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美術館訪問記- 618 郡山市立美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:郡山市立美術館前景

添付2:郡山市立美術館イギリス絵画展示室

添付3:アレクサンダー・カズンズ作
「川岸に神殿のある風景」

添付4:ジョン・カズンズ作
「サヴォワ地方、サランシュ附近のアルプス渓谷」

添付5:ロセッティ作
「マドンナ・ピエトラ」

添付6:バーン=ジョーンズ作
「フローラ」

添付7:ウォーターハウス作
「フローラ」

添付8:アルバート・ムーア作
「黄色いマーガレット」

添付9:藤島武二作
「耕到天」習作

福島県のほぼ重心にあたる場所に郡山市があります。人口約33万人。市の中心部から東に5㎞足らず、郡山市街から安達太良山までを一望できる風土記の丘にあるのが「郡山市立美術館」。1992年開館。

森の中にあり、直方体の粗削りな石を横に広々と敷き詰めた前庭が独特な景観。館内は明るく、併設のカフェもガラス張りで気持ちがよい。

入って直ぐのイギリス絵画展示室でアレクサンダー・カズンズの水彩画があるのに驚きました。彼の作品を日本で観た記憶はありません。

アレクサンダー・カズンズは1717年、ロシアのサンクトペテルブルクで時の皇帝ピョートル1世が名付け親になるという名門の家に生まれ、1727年からイギリスで教育を受けた後1746年から2年間イタリアで絵画修行して、イギリスに戻って水彩風景画家として一家をなした画家です。

紙上に偶然につくられる色の染みを利用したブロット・ドローイングという作画法を創案し,イギリス・ロマン派風景画の先駆となった人物です。

1752年にロンドンで生まれた息子のジョン・ロバート・カズンズも父親の下で修行後、3年間イタリアで修練を積み、数多くの風景素描を持ち帰りました。

その素描を基に描かれた壮大な水彩風景画は、当時イギリスで新たに提唱された「崇高」の美学を反映しつつ、独自の境地に達しています。

ロマン主義を先取りするような風景の数々を残したジョン・カズンズは、コンスタブルによって「風景を描いた最も偉大な天才」と称された程で、今もイギリス国内外で人気を得ています。

彼の絵は、2010年にロンドン、サザビーズのオークションで3億6千万円という18世紀に描かれた水彩画としての最高価格を記録しています。

ジョン・カズンズの水彩画「サヴォワ地方サランシ付近のアルプス渓谷」がここにも展示されていました。

イギリス絵画は他にもブランギン、バーン=ジョーンズ、コンスタブル、ゲインズバラ、ヘップワース、ホガース、ジョン・マーティン、アルバート・ムーア、ベン・ニコルソン、レイノルズ、ロセッティ、ターナー、ウォーターハウス、ホイッスラーなどがあり、これだけ体系的なイギリス美術コレクションは国内には例を見ないでしょう。

それらの内印象的な作品を幾つか挙げると、先ずラファエル前派(第185回参照)のリーダー、ロセッティの「マドンナ・ピエトラ」。

美しい裸体、肉感的な唇、吸い込まれそうな瞳。マドンナ・ピエトラはダンテの詩に詠われる女性で、彼女に恋する男性は石に閉じ込められてしまいます。いわゆる「運命の女(ファム・ファタル)」の典型です。

この絵はパステル画ですが、普通発色の良さと軽やかさが売りのパステル画なのにロセッティの手にかかると、塗り込められた重そうな髪や肌などとても生々しく、独特の存在感を生み出しています。

そのロセッティに学んだバーン=ジョーンズの「フローラ」。

ローマ神話の春の到来を告げる花の女神フローラが春風の中で花の種を撒き、その足元ではチューリップが花開いています。描かれている女性のS字形の体や青いマフラーの曲線は、当時流行したアール・ヌーヴォーの典型的な表現です。

足が少し浮き上がった浮遊感、そしてどこを見ているのかわからない眼差しは、19世紀末特有の不安感を表してもいるのでしょう。

同じフローラを描いたラファエル前派親派のウォーターハウス作品もありました。こちらはグッと庶民的で女神というよりも普通のお嬢さんという風情。

アルバート・ムーアの「黄色いマーガレット」。ムーア(第489回参照)がお得意の甘やかでけだるいムードを醸し出している耽美的な作品です。背景や細部の描写が実にリアルで、この夢幻的な絵画を引き締めています。

日本人画家の展示室にはカメイ美術館の回で詳述した佐伯祐三の師、藤島武二の「耕到天」習作がありました。

完成作は倉敷の大原美術館が所蔵していますが、完成作とはまた異なった、生き生きとした筆致が魅力となっています。黄色や桃色の花畑、わずかにのぞく空などを美しい色彩で配し、一面の春が描かれています。

写実的な描写にとらわれずに大胆に単純化した画面は、藤島の、西洋絵画の模倣ではない日本人ならではの洋画を創り出そうという意気込みを感じさせてくれます。

梅原龍三郎とともに昭和を代表する画家、安井曽太郎の「初秋の北京」。この作品は、非常に薄塗りで、まるで文人画のようなタッチで描かれています。藤島同様、日本的油絵を目指した安井の到達点がここにあるのでしょう。

この美術館も撮影禁止で、添付1以外の写真は美術館のホームページから借用しました。



(添付10:安井曽太郎作「初秋の北京」は著作権上の理由により割愛しました。
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