ハノーファーの北北西100㎞程の場所にブレーメンがあります。この町の旧市街入口外側沿いにあるのが「ブレーメン美術館」。1849年開館。
新古典様式のどっしりとした入口を通って2011年に大拡張された館内へ。ルネサンス期から現代までのヨーロッパ内外の優れた作品を展示しています。
展示室にチョット面白い絵がありました。添付展示室の壁中央に小振りの絵がかかっています。何が描かれているかわかりますか。もし分かった方がいれば、超能力者か異常能力者でしょう。
その絵の複製画が室内中央の台の上にあり、その中心に表面が鏡張りになった円筒が置かれています。その円筒表面に映った絵を見て下さい。「キリストの磔刑図」浮かび上がっていますね。
こういう円筒形に映して楽しむ技法をアナモルフォーシスと呼びます。
この絵の作者は不明ですが1640年頃の作とされていました。
アナモルフォーシスにはもう一つ別のやり方があり、対象を斜めの方から見た時に正常な形に見えるようにするものです。
この方式で最も有名なものはハンス・ホルバインの描いた「大使たち」1533年。絵の下部に歪んだ物体が描かれており、この物体は展示されている壁にくっつくようにして左斜めから見ると、人の頭蓋骨に見えるのです。
アナモルフォーシスを応用した作品は子供のおもちゃとして人気の他、マルセル・デュシャンやダリ、日本の福田繁雄など現代の画家も手掛けています。
こういうお遊び以外にも著名なものや気になる作品が幾つもありました。
まずモネの「緑衣の女」。1866年のサロンに出品され、入選した初期の代表作でモデルは後に妻になるカミーユ。当時19歳。
髪のリボンを直そうと、少し振り向いた瞬間の、何げない仕草を描き、質の良さを存分に感じさせる緑と黒のスカートの柔らかな質感や豪華な衣服は、何もない簡潔な背景の中で際立った存在感を示しています。
モーリス・ドニの「セザンヌ礼賛」の下絵がありました。本絵はパリのオルセー美術館にありますが、イーゼルにかけられたセザンヌの静物画を中に画家や批評家たちがセザンヌを礼賛する様子を描いています。
ルーベンスのように、大量の注文をこなすために自分は下絵だけ描き、本絵は何人もの弟子たちに手分けして描かせ、最後の仕上げだけをするような画家達の下絵はよくみかけますが、ドニのような近代の画家の下絵が美術館に展示されているのは珍しい。それだけこの絵が重要とみているのでしょう。
左端に立つ年長のルドンを囲んでドニを含むナビ派のメンバーや関連する美術評論家、画商たちが並んでいます。右端の女性はドニの妻のマルタ。その隣はボナールでドニはセザンヌの絵の背後、右から6番目にいます。
ルドンは象徴主義の画家でしたが、次第にセザンヌに魅かれて行き、ルドンを尊敬するナビ派の面々が彼に向って話をしている様子を描いています。中央の男性はゴーギャンの感化を受けナビ派結成の原動力となったセリュジエ。
中心のセザンヌの絵はゴーギャンが所持していたもので、ゴーギャンは、この作品のことを「類まれな宝石であり、私の秘蔵品だ」と言っています。ただドニの作品が描かれた1900年には彼はタヒチにおり、絵は左から4番目にいる画商ヴァラールの手元にありました。
ナビ派のメンバーでは唯一ヴァロットンの姿がありませんが、彼はこの絵の描かれた前年に結婚し、仲間付き合いを離れていたのです。
そのヴァロットンの「紫色の壁の部屋で眠る女性」がありました。枕の黄色と壁の紫色、シーツの緑の配色が絶妙で、ヴァロットンらしい粋な絵です。
ブレーメンで育ち、ブレーメンで死んだパウラ・モーダーゾーン=ベッカーの作品が13点ありました。どれもよかったのですが、中でも出色の静物画を添付しておきましょう。
パウラ・モーダーゾーン=ベッカーについては第203回を参照して下さい。