ド・モーガン夫妻の作品がまとめて観られる次の場所は、バーミンガムから20㎞余り北東にある町ウルヴァーハンプトンの「ワイトウィック・マナー」。
ワイトウィック・マナーは17エーカー、約2万1千坪の庭園と林に囲まれたハーフ・ティンバーの美しいチューダー・スタイルの邸宅で実業家のマンダー夫妻が1893年に完成。
オスカー・ワイルドの「美しい家」という講演に刺激された夫妻は、ウイリアム・モリスに内装を依頼。モリスはモリス商会製作の壁紙やテキスタイル、タペストリー、ステンドグラスなどで、46部屋もある大邸宅を飾ります。
モリスと親しかったウイリアム・ド・モーガンの陶器やイーヴリンの絵画も室内装飾に一役買いました。
この家で育った息子のジェフリー・マンダーは実業の傍ら美術コレクターになり、趣味を同じくする妻とラファエル前派やその親派の作品で室内を飾りました。
ジェフリーは1937年に土地と家屋の大部分をナショナル・トラストに移譲。現在もマンダー家の子孫が2階の一部の部屋に居住していますが、大半の部屋と、庭園は一般に公開されています。
混み合う駐車場から、庭園を愛でながら200m程歩き、玄関を入って直ぐの部屋にウイリアム・モリスの妻でロセッティの愛人でもあったジェーン・モリスの頭部を描いたロセッティ作のトンドが置いてあり、その前にはウイリアム・ド・モーガン作の陶器皿が3皿並んでいました。
少し進んだ所にある2階まで吹き抜けの広い居間にはピアノがあり、老婦人が郷愁をそそるようなメロディーを奏で続けていました。
この居間の突き当たりの壁にバーン=ジョーンズの傑作「廃墟の中の恋」が鎮座しているではないですか。
この絵は1894年と彼の最晩年に描かれ、それまでに蓄積した来た絵画技術と表現力、構成力が凝縮された、惚れ惚れと眺めたくなる佳品となっています。
象徴主義の画家ながら肖像画の名手でもあったジョージ・フレデリック・ワッツの秀麗な「ジェーン・ナッソー・シニアの肖像」もありました。
不幸な結婚生活を送っていたジェーンはこの時ワッツと恋愛関係にありました。ワッツは当時ロセッティと親しく、この絵はラファエル前派の影響を色濃く漂わせていますが、女性関係の奔放であったロセッティに、絵画の面ばかりではない影響を受けていたのかもしれません。
ジェーンは後に普仏戦争の被害者を救済し女性としてイギリス最初の公務員になっています。
ワッツが生涯に持った唯二人の弟子の一人でもあったジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープの「過ぎ去りし日の優しい音楽」もありました。彼のイタリア・ルネサンス絵画への傾倒が反映されています。
他にもハント、ミレイが揃い、マリエ・スティールマン、リサ・スティールマン、フレデリック・サンディーズや妻のエマ・サンディーズ、マドックス・ブラウン等ラファエル前派や親派が勢揃い。
ロセッティの妻エリザベス・シッダルの素描3点という他では眼にしたことのない珍しい作品も2階の1室に展示されていました。
この館の凄いのは、使用人たちのために使われていた別棟の1棟がド・モーガン財団から長期貸与のド・モーガン夫妻の作品で満たされている事です。
イーヴリン・ド・モーガン作品が全部で18作。夫のウイリアムの作品も多数展示されています。マナー内にもイーヴリンの油彩画4点があり、これだけのイーヴリン作品を一度に目にするのは初めての経験でした。
いずれも鋭い感性と美意識を感じさせる作品で、絵画技術も高く、彼女の作品がほとんど日本で知られていないのが不思議です。
添付の「夜と眠り」は、ギリシャ神話に登場する夜の女神ニュクスが夜のとばりをもたらすと、息子の睡眠の神ヒュプノスが一緒に空を飛んでポピーを撒きながら人々に眠りを誘っている様子を描いています。
「カドモスとハルモニア」もギリシャ神話を題材としています。長い物語を要約すると、知らずに神の蛇を殺したカドモスは相次ぐ不幸に耐え兼ね、自分を蛇に変えるように神に頼み、妻のハルモニアも夫に次いで蛇に変身するのです。この絵は蛇になったカドモスが変身直前の妻の裸身を這っている場面です。
なおハルモニアは英語のハーモニー(調和)の語源となっています。