美術館訪問記-383 カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ・センター

(* 長野一隆氏メールより。写真画像クリックで原寸表示されます。)

添付1:フリードリヒ作
「氷海」
 ハンブルク市立美術館蔵

添付2:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ・センター正面

添付3:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ・センター地階

添付4:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ・センター1階

添付5:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ・センター企画展事場

添付6:ハラルド・フリードリヒ作
「リューベックの聖霊病院」

添付7:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ・センター裏庭

添付8:ヴィークの跳開橋

自然環境の厳しいドイツ北部やロシアを旅していると、 何気ない瞬間にふと思い浮かんでくる絵があります。

それがカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品群。 自然のなかに神の存在をみようとした画家です。

彼の絵には、無人の荒涼とした風景を題材とした、宗教的崇高さと静寂感に満ちた 作品が多い。自然が織り成す風景に象徴的・悲劇的なドラマを見出し、 まるで宗教画に見られるような怖れや畏怖の念が表現されているように感じます。

その代表例が「氷海」でしょう。

折り重なる氷の間に散在する折れたマストと右側に見える船尾から 難破の悲劇を描いてはいますが、画面の主役は人間を拒む極地の自然そのものと 言ってよいでしょう。

前景から後景まで連なる幾つもの三角形の反復は、構図上の技巧というよりも、 悠久の自然の営み、リズムを感じさせ、人間にとっての悲劇も、大自然の前では ささやかな出来事にしか過ぎないという諦観と畏敬を思い知らされるのです。

フリードリヒは1774年、ドイツ北部のグライフスヴァルトで10人兄弟の 4男として生まれましたが、7歳の時に母親を亡くし、翌年には姉のエリサベスを、 17歳の時にはもう一人の姉マリアもチフスで他界しました。

さらに、13歳の時、川でスケート遊びをしていたところ、氷が割れて溺れ、 彼を助けようとした一歳年下の弟・クリストファーが溺死してしまうのです。

フリードリヒはこの事で長年自分を責め続け、うつ病を患い、 自殺未遂を起こした事もありました。

このような、幼少時から青年期にかけての肉親の死の経験が フリードリヒの死の静寂を思わせる作品の背後にあるとも言われています。

彼の生まれ故郷、ベルリンから230㎞余り北に位置する、グライフスヴァルトに 「カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ・センター」があります。

バルト海に面した小さな港町の中心にある3階建ての立派な建物で、 もとは石鹸工場兼ろうそく製造工場。ここでフリードリヒは生まれ育ったのです。

2004年に博物館として開館しています。地下はろうそく作りの見学用工房、 1階は受付、売店、フリードリヒの作品をスライドで紹介するコーナー、 2階以上は、元は12人家族の家らしく、狭い階段で繋げられた小部屋が幾つもあり、 4階に当たる所が屋根裏部屋になっていました。

それらの部屋はフリードリヒゆかりの資料や企画展の展示会場となっています。

フリードリヒの原画は何も展示されていませんでしたが、 ハラルド・フリードリヒ(1858-1933)というカスパーの孫でフリードリヒ家の 末裔になる画家の描いた病院内部の室内画が1点ありました。

小さな裏庭が綺麗に整備されて、休憩場所も設置されています。

見学後はグライフスヴァルトの街中を流れるリク川がグライフスヴァルト内海に 流れ込む河口にある小さな可愛らしい漁村ヴィークへ向かい、 ヨーロッパにある最古の現役の跳開橋と長閑な漁村風景を楽しんだのでした。