くとうつ病の原因になり老化を進めることはよく知られています。うつ状態は本人の自覚がないことが多いので、見過ごされがちです。日頃の活動や趣味などへの関心が失われると、毎日の生活全体への意欲がなくなり、気持ちが沈んでうつになり、やがて認知能力が低下する事が少なくありません。

うつ状態を判別するためにはどうしたらよいでしょうか。病院でもよく使われる観察項目は次の通りです。

この中でいくつかの症状が続いたら医療機関で相談されることをおすすめします。

さらに一言
 考え方が老け込むと肉体も老け込みます。そうならないためには、何でもよいから好奇心、趣味を持つことが効果的です。他人と関わり、コミュニケーションをとることにより脳は活性化されて若さを保つ事が出来ます。国内、国外の旅行も老け防止には有効です。

余談ですが、私は1995年に国際学会の役員になってから2010年頃までの間、年に2−3回開催される国際会議への出席の後で、個人的に1−2日の旅行を楽しみました。好奇心旺盛な私は海外の観光地を訪ねて現地の人々とふれあい、地元でよく食べられる物にもチャレンジしました。ベルギーでは友人が連れて行ってくれたレストランで、バケツ程の大きさの容器に一杯のムール貝を食べたのも忘れられない想い出です。日本程安全な国はない事を痛感した出来事にも多く遭遇しました。自分では自覚しなくとも海外旅行には適度な緊張が必要です。これは脳や身体の働きを刺激して少しは老化を遅らせてくれた様です。これまで30カ国を旅して 色々な体験をしました。お時間がありましたら拙文のシリーズ「旅のこぼれ話」をご覧下さい。
 閑話休題。

老化の特徴の一つは個人差が大きいことです。同じ年齢でも人によりその容姿が大きく違います。どうしてこんな違いが出来るのでしょうか。それは気持ちが一番です。もう70歳だから、という人と、まだ70歳だから、という人では、見た目も凄く違います。何十年ぶりの同級会で会った昔の友人の変わり様に愕然としたご経験をお持ちの人は多いと思います。「加齢は平等」、「老化は不平等」です。

心を若く保つことは身体を若く保つことに直結するということは多くの医学的研究から明らかです。脳は使わなければ老化します。使えば使うほど若さを維持することができます。筋肉と違って「脳は疲れない」と言われています。勉強や仕事で脳が疲れたと感じる時は、脳そのものではなく眼が疲れていることがほとんどだそうです。脳は情報を記憶し処理するだけでなく、身体全体のコントロールセンターです。脳を衰えさせないことが身体を老化させないために最も大切なのです。 今回は自戒を込めてこの小文をまとめました。
(2016年9月1日)



 

36. セルフメディケーションの行方

最近、新聞、テレビなどのメディアで「セルフメディケーション」をよくとりあげています。何でしょうか。典型的な外来カタカナ語で適当な日本語訳がありませんが、直訳すれば「自分で薬物治療をすること」、「自分で自身の健康を管理する」こととなります。糖尿病、高血圧などの生活習慣病が問題になっている現代において、毎日をいかに健康に生きるかが問われています。そこで注目されているのが「セルフメディケーション」です。

世界保健機関(WHO)によれば、セルフメディケーションとは、「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」と定義しています。つまり、ちょっとした身体の不調は、病院・診療所へ行くのではなくて、自分で薬局やドラッグストアで薬剤師と相談して薬を使用することです。それにより、自分の健康に関する意識が高まり,また、ちょっとした体の不調のときでも、医療機関で受診する手間と時間が省かれます。

セルフメディケーションの本質
私たちの身体には、病気を予防したり、病気や怪我などから回復するための力が備わっています。これを「自然治癒力」といいます。薬はこのような自然治癒力を助けて、少しでも早く体力を回復させたり、病気の原因を取り除いたり、症状をやわらげたりするのに役立ちます。しかし、薬の種類や投与量について間違った使い方をすると、症状が改善されないばかりか、かえって悪化することがあります。的確な薬を正しく使用する知識が必要です。

薬について疑問がありましたら、専門家である薬剤師や登録販売者などにご相談下さい。登録販売者とは、都道府県で開催される薬の販売に関する試験に合格して、都道府県知事の登録を受けた者です。この試験は国家資格ではなく、国に代わって都道府県が実施する公的な資格になります。ドラッグストアには、販売資格を有する薬剤師と登録販売者が常駐しています。

また、食事や運動などを通して日常生活を改善し、それにより病気にならない様に心がけることも大切です。栄養バランスを考慮した規則正しい食事、年齢や生活環境に適応した運動は、身体機能だけではなく脳を活性化し、老化防止、疾病予防につながることは医学的にも証明されています。これらは広義のセルフメディケーションと呼ばれています。

かかりつけ薬剤師
国ではかかりつけ医と同様に、自分の体質や病状に合った薬を適切に使用するために、「かかりつけ薬剤師」を決めることを奨励しています。薬剤師は、医師から処方された薬とサプリメント、健康食品、機能性食品などとの飲み合わせによる副作用などについても相談にのっています。 また、政府は平成28年に地域の健康政策として、街の薬局のなか、調剤のみならず市民の皆さんが健康維持、疾病予防について気軽に相談出来る「健康サポート薬局」制度を決めました。

「健康サポート薬局」制度
厚労省は平成28年2月12日付で「健康サポート薬局」制度を告示しました。それによると、健康サポート薬局とは「患者が継続して利用するために必要な機能及び個人の主体的な健康の保持増進への取り組みを積極的に支援する機能を有する薬局をいう」とあります。薬局の業務体制や設備について一定の基準(厚生労働省告示)に適合する薬局が、都道府県知事等に届出(平成28年10月1日以降)を行うことにより、「健康サポート薬局」である旨の表示ができる制度です。

市販薬を上手に使う
かぜ気味だ、頭が痛い、胃腸の調子が悪いときには、街の薬局やドラッグストアで薬剤師に症状を説明すると、適切な市販薬(OTC医薬品)(下記参照)をすすめてくれます。軽度な身体の不調は病院へ行くことなしに自分で手当てすることができます。しかし、2−3日薬を飲んでも症状が改善されないときは、近くのかかりつけ医で受診することをお勧めします。

医師の診察が必要なとき
セルフメディケーションは市販薬を使って自分で病気を治すことですが、がまんできないほどの痛みや、いつもとは異なる症状のときは、自己診断して手当が遅れると大変なことになります。胃の痛みがあり血を吐く(吐血)などの出血を伴うときや、 頭痛と吐き気、めまいと吐き気など異なる症状の組み合わせ、などの症状があるときは直ちに病院で受診して下さい。また、かぜや頭痛などのときに自分でOTC薬を飲む場合でも、2~3日しても症状が改善されないときは、医師の診察が必要です。市販薬を用いたセルフメディケーションには限度があります。病状によっては病院での受診のタイミングを失わないことが大切です。
 次の症状があるときにはかかりつけ医や病院での受診をお勧めします。

セルフメディケーションの隘路
高齢者は肝臓、腎臓など多くの臓器の働きが低下しているので、病気にかかると急変することが少なくありません。適切に手当てをしないと急に症状が悪化して亡くなることさえあります。したがって、高齢者はちょっとした体の不調にも敏感に反応し、病院へ通う人が多い。事実、大学病院などの大規模病院の外来は高齢者で溢れています。これは国のセルフメディケーション政策に逆行するものかもしれません。

しかし、こんな考え方もあります。セルフメディケーションの推進というと「医者いらず」だとか「受診者減らし」と言われていますが、むしろ軽症なうちに治療し、医療費の節約を計ることも大切です。高齢者が重症になる前に受診して簡単な治療で回復するのもセルフメディケーションの効用です。

医療費は何故増えるのでしょうか?
高齢者が増えれば、老人は病気に罹ることが多いので一人一人の医療費は同じでも総額の医療費は多くなります。厚労省が平成27年9月3日に発表した平成26年度の「医療費の動向」によると、前年度に比べて1.8パーセント増加して40.0兆円に達し、過去最高額となりました。相変わらず目立つのが高齢者の医療費増加です。それは医療費全体の36パーセントを占めています。年齢別にみると、75歳未満の人々が使った医療費は一人当たり年間21万1,000円でしたが、75歳以上の後期高齢者では93万1,000円となり74歳以下に比べて4.5倍近くに増えています。65歳未満の現役世代が使う医療費は74歳未満よりも少ないです。人口の高齢化に伴って高齢者の医療費が増えるのは仕方のないことです。

高齢化以外に医療費が増える他の要因は、新しいタイプの新型抗がん剤など高額な医薬品を使う患者を補助する目的で、健康保険は患者が負担する医療費に月額ベースの上限を定める「高額療養費制度」があります。がん患者は必ずしも高齢者のみではありませんが、「高額療養費制度」を受けている患者は年々増加しています。それも医療費の膨張の一因となっています。

おわりに
厚労省は医療費の膨張を抑制する計画として後発薬(ジェネリック医薬品)の普及を促進しており、医薬品全体に占めるシェアを数量ベースで今の4割から2017年度末までに6割に引き上げる方針です。最近はどこの病院でもジェネリック医薬品が処方される様になりました。ジェネリック薬については、本シリーズの第17話をご参照下さい。

高齢者はちょっとした身体の不調でも、弱気になり最悪のシナリオを考えて医療機関に直行します。私も例外ではありません。診察の結果大事でないことが多いので、毎度老妻の顰蹙(ひんしゅく)を買っています。しかし、本人にとっては医師に診断して貰うことで取りあえずほっとするのです。これも老化の標(しるし)でしょうか。

追記:本稿の内容の正確を期するために、朋友の村田正弘博士(NPO法人セルフメディケーション推進協議会 会長代理)に貴重なご意見を頂きました。厚く御礼申し上げます。
(2016年10月1日記)



 

37. なぜ人は他人の年齢を知りたがるか

昔は、長生きする人がそれほど多くはなかったため、長生きはそれだけ貴重なものとされていました。そのため、還暦(数え年61歳、満60歳)から始まって百寿(数え年100歳、満99歳、「ひゃくじゅ」もしくは「ももじゅ」)まで節目の年齢にはお祝いをすることが現在でも一つの文化として残っています。

かつては長寿の祝いには100歳が入っていなかったのですが、近年は白寿(数え年99歳、満98歳)よりは、むしろ百寿を祝うことが多くなりました。上寿(じょうじゅ)、紀寿(一世紀の意味)ともいいます。最近は長寿社会ですので、百寿以降も茶寿(108歳)、皇寿(川寿)(111歳)、頑寿(119歳)、大還暦(120歳)と節目のお祝いは用意されています。

ところで、皆さんは初対面の人と会話中に突然年齢を聞かれたことはありませんか。なぜ人は他人の年齢を知りたがるでしょうか。相手の年齢を知ったからといって、多くの場合それまでの話の流れが変わることはないのです。多くの日本人は年齢を基準に他人を判断したがる傾向があります。今回はそんなことを考えてみました。

年齢を聞くことにどんな意味があるか
テレビのリポーターが取材の中で、初対面の人に「ところで何歳になりましたか」と聞く光景がよくあります。これはどんな意図があるのでしょうか。年齢と風貌の一致を知りたいのか、取りあえず話をつなぐためなのか、単なる挨拶みたいなもので、どうでもよい質問なのか分かりません。相手が女性の場合、リポーターは「お年より随分お若く見えますね」と言います。中学生の場合は、決まった様に「若いのに随分しっかりしているね」と褒めます。決して、「年より老けて見えますね」とか「年の割には幼稚ですね」等とは言わない。確かにこの手の答えは、短時間にしろ相手との信頼関係をよくするのに役立ちます。しかしそれだけのことです。

テレビでの対談で、司会者が相手に向かって「ところで○○さんは何歳になりましたか」と聞かれて、妙齢のご婦人は途端にその質問を交わす事が出来ず、つい本当の年齢を答えた。その結果、それまで内緒にしていた実年齢が全国に知られる事となりました。こんな場面の司会者の意図はよく判りませんが、もし話の行きがかり上だったとしても、公共の電波でご婦人の年齢に触れる事はご法度です。

何の躊躇もなく突然女性に対して年齢を聞くことは日本固有の風習かもしれません。私が知る限り、欧米では子供やかなり親しい友人は別として、女性や高齢者の場合でも本人に直接年齢を聞く事はありません。少なくとも私は30年余り欧米の人々とつきあっていますが一度も聞かれた事はありません。あるいは他の日本人からすでに聞いているのかもしれませんが。

逆に、年齢が必要な記事もあります。テレビ、新聞紙上でお名前を見かける有名人がお亡くなりになったとき、その新聞記事について、その人の年齢と死因が気になります。「こんなに若くして亡くなって気の毒ですね」という場合と、「こんなに長命だったのですから寿命ですね」と言う場合があります。何を基準に判断するのか。それは平均寿命や自分の年齢と比較するからです。

先日76歳の方が亡くなった新聞の「お悔やみ広告」で、死因が「老衰」とあり愕然としました。平均寿命より若いのに老衰はないでしょう。家族が死因を明らかにしたくなかったのか、多くの病気を抱えていたのでしょうか。「老衰」は天寿を全うした百寿以上の人々に使われるべきです。

本能的に年齢を聞く理由
日本人が本能的に年齢を聞かれても抵抗がないのは日本語という言語が影響しているのかもしれません。上級生や先輩には敬語や謙譲語を使います。同じ年や年下ならばため口もきけますが、もし年長者にそんな事をしたら失礼に当たり,摩擦を生むからです。したがって、あらかじめ相手の年齢を聞いて適切な日本語を選ぶ手段とします。

私の限られた知識ですが、英語にも謙譲語や丁寧な言い回しがあります。しかし、家族の中で子供が父親、母親を彼he, 彼女sheと言うのを聞くと、習慣の違いと言え最初の頃は違和感を感じました。欧米でも年長者や初対面の人に対しては、Mr.○○、Dr.○○と呼び敬意を表します。年長者を名前で呼ぶ場合でも、決して雑に扱っている訳ではなりません。むしろ親しみを表します。

米国の「年齢差別撤廃法」
米国では1975年に「年齢差別撤廃法」という法律が施行されました。これは高齢者を保護するのが目的です。就職面接の際、能力や業績以外に年齢についての質問をしてはならないという法律です。年齢は能力と一切関わりないというのが米国流の考え方です。年齢を問うということは、それにより個人の能力を推定することになります。若者だから仕事ができて、高齢者だから出来ないと言う理屈はないからです。米国の大学教授には定年はありません。自分で研究が出来る限り大学で働く事が出来ます。私の友人の中には87歳で亡くなるまで現役の教授を務めた人がいます。

日本の「高年齢者雇用安定法」
年齢というのは動かし難い絶対の尺度ですので、決まった年齢により定年の時期を決めることには文句が言えないのです。しかし、年齢の老化度と能力の低下は必ずしも一致しないのも事実です。まだ余力を持ったまま定年を迎える人も少なくありません。そこで、日本政府は平成25年4月1日から「高年齢者雇用安定法」を一部改正し、施行されました。これにより会社の雇用を65歳まで定年延長する事が出来る様になりました。しかし、改正は定年を65歳まで引上げることを義務付けるものではありません。また、大学教員の場合も、60歳定年の大学では、毎年審査で承認された者は年次更新で最長65歳まで定年延長が可能となりました。

教育に年齢差は関係ない 一般の大学では入学時の年齢制限は原則としてありません。中でも医学部の場合は、他学部を卒業生した人が医師免許を取得するために医学部(医科大学)に編入または入学することは珍しくありません。そのため、10歳以上も年齢が離れている同級生がいます。これら年上の同級生と現役の学生の間には何の違和感もありません。大学を卒業して社会人になってからでも、新たに学びたいことが見つかれば勉強すればいいのです。また一部の大学には飛級制度があり、4年制の大学でも、大学側がその学生の優れた能力を認定すれば3年から就職、大学院進学が可能です。

逆に、卒業時に必修科目を含めた卒業の認定に必要な単位数を満たしていないと「留年」になります。時には経済的理由で自分から留年を希望する者もいます。留年した場合、在学できる期間は通常の在学期間の2倍までと決まっています。4年制学部では8年まで、医学、歯学、薬学、獣医学など6年制なら12年までです。私には貴重な経験があります。大学生のころ、私の1年上の先輩が留年して同級生になりました。さらに驚く事に、彼は我々の学年を通過して1年後に後輩として卒業しました。結局3学年の同級生を持つ事となりました。

米国の大学生、大学院生の中には、就学中に経済的に苦しくなると、休学して貯金を貯めて再び復学を繰り返してしている学生が少なくありません。日本では学則が厳しいのでこんな事は難しいですが、先輩だった人がいつのまにか後輩に変わる事も珍しくありません。

まとめ
私の友人でその指導方針が厳しく、学生から恐れられていた教授が停年になり、惜しまれつつ大学を離れました。その後、しばらく経って教え子が先生の77歳の喜寿のお祝いの会を開きました。久しぶりに会った先生は、すっかり丸くなっていました。多くの学生に「先生丸くなりましたね」といわれ,先生は「年齢をとったからね」とにこにこ顔でした。しかしここでちょっと待った。「丸くなる」とは一般に角がとれて温和になる事を意味しますが、実は性格はそんなに変わるものではありません。まして高齢になるとかえって頑固になります。「丸くなった」様に見えるのは、単に気力、体力がなくなってエネルギーが枯渇したからです。したがって、そんなに感心する程の事ではありません。「丸くなる」ことは単なる老化現象です。

こんな事もあります。定年になって「やれやれこれで毎日が日曜日だ」と喜んでも、一年も経つと昔一緒に苦労を共にした同僚が懐かしくなるのは誰でも同じです。その証拠に、多くの職場には定年退職者の同窓会があり、昔の職場の同僚と酒を飲み交わす機会があります。そこでは年齢に関係なくお互いに至福のときを過ごす事が出来るのです。

定年後にどのような道を選ぶかは個人が決める事ですが、定年後の人生では個人にとって精神的、肉体的、金銭的に厳しい面があります。しかし、高齢者はそれまでの貴重な経験をもっています。これからは、年齢に関係なく若い人たちと高齢者が協調しながら上手く生きて行くことが求められます。 (2016年11月1日記)



 

38. 笑いがもたらす健康効果

今年も年の瀬を迎える季節になりました。年の瀬の“瀬”には、川の浅い箇所、流れの速い場所と言う意味があります。船で通る際に急流や激流が行く手を阻む困難な場所を指しているのですが、この様子を「支払いがたまって困っている状態」や「支払いをすると食事や暖をすることができなくなる」ことになぞらえているのが、語源と言われています。

本題に入る前に少しばかり身体の話をしたいと思います。身体を構成している正常細胞の数は60兆個と言われています。しかし、この数の算出根拠は明らかでありません。おそらく成人一人の身体の体積を、細胞一個の体積で割ったり、細胞一個の重量と一人の体重の割合から、細胞数を算定していたのだろうと思われます。

最近その細胞数が誤りであるとの論文が出ました。2013年に細胞生物学者の永田和宏氏(京都大学名誉教授)が各臓器の体積や、臓器ごとに算定した細胞数を合計して、人間は37兆個余りの細胞からなると結論しました。どうやらこの数字の方が真実だと思います。

一方、昔から、がん研究からの情報として、身体の正常細胞の中で、1日3000~5000個は若くて健康な人でもがん細胞に変換しているといわれています。しかしがんにならないのはどうしてでしょうか。それはナチュラルキラー(NK)細胞ががん細胞を破壊してくれるからです。人間の体内のNK(エヌケイ)細胞の働きが活発だとがんや感染症にかかりにくくなります。

NK細胞は加齢に伴って増加しますが、その免疫力は逆に低下します。その年齢別変化は15歳から20歳でピークとなり、その後ゆるやかに減少、50歳から60歳くらいでピーク時の3分の2から2分の1程度まで減少し、80歳では4分の1程度にまで下がっています。したがって50代頃からがんの患者が増え始めます。

免疫細胞の多くは腸で作られているので、免疫力を高めるためには腸内を善玉菌優性の状態にする必要があります。善玉菌を増やすために、R-1ヨーグルトの様な乳酸菌を摂取することが推奨されています。さらに、NK細胞の働きを活性化するためには、喫煙をひかえる、飲酒は適度にする、よい睡眠をとる、など日常生活で心がけることが多いですが、その中に「笑い」も含まれます。 前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

”笑い”には免疫力を活性化することが科学的に証明されています。笑うと免疫を調節している脳の間脳に興奮が伝わり、そこから神経に作用する特殊な物質(神経ペプチド)が活発に生産されます。その神経ペプチドは、血液やリンパ液を通じて体中に流れ出し、NK細胞の表面に付着し、NK細胞を活性化します。これらの神経ペプチドは、人がリラックスしたり、幸福を感じていたりするときに放出されるものです。

例えば、漫才、落語を見て笑った直後、血液検査を行ったところ、18人中14人がリンパ球のNK細胞の活性値が上昇しました。つまり声を出して笑うことにより、がんやウイルスに対する抵抗力が高まり、同時に免疫力が増加することが知られています。小学生は1日に平均300回笑うが、70代では1日に2回程度しか笑わないとの報告もあります。

逆に、悲しみやストレス、上司に叱られるなどのマイナスの情報を受け取ると、笑えなくなりNK細胞の働きが鈍くなるため免疫力もダウンしてしまいます。その結果、病気にかかり易くなり、場合によってはがんの引きがねにもなります。また、加齢によりNK細胞の働きが弱まりますので、高齢者では免疫力が減少しがんや他の病気にかかり易くなります。 今回は本シリーズの第4話「医者と患者の掛け合い」、第14話 「笑う門には福来る」に引き続き手元のジョーク集からいくつかの笑い話をとりあげました。暮れも迫って忙しい中で、クスッとひと笑いしてくつろいで下さい。

■ ある学者がムカデを使った実験をしていた。
最初に彼はムカデの足を3分の1切った。
「歩け!」
何とか歩いた。
次にムカデの足を半分に切った。
「歩け!」
ムカデは動かない。
学者は実験ノートに書いた。
「ムカデは足を半分に切ると、耳が聞こえなくなる」

■ 昔々、ある夫婦のもとに信じられないほどの不細工な子供が産まれた。
周りからの目に耐えられなくなった妻は子供の殺害を計画する。妻は子供が夜になると無意識のうちに自分の乳房にしゃぶりつくことを知っていた。妻はその習性を利用し子供を毒殺しようと考えた。
その夜、妻は自分の乳房に毒を塗って床についた。そして朝が空け妻が目を覚ますと、無邪気に笑う子供の横で、夫が息絶えていた。

■ 嵐の空を飛んでいた飛行機が落雷を受けて飛行不能となり、なんとか海の上に着水することが出来た。
そして機長の指示がアナウンスされた。
「誠に申し訳ありませんが当機には救命ゴムボートが搭載されておりません。
泳げるお客様は機内左側に、泳げないお客様は機内右側にお集まり下さい。 左側に残られたお客様は、直ちに海に飛び込んで向こうの小さな島まで泳いで下さい。右側に移られたお客様、「本日は当機にご搭乗いただき、まことにありがとうございました。」

■飛行機に乗ってしばらくすると客室乗務員が「お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか」と聞いてきた。
偶然乗り合わせた医者が席を立ち、事態を解決することになった。
またしばらくすると客室乗務員がやってきて言った。
「お客様の中で牧師さんはいらっしゃいませんか?」

■父親の職業を引き継いだライオン調教師に、サーカスのファンが訊ねた。
「ライオンの口の中へ頭を突っ込んだことがありますか?」
「一度だけありますよ。父親を探しに」

■監督「さあ、ここから崖を飛び降りるんだ」
  俳優「は、はい。でも、もしケガをしたり死んでしまったりしたら、これから先どうするんですか?」
  監督「大丈夫。これが映画のラストシーンだから」

■「船旅をしていたある早熟な少女の日記」
 (月曜日)船長に食事に誘われる
 (火曜日)船長と一日を過ごす
 (水曜日)船長に下品な申し出をされる
 (木曜日)船長に、もし申し出を断れば船を沈めると脅される
 (金曜日)500人の乗客の命を救う

■最高の生活――アメリカ人と同じ給料をもらい、イギリスの家にすみ、日本人の妻を持ち、中国人のコックを雇う。
  最悪の生活――中国人と同じ給料をもらい、日本の家にすみ、アメリカ人の妻を持ち、イギリス人のコックを雇う。

■訪問客「こちらでジョン・スミスという男が働いているのですが、ちょっと面会させて頂けませんか?私は彼の祖母ですが」
受付「お気の毒ですが、今日は欠勤です。あなたのお葬式に出ています」

■教授はレントゲン写真を見せながら、学生たちに説明した。
「この患者は、左の腓骨と脛骨が著しく湾曲している。そのため足をひきずっているのだ。スティーブ、こういう場合、君ならどうするか言ってみなさい」
スティーブは一生懸命考えて答えを出した。
「えっと、僕もやっぱり足をひきずると思います」

■アル中の男が医者に診てもらいにきた。男の手は絶えずブルブル震えている。 医者が尋ねた。
「こりゃひどい。あなたはたくさん飲むんでしょうな」
「それほどでもありませんよ。ほとんどこぼしてしまうもので……」

■ もうすぐ手術をうけることになっている男が必死になって車椅子でホールにやってきた。
看護師長が彼を止め、尋ねた。「どうしたんですか?」
「今、看護師さんが言ったんです。『簡単な手術だから心配ないですよ。きっとうまくいきます』って」
「あなたを安心させようとしたんでしょ。何をそんなに怖がってるの」
「看護師さんは私に言ったんじゃないんです。主治医にそう言ったんです」

■ある婦人が夫の精神状態について心療内科でカウンセリングを受けていた。
婦人「先生、主人はひどいノイローゼです」 ひとしきり日常の様子、ことに夫の精神的異常についてまくしたてた。
医者「そのようですね」
婦人「しばらく療養させたいのですが、海と山とどちらがよろしいでしょうか?」
医者「そうですねぇ」と少し考えた後答えた。
「ご主人が山に行かれて、奥さんが海に行かれると一番よろしいかと」

■ひとりの男が病院に行き、医者にこう告げた。
患者「先生、数日前から全身のどこを触ってもひどく痛むんですよ」
医者「具体的にはどういう事です?」
患者「肩を触ると痛いし、ひざを触っても激痛が・・・おでこを触っても本当に痛いんです」
医者「わかりました、診て見ましょう」
医者は男の体を一通り触診し答えた。
「症状がわかりました。あなたは指を骨折されてます」

■男が体の不調を訴えて診察を受けた。
医者「血圧が高いですよ」
患者「家系のせいだと思います」
医者「母方かね?それとも父方?」
患者「いいえ、家内のほうなんですよ」
医者「どうして奥さんの家系のせいで、あなたが高血圧になるんです?」
患者「先生、会ってみればおわかりになりますよ」

■ 医者が難しい顔をして、向かいに座っている患者の検査結果のページをめくっている。
医者「おいくつですか?」
患者「もうすぐ40になります」
医者「ならんでしょうな」

■ ルーシーは不眠症のためドクターを訪ねた。
「先生、最近夜どうしても眠れないんです。何とかなりませんか?」
ドクターは夫人を診察してこう言った。
「軽い不眠症ですな。薬を処方します」
あと寝る前には数を数えるといいですよ。羊が一匹、羊が二匹、とね」
「わかりました。やってみます」ルーシーは家路に着いた。
次の診療日。
「どうですか。その後の具合は?」
「ええ、お蔭様でよく寝れるようになりました」
「それは良かった」
「ただ問題があるんです。実は私が数を数えてると主人がいつも決まって急に夢から覚めて飛び起きるんで困ってるんです」
「えっとご主人の職業は?」
「プロボクサーです」

■保険を申し込む男が、用紙に記入するのに困っていた。
セールスマンが問題は何かと尋ねると、父親の死因の欄に書けないのだと答えた。
セールスマンが理由を尋ねた。しばらく困惑した様子でいた男は、父親は絞首刑になったのだと説明した。
セールスマンはちょっと考えた。
「こう書いてください。『父が公式の行事に出ていたとき、突然足場が崩れた』と。

(以上ジョーク集より)

今回は今年最後なので少し長文になりましたことをお詫びします。

今年も「メディカルトーク」をご笑覧下さいまして有り難うございました。少し早いですが佳い新年をお迎え下さい。そして来年2017年もよろしくお願い致します。(2016年12月1日)



 

39. 薬は本当に安全ですか?

