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美術館訪問記 - 439 ひろしま美術館

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:ひろしま美術館正面

添付2:ひろしま美術館内部

添付3:シスレー作
「サン・マメス」

添付4:ルノワール作
「パリスの審判」

添付5:デュフィ作
「エプソム、ダービーの行進」

添付6:マティス作
「ラ・フランス」

添付7:ピサロ作
「水浴する女たち」

添付8:ヴュイヤール作
「アトリエの裸婦」

添付9:セザンヌ作
「ジャ・ド・ブファンの木立」

添付10:ひろしま美術館展示室

広島県に来たら「ひろしま美術館」を外す訳にはいきません。

ひろしま美術館は広島銀行創業100周年の記念事業として、1978年開館。 当時、頭取だった井藤勲雄の指揮の下に設立されました。

普通こういう場合、創業者かその一族という事が多いのですが、 井藤勲雄は一銀行員から昇りつめて頭取までになった人物。

彼の先代の頭取も絵が好きで、東京出張の折、秘書として画廊や美術館巡りに よく連れられて行ったそうです。

本人も学生時代に竹内栖鳳の絵に出合い、あり金はたいてその絵を買ったり していますから、元々下地はあったのでしょう。

隣県の倉敷市にある大原美術館創立者の子息、大原総一郎が六高の同級生で、 その事も大いに影響していると考えられます。

37歳で原爆投下を体験し、翌日から広島県内の企業、個人の復興を助けて 奮闘しながら、「愛とやすらぎのために」をテーマとする美術館を設立する事を 生涯の目標にしたというのだから並大抵の人物ではありません。

そういう動機があったためか、ここの建物は美術館としては珍しい完全な円形で、 これは原爆ドームをイメージしたものだといいます。一方そこに至る施設の回廊は、 厳島神社をイメージしていて、正に郷土の美術館となっています。

館内は中心部分が広目のホールになっており、円周に沿って4つの展示室がある。 それぞれ「ロマン派から印象派まで」「ポスト印象派と新印象主義」 「フォーヴィスムとピカソ」「エコール・ド・パリ」と区別して展示されています。

展示品は表題の主要画家を網羅しており、しかも彼らの円熟期や この画家と言えばこの作品と言える、一目見て誰の作か判るものが多い。

この収集方針も「愛とやすらぎのために」という美術館の目的によくかなっています。 ピカソは芸術の革命者ではありましたが、見慣れて来ると彼の作品には 愛とやすらぎがあり、彼以降の画家達や抽象絵画になると、 「絶望、憂鬱、孤独、悲惨、暴力、混沌、困惑」などのテーマが増えて来るのです。

紹介したい作品が多過ぎて困るのですが、無理に数点を挙げてみましょう。

シスレーの「サン・マメス」は、セーヌ川沿いの小さな村で、 彼はここの風景を沢山描いていますが、この絵は最高傑作と言ってよいでしょう。

水平線を画面の中央よりやや低く置き、すばやい筆致で、雲の動きや 明るく照らされた河岸の草むらや川面、家々をとらえた本作品は、 色彩が心躍るように煌めいていて、彼とこの風景を眺める楽しみを共有し、 絵画を観る喜びをしみじみと味合わせてくれます。

ルノワールの「パリスの審判」は、誰を選んでも残りの二人から恨まれるという 損な役割を押し付けられたトロイの王子パリスが、「最も美しい女を与える」と 約束したヴィーナスに3女神中で最美と認める黄金の林檎を差し出している、 ギリシャ神話の中の一場面を描いています。

「最も美しい女」とはすでにスパルタ王の妻となっていたヘレネーのことで、 これが原因でトロイア戦争が勃発するのです。

公然と裸婦を描き分けられる主題で、古来より多くの画家達が挑んで来ていますが、 ルノワールは一目で彼と判る、独特の、肉感に溢れたふくよかな裸婦表現や、 光と温もりに満ちた空想的な色彩表現で、 愛とやすらぎに満ちた空間を作り出しています。

デュフィの「エプソム、ダービーの行進」。 ロンドン郊外、エプソムで開かれるダービーは英国で最も格式の高いレース。 ヨーロッパの競馬場は女性がお洒落を競う場所でもありました。

両親とも音楽家で、根底に音楽の素養を持つ画家に育ったデユフィの リズム感が溢れ、鮮やかな色彩の帯が互いに響きあうパノラマ。 初夏の祝祭の一日が晴れやかに表現されています。

マティスの「ラ・フランス」は1939年、フランスがドイツに宣戦布告した年に 制作された作品。女性はフランス国旗の色、自由(青)・平等(白)・博愛(赤)を 示す3つの色で彩色された衣装をまとっています。

祖国の危機に際し、その文化、芸術への誇りを毅然とした女性像に託したものです。 ただ、そういう背景抜きで、色彩の魔術師と謳われたマティスの 自由奔放で艶やかな色使いが楽しめる作品。

その画家のテーマとしては見かけたことのない絵もありました。 ピサロの「水浴する女たち」1896、 ヴュイヤールの「アトリエの裸婦」1918、 コクヨ(株)寄託の「ジャ・ド・ブファンの木立」年代不詳。

特に最後の作品は一瞬ベックリンの「死の島」を連想した位で、 セザンヌ作と判る人は少ないでしょう。

入口と反対側の外部に、本館の円の直径相当の長さの長方形の別館があり、 企画展に使用されています。

別館の展示面積も本館と同じくらいあります。 こういう展示形式が遠隔地から来る美術愛好家にとって最も好ましい。

これまで何回か書きましたが、滅多に来られない美術館に遠路はるばる赴き、 観たくもない企画展で観たかった所蔵作品が観られないという悲劇だけは 御免こうむりたいものです。