ベルンの南、15kmほどの場所にリッギスベルク(Riggisberg)という 人口2500人足らずの町があり、ここにまず知る人のない立派な美術館があるので この際、カバーしておきましょう。
その名は「アベッグ財団美術館」。
家族でやっていたイタリア北部の織物工場を改革して大成功し、1947年には 会社を売却して莫大な富を手に入れ、コレクターとして余生を過ごした、 ヴェルナー・アベッグ(1903-84)夫妻のコレクションを展示しています。
美術館周辺は小高い丘と谷が連なり、趣のある農家、礼拝堂なども点在する 典型的なスイスの農村風景で、アルプスの山並みも遠望できる素晴らしい場所。
美術館のほかに古美術品修復の学校やライブラリーなども併設されています。
展示室は広い一室のみで所々に展示壁を置いて区画を作っています。
アベッグ・コレクションの主眼は家業だった織物にあり、 かの法隆寺の「獅子狩文錦」と同時代・同系列にあたるペルシャの錦、絨毯、 中世ヨーロッパのタピストリー、物語が綴られていたらしい緞子の細片、 衣装等古代から18世紀までの見るからに貴重そうな品々が並びます。
他に家具や装飾工芸品等もありました。
絵画は、数は多くないのですが、実に質が高い。
まず入口にセザンヌのカーテンを描いただけの比較的大きな作品があり、 彼としては見たことのない作品で驚きました。
暫く進むとアンブロージョ・ロレンツェッティの「聖家族」があり、 その隣には兄のピエトロ・ロレンツェッティの「聖レオナルド」があるのでした。
スイスでロレンツェッティの作品が見られるのはここだけでしょう。
アンブロージョ・ロレンツェッティ(1290年頃-1348)は、主にイタリア、シエナで 活躍した画家で、シモーネ・マルティーニの影響を強く受けています。
彼の作品で最も有名なものは、シエナのプッブリコ宮殿に残る フレスコ画「善政の効果と悪政の効果の寓意」でしょう。
この絵の「善政の効果」の部分は、ヨーロッパで都市の姿が描かれた最初の例で、 この図から当時の都市と田園の生活が窺い知れます。
城壁に取り囲まれた町、街中の建物、町や田園で働いたり通行したりする 人々の姿が生き生きと表現されていて、700年近い時を経て、 変わったものと変わらぬものとの差の少なさに驚かされます。
続いてフラ・アンジェリコの「東方三博士の訪問」がありました。 パネル画としては彼の最高傑作の一つでしょう。
その隣にはボッティチェッリの「聖トマス・アキナス」がありました。 これも修道士サヴォナローラの強い影響下にあった1490年代の彼の作としては 力があり、良い出来でした。
さらに進むとロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「キリスト磔刑三幅祭壇画」が ありました。工房作となっていましたが、ウェイデン色の濃い出来の良い作品。
更に次にカルロ・クリヴェッリの「キリスト復活」、 ヤン・ブリューゲル父の怪奇作「冥界のキリスト」まであるのでした。
ヤン・ブリューゲルの作品はボッシュの作と見紛うばかりで、 彼のこんな作品は初めて観ました。
この美術館は来る直前まで存在すら知らなかったのですが、 古典絵画の収集ではスイスでもトップクラスでした。