最近、書店には薬に関する書物が溢れています。「のんではいけない薬」、「暴走するくすり?」、「危ない薬の見分け方」、「抗がん剤は効かない」、「断薬のススメ」などなど。

「薬は病気を治すために使われるもの」と疑わなかった多くの患者にとって、これらの書物は大きな混乱を与えています。しかしご安心下さい。病院で処方される薬は、医師や調剤薬局の薬剤師の指示通り適正に使用する限り大きな問題はありません。もし不具合がでたりご質問があったらご遠慮なく担当医か薬を受け取った調剤薬局の薬剤師に相談して下さい。

1.一般の処方薬は安全です
 どんな薬でも程度の差はあるものの副作用を伴います。なぜか。薬はその主作用部位だけでなく、血液を介して他の臓器にも作用します。これが副作用の原因です。しかし、病院で処方される処方薬は効果(有効性)が大きく毒性(副作用)が小さいものが圧倒的に多いのです。

例1
風邪薬を飲んで眠くなる、消化剤を飲むと喉が乾くなどは、飲んでから数時間で正常になります。
例2
抗生物質は服用すると1−2日後から下痢になることが多い。これは腸内細菌の中で善玉菌が抗生物質により死滅するからです。しかし、薬を止めると2−3日で回復します。

処方薬の中で深刻な副作用は、「睡眠薬の依存性」と「抗がん薬の副作用」です。中でも抗がん薬の場合は、一般薬と違って重篤な副作用を伴うものが多いので、治療効果が期待されると同時に副作用も覚悟しなければなりません。

2.睡眠薬の開発と副作用
 昔の睡眠薬は長時間型で強すぎて、使い方を間違うと命にかかわることがありますので現在は殆ど用いられていません。1960年代以降になり、不眠を解消する目的で短時間型の睡眠薬である「睡眠導入剤」が開発されました。不安症状のときにも使われるので「抗不安薬」とも言います。最近の調査では日本人の5人に1人が不眠で悩んでおり、約20人に1人が睡眠導入剤を服用していると報告されています。

病院でよく処方される睡眠導入剤としては、マイスリー、ハルシオン、アモバン、デパス、レンドルミンなどがあります。この中でデパスとレンドルミンは「短時間型」睡眠導入剤で、服用してから15〜25分程度で睡眠に入り、6〜8時間程度睡眠作用が持続します。また、ハルシオン、マイスリー、アモバンなどは「超短時間型」で、服用してから5〜10分程度で効果が現れ、持続時間は2〜4時間です。

睡眠導入剤の中でデパスとハルシオンは他の導入剤に比べて比較的強力で依存に陥り易い薬です。また、筋弛緩(きんしかん)作用があるので、翌朝起き上がって歩いた時に、手足の筋肉に力が入らずふらふらして転倒することがあるので注意が必要です。

睡眠薬の薬物依存性は深刻だ
 睡眠導入剤の副作用の中で最も深刻なのは、長期に使用したときに見られる「薬物依存性」です。睡眠薬をやめるのは簡単ではありません。実際、デパスやハルシオンなどを処方された患者の30パーセントは薬がないと眠ることが出来ないために1年以上薬を続け、患者の10パーセントはさらに長く3年以上続けているという調査報告があります。

依存性が現れる期間は、薬の種類や個人によって差がありますが、一つの目安として「6ヶ月」と言われています。しかし、6ヶ月以内なら絶対大丈夫とは言い切れません。できるだけ短い期間にやめる方が無難です。

デパスとアモバンが「向精神薬」に指定
 睡眠導入剤の頻用に伴って。時には事故や事件などにまで発展するケースが増えました。そこで、厚生労働省では2016年9月14日に今まで普通薬に分類されていた強力な睡眠導入剤のデパス(一般名エチゾラム)とアモバン(一般名ゾピクロン)を新たに「向精神薬」に指定しました。向精神薬とは抗うつ剤、抗不安薬、抗精神病などの総称で、濫用のおそれがある薬です。

これにより、デパスとアモバンは「麻薬及び向精神薬取締法」により規制されることになりました。医療機関ではこれまで通り処方は出来ますが、2016年11月1日から投与期間の上限が30日になりました。また、個人輸入などが禁じられ、違反者には最高で7年以下の懲役又は200万円以下の罰金が科せられます。

● さらに一言
大麻を栽培、使用、譲渡することは法律違反です(「大麻取締法」)。
覚せい剤を病院などの医療機関で施用する場合は、国の「覚せい剤施用期間」 の指定が必要です。また、覚せい剤を譲り渡し、又は譲り受ける場合には国の許可が必要です(「覚せい剤取締法」)。
麻薬の栽培、譲渡は法律違反です。麻薬の中でモルヒネはがん患者の緩和医療に痛み止めとして少量投与します。しかし、それ以外の医療目的に不正使用することは禁じられています(「麻薬及び向精神薬取締法」)。
向精神薬は医療目的に使用されていますが、その投与量、期間などは法律により規制されています(「麻薬及び向精神薬取締法」)。

3.がん細胞の増殖、転移
 がん細胞は何らかの原因で正常細胞が変換したものです。正常細胞とがん細胞の最も大きな違いは、正常細胞は細胞分裂することで増えますが、同時に同じ数だけ古い細胞は死にます。したがって、各臓器毎にほぼ一定の細胞数を保っています。一方、がん細胞は、体からの指令を無視して細胞自身が勝手に増え続けます。

がん細胞は血液やリンパ液の流れに乗って他の臓器に運ばれてある臓器に留まり、その臓器の中で血管を新しく形成して,大量の酸素や栄養を獲得し急速に増えます。これががんの転移です。その場所が肺であれば転移性肺がんとなり、肝臓であれば肝臓がんとなります。

抗がん剤の毒性
 従来の抗がん剤はがん細胞の様なその増え方が異常に速い細胞を狙い撃ちします。この様な増殖速度の速い細胞は正常細胞の中でもあります。それは骨髄、腸管、毛根などです。抗がん剤はがん細胞とこれらの正常細胞を識別出来ませんので間違ってそこにも作用します。その結果、骨髄の造血機能が低下すると貧血になります。また、毛根細胞が抗がん剤に侵されると脱毛になります。さらに、腸管上皮が脱落したら、下痢が起こります。これらの副作用は抗がん剤がもつ共通の副作用です。そこで、それらの副作用を防ぐ目的で、最近では造血薬、吐き気止め、下痢止めなどの薬を併用することが多くなりました。

抗がん剤の最も深刻な副作用は免疫力の低下です。特に高齢者の場合は、一度免疫力が低下すると回復が困難です。抗がん剤治療の結果、MRI, CTなどの画像診断でがん細胞が消えても、体力の消耗、免疫力の低下による肺炎の合併症で亡くなる方も少なくありません。

「分子標的薬」新型抗がん剤の誕生
 抗がん剤の副作用を軽減する目的で、最近、正常細胞には作用せずがん細胞のみを標的とする抗がん剤が開発されました。それが「分子標的薬」です。分子標的薬は増殖の速い細胞を狙うのではなく、がん細胞の中に存在する増殖や転移に関係した特定の分子(遺伝子やたんぱく質)を狙い撃ちするのです。したがって、正常細胞へのダメージは従来の抗がん剤に比べたら少なくなっています。

しかし、これらの薬にも欠点があります。それは、効く患者と効かない患者がいることです。分子標的薬が標的とする遺伝子やたんぱく質がない患者では効果は期待出来ません。したがって、分子標的治療薬を使用する場合は、予め患者の血液やがん組織を用いて分子標的薬の標的遺伝子があるかどうかを検査し、それが検出された患者だけに投与します。

分子標的薬は現在20種類以上ががん治療に使われております。その主なものは下記の通りです(カッコ内は商品名と効能)。
(例)ゲフィチニブ(イレッサ、非小細胞肺がん)、エルロチニブ(タルセバ、非小細胞肺がん)、セツキシマブ(アービタックス、大腸がん)、パニツムマブ(ベクティビックス、大腸がん)トラスツズマブ(ハーセプチン、乳がん)イマチニブ(グリベック、慢性骨髄性白血病、消化管間質腫瘍、急性リンパ性白血病)ベバシズマブ(アバスチン、大腸がん、非小細胞肺がん)リツキシマブ(リツキサン、B細胞リンパ腫)

分子標的薬は従来の抗がん剤に比べて副作用は少ないですが、一律に安全性が高いというわけではありません。誤った使い方をすると間質性肺炎の様な重篤な副作用が報告されていますので、専門医による慎重な使い方が必要です。また、患者にとっては医療費が高額となるといった問題があります。
分子標的薬に関しては、本シリーズ第22話もご参照下さい。

抗がん剤の薬剤耐性
 抗がん剤の問題点は薬剤耐性です。これは分子標的薬も同じです。同じ抗がん剤を1年間程使い続けると、がん細胞は薬の作用から逃れるためにその遺伝子を変異するため薬が効かなくなります。それが「薬剤耐性」です。これは抗ウイルス剤の場合と同じです。昨年流行したときの抗インフルエンザウイルス剤が今年は効かないことが多い。何故か。ウイルスの形態が変異して薬が有効に働かなくなるからです。「薬剤耐性」が出来たがん患者は新しい抗がん剤に切り替えて治療を続けることになります。

今回のまとめ
冒頭で述べました様に、病院で処方される多くの薬は決められた投与量を決められた回数だけ服用する限り深刻な副作用はみられません。しかし、特殊な例として睡眠導入剤の依存性と抗がん剤の耐性、副作用があります。抗がん剤治療中に副作用が強くて我慢出来ないときには躊躇せずに担当医に相談して下さい。きっとそれに代わる治療法がある筈です。

[付録]
 最近の治療は「根拠に基づく医療evidence-based medicine, EBM」が主流になっています。これに関して、根拠のある最新の情報がインターネット(QLife)上で解説しています。下記のURLをご参照下さい。なお“QLife”は”Quality of Life(生活の質)”を意味しています。

「治療法・薬の科学的根拠を比べる」(2016年改訂版)
  治療法の検索
  治療薬の検索

 ここでは治療法や治療薬を証拠に基づいて5段階方式で評価しております。内容は多少専門的になりますが、ご関心のある方は是非ご一読をお勧めします。  (2017年1月1日記)



 

40. カレーライスは究極の薬膳料理

私が子供の頃、カレーライスは「ライスカレー」と言われて珍しい食べ物でした。明治10年生れの祖父が、母が作ったカレーライスを初めて食した時、「これは西洋のとろろだ、中々うまい」と言ったことを今でもよく憶えています。戦時中だったので、香辛料なども手に入れるのが難しいときに、母がどこでこのようなハイカラな食べ物を知ったか知りませんが、家族の間では大好評でした。昭和14、5年の懐かしい想い出です。

なぜ日本人はカレーが好きか
 今やラーメンと並んで「日本人の国民食」になったカレーライスは、国内では新宿中村屋の「インドカリー」が元祖といわれています。その中村屋のホームページには、インドカリーの歴史についてこんなことが書かれています(要点のみ引用)。

「中村屋が純印度式カリーを発売したのは、昭和2年(1927)です。インドカリーのレシピを中村屋に伝えたのは、ラス・ビハリ・ボースというインドの独立運動の志士でした。こうして昭和2年に開設された喫茶部のメニューに、「純印度式カリー」という商品名が並ぶことになりました。当時一般のカレーが10銭から12銭程度のところ、中村屋が発売した80銭の純印度式カリーは食べた人に衝撃を与え飛ぶように売れて、中村屋の不動の名物料理になりました。」

カレーについて、誰もが明治維新以降にインドから新しく入ってきたことは知っています。それがどうして、日本では国民食といえるほど多くの人々が好んで食べるようになったのか。今や日本人にとってはラーメンとカレーライスは欠かせない食べ物です。国民食のカレーライスは、インド料理を元にイギリスで生まれ日本で発展した料理です。

カレーは薬膳料理だ
 市販の胃薬品にはカレーに使われているウコン、ケイヒ、陳皮(チンピ、みかんの皮)などの漢方薬が含まれています。これらのスパイスの中には発汗、健胃、抗酸化作用を示すものがあります。また、発汗作用で新陳代謝を高め、食欲を増進させ、胃腸の働きを高め、疲労を回復するなどの効能を持っています。スパイスの薬効が科学的に解明される前から、昔の人々はスパイスの効果を実感しそれを自然と求めていました。最近「薬膳カレー」という名前で健康食として出す店が増えていますが、カレーは元々、様々な薬効のあるスパイスが巧みに調合された医食同源の薬膳料理です。

カレーのスパイスは漢方薬
 カレーパウダーには10種類以上のスパイスが使われますが、基本となる代表的なスパイスは、黄色の色を出すターメリック(ウコン)、辛みを出すチリ(唐辛子)やペッパー(黒胡椒)、香りを出すコリアンダーやクミンです。 ここでは代表的なスパイスを紹介します。

1.着色性スパイス
 ●ウコン(英名ターメリック)
ターメリックは「ウコン」という漢方薬の根茎を乾燥したもので、その中には抗酸化作用をもつポリフェノールが含まれています。カレー粉の主原料で黄色の色付けに使われ、カレーには欠かせないものです。その主な成分であるクルクミンは漢方薬として胆汁の分泌を促して肝機能障害を予防するので、肝臓によい、二日酔いに効くといわれています。しかし、C型肝炎や脂肪肝などの肝機能障害の方にはサプリメントなどのウコンの大量摂取は危険です。その理由は、ウコンには牛レバーと同じくらいの量の鉄分が含まれており、C型肝炎や非アルコール性脂肪性肝炎などを患っている方では、この鉄分が肝臓に過剰に蓄積された場合、重篤な副作用が報告されています。したがって、これらの肝臓の病気を持っている人々は大量のウコンは慎むべきです。日常カレーに含まれる程度の量は全く問題ありません。
2.辛み性スパイス
 ●チリ(唐辛子)
唐辛子を含む食べ物を食べるとどっと汗が出ます。これは唐辛子の成分であるカプサイシンの働きで、脂肪を燃やす作用がありダイエットにも効果があるといわれています。カプサイシンはカレーの辛さを決める重要なスパイスで、唾液や胃液の分泌を促進して消化を高め、食欲増進、抗酸化作用などの効能も期待できます。また、手足の末梢血管を拡張して血行をよくするため、唐辛子は神経痛などの温湿布にも利用され、靴下の中に入れてしもやけや凍傷の予防にも使われています。辛みが強いので大量に摂取すると胃や腸の粘膜が炎症を起こすことがあるので要注意です。
 ●ジンジャー(生姜、ショウガ)
日常の生活で頻繁に使われており、清涼感のある香りとさわやかな辛みをもっています。他のスパイスと一緒にカレーの風味付けに利用され、肉や魚の臭い消しや味つけにも使われています。ショウガの根は生姜(しょうきょう)と呼ばれ、中国では紀元前500年頃から漢方薬として利用されます。風邪の初期に汗が出て寒気を感じたときに使われています。また、胃腸が冷えて働きが低下したときに有効です。昔から風邪の予防にショウガ湯が飲まれていました。
 ●ペッパー(胡椒、コショウ)
胡椒は収穫や加工の仕方で色や風味が異なってきます。一般に知られる胡椒の種類は、黒胡椒(ブラック・ペッパー)と白胡椒(ホワイト・ペッパー)がよく知られていますが、そのほかに、グリーン・ペッパー、ピンク・ペッパー、長胡椒(ロング・ペッパー)などがあります。熟していない緑色の実を果皮ごと天日に干すと「黒胡椒」となり、塩漬けしたり、あるいは乾燥機を使って短期間で乾燥させると、果皮が緑色のままのグリーン・ペッパーになります。赤く熟した実を水に浸して取り除き、核だけを乾燥させたのがいわゆる「白胡椒」と言われるもので、この赤い実を塩漬けや乾燥機などの方法で乾燥させると、ピンク色の「ピンク・ペッパー」となります。 胡椒はカレーの主要なスパイスで、健胃、腸内ガスの排出、食欲増進などの効果があります。漢方では消化不良、嘔吐、下痢、腹痛などのときに使用されます。
3.芳香性スパイス
 ●コリアンダー
カレーのスパイスに使われる「コリアンダー」の葉とタイ料理に欠かせない香草の「パクチー」は、生の状態で見分けることが非常に難しい。なぜなら、「コリアンダー」は英語、「パクチー」はタイ語というだけで、全く同じ植物だからです。中華料理で使う「香菜(シャンツァイ)(中国パセリ)」も同じものです。
スパイスとして昔から利用されてきたのはパクチーの種子で、コリアンダーはパクチーとは違った甘くまろやかで柑橘類の香りとかすかな辛みをもっています。消化を助けるため胃薬としても利用され、食欲増進作用もあります。
 ●クミン
古代ギリシャ・ローマ時代から栽培されていたセリ科の一年草で、原産は地中海沿岸地方。カレーの主要なスパイスです。辛み成分はクミナール。クミンは漢方薬として消化促進、下痢や腹痛の治療薬、胃腸内にガス溜まるのを予防する作用があります。
 ●シナモン
上品な香りと甘みを持つクスノキ科の常緑樹。芳香の成分はケイヒアルデヒドやオイゲノールという化学物質で、カレーにもよく使われるスパイスです。漢方では「桂皮(けいひ)」「肉桂(にっき)」と呼ばれ、発汗、解熱、鎮痛、健胃、抗菌効果があるとされています。むかし駄菓子屋で売っていた「にっき(にっけ)」の棒をしゃぶった記憶があります。
 ●ガーリック(にんにく)
刺激的な香りを持つユリ科の多年草で、古くから世界中で使用され、カレーでは全体の風味付けとして、また葉や茎は香味野菜として利用されます。疲労回復、強壮、健胃、整腸などの効能があります。
 ●チンピ(陳皮)
ミカンやダイダイなどのかんきつ類の皮を乾燥させたスパイスで、日本ではカレー粉の原料として、また七味唐辛子にも使われます。漢方薬として健胃、吐き気止め、せき止め、痰を切る、などの効能があります。
 ●クローブ(ちょうじ)
成分の「オイゲノール」には消毒、鎮痛、抗菌、鎮静、抗酸化、などの効能があります。昔、歯痛の時に強い匂いのある液体が痛み止めに使われていましたが、これがオイゲノールの匂いです。

カレーは中年の若返りに効く
 カレーに使われているウコンやカルガモン、コリアンダーやクミン、シナモン…等々のスパイスは、もともと漢方薬として使われていたものが多く、肝臓・胃腸の働きを良くしたり、せき止め、疲労回復、殺菌作用、下痢止め、風邪・肥満・二日酔い・冷え性・肩凝り予防などさまざまな健康効果をもたらします。つまり、カレーを食べることで中年の機能が改善し若返り効果にもなり、その結果、加齢臭予防にもなるといわれています。

最後に一言。
 「ライスカレー」と「カレーライス」はなにが違うのでしょうか。時代的にはライスカレーが先ですが、これには諸説があります。幕末に日本にやってきたイギリス人からカレーを教わった日本人が、必ずご飯と一緒に食べることから「ライスカレー」になったとの話があります。 薬膳料理は「医食同源」にもつながります。つまり、病気を治すための薬と食べ物とは、本来根源を同じくするものであるということです。毎日の食事に注意することが病気を予防する最善の策である、また、日ごろの食生活も医療に通じるということになります。(2017年2月1日記)



 

41. ストレスと認知症

今回は本シリーズ第8話「ど忘れと認知症は別もの」の続編として認知症とストレスの関係を考えてみます。

高齢ドライバーの認知症対策を強化した改正道路交通法が2017年3月12日に施行されます。施行の主な理由は高齢者や認知症患者による交通事故の急増によるものです。

それに関連して、国では高齢者の運転免許の自主返納を勧めています。私も2017年2月3日に運転免許を自主返納しました。約50年間お世話になった運転免許証を手放す事は複雑な心境でした。しかし、一旦事故を起こしたら短い余命が果てるまでその罪を背負って生きて行かなければなりません。今回は多くの不便を覚悟の上で決断しました。

決断の日、幕張にある千葉県運転免許センターの窓口で自主返納をしたい旨を伝えると、係の女性が書類を取り出し、それに必要事項を記入しました。一連の手続きが終わると、手元の時計を見せられて、「ただいまの時刻をもってこの運転免許証は無効となりますので今後運転出来ません。それでよろしいですか」と確認されました。「よろしいです」と言うと署名を求められ、さらに、無効時刻の欄に「平成29年2月3日1時15分」と記しました。

型通りの手続きが済むと、「運転経歴証明書」を申請し取得することができました。「運転経歴証明書」は、運転免許を返納した日からさかのぼって5年間の運転に関する経歴を証明するもので、これまで安全運転に努めてきたことを証明するものです。身分証明書としても有効です。外見は上半身の写真が貼られており免許証と酷似していますが、大きな違いは「自動車等の運転は出来ません」と朱書されている事です。

閑話休題
 ところで、個人の生活環境の中で生じるストレスが認知症や若年生アルツハイマーの原因になる事は、これまで多くの事例をみてほぼ間違いないところです。

毎日の生活の中で、ストレスは大小の差はあるものも誰でも切り離せないものです。私たちは様々な刺激を絶えず受けています。例えば、食事のとき、テレビを見るとき、家族や他人と会話をする時、など何気ない生活の中で刺激を受けています。大部分の刺激は気にする事もなく自然と処理されますが、一部の刺激は心理的ストレスとして残ってしまいます。そして、徐々に強いストレスが溜まることで認知症や若年性アルツハイマー病の原因になる可能性があります。

ストレスの影響はすぐに表れるとは限りません。40−50代の働き盛りに強いストレスに曝されると、体力が衰えた70−80歳になって認知症の引きがねになることが少なくありません。同じ環境でも個人によりストレスの受け止め方が違います。ストレスに過敏な人では認知症のリスクが1.57倍に高まるとの調査結果があります。ストレスは神経細胞にダメージを与え認知症や若年性アルツハイマー病の病状を加速させてしまうのです。

ストレス物質と認知症および若年性認知症との関係
 身体にストレスが加わると、コルチゾールというストレス物質が副腎皮質から放出されます。副腎は左右2個の腎臓の上に付いており一個が約5グラムです。解剖学的に皮質と髄質の二層から構成されており、皮質部分は5グラムの約75パーセントを占めています。過剰なストレスによって多量のコルチゾールが分泌されてその反応はとても敏感です。

コルチゾールが脳に作用すると、神経細胞にダメージを与え、記憶が衰える原因になります。さらに、コルチゾールは、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドベータというたんぱく質の沈着を加速し、認知機能を低下させることも分かっています。

2014年に発表されたアメリカ分子精神医学専門誌によると、慢性的なストレスによりコルチゾールが増加すると、新しい記憶を蓄える脳の中の海馬(かいば)という部分が萎縮します。海馬の萎縮は脳の画像診断において、認知症患者にみられる典型的な画像の一つです。

認知症の症状が見られるのは高齢者だけではありません。最近では若年性認知症の患者が増えています。64歳以下の人が認知症と診断されると、若年性認知症と呼ばれています。この症状はうつ病や更年期障害などと間違われることもあり、診断までに時間がかかってしまうケースが多く見られます。職場で頻繁に強いストレスに曝されると若年性認知症の引きがねになります。働き盛りの方々が若年性認知症で引き起こすトラブルはまさしく、海馬の萎縮によるものと考えられます。

うつ病症状になると認知症のリスクが倍増
 高齢者が生活環境の変化でうつ状態になると認知症のリスクが高めることは多くの研究によりよく知られています。例えばこんな研究結果が報告されています。

 アルツハイマー型認知症よりも脳梗塞、脳出血患者にみられる脳血管性認知症の方が、発症初期にうつ症状が高頻度にみられる事と合致します。

この様に、うつと認知症や若年性アルツハイマー病には深い関係にあります。したがって、うつ病を早期発見し、すぐに治療を始めることが、認知症や若年性アルツハイマー病の予防や治療に繋がる事は間違いありません。うつ病を早期に発見するためには、その症状を知っておくことが大切です。次のような悲観的な訴えが多いとうつ病が疑われます。

また、高齢者の場合は、配偶者が死亡する事によるショックも認知症への誘因になります。職場での仕事が思い通りにいかなかった場合は若年性アルツハイマー病のキッカケとなります。永年楽しんだ趣味を止めることもアルツハイマー型認知症を発症する引きがねになることがあります。

ストレスの感受性には個人差が大きい
 慢性的なストレスは脳内の海馬を収縮するので、記憶力を低下させます。その結果、認知症や若年性アルツハイマー病の発症や進行を早める原因となります。それでは、一体どうしたらストレスを感じにくくなるのでしょうか。

・認知症になりやすい性格
穏やかでのんびりした性格の人や、社交的で活発な社会生活を送っている人は、認知症の発症率が低いことが研究からわかっています。一方、自己中心的、わがまま、几帳面、非社交的などの性格は認知症を発症するリスクを上げるというデータもあります。

日常生活で強いストレスを感じている人は、ストレス物質のコルチゾールが増え、記憶障害だけでなく、免疫機能が低下して病気にかかりやすくなります。それを防ぐには、活動的な生活を送る、さまざまな娯楽、趣味を楽しむ、社会的な関わりを充実させるなどのライフスタイルを送ることで、認知症が予防できるといわれています。

・嫉妬心はアルツハイマー病のリスクを上昇させる
 ある研究チームが38年間にわたり個人別に追跡調査した結果によれば、「中年期に不安・嫉妬心・感情の起伏が激しい人は、そうではない人に比べて、老年期になってアルツハイマー病発症のリスクが2倍も高い」と報告されています。

適度なストレスは必要悪だ
 職場や大学生活、家庭生活などの中で過度なストレスはいろいろな病気を誘発する原因になりますが、適度なストレスであれば刺激になります。例えば、大学生の場合、期限が迫った論文の作成や、期末試験の前の「適度なストレス」はモチベーションを高めます。スポーツ選手の優勝に向けた努力は本人が無意識でもストレスになっています。しかし、それは選手のやる気を高めるので悪い影響は残しません。

高齢になったらあきらめもつくかもしれませんが、50代で老化現象が進行したらショックです。脳の老化は思わぬところからやってきます。仕事に行って終わればそのまま帰宅。ご飯を食べてダラダラして眠る。そして休日も特に出かけることなく家の中でテレビに見入る。こんな生活を送っている人は、適度のストレスもないので、脳の対応が鈍くなります。家人に文句をいわれつつストレスと感じるくらいの生活が脳を活性化します。

まとめ
 高齢になり友人と遊ぶことが少なくなったという人は要注意です。停年を過ぎると一人だけの時間が増えます。結果的に休日は引きこもったり出かけることが少なくなります。外出して友人と過ごす時間は刺激があり、生活の中で重要なことです。それがなくなってしまうと脳は刺激を感じることが少なくなります。街には刺激が溢れています。外出することで脳は刺激を感じるので休日は出かけてみてはどうでしょうか。(2017年3月1日記)



 

42. 笑いは記憶力を高める

今回は本シリーズ4、14、38話に引き続き「お笑い第4弾」をお送りします。

笑うと脳の血流量が増加し脳の血管がつまることによって起こる脳硬塞の予防や回復に役立ちます。このことは認知症の予防にも役立つことを示しています。さらに、血流量が増えることにより脳の働きが活発となり、それにより集中力も増し、記憶力を司る側頭葉の働きや記憶を蓄える「海馬(かいば)」を大きくして脳に入る新しい情報を覚えやすくします。笑いは判断力や思考力も高めます。


病院で医者が患者に言った。
「あなたは世にもまれな伝染病にかかっています。隔離室を用意しますので今からクラッカーしか食べてはいけません」
「クラッカー?クラッカーを食べれば病気が治るのですか?」
「いいえ。ドアの隙間からはクラッカーしか入らないのです」

ある男が心臓移植手術で一命を取り留めた。
その男の病室に一人の医師が訪れて言った。
医者「君が助かったのは、私の手術のおかげだよ」
男「あなたが私の手術をしてくれたのですね。ありがとう、ありがとう」
医者「いや、私が手術したのは、その心臓の提供者の方だよ」

「お医者様、こいつが屋根から落ちたんで、急いで診てやってください」
「どれどれ、……もう少し早く連れて来れば良かったが、手遅れですな」
「『もう少し早く』ったって、たった今屋根から落ちたところなんですよ!」
「落ちる前ならば良かった」

手術後、医師が患者の細君に言った。
「非常に申し上げ難いのですが……半身不随の後遺症が残りました」
「そ…そんな!」
細君は血相を変えて手術室に飛び込む。すると夫は何事もない様に、手術室を歩き回っていた。
「先生!私を驚かそうとしたんですね?成功したんですね、手術は」
満面に笑みを浮かべた細君に医師は、「上半身不随です……」
呟いた先で、夫の能面の様な顔が横に傾ぎ、唇から涎が伝い落ちた……。

インド人、アラブ人、アイルランド人の3人が旅をしていたが、今晩の宿がない。しばらく歩くと、小さな灯を見つけた。人里離れた小さな一軒家だった。
3人が宿を求めると、主人は泊まってもらっていいが、あいにく家が狭いため、ひとりは納屋に寝てもらうしかないと言った。
相談の結果、インド人が納屋に寝ることにした。
しばらくするとノックの音がした。ドアを開けると、そこにはインド人が立っていた。
「あの納屋には牛がいますね」インド人は申し訳なさそうに言った。「私の宗教では、牛は神聖な生き物です。とても一緒に眠ることはできません」
仕方ないので、アラブ人が納屋に寝ることにした。
しばらくすると、またノックの音がした。ドアを開けると、そこにはアラブ人が立っていた。
「あの納屋には豚がいます」アラブ人は困った顔をした。「私の宗教では、豚は不浄な生き物です。とても一緒に眠ることはできません」
仕方ないので、アイルランド人が納屋に寝ることにした。
しばらくすると、三たびノックの音がした。
ドアを開けると、そこには牛と豚が立っていた。

イギリス人と中国人がドッグショーで知り合った。
イギリス人「熱心に見てますね。犬はお好きですか?」
中国人『もちろんですよ。家族もみんな大好きなんです』
「ほう。今はなにか飼われてますか?」
『ココに出るような犬は高くてとても手が出ません』
「よろしければウチの仔犬をわけて差し上げましょう。もちろん血統書付ですよ」
『そんなもったいない!良いんですか?』
「ええ。珍しい種類なのでみなさんにこの犬の素晴らしさを知って欲しいのです」
送った後、中国人からお礼の手紙が来た。
『ありがとう!とても美味しかった。でも家族全員には足りなかったかな』

無人島に男2人女1人が流れ着いた。
この男女3人が…
イタリア人の場合、男同士が決闘し、勝った方が女と結ばれた。
フランス人の場合、3人で仲良く3Pをはじめた。
ロシア人の場合、女には目もくれずウォッカを飲み始めた。
イギリス人の場合、男同士で絡み始めた。
日本人の場合、男達はどうしてよいかわからず本社にFAXを送った。

あるアメリカ人の脳に腫瘍があることが分かった。
おまけに大きすぎて手術もできないとのことだった。
残された道は脳移植しかない。
担当医の説明によると、日本人の優秀な技術者の脳は 100グラム当たり50ドル
イギリス人の由緒ある貴族の脳は100グラム当たり60ドル、アメリカ人の脳はなんと100グラム当たり13,000ドル。
怒り狂ったアメリカ人が言う、「それじゃ、ボッタクリでしょうが。何でアメリカ人の脳がそんなに高いの?」
医者が答える、「あなたね、100グラムの脳を集めるのにアメリカ人が何人いるか分かってますか?」

あるとき神様が、アメリカ人、フランス人、ロシア人、日本人の4人の前に現れ、こう問いかけました。
「お金で幸せは買えると思いますか?」
するとフランス人は「ワインとチーズがあれば幸せです。」と答えた。
ロシア人は「そもそもお金という概念自体信用できない。」と言った。
アメリカ人は、本物の神様に会うことができて、答えるどころではありません。
そして、日本人は、財布を出しながらこう答えました。
「領収書、もらえますか?」

飛行機で行先を間違って運ばれたスーツケースがやっと戻ってきた。
日本の飛行機会社の職員は頭をペコペコ下げながら。
アメリカの職員は弁護士を連れ「当社に責任はない」と言いながら。
インドの職員は3日後やってきた。
イタリアの職員は……来るはずが無かった。

2人のアメリカ人旅行客が外国人にイタリア語で話し掛けられた。
イタリア語が分からない2人が黙っていると、その外国人はドイツ語に替えて話し掛けた。
2人がまた黙っていると、今度はフランス語で話し掛けた。
やはり2人が沈黙を続けていると最後はスペイン語で話し掛けたが、それでも黙っている2人を見て呆れ、立ち去ってしまった。
すると片方のアメリカ人がため息混じりに言った。
「なあジョージ、あの外国人、4カ国語も話せるのに全然役に立たないんだな」

あるスコットランド人が結婚した。
式の後で「牧師さん、お礼はいかほど差し上げましょう?」
牧師は軽く頭を下げ、「花嫁の美しさにふさわしいだけ…」
しめたと思った男は、たった一ドルの献金。
呆れた牧師は花嫁のベールをめくり、
五十セントを差し出し
「おつりです」

ある日本人がアメリカでタクシーに乗った。
しばらくすると、一台のホンダ車がタクシーを追い越した。
日本人は自慢げに言った。「やっぱり速いねぇ。日本製だからね」
またしばらくすると、今度は一台のトヨタ車がタクシーを追い越した。
日本人は自慢げに言った。「やっぱり速いねぇ。日本製だからね」
またしばらくすると、次に一台の日産車がタクシーを追い越した。
日本人は自慢げに言った。「やっぱり速いねぇ。日本製だからね」
そうこうしているうちに目的地についた。料金を尋ねると運転手はかなりの高額を要求した。
いくら何でもそれは高すぎると、日本人は運転手に文句を言った。
すると運転手は料金メーターを指さしてこう言った。
「速いだろう? 日本製だからね」

何年勉強しても絶対に身につかないものは?
「日本人の英語教育」
「アメリカ人の反戦教育」
「ロシア人の道徳教育」
「イタリア人の性教育」
「中国人のマナー教育」

以上、Google ジョーク集より引用



 

43. 酒は狂い水?幸せ水?

4月初旬に満開の桜の下で友人と花見の宴を催したときに、酒に酔わない飲み方、二日酔いの対策、などの話が出ました。そこで、今回はそれらについて述べます。なお、酒については、本シリーズ第7話でも述べましたのでそれもご参考にして下さい。

大学に勤務していた頃、多くの機会に知人、友人、教え子などと酒の宴を共にしました。そんなとき、上司に叱られて居酒屋でつぶれるまで飲み明かした大学院生、1時間で一升瓶を空にして顔色一つ変わらない女子学生、酒がある限度を越すと、目つきがうつろになり、説教をする酒乱の研究者、などさまざまな想い出があります。一般に、酒乱の人は、普段はおとなしくて、礼儀正しい人が多いです。友人は口を揃えて、「酒乱を除けば欠点のない人」といいます。皆さんの近くにもきっと同じ様な人々がいるに違いありません。

酒乱になるのはなぜ?
 酒癖が悪いのは、本来一人になったときに出るべき癖が、我慢しきれなくなって人前で出てしまうからです。いい気分になると、本人は酒で頭が麻痺しているので、普段抑制されている理性が解除されて、本人の知らない間に口や手足が勝手に動き出すのです。怒り上戸、からみ上戸、泣き上戸、笑い上戸など、どれもが酒のために精神状態が一時的に異常になったためです。

アルコールに強い、弱いはなぜか?
 上戸、下戸は肝臓でアルコールから生成するアセトアルデヒドの蓄積量で説明されます。詳細は本シリーズ第7話をご参照下さい。日本人の約4割は、アセトアルデヒドの解毒酵素の働きが弱いので、酒を飲むと、すぐに顔が赤くなり、動悸・頭痛などを感じます(下戸)。1割の人は解毒酵素をもっていないので、アルコールが体に入ると急性中毒症状になります(アルコール過敏症)。残りの5割はそこそこに解毒されるので、大量に飲まない限り解毒されます(上戸)。ちなみに欧米人は全員が強い解毒酵素を持っているので、アルコールに対しては日本人より強い人が多いです。

アルコールの吸収は速い
 水は胃から殆ど吸収されずに小腸で吸収されます。それに対して、アルコールを飲んだら1−2時間には胃と小腸で吸収された後、小腸から肝臓に入りそこで分解されます。飲んだ量の5−10パーセントは分解されずにアルコールのまま汗や尿などに含まれて体外に排出されます。

飲酒量とアルコールが分解、排出する時間
 アルコールが分解されて排出されるまでの時間は個人差が大きいです。一般には、ビール中瓶(500ミリリットル)1本で、男性では約3時間、女性では4時間かかります。男女差は肝臓の大きさの違いです。成人男性の肝臓は1.2〜1.4キロ、成人女性では1〜1.2キロです。アルコールの分解にかかる時間は、飲んだ量にほぼ比例しますので、ビール中瓶を4本飲むと、アルコールを分解するには、12時間近くかかることになります。ちなみに大瓶は633ミリリットルです。

二日酔いの原因物質は?
「二日酔い」の原因物質は、アルコールではなく、それが肝臓で代謝されて生成したアセトアルデヒドです。少量のアルコールの場合、体内で生成されたアセトアルデヒドは直ちに他の無毒な代謝物に分解されて最終的に体内から尿中に排出されます。しかし、大量のアルコールを飲むと、大量のアセトアルデヒドが肝臓で生成して、無毒化に必要な体の能力を超える結果、アセトアルデヒドが肝臓に蓄積し、血液を介して体内に運ばれて、動悸(心臓)、吐き気(胃)や頭痛(脳)の原因になります。ちなみに、大ジョッキは800、中ジョッキは中瓶と同じ500、小ジョッキは350ミリリットルです。

細胞はアルーコールに敏感
 酒を飲んで顔が赤くならなくともすぐに酔ってしまう人と、かなり飲んでも平気な人がいます。これは肝臓の解毒能の他にアルコールに対する脳の感受性の違いも関係します。飲酒を頻繁に続けると酒に弱い人でもある程度酒に強くなることがあります。これは脳の神経細胞のアルコール感受性が下がった事が大きな要因です。この様に感受性が低下する事を専門用語では、「アルコールに対する耐性の獲得」といいます。

飲酒で記憶が飛ぶ
 酒を飲みすぎて記憶が飛んだ経験がありませんか。「昨夜は何時に帰ったか」、「どのようにして帰ったか」などなど。このように酒を飲みすぎて記憶が飛ぶ現象を「ブラックアウト」と言います。これは一時的な「脳障害」です。飲みすぎることによって、脳の中の記憶を司る「海馬(かいば)」という場所が麻痺するからです。若い頃の「ブラックアウト」は回復しますが、高齢者がこれを繰り返すと危険です。徐々に物覚えが悪くなったり、脳梗塞、脳出血、認知症などの引きがねになることがあります。

飲み過ぎによる脱水症状に注意
「脱水症状」と聞くと、激しいスポーツを続けたときや、猛暑で大量に汗をかいたときなどに起こるイメージがありますが、実は飲酒でも脱水症状が起こります。ビールを飲み始めて1時間もすると頻繁にトイレに行きたくなります。それはアルコールの強力な利尿作用によるものです。体内から水分が排泄されると脱水症状が引き起こされやすくなります。酒を飲んだ後喉が渇くのはそのためです。脱水症状が進んで血液中の水分が減少すると、胃腸への血流量が減少し、胃の働きが低下し吐き気などの不快な症状を引き起こすこともあります。酒を飲むときには水分の補給が必要です。

二日酔いを避けるには
 酒を飲んだ翌日に頭がガンガン、吐き気や眠気など、最悪の状態になります。下戸の私も、昔、つきあいでビールをコップで1−2杯飲んで、心臓が飛び出すほど動悸し、翌日まで気分が悪かった経験があります。これが「二日酔い」です。二日酔いで四苦八苦しても、時間が経つと少しずつ症状が回復し夕方には完全に正常な状態に戻ります。そこでまた一杯というのが愛飲家の常です。お酒は飲みたいけど、二日酔いはイヤという人に、ぜひ心がけていただきたいことがあります。
 重要なことは空腹時の飲酒を避け、時間をかけてゆっくり飲むことです。また、個人差はありますが、酔いからさめるまでに350ミリリットル缶や小瓶1本(334ミリリットル)で約2~3時間かかります。二日酔いを防ぐにはアルコールを飲みながら合間に水を飲む事です。冷たい水や夏場に氷の入った水は胃腸に負担をかけるので、氷なしの水をおすすめします。 アルコールの吸収を抑えるには、酒を飲む前、もしくは飲みながら肉、魚、冷奴、味噌汁、納豆などの高タンパク食を摂るのがよいです。また、弱った肝臓を活発に働かせるためには、ビタミンA、ビタミンCやビタミンB群が効果的です。

「迎え酒」は科学的に効果があるか?
 「二日酔いに迎え酒が良い」というのは昔から言われていますが、はたして本当でしょうか。アルコール中毒に詳しい医師の話では「医学的根拠はまったくありません。単に酒好きの人々が言っている俗説です」とのこと。さらに言うならば、前夜に大量摂取したアルコールの処理に疲れ果てている肝臓に、追い討ちをかける様にアルコールを入れるのは、肝臓の負担を大きくするだけです。 迎え酒を飲むと、その有害代謝物の「アセトアルデヒド」がさらに増加して肝臓のダメージがひどくなります。迎え酒が二日酔いを改善した様に錯覚するのは、翌朝に再び酒を飲む事により気分が高揚し、前日の二日酔いで頭が痛い、吐き気がするなどの症状を忘れるだけのことです。

急性アルコール中毒は命取り
 酒を飲んで危険なのは「急性アルコール中毒」です。大量の酒を一気飲みすると脳の中の呼吸をつかさどる場所が麻痺して呼吸が出来なくなり、心肺停止状態になります。東京消防庁のデータによれば、平成26年度の急性アルコール中毒による救急搬送者は、14,303名。年代別では、男女ともに20歳代が圧倒的に多いのです。その理由は簡単で、飲酒の経験が少ないために自分の適量が分からず、無謀な飲酒をしてしまうからです。また、新人の場合、先輩に言われて断りきれない飲み会の場が多いからです

まとめ
吉田兼好の「徒然草」に「百薬の長とはいへど、万の病は酒よりこそ起れ」とあります。酒は百薬の長とは言うけれど、すべての病気は酒から起きるとのこと。ほどほどにたしなむ程度なら「百薬の長」ですが、飲みすぎて酒に酔ってしまえば「狂い水」にもなります。その反面、酒は人間関係を円滑にする「幸せ水」でもあります。特に日本人の場合、親しくなりたいとき、本音で語り合いたいときなど、酒の席がある事によって意思疎通が出来る事は確かです。
 若いときの暴飲暴食の影響は20−30年後に現れます。ロシアやフランスではウオッカやワインを浴びる程飲むので、肝臓がんの患者が世界一です。アルコールに強い人が肝臓の働きがよいとは限りません。酒に強い人はたくさん飲むので肝障害を起こし易く、酒に弱い人はたくさん飲めないため、肝臓も悪くならないのです。ほどほどに飲むのが楽しい酒の飲み方です。(2017年5月1日記)

次回予定「健康食品とサプリメントは治療薬ではない」



 

44. 健康食品とサプリメントは治療薬ではない

生活習慣の改善や、何となくからだの調子が悪い人のために多くのサプリメントや健康食品が市場に溢れています。中には、怪しいダイエット薬や健康食品が安易に使われています。「健康食品」は、普通の食品よりも「健康によい」と称して販売している「食品」なので安心してつい安易に使われることが少なくありません。それは大変危険なことです。正しく使わなかったためにこれまで多くの健康被害が知られています。

「サプリメント」は、本来は「補給」を意味するものですが、最近では栄養補助食品、健康補助食品として使われています。「サプリメント」と日常摂取する「食品」の大きな違いは、サプリメントは健康効果が期待できる特定の成分が錠剤やカプセル、液体の中に濃縮されて入っている事です。それに対して、食品にはさまざまな種類の栄養素や健康効果を示す成分が少量ずつ含まれています。サプリメントは医薬品と違って直ぐに効果が出るものではありません。そうかといってすべてのサプリメントが数ヶ月飲み続けたら必ず期待した効き目が出るとは限りません。飲み始めて1ヶ月目ぐらいが有効、無効を判断するときです。

サプリメントと同様に頻繁に使われている言葉として、「機能性食品」、「マルチビタミン」、「特定保健用食品(特ホ)」、「栄養強化食品」などがあります。「特ホ」は、その効き目について一定の試験データを国に提出して、消費者庁長官の許可を受けて保健の効果(許可表示内容)を表示することのできる食品です。したがって、一般の健康食品よりはその品質、副作用などは心配しなくてよいものです。

サプリメントや健康食品は薬に比べて安全だと考えている方がおりますが、決してそんな事はありません。薬ほどではないにしても、必要以上に摂ると何らかの副作用が表れることがあります。あくまでも食品を補うためのもので、食事の代わりに食するものではありません。ところが、驚く事に、最近ではダイエットと称して、複数のサプリメントを主食の代わりにしている人が少なくないのです。これはサプリメントの間違った使い方です。これが長く続くと栄養のバランスが崩れ、健康をそこなうもとになります。

医薬品と異なり、サプリメントや一般の健康食品は国に申請して承認されたものではなく、業者が自由に製造して販売しているものです。したがって、万が一毒性や副作用が生じても国には責任はありません。すべては製造業者の責任になります。また、薬の様に「肝臓病に効く」とか、「高血圧に有効」など特定の病気を治す効果を宣伝すると「薬機法(旧薬事法)」違反になります。

最近ではポリフェノールやカロテノイドなどが体内の活性酸素の毒性を消すということでサプリメントとして人気です。本来、活性酸素は体内に侵入した細菌やウイルスを殺すために体内で生成される物質ですので、身体の機能を守るために必要なものです。たしかに過剰の活性酸素は身体にとっては有害ですが、過剰に生成されたときには、体内の酵素(SOD)で分解されますので多少過剰に産生されても心配いりません。わざわざサプリメントを摂取して活性酸素を除去する必要はないのです。

繰り返しますが、サプリメントはあくまでも食事によって十分に摂り切れない栄養素を補うための“補助食品”です。サプリメントは特定の成分が欠乏したときにそれを補充する目的で摂るので、サプリメントを摂取したからといって、身体に必要な栄養分を網羅的に摂取できたということにはなりません。

サプリメントは適量を摂取していれば問題ないですが、「正しい摂り方」を知らずに過剰摂取すると思わぬ弊害が出ます。次に例を挙げます。

1)ビタミンA
 ビタミンAが不足すると粘膜が乾燥しやすくなり、目が乾き、肌がかさかさになります。しかし、ビタミンAを摂り過ぎると、頭痛、めまい、吐き気、嘔吐などの中毒症状をおこすことがあります。1996年(平成8年)に厚生労働省は妊婦がサプリメントとしてビタミンAを大量に摂取すると奇形児が生まれる危険性があるので、「妊娠3ヶ月以内の妊婦」、「妊娠を希望する女性」に対してはビタミンAを投与する事を禁止しました。妊娠3ヶ月というのは胎児の手足などの器官が作り出される時期です。専門用語では「器官形成期」といいます。

最近、ビタミンAの代わりにベータカロチンをサプリメントとして摂っている人が増えています。この物質は人参に多く含まれており、体内でビタミンAに変換されます。

2) 大豆イソフラボン
 大豆イソフラボンは、強力な抗酸化活性を有するので、体内で過剰に活性酸素が生成されたときにそれを排除するために有効としてサプリメントで摂ることがあります。しかし、体内には過剰な活性酸素を分解する酵素(SOD)がありますので、通常の場合、サプリメントとして補給する必要はありません。

イソフラボンはサプリメントを飲まなくとも日常の食品の中に多く含まれています。食品の場合、味噌汁1杯(20グラム)に約6ミリグラム、納豆1パック(50グラム)に約35ミリグラム、豆腐1丁(300グラム)に約60ミリグラム、豆乳1パック(200グラム)に約50ミリグラムが平均して含まれている計算になります。これからも分かるように、通常の食事でも十分にイソフラボンは摂ることができます。 「イソフラボン量」の示し方には2通りありますので混乱し易いです。イソフラボン配糖体(通常イソフラボンと呼ぶ)は「イソフラボンアグリコン」と「糖」が結合したものです。イソフラボンを飲むと、腸内でイソフラボンアグリコンと糖が切り離されて、「イソフラボンアグリコン」が効果を発揮します。アグリコンの数値を1.6倍すると「イソフラボン配糖体」の量となります。例えば「アグリコン30ミリグラム」は、配糖体に換算すると「48ミリグラム」となります。

2006年の内閣府の食品安全委員会の報告によればは、イソフラボンの摂取目安量の上限値は約112ミリグラム(70~75ミリグラム)、特ホとしての摂取量は48ミリグラム(30ミリグラム)、食事では約32ミリグラム(20ミリグラム)です。(カッコ内はイソフラボンアグリコン値) また、大豆製品とイソフラボンの効果や身体への影響、適切な摂取方法について、妊婦、胎児、乳幼児はサプリメントとして大豆イソフラボンを長期間摂ることは推奨できないとしています。

3)イチョウ葉食品
 イチョウ葉エキスは、脳や手足の血液循環が悪い人によい効能があるといわれています。しかし、市販されているエキスの中には、製造の過程で不純物である「ギンコール酸」が完全に取り除かれていないものもあり、そのために多くの健康被害が報告されています。この物質はアレルギーを引き起こす事が知られており、エキスの中にギンコール酸が残っていると皮膚の炎症や下痢、吐き気などの症状がでることがあります。

4)ウコン
 漢方薬として昔からよく知られています。ウコンの主成分の「クルクミン」はポリフェノールの一種で抗酸化作用があります。ウコンは比較的安全性の高い健康食品で、一日当たりの摂取量の目安は乾燥ウコンで2−3グラムです。しかし、大量のクルクミンを長期間摂り続けると消化器障害になることがあります。特に胃潰瘍、胃酸過多、妊娠中、肝硬変などの方は避けた方がよいでしょう。ウコンの詳細については本シリーズ第40話をご参照下さい。

5)甘草
 甘草はよく知られている漢方薬で原産地は中国です。名前の通りショ糖(砂糖)の150倍の甘みをもっているので、日本では甘味料として醤油などに添加されています。甘草の甘みはその主成分のグリチルリチンによるものです。この成分は強い解毒作用をもっているので肝機能改善薬として使われています。しかし、その詳しい仕組みについてはわかっていません。長期間服用すると、血圧の上昇やむくみがみられることがありますので注意が必要です。国では一日の摂取量として200ミリグラムに制限しています。

プラセボ効果とは?
治癒効果を持っている実薬、例えば鎮痛薬と味、色が全く同じ錠剤(実薬が含まれていない偽薬、プラセボと言います)を患者に投与したら、30パーセントの人で痛みが消えたとの報告があります。つまり、薬と信じて飲んだ患者は効き目がみられたのです。これを「プラセボ効果」(またはプラシーボ効果)と言います。

まとめ
 サプリメントや健康食品は、高齢者や肝機能、腎機能が低下している人はその危険度が大きいので使用を控えた方がよいでしょう。また、マスコミの情報には「誇大広告」がつきものですので、健康食品やサプリメントを使うときには、医師、薬剤師などの専門家の意見を聞き正確な情報を集めて結論を出した方がよいです。サプリメントと薬の飲み合わせも問題です。病院の処方薬を飲んでいる人は医師、薬剤師にサプリメントを飲んでいる旨を伝えることをお勧めします。

最後に一言。サプリメントを愛用している人の中には、プラセボ効果で使っている人もいないとは限りません。もしそうだとしても、それについて他人が兎や角言う事は余計なお世話です。サプリは本人の信仰ですから。(2017年6月1日記)

次回予告:「空腹ホルモン・満腹ホルモンってなに?」



 

45. 空腹ホルモン・満腹ホルモンってなに?

食欲は生理的な欲求のひとつです。「食が細くなる」、「食欲が出た」など、「食」は健康のバロメーターになる事が多い。食欲がなくなったり、食が細くなると健康を害します。逆に、健康を害すると食欲が落ちます。食が細くなると低タンパク・低エネルギーになり、痩せて免疫力が弱くなります。

●飢餓の時代
 筆者が少年時代の頃は戦争末期から終戦後で国内の食料事情が今では想像出来ないくらい極端に悪かった。今では考えられない事ですが、今日食事を摂ると翌日に食べるものが用意されているという保証がなかったので、食事のときには食物を食べ残す事などは考えられなかった時代です。

昭和20年(1945年)8月15日の終戦から数年間は多くの国民が飢餓に苦しみました。このような劣悪な食料事情の原因は、終戦による混乱に加えて、1945年9月14日に鹿児島県川辺郡枕崎町(現在の鹿児島県枕崎市)付近に上陸して日本本土を縦断した枕崎台風の影響や、その年の冷害が重なり、同年の農作物の生産高は前年比35パーセントとなったからです。当時は僅かばかりの米に畑の雑草を混ぜて炊き食することも珍しくありませんでした。

●飽食の時代
 時代は移り最近は飽食の時代です。飽食とは、「あきるほど腹いっぱい食べること」、「食べたいだけ食べられて、食物に不自由しないこと」、「食べたいときに食べる事が出来ること」です。飢餓の時代には目の前に出された食べ物はすべて食べ尽くす習慣がついていましたが、最近では食べ残すのが何ら不思議ではなくなりました。日本は食料輸入大国なので、国内の食物のみならず世界中の食物が容易に食する事が出来ます。また、早朝や深夜でさえも24時間いつでも食べ物を口にする事が出来る時代になりました。

●飽食病のメタボリック症候群
 飽食時代の負の産物として「メタボリック症候群」という新しい病気が生まれました。メタボリック症候群の診断基準は2005年4月に日本肥満学会、日本糖尿病学会、日本動脈硬化学会など8学会で作られました。その定義は次の通りです。 おへその高さの腹囲が男性で85センチ以上、女性で90センチ以上の場合、下の3つの症状のうち2つ以上該当した場合、メタボリック症候群と診断されます。

高齢者やダイエット志向の強い若い女性の中には、毎日の食事について食べ過ぎて栄養過多になるのではないかと心配する向きがあります。しかし、高齢者の場合、基礎代謝が落ちているので多少食べ過ぎてもメタボリック症候群になることはありません。むしろ栄養のあるものを十分に摂って体力を保つ事が必要です。

●食欲を制御する仕組み
 食事を摂ると満腹に感じたり、食べないと空腹になります。食欲は体内で産生される「レプチン」と「グレリン」という2種類の相反する作用を持つホルモンで制御されています。これらの二つの物質が上手にバランスをとることで食欲はコントロールされています。

余談ですが、ホルモンというと「ホルモン焼き」、「ホルモンの煮込み」などのイメージがありますが、これらは動物の内臓肉を材料とした食物の俗称です。例えば、胃、肝臓、心臓、腎臓、子宮、肺、腸などが用いられています。「もつ」も同じ様に使われます。

医学用語としての本来の「ホルモン」は、体のいたるところで産生される何十種類の化学物質を指します。脳、甲状腺、膵臓、副腎、卵巣、精巣、腎臓、心臓、胃などでそれぞれ異なったホルモンが産生されて、それぞれの臓器の働きに重要な役割を果たしています。もし産生が低下したら、その臓器が正常に働かなくなり病気の原因になります。

例えば、血糖値を調節しているインスリンは膵臓のベータ細胞で生産されるホルモンで、子供のときに自己免疫でベータ細胞が破壊されるとインスリンは生産されなくなります。その結果血糖値が上昇して糖尿病になります。これが1型糖尿病です。それに対して、肥満・運動不足・ストレスなどによる糖尿病が2型糖尿病です。1型糖尿病患者は生涯インスリン注射が必要ですが、2型の患者は、初期の症状だったら暴飲暴食をやめて、運動することで改善される事が多いです。しかし症状が進むとインスリンや他の薬物療法が必要になります。卵巣、精巣からはそれぞれ女性ホルモン、男性ホルモンが分泌されて、女らしさ、男らしさをもたらしています。

● レプチンとグレリンは何ですか?

レプチン
 レプチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンで、基本的に食事をしたあとで分泌されます。脂肪細胞には、「白色脂肪細胞」と「褐色脂肪細胞」の2種類がありますが、一般的に、「脂肪」というと、白色脂肪細胞のことをいいます。その役割は、過剰に摂取して、余ったエネルギーを中性脂肪に変換し、いざというときのエネルギー源として貯めこんでおくことです。白色脂肪細胞は、全身のあらゆるところに存在しますが、とくに下腹部、お尻、太もも、背中、腕の上部、内臓の回りなどに多く、皮下脂肪や内臓脂肪として蓄積されていきます。

レプチンが分泌されると脳の視床下部にある満腹中枢が刺激されて満腹感を感じて食べる事を抑制する働きがあります。何かを食べるとレプチンの値は上昇し、それが脳に信号を送り食欲が抑制され摂食を中止する行動の引きがねになります。

レプチンがなんらかの理由で働かない人は、脳が摂食中止の命令を受け取る事が出来ず。本人は満腹を感じないまま食べ続けるのです。その結果食べ過ぎてしまうことになります。

「レプチン耐性」が恐い
 中年になり体脂肪が増えると、食欲を抑えるホルモンであるレプチンの感受性が落ちます。つまり、レプチンが分泌されてもそれに対する感受性が低下します。これを「レプチン耐性」といいます。この状態になると満腹を感じなくなります。それを矯正するためには暴食をやめて、野菜やフルーツ等を摂る様に心がけるとよいです。

グレリン
 グレリンは主に胃から放出されて脳の視床下部にある食欲中枢を刺激して、食欲を増進する働きがあります。また、脳の成長ホルモンの分泌を促進して、骨や筋肉を増やしたり、脂肪を燃焼させる作用を持っています。食事を摂ると3時間以内にグレリンの値は元の水準に戻ります。

本来グレリンは、空腹で体内のエネルギーが不足したときにそれを補充するために分泌されます。従って、必要なエネルギーが満たされるとグレリンの分泌は停止し食べ過ぎて太ってしまう事を防ぎます。

ダイエットの失敗はグレリン値の上昇だ
 国際的に有名な医学雑誌「ニューイングランド医学ジャーナル」に掲載された研究によれば、6ヶ月間のダイエットにより24パーセントものグレリン値の上昇が見られたという結果が報告されています。また、カロリー制限ダイエットをすると、グレリン値が上昇することが知られています。つまり、ダイエットにより食欲を促進するグレリンが増加し、その結果空腹感に負けてダイエットを失敗に終わらせる大きな要因になることがわかっています。

グレリン値の上昇を抑えるには?
 最近の研究では、食欲をコントロールし、グレリンの作用を抑制するためには次の方法が効果的です。

レプチンとグレリンの作用をまとめると、『レプチンは食欲を抑制し、グレリンは食欲を増進させる』ということです。また、睡眠不足になると食欲が低下すると思われがちですが、実は睡眠不足になるとレプチンが減少し、逆に食欲を増すグレリンが増えて、太りやすい体質になる事がわかっています。

まとめ
ストレスをはじめ、他人からのプレッシャー、緊張、過労といったマイナスの感情や精神状態が落ち込んだときは食が細くなる、食事の回数、量が自然と減ってしまいます。通常、食事を摂ると血液中のブドウ糖が増加し、満腹中枢のレプチンを刺激して食べたいという気持ちを抑制できます。しかし、ストレスが大きい場合には、食べ物を食べなくても血糖値を上げるホルモン(アドレナリン)が分泌されてしまうので、満腹中枢が働いて食欲が抑えられてしまうのです。その結果、食欲が無くなります。

さらに、ストレスの状態が長期間続くと、交感神経(アドレナリン)が優位に働き続けるため血圧が上がり、同時に胃や腸の消化活動が低下します。この状態になると食欲不振にもつながります。こんなときには、油っこいものは避けてできれば消化のよいものを摂るとよいです。

一方、高齢になると食事の量が少なくなります。加えて、食物の中でタンパク質を摂らなくなるので、筋肉が減少します。そんなときには歩く事が効果的です。歩く事は手足のみならず全身運動です。筋肉を使うと自然に体がエネルギーを求める様になります。お腹がすき始めるのです。食事のときには、ご飯を沢山食べるよりも肉、魚、豆類などのタンパク質を多く食べると筋肉が付きやすくなります。それにより体を動かす事が楽になり毎日の生活を楽しむ事が出来ます。 2017年7月1日

次号予告:「高齢者は薬とどうつきあうか」



 

46. 高齢者は薬とどうつきあうか

最近若者が元気がない、中年はもっと元気がない、意気軒昂な世代は70−80代と言われています。平均年齢の高齢化に伴って、老化現象が昔に比べて10−20年遅れて現れる様になりました。本稿では「高齢者」を60代以上の方々と考えました。

本シリーズ「メディカルトーク」ではこれまでも高齢者と薬についてたびたび述べてきました。近い将来、現在の「前期高齢者」は高齢者でなくなるかもしれません。2016年11月に、「日本老年学会」は一般の方々に高齢者の薬物療法に関する基本的知識を理解していただくために、同学会が2015年にまとめた「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」の要点をパンフレット「多すぎる薬と副作用」(日本老年医学会作成)として公表しました。今回はそれを中心に高齢者と薬について考えてみます。
 なお、「日本老年学会」とは1959年に設立された下記の7学会の連合体です。
日本老年医学会、日本老年社会科学会、日本基礎老化学会、日本老年歯科医学会、日本老年精神医学会、日本ケアマネジメント学会、日本老年看護学会

1.高齢者の定義が変わるかも?
 従来、前期高齢者とされてきた65~74歳の人々の中には、健康で社会活動が可能な人が多数います。日本老年学会は、現在の高齢者は10~20年前と比較して加齢に伴う身体的機能変化の表れる年齢が5~10年遅れている事を指摘しています。それをふまえて、65歳以上の人々を以下のように区分することを提言しています。
 65~74歳 准高齢者 
 75~89歳 高齢者
 90歳~   超高齢者

2.高齢者の定義に関する国の思惑
 国は以前から老齢厚生年金の給付年齢を65歳から引き上げる機会を探ってきました。2016年には内閣府が高齢者の定義を75歳以上に変更するべきだと提案しました。日本老年学会も現代人は心身が若返っているとして2017年1月5日に今まで65歳以上と定められていた高齢者の定義を75歳以上に変更するべきという提言を発表しました。国と日本老年学会の言い分が驚く程一致しています。

このような提言について国民の大多数から「年金支給開始を遅らせる口実に使われる」というような懸念が相次いでいます。国は新しい事業を展開するときには「専門家会議」を新設し、その意見を尊重するのが通例です。今回の日本老年学会の提言は正に国にとって大きな追い風となります。国から本件に関して研究者へ研究助成金をだしているということもささやかれています。しかし、本稿では、政治的な話を追求するのは本意ではないのでこれ以上言及する事は止めます。

3.一般向けパンフレット「多すぎる薬と副作用」(日本老年医学会作成)
 一般の方々に高齢者の薬物療法に関する基本的知識を理解していただくことを目的に作成されたものです。このパンフレットは、当学会と日本医療研究開発機構研究班が2015年12月に発表した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」の 総論部分を中心に、注意点や薬物リストを8ページの一般向けパンフレットとしてまとめたものです。
詳細な内容をお知りになりたい方は「一般向けパンフレット「多すぎる薬と副作用」作成のお知らせ」をご参照下さい。

●高齢者になると薬の数が増えます
 高齢になると、複数の持病を持つ人が増えてきます。そして、病気の数だけ処方される薬も多くなります。70歳以上の高齢者では6つ以上の薬を使っていることも珍しくありません。
 一人の患者が月に1つの薬局で受け取る薬の数(カッコ内は総患者数に対するパーセント)
75歳以上 ;1−2個(33)、3−4個(25)、5−6個(16)、7個以上(26)
65〜74歳:1−2個(42)、3−4個(29)、5−6個(15)、7個以上(15)
40〜64歳:1−2個(46)、3−4個(30)、5−6個(14)、7個以上(10)

高齢者では、処方される薬が6つ以上になると、それらの飲み合わせなどで副作用を起こす人が増えます。

●高齢者に多い薬の副作用
 高齢者は、多くの薬を使うと副作用が起こりやすいだけではなく、重症化し易くなります。主な副作用はふらつき・転倒・物忘れなどです。特にふらつき・転倒は薬を5つ以上使う高齢者の4割以上に起きているという報告もあります。また、高齢者になると骨がもろくなるので、転倒による骨折をきっかけに、寝たきりになり、それが認知症の原因となる可能性もあります。そのほかに、うつ、せん妄(頭が混乱して興奮したり、ボーっとしたりする症状)、食欲低下、便秘、排尿障害などが起こり易くなります。

● 高齢者に副作用が多くなる理由
 高齢者に薬の副作用が多くなる理由は、薬の種類が多いことだけではありません。加齢によって体内の臓器の働きが弱ることも薬の効き方に影響します。例えば、口から飲んだ薬は胃や小腸で吸収され、血液にのって全身に運ばれ、目的の組織に到達(分布)すると、効き目を発揮します。薬は、徐々に肝臓で代謝(分解)されたり、腎臓から排泄されたりして、効き目がなくなります。ところが、高齢者になると肝臓での代謝や腎臓での排泄の機能が低下するので、予定時間以上に体内に蓄積したり、時には薬が効きすぎてしまうことがあります。

4.高齢者は薬とどうつきあうか

● 自己判断で薬の使用を中断しない
  「多すぎる薬は減らす」ことが大事ですが、薬は正しく使えば病気の予防や生活の向上に役立ちます。処方された薬は「きちんと使うこと、そして「自己判断で止めないこと」が大切です。薬を飲み忘れたり、勝手に止めることによるトラブルも非常に多いので、絶対自己判断による中断は避けましょう。

● むやみに薬をほしがらない
 高齢者は診断さされて医師に「薬は必要ありません」と言われると、その医師はよく診てくれないと考える患者が多いです。何でも薬を処方して欲しいというのが多くの高齢者の希望です。しかし、必要のない薬は処方の必要はありません。

● 若い頃と同じだと思わない
 加齢とともに身体の状態、薬の聞き方が変わります。高齢者に適した処方がされています。高齢になると病気を完全に治すことは難しくなりますので、安全を第一に考えた薬の使い方が大切です。

● 薬は優先順位を考えて最小限に
 薬について不安な事があったら、かかりつけの医師に薬の量と数によく相談することを勧めます。患者に言われた医師は副作用を避けるために次のことを考慮して薬の量と数を調整します。
  1.薬の優先順位を考えます。
  2.その上で本当に必要な薬かどうかを検討します。
  3.高齢者が副作用を起こしやすい薬は、出来る限り避けます。
  4.同時に生活習慣の改善も合わせて行います。

5.高齢者が注意すべき薬
 高齢者は薬によって副作用を起こし易いため、出来れば使用を控えたい薬があります。「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン1015」(日本老年医学会)では75歳以上の人を対象に、「特に慎重な投与を要する薬物」として控えたい薬をリストアップしています。75歳未満でも介護を受けている人や要介護になる少し手前の状態の人も対象にしています。

控えたい薬の中でよく使われる薬の例を挙げます。

● 不眠症の薬
 不眠症では特にデパスなどのベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の副作用としてふらつき、転倒に注意が必要です。また物事を判断したり、記憶するといった認知機能の低下が見られることがあります。

● 循環器病の薬 循環器病の薬で特に注意が必要なのは、脳梗塞や心筋梗塞の予防に使われる抗血栓薬です。これは血液をさらさらにして血栓が出来るのを防ぐ薬です。しかしその副作用として、使い方を間違うと(量、回数)出血を起こし易くなるため、胃などの消化管からの出血、脳出血のリスクを高めます。脳梗塞や心筋梗塞の予防に欠かせない薬なので、自己判断で飲むのを中断しては絶対にいけません。

● 高血圧の薬
 現在、用いられる主な降圧薬は下記の通りです。

● 糖尿病の薬
 糖尿病で高齢者に注意が必要な薬は、血糖値が下がりすぎて低血糖を起こし易い薬です。インスリンの分泌を促し、血糖値を下げるスルホニル尿素系薬物、足りないインスリンを外から補い、血糖値を下げるインスリン製剤などは、高齢者では特に慎重に投与する必要があります。その他の血糖値を下げる薬をこれらと併用すると低血糖になることがあります。低血糖になると、初期の段階では、手の震え、動悸、生あくび等の症状が出ますが、高齢者の場合、これらの症状がでないことも多く、突然重症化することがあるので気をつけなければいけません。

まとめ
百寿者(100歳以上の人)を対象とした調査によると、「今幸せだ」の人が多いと言う結果が出ています。60、70代の体調は若い頃の生活を反映しています。40、50代にストレスが多い生活で体が疲れている人は、停年をきっかけに生活環境が変わった途端に20年前のツケがドット出て体調を壊す人が少なくありません。張りつめて働いているときは、体の免疫力が大きいので多少の体の不調だったらそれを回復します。しかし、加齢に伴って体力の低下とともに免疫力も落ちて、些細な事でも大きな病気のきっかけとなります。加齢による体調の変化は突然やってきますので、日常の生活に注意しましょう。(2017年8月1日)
次号予告:「笑いのコラム」



 

47. 笑いのコラム

笑いは幸福感をもたらし、やる気やプラス思考を高めてくれます。その理由は、脳内に分泌されるホルモンに影響しているからです。例えば、笑うことで分泌されるエンドルフィンというホルモンは、強烈な幸福感を与えてくれます。「脳内麻薬」と呼ばれることもあり、モルヒネの数倍以上の鎮静作用があると言われることもあります。

マラソンなどで感じるランナーズハイもこのエンドルフィンが影響しています。 また、笑いうことでドーパミンも分泌されます。ドーパミンは、やる気やプラス思考を高めてくれるホルモンです。

また、笑いはストレスを軽減してくれます。笑うことで脳内ホルモンのセロトニンが分泌されるからです。セロトニンは、別名「幸せホルモン」「癒しホルモン」と呼ばれ、心のリラックスに欠かせないホルモンです。うつ病などの精神疾患患者にはセロトニンを増やす生活をすすめているほど注目されています。笑うことでセロトニンが分泌されると、心が穏やかな状態になりストレスから解放されます。つまり、やる気やプラス思考を高めながら、ストレスを軽減させる効果もあるのです。 次のジョークで幸せホルモンを増加して下さい。

次回予告:「ノーベル賞受賞者が決まるまで」



 

48. ノーベル賞受賞者が決まるまで

10月はノーベル賞受賞月間です。そこで今回はノーベル賞にまつわる話を述べます。

ノーベル賞受賞者の国別受賞者数ではアメリカが圧倒的に多い(後述)。アメリカの高名な研究者は間違いなくノーベル賞を狙っている。なぜか。答えは簡単だ。ノーベル賞は彼らにとって決して雲の上のことではなく、最終目標として手の届く所にあるからです。受賞する事により自分の研究が世界的に高く評価される事は大きな名誉であり、同時に、多額の賞金が手に入り、それにより研究がさらに推進出来るからだ。

ノーベルの遺言
 アルフレッド・ノーベル(1833年10月21日生 – 1896年12月10日没)はスウェーデンの発明家・企業家です。ダイナマイトの発明などで膨大な財産を築いたノーベルは、その一部を基金とし、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和の5分野で「人類に最大の貢献をもたらした人物に、毎年、賞金を送るものとする」とした遺言と、約3150万クローネ(約207億円)を残して1896年に亡くなった。ノーベル賞は毎年10月に受賞者が決まり、ノーベルの命日に当たる12月10日に授賞式が行われる。

受賞者はなぜ欧米に多いか
 ノーベル賞の初期の受賞者はすべてヨーロッパの研究者だった。アメリカに受賞者が出たのは約30年後の1930年です。何故初期の受賞者にヨーロッパ出身者が多かったか。生理学・医学賞について考えると、世界の医学研究はドイツで始まった事。また、当時は研究者人口がヨーロッパに多かったからと考えられている。その後ヨーロッパからアメリカへ優秀な研究者が移り育ったことから、その研究が評価されて1930年以降多くのアメリカの研究者が受賞した。

ノーベルの遺言では、「受賞者の選考には人種は対象にならない」とされている。しかし事実は異なった。東京帝国大学医学部教授で病理学者の山極勝三郎(1863年4月10日生 – 1930年3月2日没)が、助手の市川厚一と共に明治40年頃(1907年)にコールタールを3年以上にわたって毎日家ウサギの耳に反復塗布し、1915年にはついに人工癌の発生に成功した。この業績により山極勝三郎は1926年の生理学・医学賞候補者になった。しかし、その選考委員会で「東洋人にはノーベル賞は早すぎる」との発言があったため受賞に至らなかったことが50年後に明らかになった。

東洋人で最初に受賞したのは、1930年に物理学賞を受賞したインド人のチャンドラセカール・ラマンである。第1回の生理学・医学賞には北里柴三郎(北里研究所創立者、北里大学学祖)も15名の最終候補者の一人だった。野口英世も梅毒の研究で9回も推薦された。しかし両人とも受賞には至らなかった。

ノーベル賞国別受賞者数(上位11国)(1901−2016)
  アメリカ 338(99)、イギリス 115(30)、ドイツ 82(16)、フランス 59(10)、
  スウェーデン 32(8)、スイス 27(6)、日本 25(4)、ロシア 20(2)、
  オランダ 17(2)、イタリア 14(3)、カナダ 14(2)
 (カッコ内は生理学・医学賞受賞者数)
  資料:文部科学省「文部科学統計要覧(平成28年版)」 、 ノーベル財団公式ウェブサイト(Nobelprize.org)

受賞の条件
 ノーベルの遺言で受賞の唯一の条件は、受賞が発表された時点で本人が生存していることのみである(1974年以降)。性別や人種、国籍、年齢、学歴などは審査の対象にはならない。しかし、これには過去に例外もあった。2011年に生理学・医学賞の受賞者に決定したラルフ・スタインマン(カナダの免疫学者)(1943年1月14日生 – 2011年9月30日没)は、その後の調べで授賞決定発表の3日前に死去していたことが判明し問題となった。ただし、授賞決定発表の後に本人が死去した場合には、その授賞が取り消されることはない。スタインマンの場合はこの規定に準ずる扱いを受けることになり、特例として故人でありながらも正式な受賞者として認定されることが決まった。

我が国では、生理学・医学賞の最有力候補者であった西塚 泰美は受賞者決定前に死去したので受賞を逃した。西塚泰美(1932年7月12日生 – 2004年11月4日没 )は医学者、生化学者で、神戸大学名誉教授、同大学学長を歴任した。文化勲章受賞、文化功労者。2012年に生理学・医学賞を受賞した山中伸弥は、神戸大学の学生時代に西塚教授の教え子だった。

西塚教授の指導教官だった早石 修(1920年1月8日生—2015年12月17日没)も生理学・医学賞の有力候補者だった。専門は生化学、医化学。京都大学名誉教授、文化勲章受賞、日本学士院賞受賞、文化功労者。早石 修は多くのノーベル賞クラスの研究者を育てたことでも知られている。その中には西塚 泰美の他に本庶 佑(京都大学名誉教授)がいる。本庶教授は文化勲章受賞、日本学士院会員、文化功労者で、2017年の生理学賞・医学賞の最有力候補者として期待されている。   

選考方法
 各受賞者について、受賞の選考過程や基準は受賞の50年後まで公表されない。また、賞によって選考を担当する機関が異なる。各賞とも毎年数百から数千通の候補者推薦依頼状を過去の受賞者や世界の学者、専門家、関係者らに送ると言われている。そして各選考機関に提出された推薦状を基に、厳密・公正な審査が行われ、最終的に選考者の多数決投票により受賞者が決まる。

選考の機関は、「物理学賞」、「化学賞」、「経済学賞」の3部門はスウェーデン王立科学アカデミーが、「生理学・医学賞」はスウェーデンのカロリンスカ研究所(医科大学)が、「平和賞」はノルウェー・ノーベル委員会が、「文学賞」はスウェーデン・アカデミーがそれぞれ選考を担当する。

選考は第1段階として発表前年の9月、各賞の選考機関のノーベル委員会が、世界中の研究者数千人へ「推薦依頼状」を送る。推薦は翌年1月末で締め切られるが、毎年数百人もの研究者が候補者として挙がっている。2段階目の選考は、ノーベル委員会へ推薦のあった研究者について、世界中の専門家に極秘で意見を聞く。3段階目には、6月頃から候補者を絞り込み、8月までに最終的な候補者を決めて選考機関に推薦する。最終選考は発表日当日に行われる投票で決まることが慣例になっている。したがって、受賞者の名前が最終選考日以前にマスコミに流れる事はない。

ノーベル賞受賞者が高齢化する理由
 2016年10月7日のイギリスBBC ニュースで、ノーベル賞受賞者が高齢化する理由について報道された。以下にその内容を要約する。

20世紀前半の受賞者は平均56歳で、中でも物理学賞受賞者は平均47歳だった。1930年代の物理学賞受賞者ヴェルナー・ハイゼンベルク氏とポール・ディラック氏は、わずか31歳の若さだった。しかし、2016年の物理学賞、生理学・医学賞、化学賞の受賞者は若くとも65歳、多くは72歳以上だった。受賞者の高齢化の一因は次の様に説明されている。100年前には物理学者の数は世界中で僅かに1,000人程度だったが、今日では、100万人にのぼると推定されている。したがって、すばらしい業績を挙げても競争が激しくなり、ノーベル賞を受賞するまでの待ち時間が長くなっているのが現状だ。

高齢化以外の問題としては、受賞者は圧倒的に男性が多かった事だ。1903年に、フランスの物理学者ピエール・キュリーと彼の共同研究者アンリ・ベクレルが受賞者に決定されたが、共同研究者であったマリ・キュリー (キュリー夫人)は推薦されなかった。それに対してピエール・キュリーは激しく抗議し受賞を拒否した。そこで委員会はキュリー夫人を追加し、キュリー夫妻とアンリ・ベクレルが1903年に第一回ノーベル物理学賞を受賞した。

過去の受賞者決定に関する論争
 1929年の生理学・医学賞はビタミンB1の発見によりオランダのクリスティアーン・エイクマンに贈られた。しかし、エイクマンは米ぬかの中に脚気の治癒に効果のある栄養素(ビタミン)が存在することを示唆したにすぎず、実際にその栄養素をオリザニン(ビタミンB1)として分離・抽出したのは日本の鈴木梅太郎(東京帝国大学名誉教授、文化勲章受章者)である。

また、山極勝三郎(前出)が受賞を逸した1926年の生理学・医学賞受賞者は、デンマークのヨハネス・フィビゲル(フィビガー)であった。しかし、後年彼の説は限定的なものであるとして否定された。

歴代日本人ノーベル賞受賞者
受賞年受賞者(受賞時年齢)賞の種類出身大学
1949年湯川秀樹(42)物理学賞京都帝国大学
1965年朝永振一郎(59)物理学賞京都帝国大学
1968年川端康成(69)文学賞東京帝国大学
1973年江崎玲於奈(48)物理学賞東京帝国大学
1974年佐藤栄作(73)平和賞東京帝国大学
1981年福井謙一(63)化学賞京都大学
1987年利根川進(48)生理学・医学賞京都大学
1994年大江健三郎(59)文学賞東京大学
2000年白川英樹(64)化学賞東京工業大学
2001年野依良治(63)化学賞京都大学
2002年田中耕一(43)化学賞東北大学
2002年小柴昌俊(74)物理学賞東京大学
2008年小林誠(64)物理学賞名古屋大学
2008年南部陽一郎(87)物理学賞東京帝国大学
2008年益川敏英(68)物理学賞名古屋大学
2008年下村脩(80)化学賞長崎医科大学
2010年鈴木章(80)化学賞北海道大学
2010年根岸栄一(75)化学賞東京大学
2012年山中伸弥(50)生理学・医学賞神戸大学
2014年天野浩(54)物理学賞名古屋大学
2014年中村修二(60)物理学賞徳島大学
2014年赤崎勇(84)物理学賞京都大学
2015年大村智(80)生理学・医学賞山梨大学
2015年梶田隆章(56)物理学賞埼玉大学
2016年大隅良典(71)生理学・医学賞東京大学

ノーベル賞の賞金と税金
 ノーベル賞の受賞者には、賞状とメダル、賞金が贈られる。賞金金額は800万クローナ(日本円で約1.2億円)。 2011年までは1,000万クローナだったが、ノーベル財団の資産運用の状況により減額された。日本人初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹が受賞した1949年に国では「ノーベル賞の賞金に対して課税するのか」と議論が起き、議論した結果、ノーベル賞の賞金に対しては非課税所得とすることが決きまった。

おわりに
 ノーベル賞受賞には国際的に高く評価された業績が必要な事は言うまでもないが、運も否定できない。生理学・医学賞に関して言うならば、我が国では山極勝三郎、野口英世、北里柴三郎、鈴木梅太郎、早石 修、西塚泰美は毎年有力候補者として名前が出たが受賞に至らなかった。

私事ではあるが、2012年にスウェーデンの首都ストックホルムで開催されたヨーロッパ毒性学会の会議に出席した。会議終了翌日ストックホルム市庁舎を訪れた。ここでは毎年ノーベル賞の授賞式が行われる。授賞式終了後には、受賞者の祝賀晩餐会が同庁内の「黄金の間」で開かれる。館内案内人の説明によると、この部屋の壁面は1800万枚の金箔モザイクで飾られており、約1,000人が収容できる大広間だ。

市庁舎を見学した後、観光客にとって定番の場所であるノーベル博物館を訪れた。この博物館には、これまでノーベル賞を受賞したすべての受賞者の写真と、直筆のメモや研究日誌などが陳列されている。また、ここの喫茶室では、ノーベル賞受賞者の晩餐会で出されるアイスクリームがメニューにある。早速注文したが、残念ながら感動する程の特別な味ではなかった。この喫茶室は受賞者がカフェの椅子にサインとメッセージを残す場所として有名だ。しかもこれらの椅子は食事のときにテーブルに置かれた誰でも座ることのできる普通の椅子だった。

2017年のノーベル賞受賞者は10月に発表される。その皮切りに、生理学・医学賞が10月2日夕方(日本時間)に発表予定です。2015年(大村智教授)、2016年(大隅良典教授)と2年連続日本人が受賞しました。2017年も日本からの受賞を期待しています。

2017年9月25日

   次回予告:「かかりつけ医と特定機能病院」



 

49. かかりつけ医と特定機能病院

患者は常に不安な状態で診察を受けているので、医師の一言でその精神状態が大きく左右されます。患者に余計な不安を与えることを言わないのがベテランの医師です。また、最近では医師側が「がんばって!」とか「大丈夫!」とか患者に言わない様にする事になったそうです。理由は、患者が毎日頑張っているのに、それ以上どう頑張ったらよいのかというのが患者側のいい分です。そんな患者の中には、食事の制限に文句をつけたり、暴言・暴力を繰り返す人もいます。彼らをモンスターペーシェント(患者)と言います。この言葉は日本で作られた和製英語ですので外国人には通じません。

あなたは定期検診派それとも反対派
 特に身体の不調はないが取りあえず人間ドック、定期検診は受けておきたい。そのような人が多くいます。私もその一人です。理由は単純で「病気は早期発見が第一」だからです。しかし、これには異論もあります。特に男性の高齢者の場合、何の症状もないのに検診を受けたら前立腺がんが見つかった。専門医を紹介されると医師から手術、放射線療法、ホルモン療法などの選択肢を示されます。もし当人が検診を受けていなかったら選択肢から選ぶ悩みはなかった筈です。

あなたはどちらを選ぶでしょうか。死後解剖して検査をしたら、男性の7割が前立腺がんにかかっていたという調査結果があります。前立腺はがん化するまでに10−20年と長い年数がかかります。特に症状が出なければ本人の知らないうちに寿命を迎える事になります。

定期検診に賛成、反対にかかわらず気になる症状が出たら躊躇せずに受診する事を勧めます。医師に「がんですと言われたらどうしよう」と言われるのを恐れて受診をしないと、本人にとっては禍根を残す事になりかねません。

「かかりつけ医制度」とは
 欧米には「家庭医」制度がありますが、日本の「かかりつけ医」とはどういうものでしょうか。誰でも病気にならないという保証はありません。どうしても病院嫌いの人は別として、少しでも体の具合が悪いときには近くの病院で診察を受けます。多くの開業医は開業する前に、大学病院や総合病院などで勤務経験があり、また研修医時代にはすべての診療科で研修を受けています。したがって、もし自分の専門でなくとも来院した患者には最小限の診察が出来ます。専門外の患者の場合は、その緊急性に応じて他の専門病院を紹介します。したがって、体が不具合になったときには、最初の窓口として気軽に相談できる近所の医者(近医)を見つけて受診することが大事です。それが「かかりつけ医制度」です。

かかりつけ医はなぜ必要か
 高齢になると複数の病気を患うことが多い。こんなとき複数の病院で受診してそれぞれの医師がそれぞれの判断で薬を出します。したがって、薬の数が増えるだけではなく、時には同じ薬が出たりして患者が薬漬けになることがあります。これを避けるためには、「おくすり手帳」が役立ちます。また、かかりつけ医でしたら同じ患者を長年診察しているので、カルテには過去の薬歴や診療の記録が残されています。その患者が複数の病気になった場合でも、最小限の必要な薬を処方する事になります。

かかりつけ医を探すときの注意
 患者にとって良いかかりつけ医とは、遠くの名医よりお互いに話し合える関係を持てる近医です。しかし、このような医師を探し出す事は簡単ではありません。かかりつけ医を探す目安の一つとして、気軽に患者の訴えを聞いてくれること、上から目線ではなく患者の立場で相談にのってくれること、など地元で評判の良い医師が良医です。患者の質問にろくに答えもせずに自分のペースで診察を進める医師は良医とは言えません。

昔の外科医、内科医は外科、内科の患者だったらどんな患者でも診断出来る医師が多かった。しかし、最近は専門医制度が普及して、内科でも循環器、呼吸器など自分の専門しか診察しない医師がいます。患者が医師に自分の病気について質問した時、相手の医師が「これは私の専門外なので」とか「他の診療科を紹介するのでそこで受診して下さい」と言ったときには、「これ以上聞くのをやめてくれ」と言う合図です。そんなときは、他の病院で受診しセカンドオピニオンを聞く方が賢明です。

かかりつけ医制度への期待
 かかりつけ医に関する国のアンケートの結果から、かかりつけ医に関する考え方が患者と国側で異なっていることが分かりました。国の構想は在宅医療も含めて病気になったときに相談にのって治療してくれること、最終的には看取りまで面倒を見てくれる医師を想定しています。しかし、患者側は単に風邪のときとか、胃腸が悪いときに診察してくれる近所の開業医をかかりつけ医と考えて回答している人が多いです。国の期待はあくまでも理想的なかかりつけ医の姿であり、患者の考え方が現実を表しています。

病院の種類
病院は大きく分けて以下の3種類があります。
(1) 特定機能病院
高度の医療を提供し、高度の医療技術の開発・評価を行い、高度の医療に関する研修ができる病院。400床以上の病床数を持ち、厚生労働大臣によって承認されている。
(2) 地域医療支援病院
医療機器などを一般病院や診療所と共同で利用し、かかりつけ医を後方支援する病院。200床以上の病床数を持ち、国、都道府県、市町村、社会医療法人、医療法人等によって開設されている。
(3) その他の一般病院
特定機能病院、地域医療支援病院以外の病院。

特定機能病院とは
 1992年(平成4年)の医療法の改正により、医療施設がその機能や特質に応じて役割を分担することになりました。この法律の目的は、高度な医療を提供する「特定機能病院」(例えば大学病院)や、高度の医療や施設を有する病院に患者が集中するのを防ぎ、より広く有効的に限られた医療や設備を活用できるための「地域医療支援病院」などそれぞれの役割に応じた医療機関作りが目的です。「特定機能病院」では、高度先進医療を含む、より高度な専門医療を必要とする患者および病気が進行中の急性期の患者を診療するのが目的です。

一般的に医療機関を訪れる患者の多くは、胃腸や風邪などの極めてありふれた病気です。これらの患者が「特定機能病院」に集中すると、本当に重症で、高度な医療を必要とする患者の治療が医師の人数や時間的にも難しくなります。

また、最近では昔と異なり手術患者でもある程度回復すると退院して自宅から通院する事を勧められます。これは、高度医療を必要とする患者が増えて限られたベット数を有効に活用する事が一つの理由です。また、重症患者を効率的に受診するために、風邪や胃腸の具合が悪いなど比較的軽症の患者の場合は、市中病院のかかりつけ医の紹介状が必要となりました。それが「紹介制」という制度です。

大病院は紹介状が必要
 厚生労働省は平成28年(2016)4月から大病院を紹介状なしで受診した患者に対し、初診料とは別に5000円の追加負担を求める新制度を導入しました。新制度導入で外来患者が大病院に集中するのを解消するのが国の狙いです。大病院には朝早くから外来患者が列をなし、長いときは受診まで数時間待たされます。 高齢者の患者の中には、医師と会って単に“話し相手”を求める人も少なくありません。5000円の料金が設定されれば、安易な受診に歯止めがかかることが期待されますが、負担金の発生で、受診の機会を失う場合が懸念されます。

平成28年9月1日現在、全国78の大学病院に加えて国立がんセンター中央病院、国立循環器病センター、静岡県立静岡がんセンター、公益財団法人がん研究会有明病院、国立国際医療研究センター、大阪府立病院機構大阪府立成人病センターの計85施設が特定機能病院として承認されています(平成29年4月1日現在)。 東京女子医科大学病院は2001年3月に同大の日本心臓血圧研究所(心研、現在は心臓病センター)で発生した死亡事故により2002年に特定機能病院の取消を受けましたが、2007年9月に再承認されました。しかし、2009年に医療事故により再度承認が取り消されました。また、東京医科大学病院は2002-04年、同じ医師が手術した心臓弁膜症の患者が相次いで死亡した問題で2005年に特定機能病院の取消を受けましたが、2009年に再承認されています。また、2015年6月、群馬大学医学部附属病院は医療事故が原因で承認が取り消されました。

まとめ
 高齢になると病院通いが多くなります。そんな時医師との相性が悪いと悲惨な状態になります。患者がこの医師は合わないと思っていると、医師も合わないと感じているケースが多いそうです。最近では患者が別の医師の意見を求める「セカンドオピニオン」を希望する人が増えていますが、主治医の心証を害するのではないかと躊躇する人も少なくありません。しかし、ある調査では、8割以上の医師が「セカンドオピニオンを求められても不快に感じない」と答えています。遠慮せずに他の医師の意見を聞く事ができる時代になりました。

友人の医師によると、話がしやすい患者は病気のことをきちんと理解して勉強されていますが、病気のことをあまり勉強されていないのに延々と自分の病気について話をする患者もいるとのことです。特に高齢者に多いそうです。患者は医師と相性が合わない場合は別の医療機関を選ぶ事が出来ますが、医師は患者を選べません。医師はプロとしてどんな患者にも対等に対応しなければなりまでせん。医師の説明に疑問があるときは遠慮なく質問し、相談する事が、医師と患者との相互信頼を高める事になります。

2017年11月1日

次号予告:気がつかない薬の副作用—あなたは大丈夫ですかー



 

50. 気がつかない薬の副作用ーあなたは大丈夫ですかー

薬は病気を治すために使うものですが、使い方を間違うととんでもない作用が表れることがあります。これが「副作用」です。使い方を間違うのは患者だけの責任ではありません。薬を処方した医師の判断が間違っている事もあります。医学部学生の教育は患者の診断、治療が中心で、薬についての講義は決して多くはありません。したがって、多くの医師は、卒業後の研修医期間か、一人前になって外来で毎日患者を診察した経験に基づいて薬を処方することが多いのです。

また、何十年間多くの患者と接している先輩医師のアドバイスや、研究会、学会、自分の診療科のカンファレンス(各医師の受け持ち患者の治療に関する相談会議)、製薬企業の営業マンの説明などから、自分の専門領域で日常使われる薬について習得するのです。したがって、同じ病気でも使う薬は主治医や病院により異なる事が少なくありません。その理由は、患者を診察したときの医師の経験や判断が異なるからです。

それでは、副作用を避けるにはどうしたらよいでしょうか。患者側のやるべきことは、処方された薬について決められた回数(一日三回、食後など)、決められた量を飲む事です。一日一回の場合は、毎日ほぼ同じ時間に飲むとよいです。もし2−3日飲んで身体に異常がなければ、処方した薬の用法(回数)、用量(投与量)が患者に合っているということです。

処方された薬を飲んで不具合が出ても医師に伝えないと、医師は「処方した薬が順調に効いている」と判断します。医師側から「薬が効いていますか」と聞く事は極めて限られています。経験の少ない若い医師は薬の処方に自信がないので、処方した薬が効いているだろうかと内心では落ち着かないことが多いのです。医師の処方が必ずしも問題ないとは言えないことがあります。したがって、薬を飲んだときには、身体の調子がよくなっても、悪くなっても医師に伝えると安心します。

不適切な処方例(その1)
 先日、友人から相談を受けました。最近、前立腺肥大の薬を飲むとめまいやフラフラ感が出るのでどうしたらよいかとのことです。彼はフリバス(一般名:ナフトピジル)という排尿障害を改善する薬を投与されました。この薬は症状により投与量を変えるために、含有量の違う25ミリグラムと50ミリグラムの2種類の錠剤があります。彼が処方されたのは、最初25ミリ一錠でしたが、次週から2週間は50ミリ一錠に増加し、さらに2ヶ月後には75ミリ(25と50を一錠ずつ)を一年以上飲んだそうです。75ミリに増量してしばらく経った頃に、めまい、フラフラを感じる様になりました。フリバスの典型的な副作用です。医師に体の異常を話す様に彼に伝えました。そして、医師が投与量を25ミリに減少したらめまいが消えました。もし、医師に伝えなかったら、いつまでも高用量のフリバスが投与され、めまいが続き最悪の場合意識に障害が出たかもしれません。

不適切な処方例(その2)
 前立腺がんのホルモン療法の新薬として、イクスタンジ(一般名:エンザルタミド)が2014年から発売されて広く使用されています。私の友人がこの薬を処方され、決められた通り毎日使用し続けたところ、12日目に急にめまい、ふらつきが出て歩けなくなりました。MRI検査の結果では脳には異常がなく、耳鼻科でもめまいの原因と考えられるメニエール病など特別な所見がみられませんでした。そこで、薬の副作用が予想されたので、主治医の了解を得て休薬したところ、3日目から歩けるようになり5日目で服薬以前の状態に戻りました。処方された薬を服用してそれまでになかった症状が出たら必ず主治医と相談する事をお勧めします。特に、発売後5年以内の新薬の場合は、医師もすべての副作用情報を把握しているわけではないので、患者の訴えは医師にとっても貴重な情報になります。

インフルエンザに抗菌薬は効かない
 国立国際医療センターが2017年9月、10月に10代から60代までの710人を対象としたアンケート調査の結果を発表しました。それによると、5割の人がインフルエンザは抗菌剤(抗生物質)で治ると回答しています。しかし実際は抗菌剤はインフルエンザには効きません。何故ならば、インフルエンザの原因はウイルスであり、抗菌剤が効くのは細菌による病気だからです。抗菌薬は万能薬と考えられていますが、本当に効くのは肺炎などを引き起こす細菌による病気です。インフルエンザに効くのはタミフル、イナビル、リレンザといった抗インフルエンザ薬です。
 上記の抗インフルエンザ薬と一緒にまれには抗菌剤も処方されることがあります。抗インフルエンザ薬と抗菌剤の飲み合わせには大きな問題はありませんが、特に御高齢の方や体の弱っている方は、インフルエンザにかかることにより肺炎球菌(肺炎を引き起こす細菌)にも感染しやすくなっています。このため、気管支炎、肺炎等の合併症に対する治療として、抗菌薬等が使用されることはあります。 細菌とウイルスの大きな違いのひとつは細胞の有無です。細菌には細胞がありますが、ウイルスには細胞がなく遺伝子をたんぱく質という殻で守っているだけの生物です。抗菌剤は細菌の細胞を攻撃する薬であり、細胞を持たないインフルエンザウイルスには攻撃する場所がないので効果がありません。

薬の飲み合わせ
 薬は適正に飲めば病気の治療には欠かせないものです。最近では、高齢者の場合、病院で処方される薬が10種類以上にもなることが珍しくありません。10種類も飲むとお互いに効果に影響するのではないかと懸念されるかもしれませんが、特別の組み合わせでない限り大きな影響はありません。確かに理論的には組み合わせの約70パーセントがお互いに影響し合う可能性はありますが、実際に身体に異常を感じるほど深刻な組み合わせは限られています。 心配でしたら薬を受け取るときに薬剤師に聞いて下さい。調剤薬局では患者に薬を渡す前に薬剤師が飲み合わせの有無をチェックする義務がありますので、渡された薬は安心してお飲み下さい。

処方された薬を正しく飲んでいますか?
 患者が処方された薬を決められた通り飲んでいるかどうかは治療効果に直接影響します。きちんと飲んでいることを“コンプライアンス(服薬遵守)が良好”といいます。最近では“アドヒランスが良好”とも言います。逆に、いろいろな理由で決められた薬を決められた用法で飲まないことを”ノンコンプライアンス“といいます。その原因としては、(1)飲み忘れ、(2)医師や薬剤師の説明がよく理解出来なかった、(3)薬の効果を信じていない、(4)錠剤がうまく飲み込めない、(5)副作用や依存性を恐れて飲まない、などが挙げられます。これらを解消するためには、医師、薬剤師などによる服薬指導が必要です。

薬が効くためには、一定時間血中にその薬が残っている事が必要です。決められた通りに飲んでいると一定の量が保たれています。もし心臓や脳梗塞の薬を飲み忘れたりすると、治療に必要な血中濃度が保てなくなり、症状が悪化することがあります。従って、薬によっては患者から採血して、その中に含まれる当該の薬の血中濃度を測定して、治療に必要な血中濃度が間違いなく維持されている事を確認することがあります。この作業を“治療薬物モニタリング(TDM)”と言います。たとえ患者が決められた通り飲んでいると言い張っても、実際飲んでいない場合は、血中濃度が予想した数値に達しないことにより容易に判別出来ます。

同じ薬を複数の患者に投与すると、個人によりその血中濃度に多少のばらつきがあります。そこで、薬を処方する前に血中濃度を測定して、その数値に基づいて当日の投与量を決める場合があります。これがTDMです。つまり、患者に最適の薬物投与を行うことです。処方薬の種類は膨大ですのでTDMはすべての薬に行うものではありません。血中濃度を一定に保たないと重篤な症状が現れる薬が対象になります。例えば心臓の薬や脳梗塞の薬です。脳梗塞の治療薬として広く使われているワルファリンは、血中濃度が必要量よりも低くなると脳血栓などの危険な状態になります。逆に、大きすぎるとワルファリンを過剰投与したと同様の副作用である出血が現れます。最近はワルファリンの代わりに同じ効果を持つ脳梗塞治療薬が5種類治療に使われています(本シリーズ第6話参照)。

TDMの対象となっている他の薬としては、心不全治療薬であるジギタリスや抗てんかん薬、抗精神病薬、免疫抑制薬、利尿薬のテオフィリン、抗不整脈薬、抗菌薬(抗生物質)が挙げられます。詳細はこちらからご参照下さい。

まとめ
 健康の5大リスクとして運動不足、飲酒・喫煙、肥満、ストレスが挙げられます。50代になると老眼が進み体力の低下を感じます。一日8000歩以上歩けば高血圧、糖尿病、がん、認知症、うつ病を予防出来るとの研究成果があります。下半身の筋肉は全身の筋肉の約6割を占めます。歩く事は全身運動です。下半身がしっかりしていると転倒防止にも役立ちます。

処方された薬が効かないときに、医師は次に何を考えるでしょうか。「他の薬に変えましょう」というか「薬を増量して様子を見ましょう」というかによりその医師の薬に対する考え方が分かります。多くの薬の場合、薬を増量すると副作用、毒性につながります。同じ作用を持っている他の薬を追加するのも問題です。医師の考え方には患者の一言が大きく影響します。薬を飲んで具合が悪くなったときは遠慮なく医師に伝えて下さい。

今年も間もなく終わります。2017年も拙文をご笑覧頂きまして有り難うございました。よい年末年始をお過ごしください。また来年もどうぞよろしくお願いいたします。 (2017年12月1日)

次号予告:新春雑感—あなたは厄年を信じますか-



 

51. 新春雑感—あなたは厄年を信じますかー

明けましてお目出とうございます。2018年の幕が開けましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。高齢になると若い頃味わった新年の感動が薄れます。テレビで大晦日の除夜の鐘を聞いて年があらたまっても、それは10月31日から11月1日に移った程度のものです。特に大きな感動がないのは加齢により感情が鈍化したせいでしょうか。

私は20年前から新年の定例行事として老妻とともに電車で30分程のところにある成田山新勝寺に初詣に行く事にしています。昔は正月三が日に行きましたが、全国から参詣の人々が臨時列車で集まり、新勝寺までの参道はラッシュアワーの電車内の様な混雑ぶりでした。そこで最近では1月中旬を過ぎた頃に行く事にしています。

新勝寺では御護摩祈祷に参列し、帰りは参道の両側のお土産店をヒヤカス事が私にとっては恒例です。有名な漬け物屋があってそこの見本品をつまむのが楽しみでしたが、最近は店頭から見本が消えました。どうやら私の様なつまみ食い族が増えたためかもしれません。また、参道の途中には有名なウナギ屋が並んでおりいつも大行列です。中でも川豊本店のウナギは絶品です。もし成田山へ詣でられる機会がありましたら是非お立ち寄りをお勧めします

あなたは厄年を信じますか
 60代を過ぎた頃正月に神社のおみくじ売場で「最後の厄年の61歳を過ぎたら厄年はどうなるのですか」と聞いたら、「60歳を過ぎると毎年が厄年ですよ」といわれて納得した事を覚えています。ところであなたは厄年を信じますか。厄年は通常数え年です。男性では、25、42、61歳、女性では19、33、37歳が厄年で、中でも男性の42歳、女性の33歳は大厄と呼ばれています。いずれの厄年にもその前後1年間は前厄・後厄で、本厄と同様に注意すべきとされています。この時期は、精神的にも肉体的にも変化の激しい節目にあたる年齢ですので、特に気を付けて過ごすべき年といわれています。

医学的に加齢は細胞の老化で病気ではないのは確かです。そうはいっても、気になるのは、最近の新聞の死亡広告の中に昭和一桁生まれの80歳代の人が多いことです。この年齢は、人間の身体の細胞の中で加齢のため弱くなった細胞が消える年代です。80代から90代に入ると、死ぬことから逃れた強い細胞だけが生き残るので、深刻な病気でもならない限り100歳までも生き延びるのです。傘寿は80歳まで生き延びたこと、88歳の米寿は、つつがなく80歳代の終わりに近づいたこと、そして90歳の卒寿でようやく厄がすぎたことをお祝いすることになります。80代は正に生涯の最後の厄年になります。

科学的研究からヒトの細胞の寿命は120歳といわれています。身体の細胞は臓器により異なりますが一定の周期で新しい細胞と入れ替わります(細胞分裂)。細胞分裂も120年間繰り返したらついに力つきて細胞の働きが停止します。それが寿命です。

4回の入院生活
 70歳代は海外出張が多く、特に自分の健康に全く不安はなかった。最後の海外出張は81歳の時にスエーデンのストックホルムで開催された国際毒性学会議でした。その後、私にとっての最後の厄がやってきました。83歳の5月に、総胆管結石で16日間入院、内視鏡手術を受けました。退院の時、医師から「胆嚢に石が5つ残っていますので、このままだとまた痛むことがあります。このままにしますか、それとも胆嚢を摘出しますか」との事だった。躊躇せず摘出手術を選んだ。2ヶ月後には胆嚢摘出で再入院した。これらについては本シリーズ18話、21話で述べました。

さらに、86歳になって4年前から主治医に相談していた前立腺肥大症の手術について主治医に相談しました。「原則として全身麻酔下の手術は85歳までにしているのですが」とのこと。「しかし、佐藤さんはお元気そうなので術前検査の結果次第で決めましょう」。術前検査は、心電図、肺活量、胸部レントゲン検査でした。幸いいずれも問題なしの結果だったので、2017年5月15日入院、16日手術で7日間入院し22日に退院しました。その手術のとき膀胱下部に尿道狭窄がみつかったので、7月には再入院しバルーンにより尿道を拡げる手術を受けて排尿障害は改善されました。

80歳代で4回入院、手術を繰り返しました。4回の入院、手術が前厄だとするとこの後に本厄がやって来るのが恐いです。もしそうだったら、せめて卒寿が過ぎるまで待って欲しい。願わくは今回の入院が本厄でこれからは平穏に暮らしたいのが本音です。

全身麻酔は安全だ
 4回の入院のうち3回は全身麻酔による手術でした。全身麻酔は初めての経験だったので、心配性の私はこれまで全身麻酔を受けた友人に経験を聞いた。彼は「安全なので心配ないよ」とのことでした。しかし、私には気になることがありました。昔、薬学部に勤務していた頃、講義の中で「全身麻酔薬」について学生にこんな話をしました。

『全身麻酔での手術中は、麻酔薬の作用で脳の中の抑制が解除されるので、普段抑えている上司、先生への不満や、日頃考えている欲望、墓場まで持って行く秘め事などが、本人の無意識のうちに一気に言葉となって出る。従って全身麻酔は出来るだけ受けない方がよい』。これは私の考えだけではなく、いくつかの専門書にも書かれています。

しかし、全身麻酔を3回受けた経験から、私が講義で述べた事は物理的に無理な事が分かりました。第一に、全身麻酔では気管の中に直径1センチ程の柔らかい管が入っているので声が出ません。第二は、声が出たとしても麻酔がかかっているので聞き取れる様なはっきりした言葉を口にする事は出来ません。皆さん安心して全身麻酔を受けて下さい。秘め事も他人に知られる事なく墓場まで持って行くことが出来ますのでご安心の程。

手術中は麻酔医が立ち会って、血圧、呼吸数、心電図、血液中の酸素濃度などを監視し、常に麻酔薬の投与速度や投与量を調節しています。したがって、手術の途中で麻酔が切れたり、必要以上の麻酔薬が投与されて事故になることはありません。「麻酔薬が入ります」の麻酔医の声が聞こえてから「一、二、三」で意識がなくなり、目が覚めたときには手術は完了しています。手術が終わると麻酔医はすぐに麻酔薬の投与を止めますので、手術後いつまでも無意識状態になる事はありませんが、朦朧(もうろう)とした状態で病室に戻り、しばらくは口に酸素吸入器がつけられますが、1時間もしたら会話が出来るまで回復します。

40−50年前は手術を執刀する外科医が麻酔を担当して事故につながるケースがありました。しかし最近では他の診療科と同様に麻酔科が独立して熟練した麻酔専門医が手術を担当しています。その上、新しい技術が開発され、手術の目的に応じて、必要な多種の新しい麻酔薬が使われていますので、麻酔による死亡はほぼゼロです。

死ぬことは怖い?
新年早々「死」について書くのは縁起でもないという御仁もおられるかもしれませんが、死に対する考え方は人により千差万別です。生まれた環境や性格でも違います。新しい年を迎えて人生の終点に一歩近づいた筆者としては改めて考えさせられます。

「死は怖い」と言います。なぜか。答えは簡単で「生きている人の中で誰一人として経験した事のない未知の世界」だからです。どの宗教でも「あの世」について教義の中にあります。カトリック教では、死後は天国に行けるとのことを強調したため、中世にはヨーロッパで自殺者が増えました。そのためにカトリック教は自殺を禁じました。

私は若い頃から遠藤周作の本を愛読しました。遠藤は敬虔なカトリック教徒でした。長い闘病生活がいよいよ危なくなった頃に親友の三浦朱門と阿川弘之、阿川夫人が病床を見舞った。彼らが帰った後、
 「あいつらがあんなに元気なのに、どうしておれだけこんな病気なんだろう」と言って声をあげて泣いた。
  と記されています。(三浦朱門、「我が友、遠藤周作を語る」。遠藤周作 総特集 KAWADA夢ムック、文藝別冊(株)河出書房新社 2003年8月30日発行より)。

遠藤の言葉は万人に共通の本音ではないでしょうか。

遠藤周作は1996年9月28日、昼食を喉に詰まらせ、そこからばい菌が広がり肺炎を併発しました。遠藤は若いころ肺結核で片肺を手術でなくしていたので、誤嚥性肺炎は致命的でした。そして、翌9月29日午後6時36分、肺炎による呼吸不全で亡くなりました。

また、仏教について、最近読んだ本の中にこんな会話がありました。親鸞の弟子である唯円と親鸞との会話です。

これは親鸞と法然上人の師弟関係を彷彿とさせる話です。親鸞でも死を恐れる興味ある話です。

 私は全身麻酔で完全に意識を失いました。しかし綺麗なお花畑も三途の川も見えませんでしたので、彼岸までは遠かった様です。もし死ぬ瞬間についてご関心がある様でしたら、本シリーズ23話「死ぬ瞬間ってどんなものですか?」をご覧下さい。

おわりに
  「天寿を全うする」ことは誰でも望むところです。天寿とは平均寿命(男80.98歳、女87.14歳、2017年統計)を超えて、老衰などで安らかに亡くなることを言うようです。皆さんは自分の余命があと何年か知りたいですか。最近では科学的に余命をほぼ推定出来ることが報告されています(本シリーズ第22話)。しかし、余命を知ったら、毎日が余命の最終日から逆算するカウントダウンの生活になります。そんなことになったら、私の様な小心者は毎日うろたえて満足に生活出来ないかもしれません。これは決して精神的によくないことです。高齢になったら、先のことは「知らぬが仏」、「なるようになる」の方が精神的に健康な生活を送ることが出来るのです。皆様はどうお考えでしょうか。
 本年もよろしくお願い申し上げます。(2018年1月1日)

     次号予告:物言わぬは腹ふくるるわざなり



 

52. もの言わぬは腹ふくるるわざなり

複雑な人間関係の中で生活していると,言いたくとも自由に言う事が出来ない事が多い。「物言わぬは腹ふくるるわざなり」は、皆様もご承知の様に14世紀に吉田兼好が書いた「徒然草」(つれづれぐさ)に出てくる言い回しです。これには「悩みや言いたいことを胸にしまいこんで我慢していると精神衛生によくない」ということを意味しています。

思ったことも言わずにいると、お腹が張ってくるような気持ちになりストレスがたまります。ストレス状態になると「下腹部がふくるる」だけではなく、下痢、便秘、腹痛などいろいろは症状が現れます。心の乱れはお腹に影響します。

しまいこまないで、面と向かって、相手に言いたいことを言い放てば、一時は溜飲が下がるかも知れませんが、それが問題となってさらに関係が悪化することもあります。これが「口は災いのもと」です。言いたいことを言ったら、それが火種になってそこから次の問題が生じることもあります。

ストレスで悶々としているときにどうしたらよいでしょうか。相手に思いをぶつける前に、当人同士ではない他人に聞いてもらうという方法があります。しかし、聞かされた人は何の関係もないので、気分のよいものではありません。それでは話す代わりに手紙やメールで文字にして本人に伝えたらどうか。これは当人同士の意思疎通がうまく出来なくなり、直接話をするよりもかえって状態を最悪の状態にすることが少なくありません。

ストレスが多いときは酒、たばこ、甘い物、食べ物などで、お腹にたまった思いを解消するという方法もあります。しかし、それが過ぎると、「腹ふくるる」だけではなく、下痢、便秘、腹痛など様々な消化器症状が出ます。感情は、直接胃腸の働きに影響します。腸の話は本シリーズ第11話「腸の働きが体力をつくる」でも述べました。

過敏性腸症候群
 ストレスによる自律神経の乱れがお腹の張りをもたらすケースで近年注目されているのが「過敏性腸症候群」です。病院で検査してもこれといった直接の原因が見当たらないにもかかわらず便秘や下痢になったり、便秘と下痢が交互に繰り返されたりします。さらに会議や試験といった大事な時になって急にお腹の調子が悪くなることもあります。過度なストレスは血管を収縮させ、消化、吸収、尿や便などの排泄に関与する消化管の働きを抑制します。

過敏性腸症候群などの心身症は、自分の喜怒哀楽をうまく言葉で表現できない傾向の人に多いと言われています。緊張状態が続くとストレスのために胃腸の調子が悪くなります。これは脳の働きが腸と深く連動していることを示しています。心理的な原因もかかわっていると考えられています。腸と脳は、『脳腸相関』といって、密接な関係があります。これについては本シリーズ30話. 『「脳腸相関」- 腸と脳の交信システム』をご参照下さい。

腸には脳と同じ神経が多く分布し、それらは自律神経でつながっているからです。 脳が感じた不安やプレッシャーなどのストレスは、自律神経を介して腸に伝わり、運動異常を引き起こします。また、下痢や便秘などの腸の不調も、自律神経を介して脳にストレスを与えます。つまり、脳腸相関によって、ストレスの悪循環が形成されるのです。過敏性腸症候群の場合は、特に腸が敏感になりますので、少しのストレスにも反応します。

お腹が張るのは主として精神的なストレスが原因です。過度なストレスにより血管が収縮し、消化、吸収、消化液などの分泌、尿や便などの排泄かかわる消化管(胃腸)の働きを抑制します。それにより吐き気、嘔吐などの症状が出て、さらにひどくなると便秘、下痢、腹痛、ガス、膨満感、腹鳴(腹部がゴロゴロする)などの症状となります。どの症状も全ては消化管がストレスを解消するために生理的に反応している証拠です。

自律神経失調症
 言いたい事を我慢しているとストレスが溜り自律神経のバランスが崩れます。その症状の一つが「自律神経失調症」です。これは、肺がん、胃がん等の様な病名ではありません。原因はよくわからないが様々な症状の総称です。症状があるのに検査しても異常が見つからないのが特徴です。個人差が大きく、医師によっては、症状名ではなく病名をつけることもあります。

自律神経は交感神経と副交感神経の全く相反する作用を持つ2つから構成されています。交感神経とはやる気を出すための神経で、一般に「アドレナリンが出る」などといいます。怒り・恐怖・不安・緊張・危険が生じた時によく働きます。副交感神経はリラックスの神経または体を休める神経です。リラックスしている時や睡眠時によく働き、体を修復する機能があります。この両方の神経がバランスよく働くことで自律神経が安定しているといえるのです。

交感神経と副交感神経は、正常な場合には、一方が働けば片方は休むといった具合にうまくバランスを保っているのですが、いろいろなストレスが加わるとそのバランスが乱れて、体に様々な不調・症状が現れます。この状態が「自律神経失調症」です。

通常、睡眠時は体が休んでいるので副交感神経が優位になりますが、ストレス状態ではその切り替えがうまくできずに交感神経が優位の状態になってしまいます。それにより不眠状態になり体や脳が緊張状態のまま休む事が出来なくなります。

自律神経失調症の症状
 自律神経失調症になると、特に原因が思い当たらないのに様々な症状が現れます。慢性的な疲労、だるさ、めまい、偏頭痛、動悸、ほてり、不眠、便秘、 下痢、微熱、耳鳴り、手足のしびれ、口やのどの不快感、頻尿、残尿感 自律神経のバランスが崩れると全身の機能に支障をきたして、さまざまな症状が出ます。 精神的な症状としてはイライラ、不安感、ゆううつなど症状はいろいろあります。

自律神経失調症は薬で改善できるか?
 抗不安剤、精神安定剤などが使われています。「薬を飲んで、自律神経失調症が改善するかどうか」ということです。たしかに、抗不安剤・精神安定剤を飲むと、精神的に落ち着きを得られます。動悸、息苦しさなどの症状が少しは楽になります。薬は強制的に副交感神経を活発化させることでリラックスさせているのです。しかし、抗不安剤・精神安定剤の効果が切れると元の症状に戻ります。症状を改善するのではなく、一時的に症状を抑え込んでいるだけだからです。根本的に自律神経失調症を改善するためには薬に頼るのではなく、原因と考えられるストレスを解消する事が症状を改善するのに役立ちます。

まとめ
「物言わぬは腹ふくるるわざなり」は病的原因だけではありません。高齢になり社会との距離が遠くなると、現役のときの様に勤務先で終日だれかと話をする機会が少なくなるので、社会から取り残された様な不安状態になります。
 高齢になったら社会から孤立しないことが長生きの秘訣です。定年になって1年も経つと、徐々に外からのメールや電話が少なくなります。これは特に外部の人々が自分を避けているのではなく特に連絡する用事がなくなったからです。それを改善するためにはどうするか。先方から連絡がなければ、自分から積極的に外部に発信したらよいのです。定年までの人生から学んだものがたくさんあるはずですので、それを後輩に伝えるだけでもよいと思います。65歳以上の皆様には是非試みて下さい。

2018年2月1日

     次回予告:笑いのコラム(2)



 

53. 笑いのコラム(2)

今回は、本シリーズ4、14、38、47話に引き続いて、笑いを誘うジョークをお送りします。笑いは健康に良い遺伝子のスイッチをオンにします。声をあげて笑いましょう。


太平洋戦争の最中、日本本土上空で米軍爆撃機が被弾した。
米軍パイロットはコックピットから脱出したがパラシュートが開かない。
まっ逆さまに落ちて行き死を覚悟したその時、お釈迦様の巨大な手が天から現れ、パイロットを受け止めると静かに地面におろした。
命を救われたパイロットは思わず叫んだ。
「神様、ありがとう!」
お釈迦様はパイロットを叩き潰した。


ある男がフランスを旅行し帰国するとき税関で呼びとめられた。
官吏:「このビンはなんだね??申告していないようだが。」
男 :「それは有名な教会で汲んできた霊験あらたかな聖水だが、何か??」
官吏:「ウソをつけ!!どう見てもコニャックじゃないか!!」
男 :「なんてこった、奇跡が起こった!!」

凶悪犯が電気椅子で死刑執行の時を迎えた。
椅子に座った犯人に牧師が言った。
「あなたが死ぬ前に何か願いごとがあったら言いなさい。望みを叶えてあげます」
凶悪犯が答えた。
「ああ牧師様。私は何も願い事はありません。ただ私は緊張で手の震えが止まらないのです。どうか手を握っててもらえますか?」

ドイツ人と日本人と韓国人の前に神様があらわれ、
「お前達の知りたい未来の出来事をひとつずつ教えてやろう」といった。
まずドイツ人が「ドイツが次に戦争に勝てるのはいつになりますか」と
尋ねると
神様は「50年後だ」と答えた。
「おお、私はそれまで生きていることができないだろう」
ドイツ人は泣き出してしまった。
次に日本人が「日本が次にサッカーW杯を開催できるのはいつですか?」と問うと
神様は「30年後だ」と答えた。
「おお、私はそれまで生きていることができないだろう」
日本人は泣き出してしまった。
最後に韓国人が「韓国が日本を経済力で抜けるのはいつだ?」と聞くと
「おお、私はそれまで生きていることができないだろう」
神様は泣き出してしまった。

大学生の友人5人が日曜日に隣の州までドライブに出掛けた。月曜日は試験だったが、5人とも得意な科目だったので、特に気にせずに夜中まで遊びほうけた。仮眠を取った5人はうっかり寝過ごし、フリーウェイをすっ飛ばして帰ってきたが、大学に着いたときには、すでに試験は終わっていた。困った5人は話し合い、途中でタイヤがパンクしたということにして、教授に謝りに行った。
「ふむ、そういう事情ならしかたがない。これから追試験を受けなさい」
寛大な教授は5人を教室に待たせ、新しい試験問題を持ってやってきた。5人は配られた問題用紙を見て、ほっと息をついた。予想通りの簡単な問題だったからだ。
まず、配点が10点の問題1を難なく解き、5人は次のページをめくった。
問題2: パンクしたのは前後左右どのタイヤか。またパンクしたときの場所はどこか(90点)

健康のために酒を控えるようにと懇願する妻に、酔っ払いは暗い目で言った。
「ほっといてくれ、おれは長生きには興味ねえんだ。おれはな、もう自分の墓碑銘も考えてあるぞ」
「墓碑銘?」妻が途方にくれて叫んだ。
「そうとも、金庫の中に封筒がある……俺が死ぬまで、開けちゃならねえぞ」
男はやはり、酒のせいで早死にした。葬式のあと、妻は金庫をあけ、夫の書いた墓碑銘に目を通した。
『長生きしたかった、酒はやめるべきだった… おまえ、なんでもっと強く止めてくれなかった?』

野戦病院の惨状を視察にきた大司教。
ある重傷の兵士を見ると、彼はやにわに苦しみだし傍らにあったメモに何かを書きつけて逝った。これも神のおひきあわせかと丁寧な祈りの後、メモを読むと
「あなたは私の酸素パイプを踏んでいる」


とあるラジオ番組で。
DJ「はいジョン、質問をどうぞ」
ジョン「この間シャンプーが目に入ったらすごく痛かったんです、どうしてなんですか?」
DJ「良い質問だね、ジョン、いいかい?
この世にある物はたいてい目に入れると痛いんだ」

無人島にて。
ある男が船が難破し、無人島に漂着した。
すぐに男は浜辺に大きくSOSと書いたが、何日待っても助けは来なかった。
ある日男はSOSの隣に大きくミッキーマウスの絵を描いた。
すると一時間後、ディズニーが著作権料を取りに来た。

ある病院の病室に2人のがん患者が入院していた。 一人は窓側のベッド、もう一人はドア側のベッド。
2人とも寝たきりの状態だったが、窓際のベッドの男は、ドア側のベッドの男に窓の外の様子を話してあげていた。
「今日は雲一つない青空だ。」「桜の花が咲いたよ。」「ツバメが巣を作ったんだ。」
そんな会話のおかげで、死を間近に控えながらも2人は穏やかに過ごしていた。
ある晩、窓際のベッドの男の容態が急変した。自分でナースコールも出来ないようだ。
ドア側の男はナースコールに手を伸ばした。……が、直前になってボタンを押す手をとめた。
「もしあいつが死んだら、自分が窓からの景色を直接見れる……」
どうせお互い先のない命、少しでも安らかな時をすごしたいと思ったドア側のベッドの男は,自分は眠っていたということにして、窓側のベッドの男を見殺しにした。
そして窓側のベッドの男は、その晩、そのまま死亡した。
翌日、ドア側のベッドの男はいよいよ窓側のベッドへ移ることになった。
男は、看護婦に抱きかかえられてカーテンのそばに横になる。
期待に胸がうちふるえた。
そこから見える外の景色、これこそ彼が求めているものだった。
そこから見えたもの、カーテンの向こうは、
ただの薄汚れたコンクリートの壁だった。
(以上アメリカンジョーク集より)

ついでにロシアのユーモアを一つ
ある男が「国家元首はバカ」と言ったため逮捕され、懲役203年となった。3年は名誉毀損罪で200年は国家機密を漏洩した罪だった。

2018年3月1日

     次回予告:飲み薬に代わる貼り薬 



 

54. 飲み薬に代わる貼り薬

これまでは、貼り薬というと切り傷、関節の痛み、肩こり、などのときに直接患部に貼るのが目的でした。もっともよく知られているものは、関節の痛みなどのときに貼る湿った布に薬が塗られたものです。これは「貼付剤[ちょうふざい]」と呼ばれています。水分を含んでいるので、熱をもった患部を冷やす効果があります。湿り気をもった布に薬を塗ったもので、関節などの痛みのときに貼るものです。しかし、最近使われている新型貼り薬はいままでの目的とかなり違います。それらは関節に直接効くのではなく内服薬の代わりになるものです。

貼り薬のメリット
 貼り薬の大きなメリットは、高齢者や小児などで、内服薬を飲むことが難しい場合は、皮膚に貼って胃や肝臓を通過することなく、貼った部位の皮下の血管から直接吸収して薬効を発揮することです。
 貼り薬の場合、薬の成分が徐々に皮膚から吸収されるので、薬の種類によって効果の持続時間が異なりますが、1回貼るだけで2−3日あるいはそれ以上効果が持続するものもあります。また、飲み薬の場合は、もし間違って適量以上の薬を飲んで副作用が心配になっても、途中で止める事は出来ません。しかし、貼り薬の場合は、途中で副作用がでたら剥がすだけで副作用を止めることができます。これは飲み薬にはない貼り薬の大きなメリットです。

1.狭心症、心筋梗塞の貼り薬
 貼り薬として最初に使用されたのは狭心症や心筋梗塞の特効薬であるニトログリセリンや硝酸イソソルビド(商品名:ミリステープ、フランドルS)です。これらは血管を拡げ血量をよくする薬です。これまでは、狭心症の発作が起きて心臓が苦しくなると、ニトログリセリンの錠剤を舌の下にふくませて(舌下錠)、そこで溶けた薬が舌下の血管に吸収されて心臓へ到達して効果を発揮するものでした。最近ではこれらの薬を貼り薬として、心臓の位置に直接貼ります。それにより、薬が直接心臓に吸収されて錠剤に比べてより早く効き目がでることになります。

2.鎮痛薬の貼り薬
 ロキソニンテープ、ロキソニンSテープ
  ロキソニンテープ50mg, 100mgは2008年から発売されています。その後、2011年にはそれまで医療用として病院で使われていた非ステロイド性消炎鎮痛薬「ロキソニン(主成分ロキソプロフェン)」を、一般用医薬品 「ロキソニンSテープ」として発売されました。これは医療用と同量配合したものです。スイッチOTC医薬品(本シリーズ36話参照)として、街の調剤薬局やドラッグストアなどで購入出来ます。この薬は第1類医薬品に属しますので薬剤師でなければ発売する事は出来ません。ちなみにOTC薬の中で第2、3類医薬品は薬剤師でなくとも発売する事が出来ます。
 「ロキソニンSテープ」は腰痛、肩こりに伴う肩の痛み、関節痛、筋肉痛、腱鞘炎(手・手首の痛み)、肘の痛み(テニス肘など)、打撲、捻挫、外傷後の腫脹・疼痛、普通のケガなどの鎮痛・消炎などに使われています。1日1回患部に貼ります。1日あたり4枚を超えて使用しないこと、連続して2週間以上使用しないこと。
 ロコアテープ
 2016年1月に発売された貼り薬鎮痛薬です。主成分はエスフルルビプロフェンで、痛みや炎症の原因となる物質(プロスタグランジン)の生合成を抑制し、痛みや炎症をやわらげます。最近発売されて海外でもまだ使用実績がないため、変形性関節症に限定されています。その吸収量は2枚を貼ったときの血液中の薬物濃度が、飲み薬を飲み続けた場合とほとんど同じです。ただし、ロコアテープは吸収が良いので、たくさん貼ると飲み薬を大量に飲んだのと同じような影響を体に与えます。そのため、ロキソニンと異なり一度に使用できる枚数が2枚に制限されています。
 副作用としては、体がだるい、体のむくみ、尿量が減るなど腎機能障害の症状がみられた場合や、胃のもたれ、胃の痛み、胸やけ、吐き気、便が黒くなる、便に血が混じるなどの消化管障害の症状がみられた場合には、使用を中止し支持医と相談して下さい。

3.認知症の貼り薬
 最近、認知症の貼り薬としてイクセロンパッチ(ノバルティスファーマ)とリバスタッチパッチ(小野薬品工業)が開発、発売されました。両者の有効成分は同一です。パッチ剤とは貼り薬のことです。パッチ製剤としては、2007年にアメリカで承認されて以来、世界中に広がり、2011年時点では世界82カ国で使われています。日本では2011年7月から販売が開始されました。
 これらの薬は軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症の症状の進行を抑制する作用があり、従来飲み薬としてよく使われていたアリセプトやレミニールと同じアセチルコリンエステラーゼ阻害剤の一つです。飲み薬としてのリバスチグミン(リバスタチンと同じ)は、1997年にスイスで開発されましたが、吐き気などの副作用が強すぎたため、パッチ製剤として開発が進められました
 使用法
 この薬は高度のアルツハイマー型認知症については、効果が期待出来ないので適用外になります。服用方法は、当初は1日4.5mgのパッチの使用から開始し、4週経過ごとに4.5mgずつ増量し(パッチのサイズが大きくなります)、18mgで治療を維持します。その後、2015年8月には9mgからスタートし、4週経過後に18mgまで増量する方法が認められました。これは、前者の服用方法でも、副作用の出方に差異がないことが認められたからです。より迅速に有効な用量まで増量することが可能になったことで、アルツハイマー型認知症の進行抑制への効果が期待されます。
 貼り薬は飲み薬と異なり介護者が認知症患者の手が届かない場所へ貼るだけで済みます。貼る位置としては、腕、胸、背中のいずれかの正常で健康な皮膚に貼り、24時間ごとに貼り替えます。認知症患者の場合、貼ったものを勝手に剥ぎ取る人がいますので、背中部分が推奨されています。これは、本人がはがしにくいためと皮膚が強いからです。
 パッチ剤の特徴・メリット
 貼り薬なので、飲み込みに障害がある人、飲み薬を嫌がって吐き出してしまう人でも、問題なく投与することができます。また、パッチ剤の表面に「何月何日に貼ったか」を記入することができるので、貼付け状況を見ただけで把握しやすいのもメリットです。特に、記憶障害を持つ認知症本人が服薬管理を行う時は、こうした特長が活きてきます。
 また、体内に直接薬を取り込む飲み薬とは違って、皮膚から徐々に成分を吸収するので、薬剤の血中濃度の変動が少なく、長時間一定に保つことが出来ます。そのため、経口投与の認知症治療薬よりも、吐き気などの消化器症状が少ないのもメリットのひとつです。
 副作用
 イクセロンパッチ、リバスタッチパッチの副作用は、下記のようなものがあります。いずれも、経口剤と比べて軽度なことが特徴です。副作用が出た場合、すぐにパッチをはがして薬の吸収を止めます。
 食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢、食欲不振、腹痛、便秘など
 皮膚のかぶれかゆみ、発赤などの皮膚症状
 なるべく皮膚が強く、本人がついうっかり剥がしづらい背中部分など、パッチを貼る場所に気をつけます。また、同じ場所に続けて貼ることは避け、少しずつ場所をずらすと良いでしょう。乾燥もかぶれの一因です。はがしたあとには保湿剤を塗布することで、皮膚症状を改善することができます。
 経口剤であるアリセプト、レミニールとの併用は避ける
 経口剤のアリセプトやレミニールはパッチ剤と同じ作用を持っているので、同時に併用すると両者の相乗効果が出て過剰量を使用したと同じ結果になり副作用につながります。従って両者の併用は禁じられています。

4.麻薬性鎮痛剤の貼り薬
 現在使用されているモルヒネ系の内服薬には、1日1回服用するピーガードなど、1日2回服用するオキシコンチンなどのほか、痛いときに頓服として使用するオキノームやオプソがあります。また貼付薬のデユロテップ・パッチやフェントス・テープなどは皮膚に貼ると3日間効果が持続し、モルヒネ製剤と比較して便秘が軽度であり、内服する必要がないのが特徴です。
 また、同様な貼付薬で、毎日張り替えるフェントス・テープやワンデュロ・パッチもあります。それぞれ、メリット・デメリットがありますので、主治医と相談してください。オキシコンチンやデュロテップ・パッチを使用していても痛みが強い場合や、突然に痛みが発生する場合には、すぐに効く鎮痛剤も必要になります。

5.その他の貼り薬
 更年期障害の治療に使われるエストラジオール剤(商品名:エストラダーム、エストラーナ、フェミエスト)は、一枚を下腹部か臀[でん]部(しり)に貼り、二日ごとに貼り替える方法で使われています。気管支ぜんそくに使われる〈塩酸ツロブテロール〉(例:ホクナリン、ベラチン)は一日一回胸か背中に貼ることで、子どもは内服よりも楽に治療ができます。

おわりに
 貼り薬は飲み薬に比べていろいろな長所があります。中でも認知症治療薬は患者や介護者にとっても飲み薬に比べたら大変楽になりますが、忘れて持続しないと効果が減弱します。また、麻薬性貼り薬は主治医と十分に相談した上で使用する事が必要です。貼り薬は飲み薬に比べたら副作用が少ないですが、決められた枚数を超えると副作用が表れることがありますので注意が必要です。
2018年4月1日

次号予告:急性膵炎闘病記 



 

55. 急性膵炎闘病記

第18話で膵炎について一部述べましたが、今回は筆者の闘病記を中心に膵臓疾患の恐さについて述べます。

急性膵炎で入院
 2015年6月1日にそれまで吐き気がひどく濃褐色の尿が2週間ほど続いたので近くの総合病院の消化器内科で受診しました。血液検査の結果を見た医師は「直ぐに入院して下さい」とのことだった。突然入院と言われても何の準備もなかったので、その日は点滴を受けて帰宅しました。

今回の膵炎の原因は膵臓から十二指腸へ流れている膵液の管の先が、結石で塞がれたために膵液が膵臓へ逆流して炎症を起こしたものです。膵液の中には糖質を分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼなどの強力な消化酵素が含まれています。膵臓の中には膵管が縦横に張り巡らされており、その中を流れている膵液は総胆管に出てそこで肝臓から流れた胆汁と合流し、最終的に十二指腸に流れます。筆者の急性膵炎は十二指腸への出口に結石がつまったのが原因です。その状態が続くと強力な消化酵素の一つであるアミラーゼにより徐々に膵臓そのものが消化されてしまい重篤な状態になります。

初診の翌日入院しました。主治医の話では「血液検査の結果アミラーゼ値が異常に高いので急性膵炎です」。「このままだと自分の膵臓をアミラーゼが溶かすので大変な事になります」。また、結石により胆嚢から流れている胆汁の出口も塞がれたので胆汁も逆流して急性肝炎を併発しました。

今回の入院検査記録を示します。
6月1日:初診、6月2日 入院
 病名:総胆管結石、胆石性膵炎、胆管炎、閉塞性黄疸
6月4日:「内視鏡的十二指腸乳頭切開術及び破石術」で内視鏡手術。
 手術に先立って鎮静睡眠剤を点滴液に加えたら一つ、二つ、三つで意識がなくなった。術後、医師の説明によると、結石は完全に砕かれて十二指腸に出たので、逆流した膵液、胆汁は順調に十二指腸に流れる様になったとのこと。手術は成功しました。

6月17日:退院、22日 退院後5日目検査
 血液検査の結果は下記の通りです。(カッコ内の数値は基準値)
 肝障害のマーカー
 AST(=GOT)(13-33)
  6月2日(入院日)139, 3日目:31(回復)
 ALT(=GPT)(8-42)
  6月2日 119, 3日目:43, 6日目:32(回復)
 LDH(119-229)
  2日:242, 3日目:155(回復)
 総ビリルビン(0.2-1.3)
  6月2日(入院日):3.4,  3日目:1.3(回復)

肝臓は障害を受けても修復力が大きいので、今回の様な胆汁の逆流による肝炎は上記の検査結果から分かる様に3日目でほぼ回復しました。

膵臓障害のマーカー
 膵臓アミラーゼ(14-41)
  6月2日(入院日):2677, 3日目:336, 6日目:94, 9日目:107, 11日目:79、13日目:79、15日目:70(退院)、退院後5日目:42(ほぼ回復)

膵臓障害は肝臓と違って回復に時間がかかります。退院時にも基準値以上でしたが医師は回復と判断しました。

血糖値(70-109)
  6月1日(外来検査日): 181,  2日目(入院日): 137、 3日目:108(回復)

膵臓は血糖を調節する重要な臓器です。入院前日の検査では基準値の2倍まで上昇しましたが、入院3日目でほぼ回復しました。従って、今回は血糖の調節機構には影響なかったと判断しました。

主な治療
 今回医師が最も重点的に行った治療は急性膵炎の回復です。そのためレミナロン注(アミラーゼの作用を抑える薬)、ミラクリド(タンパク分解酵素の阻害剤)の点滴を1週間続けました。この間絶食でしたが不思議な事に空腹感は全くなかった。

絶食しても空腹感を感じないのはなぜか
膵臓では血糖値を下げるインスリンと、血糖値を上げるグルカゴンの2種類の相反する作用を持つホルモンを生産し、これらのバランスで血糖値をコントロールしています。今回の入院中の点滴液の中にはブドウ糖が含まれており、一時的に血糖値を上げたため、反射的に膵臓のインスリンが分泌されて血糖値を下げた。同時に脂肪細胞が刺激されてレプチンが分泌されて、それが脳に作用して脳の中の満腹中枢を刺激したので空腹感を感じなかったのです。レプチンについては45話をご参照下さい。

膵臓とはどんな臓器?
 膵臓は長さ約10cm~15cm、厚さ約2cmで、重量は30歳代のピーク時で約100g~120gに達したあと、加齢とともに徐々に減少していきます。タラコのような形で胃の後部にあるので直接内視鏡で見る事は困難です。最近では超音波(エコー)内視鏡で検査が出来る様になりました。超音波内視鏡は、文字通り超音波装置をともなった内視鏡で、胃のなかから消化管壁や周囲組織・臓器などの診断をおこなう検査です。この検査も“胃カメラ”と同じく口から内視鏡を挿入します。通常の“胃カメラ“では食道、胃、腸などの外面しか見ることが出来ませんが、超音波を用いることにより組織の内部の観察が可能となります。

膵臓の役割
 膵臓は二つの重要な役割を持っています。(1)食物を分解する消化液を作ることと、(2)血糖値を調節する働きです。そのため、膵臓が衰えると消化能力が落ちたり、糖尿病の原因にもなります。
1.脂肪代謝
 食べ物を食べた時の消化に必要な消化酵素(炭水化物を分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するトリプシン、脂肪を分解する リパーゼなど)を含んだ「膵液」という消化液を分泌することです。
2.血糖調節の仕組み
 膵臓では血糖値を下げるインスリンと、血糖値を上げるグルカゴンの2種類の相反する作用を持つホルモンを生産し、これらのバランスで血糖値をコントロールしています。すい臓に病気が発症して機能が低下すると、全身にさまざまな悪影響を及ぼします。

急性膵炎ってどんな病気?
 膵臓は、食べ物の消化に必要な種々の酵素を分泌していますが、膵臓が正常に働いているときは、それらの消化酵素が膵臓自体を消化することはないですが、今回の様に逆流して過剰の消化酵素が直接膵臓に接触すると膵臓はアミラーゼ等の消化酵素により自分を消化し始めてしまうのです。この現象が進むと、膵臓に浮腫(むくみ)、出血、壊死などの重症急性炎症が起こります。

急性膵炎の原因と症状
 多くの場合腹痛を訴えますが、私の場合は激しい腹痛はなく吐き気、嘔吐がひどかった。特徴的だったのは、濃茶色の尿が2−3週間続いた事です。急性膵炎の主な原因は、お酒の飲み過ぎです。次に多いのが胆石が膵液の出口をふさいでしまうために起こるのです。私は飲酒をしないので、今回の原因は胆管結石によるものです。飲酒が原因の場合、アルコールによって多量の膵液が分泌されるために膵管の内圧が高くなり、膵炎が起こるという可能性があります。今回の様な急性膵炎の場合、入院して絶食と絶飲と輸液により順調に回復します

まとめ
 今回の急性膵炎は点滴により10日程度で回復しました。膵臓の病気で治療が困難なのが膵臓がんです。なぜか。その大きな原因は発見が難しく手遅れになる場合が多いからです。膵臓は胃の裏側、背中に近いところにあるので、胃の内視鏡で簡単に病変を見つける事が出来ないからです。もう一つ手遅れになる原因としては、膵臓の周辺には多くの血管があるので、自覚症状が出る前にそれらに転移し易いからです。膵臓は背中に近いので腹部より背中に持続的な痛みを感じて吐き気などがあるときには受診した方がよいです。

 膵臓がんの90パーセントは膵管の中にがんが出来る膵管がんです。残念な事に現段階ではそれを改善するよい治療薬はありません。最近、膵臓がんのがんマーカーの発見や膵臓がんの発生に関係する遺伝子が医学専門誌に発表されていますが、治療の現場で実用化されるまでにはあと数年はかかると思います。現段階での最善の方法は、超音波(エコー)内視鏡を使って早期に見つける事です。そのためにも定期的に健康診断を受けることをお勧めします。
2018年5月1日

次回予告:「よい睡眠・悪い睡眠」  



 

56. よい睡眠・悪い睡眠

睡眠薬については39話でも一部お話しました。今回はもう少し詳しく述べたいと思います。

睡眠の「質」が重要
 睡眠は「時間」とともにその「質」も重要です。総務省の調査によると、日本人の全年齢の平均睡眠時間は女性が7時間36分、男性が7時間49分です。睡眠時間は年齢によっても異なります。働き盛りにさしかかった35~39歳では、女性が7時間22分、男性が7時間24分と短くなってきます。なかでも最も睡眠時間が短いのが男女とも45~49歳。この年齢層では女性が6時間48分、男性が7時間18分と、睡眠時間が短いことがわかります。


 睡眠の質は時間だけではありません。深さも影響します。睡眠中の脳は深い眠りの「ノンレム睡眠」と浅い眠りの「レム睡眠」を繰り返しています。レム睡眠中には身体は寝ていても脳は活動しており、この状態のときには夢を見ることが多いです。そして一晩にノンレム睡眠とレム睡眠を4~5回繰り返します。寝入ってから約3時間以内に深い眠りに達すれば、脳も体も休ませることができるため、朝起きた時に「ぐっすり寝た」という満足感を得ることができるのです。布団に入って5−10分で眠る人は理想的ですが、知人の医師の話では、就寝後2時間以内に眠ることが出来れば正常だそうです。

質のよい睡眠
 よい睡眠をとるためには、就寝の3時間以上前に食事をすませ、胃腸を休めてから寝るのが理想的です。また、高い体温が下がるときによく眠れます。入浴ではシャワーよりは、40度くらいのぬるめのお湯にゆっくりつかるのが効果的です。これにより高くなった体温を放熱しようと血管が開くことで、身体をリラックスさせる副交感神経(リラックス誘発神経)が優位になります。そして血流のよくなった四肢から熱が逃げて体温が下がる時に眠りに入ります。

質の悪い睡眠
 心配事やストレスでよく寝付かれなかったり、悪夢に悩まされたりして熟睡出来なかった翌日は身体のだるさなどで不愉快な一日を過ごします。これが「悪い睡眠」です。眠れない日が続くと体力的にも精神的にも消耗して仕事の能率が落ちます。ベッドに入り眠ろうと思えば思うほど眠れず焦ります。
 余談ですが、羊の数を数えるのはイギリスが発祥の地らしいです。日本語だと「羊が一匹。羊が二匹」と数えますが、これには逸話があります。英語では「one sheep, two sheep, three sheep」と数えています。昔、眠れなくて困っていた人が「sleep(スリープ 寝る) sleep」とつぶやいていたら、眠くなってきて口がうまく回らなくなり、一字違いで「sheep sheep」になってしまったという事らしいです(出典:眠れない時、どうして羊を数えるの? - COSMO'S DIARY - Yahoo!ブログ)

閑話休題

睡眠薬の開発と副作用
 そんな眠れないときに役立つのが睡眠導入剤と呼ばれるタイプの睡眠薬です。睡眠薬には手術のときに使う様な長時間型と寝付きをよくする短時間型があります。昔の睡眠薬は長時間型で強いものが多かったので、使い方を間違うと命にかかわることがありました。現在使われているものは安全性が確保されていますので、決められた量の数倍も飲まない限り命に関わる事はありません。
 1960年代以降になり、不眠を解消する目的で短時間型の睡眠薬である「睡眠導入剤」が開発されました。寝付きをよくするだけでなく、不安症状のときにも使われるので「抗不安薬」とも言います。最近の調査では日本人の5人に1人が不眠で悩んでおり、約20人に1人が睡眠導入剤を服用していると報告されています。

病院で処方される睡眠導入剤の種類
睡眠導入剤には化学的な性質により「ベンゾジアゼピン系」と「非ベンゾジアゼピン系」があります。病院では患者の症状に応じて医師が適切な睡眠導入剤を処方します。

睡眠薬の薬物依存性は深刻だ
 睡眠導入剤の副作用の中で最も深刻なのは、長期に使用したときに見られる「薬物依存性」です。実際、デパスやハルシオンなどを処方された患者の30パーセントは薬がないと眠ることが出来ないために1年以上薬を続け、患者の10パーセントはさらに長く3年以上続けているという調査報告があります。
 では、どのくらいの期間使い続けると危険なのでしょうか。ひとつの目安としては「6か月」といわれています。しかし、このような依存性には睡眠導入剤薬の種類や個人差がありますので6ヶ月以内なら絶対大丈夫とは言い切れません。できるだけ短い期間にやめる方が無難です。

睡眠導入剤を急にやめると離脱症状が現れることがある
 睡眠導入剤を1年以上も長期間服用していた人が急に服薬を止めたりすると、「リバウンド現象」として幻聴、幻覚、耳鳴り、口の渇き、動悸、頭痛、めまい、イライラ、不安感、憂うつな気分などが見られることがあります。特に超短時間型、短時間型が離脱症状を起こしやすいともいわれています。勝手にやめないで医師の指示にしたがって徐々に減薬、中止するようにしなければいけません

まとめ
 睡眠導入剤は眠れない時にあなたの眠りをサポートしてくれる頼もしい存在です。一時的に眠れないのであれば問題ありませんが、慢性的に不眠で困っている場合には健康にも悪いので薬の力を借りて睡眠をとることも必要だと思われます。

睡眠導入剤は確かに使い方を誤ると副作用が問題となったり、依存や耐性などの問題も出てくることがあります。しかし、あまりに怖がりすぎて使わなかったり、自己判断で減らしすぎたりして無理をするのは逆効果にもなります。正しい飲み方を守って、処方された通りに服用し、医師に定期的相談することで副作用は未然に防ぐことが可能です。睡眠導入剤を正しく使用して、良質な睡眠を取り戻すようにしてください。


2018年6月1日

次回予告:「医術と医学は別もの」  



 

57.笑いのコラム(3)


・息子が政治家
ある人が息子をどういう職業に就かせたらいいか知りたいと思い、部屋に一冊の聖書と一個のリンゴと一枚の一ドル紙幣を置いて、息子を閉じ込めた。あとで戻って、もし息子が聖書を読んでいたら牧師に、リンゴを食べていたら百姓に、お札を手にしていたら銀行家にしようという考えであった。
さて帰ってみると、息子は聖書を尻に敷き、お札をポケットにしまい込み、リンゴは全部たいらげてしまっていた。そこで結局その人は、息子を政治家にすることにした。

学校での作文の時間に与えられた題名は、この一週間に起こったことについてであった。アーヴィングが朗読した。
「先週パパが井戸に落ちました」
教師「それは大変。それで、もういいの?」
アーヴィング「大丈夫だと思います。助けてくれって叫び声が昨日から聞こえなくなりましたから」


・男と妖精
友人に裏切られ、全財産を失い、荒れた暮らしで体を壊し、不治の病に冒され、 ひとり寂しく死の床についている男がいた。突然、目の前に妖精が現れて言った。
「どんな願い事でも構いませんので、あなたがかなえたい事を3つ言ってください」。
男は即答した。「友情と財産と健康が欲しい!」そして、感激して男は続けた。「ありがとう!もう何と言ってよいのか...」
妖精は答えて言った。「いいえ、どういたしまして」。「こちらこそ、アンケートに御協力いただき、ありがとうございました」

・男の誤解
頭のいい男が、占い師を困らせてやろうと一計を案じた。
男「喜びそうなことばかり言ってくれるのはいいから、今度は俺がどういう人間なのか当ててみな」
占い師「そうですか、それでは……。まず、あなたは三人の子のお父さんです」 男「ほれみろ、間違いやがった」。「俺は四人の子の父親なんだ」
占い師は静かな声で言い返した。「それは、あなたがそう思ってるだけです」

・考え過ぎ
生物学の時間に教授が尋ねた。
教授「人間の体で興奮時に6.2倍に膨張する唯一の器官は何かね、キャサリン」 突然指名されたキャサリンは顔を真っ赤にしながら言った。 「どうして私がそんな質問に答えなきゃいけないんですか?」
教授は深い失望を浮かべて冷ややかにこう言った。 「キャサリン、君に伝えておきたいことが三つある。第一に、学生ならば授業は真面目に聞くべきだ。第二に、人間の体で興奮時に6.2倍に膨張する唯一の器官は瞳孔だ。第三に、君が何を想像したか知らんが、人生に過度な期待は禁物だよ」

・おしっこしたい
とあるパーティの席でのこと。母親に連れてこられていた三歳の男の子トニーが、突然母親に向かって「おしっこしたい」と大声で叫んだ。息子の無作法に母親は思わず顔を赤らめ、彼にそっと言った。
母親「これからはおしっこをしたくなったら『歌を歌いたい』と言ってごらん。そうすれば私はお前がおしっこをしたいのだとすぐ分かるからね」
トニー「『歌を歌いたい』だね?うん、わかった。これからはそう言うよ」
そして、その日の夜――父親と母親の間に寝ていたトニーは、おしっこをしたくなって目を覚ました。
そこで父親を起こして「歌を歌いたい」と言った。何も知らない父親はびっくりして言った。
父親「夜中は歌を歌う時間じゃないよ。明日まで我慢しなさい」
おしっこが漏れそうなトニー 「どうしても今じゃないとだめ」
父親は仕方なくこう言った。「じゃあ、布団の中でいいから、お父さんの耳元で静かに歌ってごらん」

・スピード違反。
警官:「20キロオーバーですね。免許証出して」
若者:「ちょっと、勘弁してくださいよ。スピード違反の車なんていっぱいいるのに、なんで俺だけ捕まるんですか?不公平じゃないですか。ほら、今だってスピード違反している車はたくさん通ってますよ」
警官:「あなたね、釣りをする人が、川にいる全部の魚を釣ろうとしていると思いますか?運の悪い魚が少々釣れれば、それで十分なんです」

・経済学者か
2人の男が気球に乗っていた。風向きが悪く、気球はどんどん流されて、2人の知らない土地にきた。彼らは高度を下げ、道を行く一人の男に声をかけた。「すいませーん。私たちは今、何という場所にいるんでしょうか?」道を行く男は答えて、「あなたたちは気球の中にいますよ」それを聞いて一人が言った。「あいつは経済学者に違いない。言っていることは正しいが、何の役にも立たない」

・喧嘩の原因
子供「お巡りさん、助けてください、あそこで僕の父さんが男とけんかしているんです」警官「よし分かった。……それで、どっちが君のお父さんだい?」子供「分かりません。それがけんかの原因なんです」


2018年7月1日

次回予告:「医術と医学は別もの」  



 

58. 医術と医学は別もの

先日読んだ本の中に「医術は科学ではない」という記述があり飛び上がる程驚きました。そこにはこんな事が書かれていました。

医学は数学や化学と同じ様に科学ですが医術は科学とは言い難い。医術は医療と言い換えてもよい。科学は明文化できるもの,医術は技術であり一つの回答で表現出来ない部分がある。医学は教科書通りの研究内容で,医術は臨床が示しているように,教科書にない、または教科書どおりでないものといえる。しかし他の科学と異なり,経験が先行してのちに科学と合体したものを広義の医学とする場合は,医学と医術をはっきり区分することはできない。

臨床医学が医術だ
 それでは「医術」とは何だろうか。医学は基礎医学と臨床医学に分類する事が出来ます。その中で、医術は臨床医学を指します。医師の中には、基礎医学を修得した後に臨床医として患者の診断、治療に従事しているケースが多い。医学の上に医術が重なっている二重構造だ。医学が進歩しても同じ様に医術が進歩するとは限らない。逆に医学の進歩が見えなくとも医術だけが飛躍的に進歩する事もあります。

医術は藝術、武術と同じく名人芸、職人芸です。名人とは技芸に優れて名のある人。また専門性に強く、高度にして類稀(たぐいまれ)な域に達した人物に限られます。名人は尊敬され、ときにはあこがれの的となります。あるいは畏怖されることもある少しばかり神がかった人物と思われています。これが医師の場合は「名医」、「神の手」などと呼ばれています。一つの病気について何百例、何千例の手術経験を持つ外科医は、術中に予期せぬ事態になっても冷静に対処されます。これは、医学というよりは「医術」として高く評価されるべきものです。

医は仁術
 我が国における名医の元祖は華岡青洲です。1804年(文化元年)10月、華岡青洲はチョウセンアサガオを主成分とした「麻沸散(まふつさん)」を開発し、それを使って乳房から癌だけを摘出する手術を行い見事に成功しました。それは、日本の外科手術の魁となりました。欧米で初めて全身麻酔が行われたのは、青洲の手術の成功から約40年を経てからのことです。

ヨーロッパでは「内科が医師、外科は職人」という概念が長い間主流でした。刃物を使うからか、理容師が外科手術や歯科の治療を行っていたこともありました。現代でも床屋さんの看板(サインポール)が赤・白・青の三色なのは、「動脈・静脈・包帯を表している」という説があります。 今でも手術の場合、その手術の名称には昔と同じ様に「○○○術」がついています。この名称は武道にも似た、素人から見て一見古めかしい医学用語です。私が総胆管結石で手術したときの術式は「内視鏡的十二指腸乳頭切開術」でした。また、前立腺肥大の手術を受けたときの術式は、単なる「前立腺摘出手術」ではなく、医学用語として「経尿道的前立腺レーザー核出術」(次号掲載)でした。手術は正に医術であります。

昔、某国立大学医学部に食道外科の手術について国際的に著名な教授がいました。その研究室では、教授が永年の経験から生み出した術式に従って何分で食道がんの手術を行う事が出来るかを競ったと伝えられています。勿論教授がその先頭に立ったのですが、外科医は60歳を過ぎると目や手先がおぼつかなくなり、さすがの教授もその熾烈な競争から離脱しました。その後、教授の記録を超えるものは出なかったそうです。正に教授は医術を全うしたのです。

私は医師ではありませんが、医学部卒業生はほぼ100パーセントが医師となって患者と接した医療機関に就職します。そのような臨床医の中には、若い頃に基礎医学研究室に在籍して、動物を相手に実験をしている臨床医もいます。中には6年の学部を卒業し、医師国家試験に合格した後に、さらに4年間の大学院に入学し、「医学博士」の学位を取得するケースもあります。

逆に臨床医学から基礎医学へ移るケースもありますがそれは極めて珍しい。山中伸弥教授のiPS細胞の発見は卓越した基礎医学の先端研究の賜物です。山中教授は神戸大学医学部をご卒業後、整形外科医として患者の診断、治療に従事しました。その後臨床医から基礎医学者に転身し、iPS細胞に関する研究がノーベル賞受賞につながりました。山中教授は単なる基礎研究ではなく臨床医学にも精通しているために、iPS細胞を用いて「患者の病気を治す」ことに強い執念をお持ちです。

家庭医学書が店頭に満載
 臨床医、なかでも市中医院の先生方の判断はご自身の長年の経験に由来することが多い。したがって同じ病気でも、医師によって診断、治療が異なることが少なくない。書店の店頭には必ず両極端の健康本が並んでいます。肯定する側と否定する側の両極端の意見について書かれています。医者でない筆者がコメントする立場ではありません。しかし、相反する意見を見せられた一般読者はどれを信じてよいか戸惑うばかりです。
 以下に具体例を挙げます。

 抗がん剤に関する家庭医学書
 ・抗がん剤はがんの治療には必要だ
 ・抗がん剤が効く人、効かない人
 ・抗がん剤を使うとかえって寿命が短くなる
 ・「抗がん剤は効かない」の罪
 ・抗がん剤だけはやめなさい
 ・新・抗がん剤の副作用がわかる本
 ・抗がん剤は効かない 
 ・「がんは放置」で本当にいいんですか?
 ・抗ガン剤で殺される―抗ガン剤の闇を撃つ

これらの書物に書かれている実例はこうです。
 実例1
 83歳の老人が専門病院で胃がんを宣告され「余命3ヶ月」と言われた。しかし、他の病院で受診したところ、「そんなに早急に処置する必要は無いので様子を見ましょう」という事で、結局それから6年間生き延びて寿命を全うしました。喫煙者でも肺がんになる事なく長生きする人もいます。
 実例2
 大腸がんから肝臓へ転移した患者は、肝臓と大腸のがんの手術を受けました。術後に医師が勧めた抗がん剤の投与を拒否しましたが80歳まで生き延びました。もし抗がん剤を用いていたら、その副作用でどのような結末になったでしょうか。
 実例3
 男性の場合、人間ドックを受けて前立腺がんが見つかったら、医師は放射線療法か、手術か、薬物療法(ホルモン療法)を勧めます。がん治療の場合、がん細胞が消えても、放射線や治療薬としてのホルモン剤の副作用に悩まされます。この人が、もし人間ドックを受けていなかったら、見つかる事なく寿命を全うしたかもしれません。どちらが正解か分かりません。皆さんはどちらを選びますか。

高血圧
 「高血圧はほっとくのが一番」という健康本があります。血圧が160以上でも薬の服用を拒否してきました。そして見事に寿命を全うしました。また、「薬に頼らず血圧を下げる方法」という書物も店頭で関心を集めています。サプリや健康食品は医薬品ではありませんが、「健康によい」という情報が怒濤の様に押し寄せています。皆さんは何をどれだけ信じるでしょうか。これには本人の信仰にも似た想いがありますので、こればっかりは他人が兎や角言う事ではありません。

セカンドオピニオンの有効活用
 昔は診療の途中で医師の言う事に疑問があっても何も言わずにひたすら御説を承ることが多かったですが、最近は医師の言う事に疑問があるときは、他の病院の医師を受診してそのご意見を聞くことが珍しくありません。これを「セカンドオピニオン」といいます。一部の医師の中は今でもセカンドオピニオンを聞くために「他の病院を受診したい」というと、少しばかり嫌みを言う医師もいますが、最近では多くの医師はそれを了解する様になりました。病院によっては「セカンドオピニオン科」と称して患者の疑問に答えているところもあります。

触診をしない医師が増えた。なぜか
 胃腸の調子が悪くて近くのクリニックへ行ったのですが、先生はパソコンに向かいっきりで、患者の顔を見ずに話を聞き、「それでは取りあえずこの薬を出します」で終わることが多い。患者が質問をすると怒りだす医者もいる。医者もピンキリだ。

昔のお医者さんは必ず聴診器で体内の鼓動を聞き、胸部を打診するなどの触診がありました。患者はその行為によって多少なりとも安心感を得られました。特に消化器系は触診である程度わかるとも聞きました。最近知人が経験した事では、医師は患者の話を聞き、喉を見る事もなく風邪薬が処方されたそうです。

なぜ触診をしなくなったか。いろいろな理由があると思いますが、その一つは、一般人でもその名前を知っているMRI、CTなどの画像診断が身体の中の病気の部位について多くの情報を提供してくれるので、医師はそれを基に判断する様になったからです。画像診断の進歩は診断にとって多くの状況を提供するので間違いなく有用ですが、それに頼るだけでよいのか疑問の残るところです。

まとめ
 何十年も患者と接している医師の見立ては自分の経験に基づいて決めることが多い。従って治療に対する考え方や内容も十人十色です。治療法には正解がない様です。結局は診察を受けた医師の裁量によります。

こんな話を友人の医師に聞いたことがあります。高齢者の患者が増えるに伴って、外来診察のときに高齢者特有の長話が続きます。友人の臨床医は、一日の患者数の予約人数を決めるときに、その日の予約に話し好きな老人が入っていたら、人数を一人減らして時間内に診療を終わらせるとも言っていました。患者にとっては、質問に詳しく説明してくれる医師こそ有り難い立場です。  
2018年8月1日

次回予告:「名医の仁術に救われた」



 

59. 名医の神業に救われた

先日友人と久しぶりで会った際、前立腺肥大症で手術をするかどうか迷っているとの事でした。そこで、今回は読者の皆様の中にもそのような方々がおられるかもしれないと考えて、私の闘病記を述べさせて頂きます。何かお役に立てば幸いです。

尿閉で緊急入院
2013年3月のある日突然尿が出なくなった。尿閉です。2005年以来かかりつけの千葉大学病院泌尿器科のU先生の診断の結果、「前立腺肥大で尿道が塞がったのが原因です」とのこと。早速尿道にゴム管を入れて溜った尿を専用のゴム袋に排出し管と袋を付けた状態で2日間入院しました。退院翌日、東京での会議から帰宅後、夜9時頃に再び尿閉になりました。このときは下腹がパンパンにふくらみ、血圧は上がり、吐き気がひどくなり七転八倒の状態になったので、千葉大病院の夜間救急で泌尿器科の当直医が導尿してくれて、そのまま入院しました。

前立腺とは
 前立腺は男性にしかない骨盤内の臓器です。膀胱のすぐ下にあり、外腺と内腺の2層から成り立っています。ちょうど、みかんの皮部分(外腺)と果実部分(内腺)に相当します。みかんの中心部にストローが差し込まれた状態で、ストローは尿道に相当します。その上部は膀胱につながっており、尿は膀胱から尿道を通って排尿されます。前立腺の大きさはクルミ大で、正常な人では10−20グラムです。これが肥大すると50グラム以上になります。

前立腺が大きくなると尿道を圧迫し、うまく尿が出ない(排尿障害)。尿が近い(頻尿)、夜何度もトイレに起きる(夜間頻尿)、尿をした後もすっきりしない(残尿感)などの症状を示します。なお、肥大症は内腺にみられますが、前立腺がんは外腺に出来る事が多い。

名医との出会い
 2度目の尿閉で入院した翌日、主治医のU先生に前立腺肥大の手術を申し出ました。しかし、当時、千葉大では手術時の出血を最小限にする内視鏡を用いたHoLEPレーザー手術装置が備わっていなかったので、その装置を持っている千葉市立青葉病院へ転院する事となりました。青葉病院は大学病院から徒歩10分くらいの大学関連病院の総合病院で、腕のよい医師が揃っていると定評があります。 2013年5月に青葉病院で泌尿器科O部長の初診を受けました。O部長も千葉大出身で、千葉大の主治医だったU先生の先輩です。最初の説明で、「尿閉や前立腺の炎症を起こしたときは、その炎症が治るまで3ケ月間は肥大の手術は出来ないので、それ以後に考えましょう」との事だった。手術までの間O部長の判断で2種類の薬が処方されました。

前立腺肥大症の治療薬
 処方された薬物の一つは2009年に国内で発売されたアボルブ(一般名デュタステリド)で、肥大した前立腺をある程度縮小させる効果があります。二つ目はユリーフ錠(一般名シロドシン)で、国内のキッセイ薬品工業株式会社が2009年に開発したものです。これら2種類の薬は前立腺肥大症の治療に広く用いられています。 2013年7月頃、O部長から「そろそろ手術の日を決めましょうか」との話があった。転院時にはすぐにでも手術を希望していたのですが、2種類の薬の服用により尿閉もなく落着いた日々を送る事ができたので、「手術は当分見合わせて薬を続けたい」旨を伝えて了承されました。これが手術の時期を逸した1回目でした。

アボルブの特徴として、前立腺がある程度小さくなってそれ以上は小さくならない事は知られています。私の場合も、一定のところで止まりそれ以上は縮小しませんでした。また、アボルブはあくまでも対症療法ですので、服用をやめると元の大きさに戻るとされています。

総胆管結石の手術
 数ヶ月間考え抜いた末、2015年3月にO部長に手術を希望する旨を伝えて、手術日は4月14日に決まりました。早速、手術に耐える体力かどうか見極める術前検査として、心電図、肺活量、肺のX線検査、血液検査が行われました。 その検査結果、事態が予期しない方向に展開しました。

術前検査の血液検査の結果をみたO部長は、「消化器の検査数値が異常に高いので、消化器内科を受診して下さい」とのこと。早速診察して頂いた消化器内科のT部長は、血液検査の結果を見るなり「佐藤さん直ぐに入院です」。肝機能検査の数値が正常値の数十倍に上がっており、膵臓の働きを示す数値も極端に上昇していました。T部長には明日入院する旨を伝えて、早速泌尿器科のO部長にその事を伝えたところ、「前立腺の手術は急がないので、取りあえず内科の治療を優先して下さい」。とのことでした。これにより手術の時期が再び延びました。

6月2日に内科へ入院。画像診断によると病名は「総胆管結石」。さらに2ヶ月後には胆嚢摘出の手術で再入院しました。これら2回の入院体験記は本シリーズ18話と21話で述べました。

いよいよ前立腺肥大症の手術
 これまで2回手術の時期を逸した前立腺肥大症の入院日は2017年5月15日と決まりました。入院日午前中に、病室でO部長から手術の内容について詳細な説明があり同意書にサインしました。

午後にはT麻酔科部長から今回使用する麻酔についての説明があり、同意書にサインしました。手術中は全身麻酔に加えて、今回は「硬膜下麻酔」が併用されるとのことでした。この麻酔は手術中背中の背骨の間にある硬膜の下に局所麻酔薬を流して、下半身の痛みを軽くするためのものです。

手術前日、看護師さんから明朝までにアルジネード ウォーターとOS-1経口補水を合計2リットル飲む様に指示されました。これは大量の水分を摂って前立腺や膀胱を綺麗に洗うためのものです。

入院翌日、5月16日、いよいよ手術の朝がやってきました。8時45分に家族に見送られて看護師さんとともに徒歩で手術室に入った。入り口で名前、手術部位などの確認があり、手術室のベットの上に横になった。80数年生きて初めての経験でしたが自分では意外と冷静でした。まな板の上の鯉の心境です。

最初に硬膜下麻酔のために背中の脊髄の近くに埋め込んだ細い管を通して、手術中は麻酔薬を流し手術による下半身の痛みが抑えられた。この麻酔薬は術後も病室で3日間続けられたので、術後の痛みは全く感じませんでした。

全身麻酔は、喉から気管に直径1センチ程の柔らかい管が肺まで届く様に挿管され、手術中は酸素と空気と適量の麻酔薬が絶え間なく送り込まれました。麻酔医の「麻酔薬を入れます」の声が聞こえてから3つも数えないうちに意識がなくなりました。手術中、患者の状態を監視するために、心電図、肺機能、血中酸素濃度の測定モニターがつけられました。

手術は無事終了
 手術は約4時間で無事終わった。「佐藤さん終わりましたよ」のO部長の声で麻酔から目が覚めた。硬膜下麻酔液のチューブや導尿チューブ、点滴チューブなどがついたままベットに乗せられて病室へ帰り、病室の酸素吸入器から酸素が流された。意識が朦朧としたまま無事に終わったと感じて再び眠りに入った。夕方になり、意識がかなりはっきりして家族と会話が出来る様になったので酸素吸入器が外されました。

前立腺の手術は昔は開腹手術でしたが、出血が多いので現在は特別な場合を除き内視鏡手術が一般的だそうです。ただし、それにはかなり高度な技術が要求される事を知りました。手術に必要なレーザーメスなどすべての手術器具は内視鏡を通して尿道から入れて、手術医の目の前に写されるテレビモニターの画面を見ながら指先を器用に動かして手術を進めます。従って、手術の成功率は主治医の経験によるところが非常に大きい。

濁った水中での手術の様なもの
 さらに困難なのは、O部長の説明によると、レーザーでみかんの果実の部分を皮から少しずつ剥ぎ取るときに出血を伴う。血液と尿が混ざった中で画面を見ながら手術を進める事になるので、前立腺の手術は濁ったプールの水中で手術する様な難しさがあるとのことでした。特に出血が多いときは、手先が見えなくなるので手術を中断する事もあるそうです。

レーザーで剥ぎ取った前立腺部分は、そのままでは大きすぎて内視鏡を通して体外に取り出せないので、一度膀胱の中で特殊な器具で細かく切り刻みそれを吸引して体外へ取り出します。全く驚くべき手さばきです。

手術後最初の自発排尿
 手術3日後の5月19日に、手術後膀胱に差し込んだ導尿の管が外されました。抜管した瞬間から、最初の不安は、自分の力で本当に尿を出せるかでした。恐る恐るトイレで排尿したら出ました。よろこびの瞬間です。早速自発排尿が出来た事を看護師さんに報告しました。

O部長はこの手術をこれまで700例以上経験されています。その医術は全国でもトップクラスとして知られています。入院から一週間目には予定通り退院しました。前立腺肥大症や前立腺がんの術後の後遺症として懸念されていた尿漏れも殆どありませんでした。

健康な人の場合、膀胱内に200ミリリットルの尿が溜ると尿意を感じます。膀胱が満杯になるのは恐らく500ミリリットルくらいですので、その半量溜ると、神経が反応して「トイレへ行く」事を警告してくれます。

まとめ
 手術後1年以上を経過しましたが、何の後遺症もなく快適に過ごせるのは、正に神業的医術を持つO部長のおかげである事は間違いありません。名医との出会いは私のこれからの人生に明るい道を与えてくれました。

2018年9月1日

次号予告:全身麻酔は怖くない



 

60. 「全身麻酔」は怖くない

歯科治療のときに麻酔をかけられたご経験の方は多いと思います。この様に身体の一部を治療するときに使う麻酔を「局所麻酔」といいます。それに対して内臓の手術など大きな手術で用いられる「全身麻酔」は全身を麻酔します。この場合、麻酔中は意識がなくなるので、誰でも「そのまま意識が戻らなくなるのでは」とか、「ショックで死ぬのではないか」などと心配になります。

2016年に筆者が初めて全身麻酔で手術を受けたとき、不安だったので、既に経験のある友人に聞きました。彼は「全く不安はなかったので大丈夫」とのことでした。彼が言った通り全く問題がなく、麻酔が始まってから寝ている間にすべてが終わりました。 そこで、もし皆様の中で、今後全身麻酔で手術を受けられることについて不安をお持ちの方に少しでもお役に立てばと思い私の経験を述べさせて頂きます。

私は医師ではないので麻酔学や手技についての教育は受けていませんが、これまで3回全身麻酔による手術を受けて特に問題なく無事に退院した経験から安全なものと信じています。また、複数の麻酔医からいろいろ学びました。一説によると、全身麻酔による事故数は、全世界を飛んでいる旅客便が事故で墜落する数字くらい少ないそうです。

現在、手術の際に麻酔を担当している麻酔医は、日本麻酔科学会が診療実績等の基準を定め、それに基づいて認定された認定医、専門医、指導医です。これらはすべて厚生労働省認定の麻酔科標榜医資格を有する者です。総合病院では外科、内科などと同様に麻酔科は診療科の一つとして独立しています。

全身麻酔の創始者、華岡青洲
 世界で初めて全身麻酔で手術に成功した医者は江戸時代の外科医 華岡 青洲(はなおか せいしゅう、1760年11月30日—1835年11月21日)です。有吉佐和子によって、小説『華岡青洲の妻』が昭和41年(1966年)にベストセラーとなったのでご存知の方も多いと思います。

1782年より京都で吉益南涯に古医方を3ヶ月学び、さらに「伊良子流外科」(古来の東洋医学とオランダ式外科学の折衷医術)を学びました。その後も長く京都に留まり、医学書や医療器具を買い集めたと記録されています。

1785年2月、帰郷して父・直道の後を継いで開業しました。手術での患者の苦しみを和らげ、人の命を救いたいと考え、麻酔薬の開発を始めました。多くの薬草を試した結果、曼陀羅華(まんだらげ)の実(チョウセンアサガオ)、草烏頭(そううず、トリカブト)を主成分とした6種類の薬草に麻酔効果があることを発見しました。

動物実験を重ねた後、人体実験については実母の於継と妻の加恵が実験台になることを申し出ました。数回にわたる人体実験の末、於継の死・加恵の失明という大きな犠牲の上に、全身麻酔薬「通仙散」(別名、麻沸散-まふつさん)を完成させる事が出来た。1804年11月14日、藍屋勘という60歳の女性に対し、「通仙散」による全身麻酔下で乳癌の摘出手術に成功しましたが、患者は手術から4ヵ月後に死亡しています。

現在の麻酔では麻酔薬の注射や麻酔ガスの吸入を組み合わせて、短時間で麻酔状態に入り、手術中はまったく痛みをなくし、手術が終わるとすぐに目覚めさせることが可能です。しかし、青洲の麻酔は、「通仙散」が飲み薬であるために麻酔が効き始めるまでに約2時間、手術を始められるまでに約4時間、目覚めまでに6~8時間と、現在の麻酔と比べて格段の時間を要しました。

青洲の医術
 前述の全身麻酔手術の成功を機に、華岡青洲の名は全国に知れ渡り、手術を希望する患者や入門を希望する者が殺到しました。青洲は全国から集まってきた門下生たちの育成にも力を注ぎ、医塾「春林軒(しゅんりんけん)」を設け、生涯に1000人を超える門下生を育てたといわれています。「通仙散」を用いた世界で初めての全身麻酔による手術はこのようにして歴史にその業績を留めました。

1835年1月21日、家人や多くの弟子に見守られながら死去。享年76。華岡青洲が世界で初めて全身麻酔下に乳がんの手術を行ったことは、1954年(昭和29年)に米国シカゴで開催された国際外科学会で報告されました。シカゴには人類の福祉と世界外科医学に貢献した医師を讃える国際外科学会の栄誉館があり、青洲に関する資料が展示されています。

患者としての経験談
 これからの話は私の経験談です。
 昔、薬学部に勤務していた頃「薬理学」という教科を担当していました。薬理学とは薬がどのような仕組みで効くか、その副作用は何かなどについての講義です。それまで全身麻酔の経験がない私は「全身麻酔薬」の講義の中で学生にこんな説明をしました。

「全身麻酔による手術中は、麻酔薬の作用で脳の中の抑制が解除されるので、普段抑えている上司への不満や、日頃考えている欲望、墓場までもっていく秘め事、などを本人が無意識のうちに一気にうわごととなって出る。従って全身麻酔は出来るだけ受けない方がよい。」

その後、私の全身麻酔の経験から、講義で述べた事は物理的に無理である事が分かりました。第一に、全身麻酔では気管の中に直径1センチ程の柔らかい管が入っているので声が出ません。第二は、声が出たとしても聞き取れる様なはっきりした言葉を口にする事は出来ません。

麻酔医による説明と同意
 手術の前日に麻酔医による詳細な説明がありました。その内容は、第一にどのような麻酔で手術が行われるかです。手術の種類や目的に応じて、全身麻酔、脊椎麻酔、硬膜外麻酔が使われます。前立腺肥大の手術のときには全身麻酔と硬膜外麻酔(術後2−3日の痛みをとるための麻酔)が使われました。

第二に、麻酔医の説明を聞いた後で、同意書が渡されました。これはこの手術、麻酔に同意するか否かの患者の意思確認です。同意書の内容は下記の様なものです。

  1. 実施に同意します。
  2. 残念ながら、実施には同意出来ません。
  3. 代替方法
  4. セカンドオピニオンを希望します。

麻酔医の話では、多くの患者は同意しますが、中には、全身麻酔は希望しないとか、セカンドオピニオンの意見を聞きたい等の患者もいるそうです。

全身麻酔に使用される薬物
 全身麻酔には術中の患者のあらゆる突発的異常事態にも対処できる様にいろいろな麻酔補助薬を使います。例えば筋肉の弛緩が必要な場合には、筋弛緩薬を補助的に用います。このため吸入麻酔薬の濃度を減らすことができ、麻酔薬の内臓臓器に与える障害もできるだけ軽減することができます。

  1. 吸入麻酔薬:笑気、セボフルレン、イソフルレンなど
  2. 静脈麻酔薬:チオペンタール、プロポフォール、ミダゾラム、ジアゼパムなど
  3. 筋弛緩薬:ベクロニウム、パンクロニウム、スキサメトニウム
  4. 各種の鎮痛薬:モルヒネ、フェンタニール、ペチジン、ペンタゾシン

全身麻酔下の状態
 全身麻酔の場合患者は眠った状態になります。手術中は意識はなく、痛みを感じる事はありません。麻酔医は常に麻酔薬の投与速度や投与量を調節していますので、手術の途中で効果が切れてしまうことはありません。全身麻酔中は、手術や使用する麻酔薬の種類によって、いろいろな身体の変化が起こりますが、手術医と麻酔医は手術中常に患者の血圧、脈拍、心電図、血中酸素濃度などを目の前に移されるテレビモニターで監視し、症状に応じて常に危険な状態にならない様にします。また、手術中に出血が多くて血圧が下がり危険な状態になったときには輸血を決めるのも麻酔医の仕事です。

麻酔の手順は次の通りです。

  1. 口元に酸素が流れているマスクをあてます。
  2. 点滴から麻酔薬が入ると数秒で眠ります。
  3. 眠った後、口から喉の奥まで直径1cm程の柔らかいチューブを入れます。麻酔中は自分で呼吸が出来ないので、人工呼吸器を通して酸素や麻酔薬を送るためのものです。
  4. 麻酔中は、身体の状態や手術の内容によって、特殊な管(例。尿を排出させるために尿道に挿入する管、胃などに薬を注入するための管)や監視装置をつけることがあります。
  5. 手術が終わったら麻酔薬の投与を止めて、患者が目が覚める前に喉のチューブを抜きます。
  6. 身体の状況を確認して、病室に戻ります。この状態では、患者はまだ意識がハッキリしていない事が多く、呼びかけには応えるものの会話は出来ない事が多いです。

手術の翌日になると意識も回復します。私の場合、術後の痛みは手術のときの硬膜外麻酔が続いて効いていたので全く感じませんでした。この麻酔は手術中背中の背骨の間にある硬膜の下に局所麻酔薬を流して、下半身の痛みを軽くするためのものです。

まとめ
「全身麻酔」と聞いただけで不安になります。どうしてでしょうか。それは意識がなくなったまま回復しないのではないかと思うからです。しかし、その不安は無用です。皆様の中でもし全身麻酔で手術を受けられる事があったら心配は要りません。執刀医と麻酔医に任せて下さい。手術室のベットの上で、点滴液に麻酔薬が入り一つ、二つ、三つで意識がなくなり眠りに入ります。眠っている間に手術は終わります。全身麻酔は安全である事を実感しました。

次回はお笑いをお届けします。

2018年10月1日

次号予告:笑いのコラム(4)


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